第48話 なりふり構わず
猛烈な風と雨を引き連れて、風龍の巣は少しずつ移動を続けていた。
当然、浮島から垂れ下がってる多くの蔦も、嵐と共に移動してる。
ということは、嵐がどの方角に進んでいるのか観察することで、蔦に跳び移れそうなポイントも割り出せるワケだよな。
そうして今、アイオンの屋上で待機してる俺は、ゆっくりとこちらに近づいてきている蔦の先端を見上げている。
と、俺と同じように待機してる朧が、口を開いた。
「それにしても、魔道具って便利だよな。オイラ、つくづく実感してるぜ」
「朧が一番恩恵を受けてるもんな」
俺達はバロンからとある魔道具を借りている。
スティックグローブ。というらしいこの魔道具は、手に装着することで壁とか天井にくっつけるようになるらしい。
ご丁寧にも、朧の四肢に取り付けれるようなものまで用意してくれた。
「指のところを爪で突き破らないように気を付けなくちゃだね」
「それに気を付けるのはメイだけでしょ?」
「そっか。えへへ」
同じく、手にスティックグローブを装備してるメイ達の声に耳を傾けつつ、俺は自分の右手に視線を落とした。
俺の右手に、皆と同じグローブは見当たらない。
エピタフの籠手の上から装着できるようなスティックグローブは、さすがに無かったんだ。
左手だけで登れって言うのかよ!?
と、初めは焦った俺だけど、今はそれほど焦ってない。
なぜなら、グローブを装着することはできなかったけど、その代わり、エピタフの籠手の新機能を知ることができたんだからな。
スティックグローブをどうにかして籠手の上から装着できないかと頑張っていたら、急に籠手の表面に黄色く輝く文様が浮かんで来たんだ。
おまけに、掌の部分にポッカリ穴があいたし。
で、試しに穴の中にスティックグローブを入れたら、籠手から粘着性のある弾を撃てるようになったと。
「どんな原理か分からないけど、今は頼るしかないよな」
この籠手について、今回の件で少しだけ使い方が分かったことになる。まぁ、残念ながら検証する暇はないワケだが。
使いながら慣れていこう。
「さて、そろそろ始めよう。マリッサ、準備は良いか?」
「うん。私の方は大丈夫だよ」
そう答えるマリッサの足元には、ドライアドの伸ばしてくれた大量の蔦がある。
長さも丈夫さも申し分ない。
その蔦を、浮島から垂れ下がってる蔦と繋げてしまおうって魂胆だ。
いくらアイオンの屋上にいたとしても、垂れ下がってる蔦に手が届くわけじゃないからな。
そんな蔦の1本を拾い上げた俺は、籠手先の射出口にそれを挿して、上空の浮島目掛けて発射した。
直後、狙い通りにドライアドの蔦が撃ち出され、浮島の蔦と繋がる。
あとはこれを何度も繰り返して、蔦の本数を増やせば、登り始めることができるってワケだな。
でもまぁ、そんな簡単に行くわけ無いよな。
「ハヤト! けっこう引っ張られるよ!!」
繋がった蔦を確保する役目のメイが、そう叫ぶ。
浮島は移動してるんだから、当たり前っちゃ当たり前か。
彼女がウェアウルフじゃなかったら、せっかく繋げた蔦は勢いよく振り子運動を始めて、俺達が上るどころじゃなくなるんだろうな。
「もう少し耐えてくれ!! 次だ、マリッサ!!」
「分かってる!!」
「オイラも抑えておくぜ、メイ!!」
「ありがとう師匠!!」
そんなこんなで、合計10本の蔦を繋ぐことに成功した俺達は、それらの先端を粘着弾で束ねてから、浮島に向かって登り始めた。
空の島に向かって、天高く伸びた蔦を登って行く。
それだけ聞くと、どこかで聞いたことのある物語だよな。
あの有名な童話では端折られてたけど、ジャックも必死こいて豆の木を登ったんだろうな。
まさか、自分が同じようなことをすることになるなって、思っても見なかったよ。
「魔道具があっても、もう1回登るのはこりごりだけどな!」
って言うか、エピタフの籠手の新機能が分かったとしても、結局俺は右手にスティックグローブを付けてないんだよ。
つまり、実質的に俺は左手1本でこれを登り切らなくちゃならんのか。
「ハヤト! 頑張って! きつかったらアタシが支えるからね!!」
「メイ、助かる! マジでヤバそうになったら、すぐに言うから」
「うん!」
「登り始める前に、んしょ、支援魔術を掛けるべきだったかな?」
「おいマリッサ、気づいてもいまさら言わないでくれよ!! 俺のメンタルを削る気か!?」
「ごめん。もっと早く気付くべきだったね」
「泣きごと言える内はまだ大丈夫だろ。気張れよハヤト。最悪、左手をしっかり蔦に貼りつけとけば、落ちる心配は無いんだからよ」
「簡単に言うよな」
そういう朧はというと、4本の足で蔦の上を軽快に歩いてやがる。
正確には、彼も重力とか風の影響を受けてるはずなんだけど、なんか、楽そうに見えるのは気のせいか?
「ふぅ……朧は、やけに楽そうにしてるよね」
「そ、そんなことないぜ、嬢ちゃん。こう見えてオイラも、結構登るのは大変だ」
先頭を行く朧のすぐ下で、呆れたように息を吐くマリッサ。
そんな彼女の長い金髪が、風に煽られ続けている。
そういえば、ガルーダが連れ去られた時から彼女は魔術院の青い制服とベレー帽を失くしてるんだったな。
ショートパンツから覗かせる綺麗な太ももが、目に毒だ。
「ハヤト? どうしたの?」
「いや、何でもない。ちょっと休憩してただけだよ」
「ふぅ~ん」
俺の下にいるメイが、何かを疑うような声を漏らす。
やましいことなんて何もないぞ!?
ただ、ちょっとだけ、思ったんだ。
マリッサの様子が、少し変わったなって。
服装が変わったのは言うまでもないけど、それだけじゃない。
そもそもの話だ。
以前の彼女だったら、一番先頭になって蔦を登るなんて、やっただろうか?
聡い彼女のことだ、一番先頭は俺が行くように文句を言うんじゃないか?
「なりふり構っていられないってワケか」
そんな俺の呟きは、風にかき消されていった。
もしかしたら、メイには聞こえてたかもしれない。
まぁ、別にいいんだけど。