第51話 納得の呟き
「助けてくれてありがとう、お姉ちゃん」
「えっと……」
黄色い粘着弾から助け出したことで、マリッサは風龍に懐かれたらしい。
少し怯えた様子の風龍は、ギュッとマリッサの腰にしがみ付いてる。
しがみ付いてるって言っても、相変わらず実体は無いらしいから、若干マリッサにめり込んでる。
こうしてみると、頭にあるドラゴンの角と背中の翼を除けば、普通の子供なんだよな。
そんな彼女の視線が恐る恐る俺を捉えると、彼女はとんでもないことを口にし始めた。
「ねぇお姉ちゃん、あの男、怖いよ。変態だよ」
「このっ」
「きゃぁぁ!! 助けてお姉ちゃん!! ボク、あの男に襲われちゃうよぉ!!」
ワザとじゃないんだ!!
なんて俺の弁明を聞く気なんて無いらしい風龍。
どうして俺が変態扱いされなくちゃいけないんだよ。
「まぁまぁ、落ち着けよハヤト。一旦、冷静になろうぜ」
「俺は冷静だからな!?」
朧もマリッサも、俺の話を軽く流してしまう。
メイだけは……って言いたいけど、彼女も若干引き気味で様子を伺ってるな。
つまり、今の俺に味方は居ないってワケだ。チクショー。
「とにかく。私達は貴方を捕まえることができた。ってことは、ガルーダを返してもらえるんだよね?」
呆れた様子でため息を吐いたマリッサは、自分の腰元に視線を落としながらそう告げる。
だけど、懐いてるはずの風龍は、簡単に首を縦には振らなかった。
「えぇ~? ボク、別に返してあげるなんて言った覚えはないんだけどなぁ」
「もしかして、アタシ達を騙してたの!?」
驚くメイとは対照的に、目を細めるマリッサ。
なんていうか、目が冷たいぞ。
「そんな話が通じると思ってるの?」
短く言ったマリッサは、おもむろに風龍の両手を掴み上げると、俺の方に向かって来る。
ん? どうやって掴んでるんだ?
と、良く見て見れば、マリッサの手にはさっきの黄色い粘着弾が残ってるみたいだな。そういう使い方ができるのか。なるほど。
「え? あの、お姉ちゃん? どこに向かって」
「ハヤト。私が押さえておくから、また彼女にさっきの粘着弾を」
「や、やめてぇ!! もう粘々は嫌なのぉ!!」
「おい! 俺を脅しの道具にするなよ!」
脅しに使えるって思ってるってことは、俺の事を変態って思ってるってことだよな!?
俺は変態じゃない。それだけは弁明させてほしい。マジで。
「分かった! 分かったからぁ!! ガルーダはお姉ちゃんに返すから。虐めないで!」
「分かれば良いのよ」
「ぐすん……ガルーダ。ボクの所に来て良いよ」
俺の方が泣きたいよ。
べそをかく風龍を眺めながら俺がそんなことを思っていると、遥か上空から、ガルーダが急降下してきた。
「ガルーダ!」
真っ先にマリッサの元に向かったガルーダ。そんな彼を迎えたマリッサは、安堵の表情を見せている。
「連れ去られてたのに、ちゃんと覚えてるんだな」
「当たり前でしょ? この子は凄く賢いんだから」
「ガルーダもマリッサと離れ離れで寂しかったみたいだね」
「みたいだな。ってなわけで、これでとりあえずはオイラ達の目的は達成できたわけだな。よし、早く戻ろうぜ」
マリッサとガルーダの戯れをひとしきり見たところで、朧が提案してくる。
だけど、そんな彼の提案に待ったをかけたのは、風龍だった。
「ちょ、ちょっと待ってよ! もう、行っちゃうの?」
「そうだな。ガルーダはもう帰ってきたわけだし。オイラ達がここに残る理由は特にないよな?」
「そ、そんなぁ」
あからさまに落ち込む風龍。
もしかして、ずっと1人で寂しかったのかな?
そんな時、落ち込む風龍を気遣ったのか、メイが思い出したように告げる。
「あ、でも、ここって風龍の巣なんだよね? ってことは、魔術結晶がどこかにあるんじゃないの?」
「魔術結晶? あぁ、それなら、とっくの昔にどっかで落としちゃったよ」
「落としたぁ!?」
「うん。ボクは世界中のいろんなところを旅してるからさぁ。落とし物ぐらいして当然だよね」
「なんていうか。そんなに軽い感じで良いのか?」
そこはお前、嘘を吐いてでも俺達の足を引き留める所じゃないのか?
