第46話 意地悪
「嵐を引き連れて動き回ってるのか? だとしたらはた迷惑な奴だな、風龍ってのは」
「バロンが聞いたら怒りそうだね」
雨風が強くなる中、俺達は森の中を移動中だ。
目的地はもちろん空港。嵐の中で採取や地図作成を続けるのは危ないからな。
それに、あの浮島がマリッサの言う通り風龍の巣なんだとしたら、周辺に狂暴な魔物が集まっててもおかしくない。
「急いで戻りましょう! 地図が濡れてしまいます」
「地図の心配してる場合かよ! それよりも、オイラ飛ばされちまいそうだ」
「師匠、アタシに掴まって!」
「悪いな、メイ。助かるぜ」
そうして、あともう少しで建屋の入り口が見えそうなところまで辿り着いた俺達は、メイの制止で足を止める。
「ちょっと待って!! 前に誰かいる!」
「あれは……キメラか!?」
木々の間に幾つか見えるその姿は、全身真っ白に見える。
また魔王軍の襲撃なのかもしれない。
とはいえ、今回のキメラには前とは違う特徴があるみたいだ。
「あの姿って……もしかして、ウェアウルフか!?」
「あ、ちょ、メイ!?」
マリッサの制止を振り切って、メイはキメラに近づいて行く。
「ねぇ! あなたは誰!? もしかして、アタシと同じウェアウルフなの!?」
同族だったら、戦いたくない。
そんな彼女の希望は、振り返ったキメラの様子を前に、消し飛んでしまった。
「ガルルルル」
「メイ! 危ないぞ!! そいつから離れろ!!」
メイに対しても容赦なく攻撃を仕掛けるあたり、ウェアウルフの姿をしていても、魔物とあまり変わらないみたいだな。
「まずいですね。囲まれてます」
「どうなってるんだ? 白いウェアウルフ……しかも、どことなく」
「アタシに似てる?」
「そうだな。1体1体、微妙に違ってるけど、全員メイに似てる気がするぜ」
朧の言う通りだ。
それにしても、キメラって何なんだ?
魔物の白いバージョンってだけじゃないのか?
「マリッサ。どう思う?」
「さぁ。私にも分からないよ。それより、話は後にした方が良いんじゃないかな」
「それもそうか」
「来るよ!! みんな、アタシの後ろに居てね!!」
「メイ! そのまままっすぐ、道を作るように進んでくれ! 俺とマリッサで援護する!」
「ちょっと待って。今ドライアドを呼ぶから。少し時間を頂戴!!」
そう言ったマリッサは、例の如く杖を構えた。
彼女が召喚のための呪文を唱え始めると、杖の先が煌々と輝き始める。
そう言えば、今回はガルーダじゃないんだな。
せっかく風が強いんだから、ガルーダを呼んでキメラを一気に吹き飛ばしてしまえば早いのに。
と、俺がそんなことを考えている間にも、メイがキメラとの戦闘に入る。
当然、俺は籠手を構えてメイに近づこうとするキメラに攻撃を始めた。
「そんなに、長くは待てないかも!!」
「この!! 動きが速すぎて当たらない!!」
ウェアウルフの姿をしてるキメラは、前に戦った魔物のキメラよりも数段動きが早いな。
おまけに、メイと同じような鋭い爪で攻撃を仕掛けて来るらしい。
強いな。
「ちょっと!! 1体こっちを狙ってる!!」
「待ってろ、今俺が!!」
いつの間にか背後の方に回り込んでたらしい1体のキメラが、勢いよくマリッサに飛び掛かる。
咄嗟に彼女を守ろうと、籠手で狙いを定めた俺は、直後、わき腹に衝撃と痛みを覚えた。
「がはっ!?」
「ハヤト!!」
マリッサの援護に回ろうとした俺の隙を突くように、キメラが突っ込んできてたらしい。
動きが早くて気づかなかった。
頭突きだったから良かったものの、腹を切り裂かれてたら死んでたな。
すぐさまキメラを蹴り飛ばして、距離を取った俺は、その瞬間マリッサの悲鳴を耳にする。
「きゃあ!!」
「マリッサ!!」
「離れなさい!! この!!」
「まずいぞハヤト!!」
組み伏せられたマリッサに、キメラが鋭い爪を立てる。
そのせいで、彼女が身に纏っていた青いロングコートはボロボロに引き裂かれてしまった。
その割に彼女自身の身体に傷が無い所を見ると、あのコートは結構丈夫だったのかな?
って、そんなこと考えてる場合じゃない!!
「おい!! マリッサから離れろ!!」
叫びつつ籠手を構えた俺が、今まさにキメラを狙い撃とうとした時。不意に、マリッサに覆いかぶさってたキメラが、空高くへと吹き飛ばされていった。
「ガァァァァ」
悲鳴と共に打ち上げられるキメラ。
同時に巻き上げられたマリッサの青いロングコートと帽子の影から、見知った生物が姿を現す。
「ガルーダ!?」
マリッサ自身も驚いてるのはどういうことだ?
