第45話 嵐の前の静けさ
窓越しでも、フワフワの雲を眺めてると、ちょっと眠くなっちゃうよね。
でも、いまから部屋に戻るなんて絶対に出来ないよ。
だってこの後、ハヤト達と一緒に地図を作りに行く予定だから。
昨日は一緒に過ごせなかったけど、今日からはまた、一緒に居れるはず!
空港の中、そう意気込んだアタシは、隣を歩くハヤトを見上げた。
「ねぇハヤト、昨日のお肉美味しかったね」
「だな。久しぶりに肉を食べれたのも、メイのおかげだよ。ホントにありがとう」
「えへへ」
ハヤトはアタシを褒めてくれる時、いつも頭を撫でてくれる。
それがとっても気持ちよくて、つい頭をこすり付けちゃうんだよねぇ~。
って、ダメダメ!
気を抜いちゃったらダメだよ、アタシ。
だって、ハヤトはちょっと目を離しただけで、すぐに別の女の子と話をするんだから。
……昨日も、もしかしたら、マリッサと話をしたのかな?
ううん。ダメ。
それを考え出したら、頭の中がわちゃわちゃしちゃうから、やめようって決めたでしょ?
それよりも、今はお仕事のことを考えよう。
「ねぇハヤト。今日はどっちの方の地図を作りに行くの?」
「今日は南方面だな。滑走路が伸びてるから、結構長い距離を歩くことになるかもだ」
「かっそうろ? って、何?」
「飛行機が空を飛ぶために助走するための道だよ。まぁ、森に覆われてるせいで、使い物にはならないけど」
「飛行機って、助走してから空を飛ぶんだね?」
「そりゃそうだ。あの巨体が空を飛ぶためには、かなりの技術が必要なんだからな」
「ふ~ん」
二人でそんなことを話しながら、空港の中を南方面に歩く。
大丈夫、今日は誰もアタシ達の後をついて来る気配はない。
いつもなら、少し後ろの方をマリッサが追って来てるはずなんだけどな。
ううん。もしかしたら、気配を隠す方法を見つけたのかもしれないよね。
師匠がそうだし。
今の師匠は、アタシでも見失うくらい気配を消せるようになっちゃってるから。
マリッサが隠れ蓑って魔道具を使ってるとしたら、気配を探せないのもあり得るかも。
「どうしたんだ? そんなにキョロキョロして」
「まだ皆来てないのかなって思って」
「そうだな。そろそろみんな集合してもおかしくないはずだけどな」
そう言ったハヤトが足を止めたのに合わせて、私も止まる。
今日はすぐ傍の扉から外に出るのかな?
扉の外に見える木が、サワサワと風に揺れてる。
多分、今日の風も気持ちいいんだろうな。
なんとなくだけど、ここ数日間の風は、前よりも肌触りが良くなってる気がするんだよねぇ。
多分、気のせいだけど。
「お、皆来たぞ」
ハヤトの言う通り、アタシ達がさっき通って来た方向から、いつものメンバーが歩いて来てるのが見えた。
師匠に加藤さん、そしてマリッサ。
アタシは別に、マリッサの事を嫌ってるワケじゃないよ。
でも、少し前に聞いたハヤトとの会話のせいで、正直、彼女を見ると気持ちがモヤモヤするんだ。
どうしてなのかな?
多分、彼女がハヤトに向ける目が、ちょっとだけ変わった気がするから。
こんなこと、マリッサにも、ハヤトにも言えるはずない。
でも、何もせずにはいられないから、取り敢えず、ハヤトと一緒に居る時間を増やそうって思ったんだ。
そうしないと、ハヤトが連れて行かれちゃう気がしたから。
アタシはもう、大切な人を奪われたくないから。
マリッサも師匠も、他の皆のことも大切だけど。
だけど、ハヤトはそんな中でも、特別。
皆には内緒だけどね!!
「さてと、全員揃ったことだし。今日もしっかり働くとしますかね」
「やけに気合が入ってるじゃねぇか、ハヤト。何かいいことでもあったのか?」
「そりゃ、久しぶりに美味い飯を食べれたんだぞ。元気も出るに決まってるだろ」
「あぁ、あれはたしかに美味かったなぁ」
「獲れたてだったみたいですしね。それより皆さん。今日は南の方に進みたいと思いますので。よろしくお願いします」
「あ、あぁ、よろしく。加藤さん」
そう言って扉から外に向かって出て行く皆の背中を見ながら、アタシはふと、最後尾を歩くマリッサを見た。
なんか、元気がない?
前みたいに、顔色が悪いとか、そんな感じじゃないけど。
昨日までと全然雰囲気が違う気がする。
少し前にハヤトとこっそり話をしてた時から、マリッサはすごく気力に満ちてたように思うんだけどな。
一昨日までは、まるでハヤトに狙いを定めるように、遠目で彼のことを見てたもん。
アタシと目が合った時には、ちょっとだけ気まずそうに目を逸らしてたし。
だけど、今のマリッサは、目が合っても微かに微笑んでくるだけ。
なんて言ったらいいのかな?
諦めてる? 達観してる? それとも、余裕から来る微笑み?
……やっぱり、何かあったんだ。
昨日はアタシがハヤトの近くに居なかったから。
その間に、マリッサがハヤトに近づいて、話をしたとか?
だったら、元気になるんじゃないのかな?
どういうコトなんだろ。
「メイ? どうかしたの? みんな、先に行っちゃったよ?」
「え!? あ、うん」
「考え事?」
「まぁ、そんなところ」
「それって、彼の事でしょ?」
「ふぇ!?」
「ははは。分かりやすいね」
「か、からかわないでよ!」
「ごめんね。あんまりこっちを見て来るからさ」
そう言ったマリッサは、右耳に金色の綺麗な髪を掛けた。
ちょっとだけ寂しそうな表情のまま、彼女は前方にいるハヤトの後姿を見てる。
「ね、ねぇ、マリッサ」
「安心して。大丈夫。メイが考えてるようなことは無いから」
「え?」
「私はさ、慣れっこだから、こういうの。気にしなくて大丈夫」
「そ、そうなの?」
「うん。だから、メイが悩んだりする必要は無いんだよ」
寂しそうな表情から一転して、マリッサは満面の笑みを浮かべる。
なんか良く分からないけど、マリッサは元気みたい。
うん。そうだよ。彼女が大丈夫って言うんだから、アタシも悩まなくていいんだよね。
そう思えたら、なんだか体が軽くなった気がするな。
そのままマリッサと一緒にハヤト達に追いついたアタシは、一日の仕事に取り掛かる。
食料集めも、地図作りも、一昨日より賑やかな雰囲気で進んでいった。
その中心には、意外にもマリッサがいて、彼女はずっと楽しそうに、作業を続けてる。
ハヤトも師匠も、それに加藤さんまで、マリッサの賑やかな雰囲気に流されてた。
心地よい風が吹く昼下がり。
穏やかな空の下でアタシ達が味わったその時間は、そんなに長くは続かない。
それはきっと、嵐の前の静けさだったんだよね。
心地の良い風は、少しずつ強さを増して、空に黒雲を集め始める。
黒雲の塊は少しずつ大きく連なって、巨大な渦に向かって伸び始める。
そんな空の渦にアタシ達が気が付いたのは、その日の昼過ぎ頃。
雨がポツポツと降り始めたところで、マリッサが呟いたんだ。
「あれはもしかして……風龍様の巣!?」
そんな彼女の視線の先には、嵐のど真ん中に浮かんでる巨大な浮島があった。