第44話 思い違い
俺達が空港周辺の地図を作り始めてから数日。
その間、メイはなにかと俺に着いて回るようになった。
ことある毎にしがみ付いて来られるのは、悪い気はしない。
とはいえ、流石に風呂とかトイレまで着いて来ようとするのは、全力で拒否したけどな。
「アタシは気にしないもん!」
なんて言うメイの正気を疑ったよ。
そんな感じだったからかな、結局あの後、俺はマリッサと話をすることもできていない。
まぁ、マリッサの方もなんとなく俺を避けてる感じがするから、もう話すつもりもないのかもだけど。
バロンの気持ちに気づいてしまった以上、他の男と2人きりで話すなんて、避けたいのかもしれないな。
てなワケで、今日の俺は久しぶりに1人でガランディバルの修練場に来てる。
整備班の皆が頑張ってるおかげで、俺達の拠点も着々と整ってきてるけど、流石にこれほど立派な修練場はまだ出来てないからな。
「この間できなかったことを試してみるか」
前にここで修練した時は、籠手の性能を色々と試すために、メイに付き合ってもらった。
途中でバロンが乱入してきたせいで、中途半端になったんだが。
今日はその時に出来なかったことを試してみようと思ってる。
取り敢えずは、前回途中だった籠手の射程距離について、メイに見てもらおう……。
そうだった。今日はメイはいないんだった。
「ここんところずっとメイが傍にいたから、いざ1人になると、ちょっと寂しいな」
寂しいだけじゃない。メイがいないとなると、実際に届いた距離の測定とか、色々なことを一人でやらなくちゃいけなくなる。
面倒だな。
とはいえ、いつまでもこのエピタフの籠手のことを知らないままでいるのは、得策じゃないし。
「バロン達も、この籠手で何ができるのかまでは、知らないみたいだし。やってみて、覚えるしかない」
取り敢えず分かってることと言えば、拳を握り込むことで何かが発射されるってことか。
これが不思議なもので、発射されている物が何なのか、誰も分からないらしい。
「拳大で無色の半透明な塊。現実的な観点で言えば、空気砲みたいなものなのか? でも、風ってわけでも無いんだよな。ファンタジー的に言うと、魔素? とか?」
そう言えば俺は、魔素に耐性があるらしいからな。
あながち間違いでもないのかも。
「だとしたら、何に使えるんだって話だよな」
もし、体内の魔素を放出してるんだとしたら、それって危なくないのか?
魔力切れとか、そう言う話はファンタジーで良く聞くよな?
今の所、そう言った異変は感じないけど。
「今はこっちに集中しよう」
考えてばかりの頭を切り替えて、俺は修練場の一番奥にある射撃練習場に向かった。
そこで、的に対する命中率を確認する。
「弾が半透明な上に拳くらい大きいから確証は無いけど、弾道にバラツキが無いように見えるな。銃でもここまでの精度は出ないんじゃないか?」
銃について詳しいわけじゃないけど、100発のうち100発が同じ弾道を辿るなんて、ありえないよな?
やっぱり、この籠手は魔術的な何かなんだろう。
次は、何を確認しようか。
物理的な強度とかは、見ておいた方が良いよな?
それと……。
「ねぇ、ちょっと、良い?」
「おわっ!? びっくりしたぁ……いつの間に来たんだよ、マリッサ」
急に背後から声を掛けられたら、驚くよな?