もしかしたら風龍は、単なる純粋な子供なのかもしれないな。
「ねぇ、それよりさぁ、まだ戻る必要は無いんじゃない? せっかくこんな高い所にまで登って来たんでしょ? 景色を楽しんだり、空の散歩を楽しんだり、ボクとおしゃべりを楽しんだり、もっとゆっくりして行こうよ!」
「そう言われたら確かに、すぐに降りるのはもったいない気もするね」
ホントにメイは優しいな。俺は帰る気満々だけど。
どうせ風龍も、俺には帰って欲しいんだろうし?
「でしょ!? ウェアウルフのお姉ちゃんは分かってるね!」
「そうかな?」
「って言ってもなぁ。景色は嵐のせいで悪いし、雨に濡れ続けながらおしゃべりなんかしたくないしなぁ」
「そっか、それじゃほら、嵐も止めるからさ。おしゃべりして行こうよ」
朧のボヤキを聞いた風龍が、サッと腕を振ると、見る見るうちにどんよりとした雲が消え去って行った。
「嵐がやんじゃった……」
「当然でしょ? この嵐は、ボクが起こしてたんだからね」
「島を浮かべるために嵐が必要とか、そういうのじゃないのか」
「そう言うのじゃないね」
前にもいったと思うけど、ホントにはた迷惑な奴だな。
「わぁ……こうしてみると、さすがに景色が良いね」
「でしょ? もっと褒めてくれて良いんだよ?」
なぜか誇らしげな風龍を褒める気になんてなれずに、俺はただ、オレンジに染まる夕日を眺める。
と、そうやって俺達が黄昏ていると、不意に風龍が口を開いた。
「ところでさぁ、ボク、ずっと気になってたんだけど」
「ん?」
「お姉ちゃんは、どうしてそんな身体になっちゃってるの?」
「え?」
マリッサが小さな疑問の声を漏らした。
本人が驚くのも当然だよな。
だって、風龍が何を言ってるのか、誰も理解できてないし。
「そりゃ一体どういうことだ?」
「おや? 猫ちゃん気になってる?」
「オイラのことを猫ちゃんって呼ぶなぁ!!」
「良いジャン別に。それよりそれより!! どうしてなの?」
「ごめんなさい。貴方の言ってる意味が良く分からないんだけど」
「だな。俺の腕のことならともかく。マリッサは別に変な所ないだろ」
俺をチラッと睨んだ風龍は、すぐに視線をマリッサに戻すと、少しだけ嬉しそうに続けた。
「あれ? もしかして気づいてないの? そっかぁ。そうなんだぁ」
多分、まだマリッサと話ができることが嬉しいんだろうな。
そんな反応は普通に可愛いんだけど、俺がそんなことを言ったら怒られそうだよな。
まぁ、俺のそんなくだらない話は、続く風龍の言葉によって話題にもならないんだけど。
「そんなに気になるなら、教えてあげようかなぁ~。お姉ちゃんってさ、今、魔術を使いにくくなってるでしょ?」
「!? どうしてそれを?」
「やっぱりね!! だってお姉ちゃん、身体の魔素がすっごく薄くなっちゃってるんだもん」
「身体の魔素が……薄く?」
「うん。そんな状態になっちゃったら、満足に魔術を使えるわけないし。でも、エルフだから、魔術を使ってたんだろうなぁって思ったんだ」
魔術を使ってたマリッサでさえ驚いてるんだ。
俺達がそんな話を知ってるわけ無いよな?
まぁ、なんとなくそんな話を想像できなかった訳じゃないけどさ。
「ねぇ風龍さん。その、身体の魔素って、どうなったら薄くなるの?」
「そうだねぇ、考えられるとしたら、とっても大掛かりな魔術の材料として使ったら、薄くなっちゃうかもね」
「大掛かりな魔術……」
ボソッと呟くメイ。
その後すぐに、朧が驚きながら続ける。
「なぁ、おい。それって……」
大掛かりな魔術と聞いても唯一、全く驚く様子を見せなかったマリッサは、まるで納得したかのように、呟いたのだった。
「……英霊召喚」