第42話 ギリギリの生活
焼け落ちてしまった駐屯地を後にした俺達は、仕方なく、ガランディバルに戻った。
ナレッジ達エルフの生き残りがどこに逃げたのか調べたいところだけど、手がかりが無いとどうしようもないよな。
分からないことが多すぎて、何から手を付ければ良いのか、分からなくなってくる。
それでもお腹は空くワケで、俺達は今、例の店で食事を摂ってるところだ。
「あの白い魔物―――キメラは、魔王軍が送り込んでるんじゃないかな」
「魔王軍が? どうしてそう思うんだ?」
「一番大きい理由は、エルフが拠点にしてたあの駐屯地を狙ったこと。それに、白いドラゴンが魔術結晶を狙ってるのも、根拠の一つだね」
「その魔王軍とやらと嬢ちゃん達は、カラミティの前から戦争をしてたんだろ? ってことは、狙われるのはある意味当たり前ってことだよな」
「最前線で魔王軍と戦ってきたマリッサがそう言うのなら、間違ってはない気もするけど、確証があるわけでも無いから、決めつけるのは早いんじゃないか? 朧」
「それもそうか」
「ねぇマリッサ。エルフと魔王軍はどうして戦争をしてるの?」
「それは……」
メイの質問に答えようとしたマリッサだけど、そんな彼女よりも先にバロンが口を開いた。
「エルフ共も魔族共も、魔術結晶の力を使って勢力を拡大しようとしていたのであろう。まったく、嘆かわしい話だ」
そんなエルフの1人であるマリッサに、アンタは一目惚れしたんだけどな?
まぁ、そんなこと口が裂けても言えないけどさ。
「良く分かんないけど、複雑な状況だったんだな。どちらも魔術結晶が狙いだってんなら、ドワーフもその戦争に加わってたのか?」
「そのようなことをする訳が無いであろう!? 魔術結晶は龍神様より授かりしもの。それを戦いなんぞに使うのは言語道断というものだ」
「でも、隠れ蓑とかの魔道具は使うんだろ?」
朧の言う隠れ蓑ってのは、姿を隠すあれの事だったか。
確かに、戦闘にも使えそうなものだよな。
「これら魔道具は我らが生活するうえで古くから使うことを許された道具。戦士同士の戦いに使用することは無い」
なるほど、そういう線引きなのか。
と、俺が一人で納得していると、メイがマリッサに質問した。
「エルフは魔術結晶をどんなふうに使ってたの?」
「そうだね、代表的なもので言えば、杖に仕込んで魔術の威力を上げたり、城を護るための結界に組み込んだりしてたかな。あと、1つだけ訂正したいんだけど、そもそもドワーフは魔術結晶を使えるだけの魔素耐性を持ってないでしょ?」
「ぐぬぬ……たとえ耐性を持っていたとしても、我ら一族が魔術結晶を戦いの道具として使うことはあり得ぬ!」
「ふ~ん、そっか」
この言い方は、マリッサはバロンの言葉を信じてないな。
というか、同じ龍神を信仰してても、ドワーフとエルフで考え方が違うのか。
前からバロン達がエルフを揶揄してる感じがあったけど、そういうコトだったのか。
地球だろうと異世界だろうと、似たようなもんだな。
「で、エルフは魔王軍にかなり追いつめられてたんだよな?」
「そうだよ」
魔術を扱うエルフ達を追い詰める魔王軍。
しかも、キメラなんていう新種の魔物まで投入してくるところを見るに、魔王軍はまだ健在ってことだよな。
「やっぱり、魔王ってそれだけ強いのか?」
「さぁ。少なくとも私は魔王を見たことがないから」
「魔王様が直々に敵の本拠地に攻め込んだりはしないか。まぁ、そりゃそうか」
「安心しろ、このガランディバルであれば、魔王軍と言えど簡単に攻め落とすことは出来まいよ」
「そうならいいんだけど」
撃退したとはいえ、大量に侵入された実績があるんだけど、どうしてそんな自信があるんだ?
まぁ、ドワーフ達の無尽蔵な体力を持ってすれば、負けることは考えにくいけどさ。
だけどそれは、ドワーフに限った話。
現実的に考えよう。
あのキメラたちが襲撃してきたとして、日本の、あるいは地球の政府が、撃退することはできるのかな?
もしかしたら、地球の政府とかが全く動きを見せていないのは、既に魔王軍によって壊滅させられてるからだったりするのか?
先が見えない。
これから俺達はどうすれば良いんだろうか?
何が正解なのか誰も知らない世界で、どうやって前に進んでいけば良いんだろう?
出来る事なら、全部を元に戻したいところだけど……。
「前にマリッサが言ってた、世界を元に戻すためのタイムリミットって、いつまでなんだろうな」
「……」
皆黙っちゃったよ。
まぁ、何も言えないって気持ちは分かるけどさ。
そろそろ、タイムリミットを過ぎちゃったって言われても、不思議じゃないよな。
と、俺がそんなことを考えていると、ずっと黙って食事を摂ってた吉田さんが、不意に口を開いた。
「あの、私が口を挟むのもあれなのですが……そろそろ、どこかに安全な場所を作る訳にはいかないでしょうか?」
「何を言うておる? この街であれば安全であると先ほどから言うておるではないか!」
「はい。確かに、皆さんがいるこの街に居れば安全だと思います。ですが、その、非常に贅沢な話だとは思うのですが、それはあくまでも、命の危機を脱することができるというだけで、安心して生活することができるのとは、大きく違うのではないかと思うのです」
「何を言うておるのだ? 命の危機を脱せるのであれば、何の問題も無いではないか」
困惑して見せるバロン。
そんな彼の反応は、まさに強い者のそれなんだろうな。
命あっての物種。命さえあれば、どうにか生きていける。
だけど、それはギリギリの生活で。吉田さん達のような一般の人たちは、色々とキツいはずだ。
あれ? 俺もその一般人に分類されるハズなんだけどな。
「吉田さんの考えも、俺は理解できます。きっと俺達は、そろそろ現実を直視する必要があるんだ」
「ハヤト? それはどういう意味?」
「世界はもう、元には戻らないって意味だよ」
「え?」
「可能性を捨てたわけじゃない。だけど、それをしっかりと覚悟して、将来に向けた準備とかを進めておいた方が良い。俺はそう思う」
「将来に向けた準備、か」
何か思う所でもあるのか、朧が俺の言葉を復唱する。
ちょっとだけ重たい空気が流れる中、俺達は少しずつ先のことについて話し始めたのだった。