第43話 役割分担
皆が安心できる拠点を作る。
そのために俺達がまずしたことは、役割分担だ。
各々がバラバラに行動しても、効率が悪いからな。
幸いにも、福岡空港はかなり頑丈な建物だし、拠点として申し分ないだろう。
少し広すぎる気もするけどなぁ。
そんな空港の建屋内を調査して安全を確保するのが、保全班。
床に出来た亀裂とか、魔物の住処とか、そういった危険な場所を把握するのが役目だ。
この保全班は、主に自衛隊員が担うことになる。リーダーはもちろん、椿山さんだよな。
続いて、整備班。この班は主に、皆の身の回りの生活を整えるのが役目だな。
料理を作ったり、寝床を作ったり、トイレを作ったり。
上げ始めればキリが無いほど、やることが多い班だ。
構成員は吉田さんを始めとした避難者。
結構大変な役目だとは思うけど、吉田さん曰く、何もせずに考え続けるよりは、身体を動かしておいた方が良いだろうとのこと。
一応、不平を言う人もいなかったから、問題は無いみたいだな。
……言えないだけかもしれないけど、まぁ、少しは我慢してもらおう。
そして残りの班は、俺と朧、メイとマリッサが所属してる調査班。
主な役割は、空港周辺の調査と食糧の確保だ。
食料に関しては、ガランディバルでも栽培してるらしいけど、ずっと世話になり続けるわけにもいかないからな。
幸い、空港周辺に広がってる森は、地龍の巣に影響を受けて、多くの果実が採れる。
おまけに、シカやウサギなどの動物も狩れるとのことで、メイが跳んで喜んでたよ。
ちなみに、調査班には俺達以外にもう一人、新規メンバーが加わってる。
あ、とはいっても、バロンじゃないぞ。
ドワーフ達には基本、保全班と整備班を手伝ってもらうようにお願いしたんだ。
まぁ、バロンは俺達と外に出たがってたけど、一族の長として、あまり街の外に出続けるのは良くないだろうしな。
「ねぇハヤト、あの人はさっきから何を描いてるの?」
「あの人、じゃなくて加藤さんだよメイ。彼女は空港周辺の地図を作ってるんだ。邪魔するんじゃないぞ」
「は~い」
退屈そうに返事をしたメイは、背中の籠をひっくり返して中身を袋に移した後、再び籠を背負って近くの木を駆け登って行った。
彼女は本当に運動神経が良いよな。
本当は狩りをしたいらしいけど、今日は木の実の採取をする日だから、木登りで気を紛らわせてるらしい。
とまぁ、そんな彼女のことは置いておいて、加藤さんに進捗を確認しておこう。
「加藤さん。地図の方はどんな感じですか?」
「はい、このあたりは既に描き終わりました」
「そうですか、それじゃあ、メイが戻ってきたら移動ですかね」
「そうですね」
短い黒髪に、ツリ目の特徴的な女性。
そんな加藤さんは理路整然と俺の質問に答えてくれる。
うん、なんていうか、真面目なんだろうな彼女。
自衛隊に所属してる加藤さんの役割は、周辺の地図を描いて椿山さんに報告することだ。
空港にある周辺マップは、カラミティのせいで使い物にならないからな。
現状の様子を確認したいらしい。
「それじゃあ、俺は皆に集まるように言ってきます」
「はい。分かりました」
加藤さんの端的な返事を背に、俺は朧とマリッサの元に向かう。
「朧、マリッサ、メイが降りて来たら移動するぞ」
「うん。分かった」
「次はどっちに向かうんだ? オイラ、そろそろ疲れて来たぜ」
「どこに向かうかは、加藤さんに聞いてくれ。一応、次が最後だとは思う」
「なら良かったぜ」
そう言った朧は、自分が集めた小さな果実を背中の袋に入れて、加藤さんの方に向かって歩き始める。
そんな彼を追うように、俺も加藤さんの元に戻ろうとした瞬間、マリッサが俺の左手をギュッと握った。
「っ!? ビックリした、どうした? マリッサ」
「あっ、ごめん。別に変な意味は無いんだけど、さ。えっと、ちょっとだけ話したいことがあるんだけど、良い?」
「話したいこと? あぁ、良いぞ」
もしかして、また悩み事とかがあるのか?
「忙しいのに、ごめんね。えっと、話って言うのは、その、この間のことで」
「この間? って、いつの話だよ」
「私が、大地の花束に取り込まれてた時のこと」
「あぁ、あの時か。それで?」
「あの時、さ。その。私もちょっと意識が朦朧としてて、はっきりとは覚えてないんだけど……」
「うん」
「すごく大きな声で叫んでなかった?」
「叫んで……そうだな。叫んだな」
「あれって、どういう意味だったの?」
「え? あ、あぁ……あれは、だな」
あれ? もしかして、あの時叫んだ内容って、マリッサにも聞こえてたのか?
ってことは、バロンがマリッサに惚れてるってのも、伝わっちゃったってことか!?
これって、ヤバいよな?
俺、余計なことをしたような気がする。
さて、俺は今、なんて返事をするべきか。
適当にごまかすと、逆に怪しいか?
でも、何も叫んでないって言うのは通じないだろうし。
参ったな。
なんにせよ、今ここでするような話じゃないし。
「えっと、マリッサ。できればその話は、別の場所で2人で話したいんだけど」
「っ!? 別の場所で!? 2人きりでっ!?」
「……なんでそんな真っ赤になるんだよ」
「べ、別に、赤くなんかなってないよ!!」
「なってるから。耳の先まで赤いから」
「そんなところ見ないでよ!!」
何をそんなに恥ずかしがるのか、耳を両手で押さえた彼女は、その場にしゃがみ込んでしまった。
どうしたもんか。
と、考えている俺のすぐ後ろで、ドスンという鈍い音が鳴る。
「……な、なんだ?」
恐る恐る振り返ると、足元には完全につぶれてしまった木の実が1つあった。
「ハヤト……2人きりで何を話すの?」
「メ、メイ? どうしたんだ? なんでそんなところから、俺を睨んでるんだよ?」
木の上から俺を見下ろして来るメイの眼光が鋭い。
なんか怒ってるようにも見えるけど、理由が分からない。
……ちょっと待てよ。
メイは耳が良いんだよな。
ってことは、今の俺とマリッサの話を聞いてたのか?
だとしたら、彼女が俺にやきもちを焼いた、なんて考えるのは自意識過剰だよな。うん。自重しよう。
「おい、お前さんら何をしてるんだ? 次の場所に移動するんだろ? 早く行こうぜ!」
朧の声を聞くまで、俺は少しの間メイを見上げる事しかできなかった。
木から降りて来た彼女は、いつも通り俺の隣に寄り添ってくる。
いつもと違うことがあるとすれば、強引に俺の右腕にしがみ付いてくるくらいだな。
「メイ、どうしたんだよ?」
「別に。なんでもないもん」
そう言う彼女は、頑なに前を見続けている。
まるで、誰にも顔を見られないようにしてるみたいだな。
引っ張られるようにして彼女と先頭を歩きながら、俺はそう思ったのだった。