取り敢えず、ガルーダが彼女を助けてくれたおかげで、何とかなりそうだな。
なんて考えた俺は、続くマリッサの言葉に驚きを隠せない。
「ダメ!! ガルーダ、出てきちゃダメ!! 戻って!! 私は大丈夫だから!!」
「マリッサ?」
叫ぶマリッサの事なんてお構いなしとでも言うように、ガルーダは暴風を身に纏い、キメラを吹き飛ばし始めた。
まるで暴走でもしてるような、凄まじい攻撃。
おかげでキメラは撃退できたけど、それで一安心とはいかないらしい。
「今度はなんだ……?」
俺が思わずそう呟いてしまったのは、どこからともなく現れた緑色の小さな光が原因だ。
10個以上はありそうなその光は、フラフラと宙を舞ったかと思うと、ガルーダの身体に付着し始める。
「ガルーダ! 早く戻って! でないとっ!!」
焦りと不安が綯い交ぜになったような表情のマリッサがそう叫ぶと、呼応するようにガルーダが声を上げた。
次の瞬間、ガルーダの身体に纏わりついていた緑の光が一斉に輝きを増す。
「ガルーダ!! ダメ!! 嫌ぁぁぁぁ!!」
その光を見たマリッサは、涙を溢しながらその場に崩れ落ちると、飛び去って行くガルーダを茫然と見上げ続けた。
一連の様子を見ているしかできなかった俺達には、何が起きたのか理解できていない。
1つ確実なのは、緑の光が一斉に輝いた直後、暴走していたガルーダが大人しくなって、そのままどこかに飛び去ってしまったことだけ。
ただ帰って行っただけ。
そう言われればそうも見えるけど。
「ガルーダ、様子が変だったよ。何があったの?」
メイの言う通り、様子が変だったように俺も思う。
「分からない。だけど、マリッサが」
「どうして……あの子まで奪われたら……私……」
ブツブツと呟いてるマリッサ。
奪われた?
それはどういう意味だろう?
「とりあえず、今は空港に戻りましょう。今起きた事も報告しなくてはいけませんし」
この状況でも冷静な加藤さんは凄いな。
でも、見習うべきなのかもしれない。
「そうですね。マリッサ大丈夫か? 辛いのは分かるけど、今は立ってくれ」
「分かる訳ない!! あなたに、私の気持なんか!! 分かる訳ないでしょ!?」
「マリッサ……」
「ハヤト。ちょっとマリッサと2人で話したい事があるから、先に行ってて欲しいな」
「メイ? 話って」
「お願いハヤト。アタシに任せて。マリッサは必ず連れて戻るから」
「……分かった。頼んだよ、メイ」
「うん」
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ハヤト達が空港に戻って行ったあと、残されたアタシ達は、少しの間黙り続けてた。
でも、このまま黙り続けてるわけにはいかないよね。
アタシは、彼女と、マリッサと話をしなくちゃいけない。
伝えなくちゃいけないことがあるから。
「マリッサ……」
「……」
「ガルーダ。戻ってくるのかな?」
「……戻って来ないよ」
投げやりな返事。でも、ちゃんと答えてくれた。
それはつまり、まだ話ができるって証拠だよね。
「どうして?」
「だって、あの子は風龍様に魅了されて、連れてかれちゃったから」
「風龍様が!? それで様子が変だったんだね」
思わず驚いちゃったけど、それは後で詳しく聞こう。
今いアタシが話したいのはそれじゃないから。
「それで、マリッサはどうするつもりなの?」
「私にできる事なんて、何もない」
「でも、ガルーダはまだ、死んだわけじゃないんでしょ?」
「だったら何? 助けに行けるとでも思ってるの?」
「そうだよ」
「そんなこと、出来るわけ」
「ハヤトは! 皆が無理だって思ってた時、それでもマリッサを助けに行ったよ?」
「……」
「ハヤトは諦めなかった。マリッサの事。それなのに、マリッサは諦めちゃうの?」
「だって……私には何もできないし、それに」
アタシ、意地悪だな。
わざわざ責めるようなこと言ってる。
マリッサだって分かってるはずなのに。
分かってるからこそ、マリッサもアタシと同じ気持ちを抱いたんでしょ?
「アタシがハヤトを奪ったとでも思ってるの?」
「っ!?」
「アタシ。怖かったんだ。マリッサにハヤトを奪われるんじゃないかって」
「それは……」
「ごまかさないでよ。アタシ、分かってるから」
「メイ」
「アタシも、もう何も奪われたくないから。だから、最近はハヤトと一緒に過ごす時間を増やそうって……思ってた」
独り占め、したかったんだ。
「ずるいよね。アタシ」
「そんなこと……それに、彼はあなたに好意を抱いてると思う」
「そ、そうかなぁ。って、そうじゃなくて!! アタシが言いたいのは、その……奪われたくないからって、誰かから奪うのは嫌だってこと」
私は家族を失ったから。もう失いたくない。
多分マリッサも、色々なものを失って来たんじゃないかな。
きっと、アタシよりも沢山、失ってる気がする。
だから、諦めることに慣れちゃってるんだ。
ガルーダが飛び去った後、マリッサが呟いたこと。
『私……どうやって生きていけば良いの?』
他の皆に聞こえてたかは分からないけど、アタシにははっきり聞こえたよ。
アタシも、弟を失った時に、同じことを思ったから。
「マリッサ、ハヤトの事諦めたでしょ?」
「っ」
「諦めるのが早すぎると思うんだけど」
「メイ、どうして」
「アタシも、マリッサの気持ち、分かるから」
「……」
「元気なフリしてても、分かるんだからね」
「メイ……ありがとう」
「うん」
短く呟くマリッサの傍に歩み寄った私は、そのまま彼女の前にしゃがみ込んで、震える肩を抱きしめる。
今日が嵐で良かった。
おかげで、涙も泣き声も、誰にもバレないよね。