特に、考え事をしてる時なんか、無防備なんだからさ。
マリッサも俺が驚いた声に身体をビクッとさせてるから、ワザとじゃないんだろうけど。
「ごめんなさい。驚かすつもりは無かったんだけど。凄く集中してたから、いつ声を掛けたらいいのか分からなくて」
「いや、全然良いぞ。それより、マリッサも特訓しに来たのか?」
「ううん。私は違うよ」
「そっか。で。何か用があるんだっけ?」
「うん。用ってのは、この間の話の続きだよ」
「あぁ、あの話ね」
話すのを諦めたわけじゃなかったんだな。
「あれから色々と考えてみたんだけど、やっぱり、直接話を聞かなくちゃダメだと思って」
「まぁ、そりゃそうだよな」
「だから、ほら、今日はさ、メイが狩りに出てるって聞いたから、話せるんじゃないかなって、貴方を探してたんだよ」
「悪い悪い。てっきり、この話はもうするつもりがないんだろうなと思ってたから、飯食ってすぐにここに来たんだよ」
「するつもりがないと思った? どうしてそう思ったのか疑問だけど、まぁいいや。ねぇ、そっちに座って話そうよ」
「ん。分かった」
俺は促されるように休憩用の石のベンチに腰かけた。
すぐ隣にマリッサが座る。
なんか、すごくいい香りがするな。
よく見れば、彼女の顔はいつもよりツヤツヤしてる気がする。
バロンが惚れるのも分かるよな。メチャクチャ可愛いし。
まぁ、俺と彼女の出会いは最悪だったから、そんな感じになったことはあんまりないワケだけどさ。
「ジーッと見てるけど、なにか?」
「ん、いや、別に」
「そ? まぁ、イイケド……」
そう言ったマリッサは、なぜか俯いてしまった。
彼女の肩に掛けられた金髪が、まるで表情を隠すようにサラサラと流れ落ちる。
って、なんで沈黙するんだよっ!?
ちょっと気まずいじゃん。
あれ?
これって、俺が話を進めるべきなのか?
そりゃそうか。
いかんな、俺も完全に動揺しちゃってるよ。
「えっと、あの時に俺が叫んだことについて、だよな?」
「うん」
「あの時は俺も色々と焦ってたから、何を言ったのか細かく覚えてるわけじゃないんだけど」
「そうなの?」
「そりゃそうだろ。だって、大地の花束にマリッサが飲み込まれかけてたんだし。それを助けに行くことを制止されたりして、若干ムカついてたり、まぁ、色々あるんだよ」
「うん。それで?」
「それで!? えっと、なんていうかさ、それで制止してくるバロンにムカついたから、思わず口を突いて出ちゃったんだよ。もう気づいちゃってるみたいだから、正直に言うけどさ。まさかマリッサに聞かれるとは思ってなかったんだ。だから、できればで良いんだけど、優しく見守ってやってくれないか?」
「優しく……見守る?」
俺の言葉を復唱するマリッサ。
俯いたままだけど、その呟きを皮切りに彼女の雰囲気が少し変わった気がする。
なんていうか、怒ってる?
そりゃ怒られて当然か。
彼女の気持ちとか何もかも無視して、俺の都合に合わせてくれって言ってるようなもんだしな。
かといって、俺がバロンの気持ちを明け透けに全部伝えるのも違うよなぁ……。
どうしたらいいんだ?
「ねぇ、確認しても良いかな?」
「あぁ、良いぞ」
「惚れたって言うのは、誰が、誰に?」
「そ、それはちょっと、俺が言うのはさすがにまずいだろ」
「どうして?」
「どうしてって、人の気持ちを勝手に言いふらすのはなぁ」
「……そう。そういうことね」
ふぅ……と大きく息を吐いたマリッサは、そのまま勢いよく立ち上がった。
「マリッサ?」
「ん。ごめん。私、ちょっと思い違いをしてたみたい」
「え? それってどういう?」
「ううん。気にしなくていいからね。それじゃあ、私はちょっと湯浴みにでも行こうかな」
そう言ったマリッサは、キラキラと輝く金髪を靡かせながら、修練場を出て行った。
いまから風呂か。
てっきり、風呂に入ってからここに来たのかと思ったんだけどな。
あのいい香りも、常日頃から身だしなみに気を遣ってる証拠ってことなんだろう。
「俺も見習うべきかな?」
呟いてみるものの、俺はそのまま修練を続けることにした。