第41話 横たわる予感
「あぁ……身体が痛い」
「ものすごい特訓だったよね。アタシも少しだけ足が痛いよ」
ガランディバルの正門付近に腰を下ろしてる俺とメイ。
そんな俺達を見下ろして少し呆れながら、マリッサが声を掛けてきた。
「どうしてそんなにきつい特訓をしたの?」
「いや、俺に聞かれてもなぁ」
ここぞとばかりにバロンに対する文句をぶちまけようと思った矢先、件のバロンがズカズカと姿を現す。
「さぁ、皆の者、準備は良いか? これより我らは、ハヤトらと共にエルフの居るという駐屯地に向かう!!」
「おぉぉぉぉ!!」
正門前に集合しているドワーフ達の雄叫びに、俺達は思わず耳を塞いだ。
もはや、軍隊と言われても不思議じゃない勢いだな。
「一応確認だけどよ、オイラ達、こっそり近づくんだよな?」
ドワーフ達の様子に呆れてるらしい朧に、俺は同意を示しながら応える。
「そのつもりだけど、上手く行く自信はないな」
「でも、バロンさん達が一緒なら、多分なんとかなっちゃいそう」
まぁ、メイの言うことも分かるから、困るんだよな。
正直、バロンだけが着いて来ると思ってたんだけど、まさか希望する者を全員連れて行くことになるとは。
頼りになるから、良しとしておこう。
「いざ、出陣!! 進めぇ!!」
堂々と宣言するバロンに従って、ドワーフ達が動き出す。
そんな彼らを見た俺は、見送りに来てくれていた吉田さんに軽く会釈した。
「それじゃあ、吉田さん。行ってきますね」
「はい。皆さん、お気をつけて」
今回、戦闘がメインになりそうなので吉田さん達はガランディバルで待機してもらうことになった。
まぁ、当然だよな。
ちなみに、自衛隊の皆さんもガランディバルに残ってもらってる。
と言うのも、空港の設備を使ってどこかの誰かと通信ができないか、色々と調査をしてもらうためだ。
正直、ドワーフやメイ、それとマリッサが居ればこちらは何とでもなる気がするしな。
そうして、俺達は歩いて駐屯地を目指す。
車はもちろん使わない。
いや、使いたいんだけどさ、ドワーフ達が頑なに車を嫌がるんだよ。
ってなわけで、俺は疲労困憊してる身体に鞭打って、歩いてるワケだ。
そろそろ足に限界が近づきそうになってきた頃、不意に朧が呟いた。
「おい、あれって」
「キメラだな」
白い魔物。キメラ。
獣型のそいつは、森の木々の間を縫って歩きながら、俺達のことを観察してる。
「もしかしたら、エルフの偵察かもしれないな。皆、気を付けて進もう」
そう提案する俺に、マリッサが疑問符を投げて来る。
「どうかな? わざわざ魔物を使って偵察する必要はない気がするけど……」
「もしかして、便利な偵察方法があったりするのか?」
「そういう魔術を使える人も少なくないよ」
「ってことは、もうすでに見つかってる可能性が高いってことか」
「そうだね。油断するよりは、そう思ってた方が良いと思う」
それから俺達は、森の中で多くのキメラを目撃した。
空港に向かうときは1匹も見なかったってのに、どうなってるんだろう?
全部を相手にしてたらキリが無いので、襲い掛かって来るものは迎撃して、それ以外は無視して進む。
これぞ強行軍だな。
バロンたちが居なかったら、絶対に無理な行軍だけど。
もう少しで駐屯地が見えて来るだろう地点に来た時、メイが鼻をピクピクとさせながら告げる。
「ねぇ、なんか焦げ臭くない?」
「オイラも思ってたところだぜ」
「そう言われてみれば、ちょっと臭うかもな」
その臭いは前に進めば進むほど強さを増して行った。
そうして森の外に出たところで、俺達はニオイの正体を目の当たりにする。
元々駐屯地があった場所に、焼け落ちた建物と真っ黒こげになった木々が残されてる。
間違いない。
この焦げ臭さはここから発生してるものだ。
よくよく見れば、焦げ跡の中に多くのキメラの死体が転がってる。
つまり、この焦げは恐らく、ナレッジの魔術によるものと考えて良いだろう。
「おいおい、こりゃ一体……」
「何が起きたんだ? キメラは、エルフ達の追手じゃなかったってことか?」
「ハヤト、向こうにエルフが倒れてるよ!」
メイの指す場所に向かってみると、確かに、エルフが横たわってた。
「ダメだ……もう息絶えてる」
キメラから逃げられなかったのか、エルフの腹部には酷い傷跡がある。
「酷いな……」
「ハヤト! 主らは周囲を調べて何か情報を探してくれないだろうか? その間、我らはこの駐屯地内の敵を一掃しておこう」
「分かりました。何かあったら呼んでください!」
バロンの指示に従い、俺達は周囲の探索をすることにした。
と言っても、探れる場所は限られてる。
敵を倒すためとはいえ、ナレッジはかなり暴れたらしい。
「ナレッジはどこにも居ないな」
「逃げたってコトだろうな」
「あんだけ強いのに逃げるのかな? 少なくともアタシは、あの炎の魔術に勝てる気がしないけど」
「朧の言う通り、院長はこの場から離脱してると思うよ」
すっかり崩れやすくなった瓦礫を拾って、すぐに投げ捨てながらマリッサは言う。
「マリッサ、何か手がかりを見つけたのか?」
「そんな大したことじゃないけどね。国王もその他の重鎮達も、全員居ないから。まず間違いなく、ナレッジ院長は彼らの護衛をしながら逃げ出してるはずだよ」
「なるほど、それはあり得そうだな」
確かに、多くの魔物と戦いながら国王を守り続けるのは、さすがのナレッジでも難しいのかもしれない。
そうとなれば、どこに逃げたのかだな。
なんてことを考えてると、崩れた建物の方に向かってたメイが、急に声を張り上げた。
「ねぇ! ハヤト!! ちょっと来て!!」
「どうした? メイ」
「この部屋……」
「ん? 部屋がどうしたんだ?」
崩れてしまった壁から中を覗き込むメイ。
部屋の様子はいたって普通に見えるけど、何かあったのかな?
「ちょっとだけ、志保のニオイがするよ」
「ホントか!? ってことは、この部屋に捕まってたってことか?」
今にも崩れてしまいそうな天井をドライアドの蔦で支えてもらった後、俺達はその部屋に入る。
そうして、部屋の中をくまなく探してみたけど、仲乃瀬さんの姿は無かった。
「どこかに隠れてる……なんてことも無いよな」
「ってことは、その志保ってのは、エルフ達に連れて行かれたってことか?」
「そう言うことになるな。運よく逃げ出せた、ってのは考えにくいし」
「わざわざ人間の女性を連れて行くかな? 私はちょっと違和感を覚えるけど」
「何か目的があるって言いたいのか?」
「さぁ。さすがに私もそこまでは分からないよ」
「わぁ……ねぇ、ハヤト、これ見て。凄いよ」
「ん? 紙? それがどうかしたのか?」
どこから見つけたのか、メイは1枚の紙を俺に手渡してくる。
その紙には、とてもリアルな獣型の魔物が描かれていた。
「おいおい、こりゃ一体」
「魔物の絵? どうしてこんなものが?」
「そう言えば、仲乃瀬さん。イラストレーターをしてるとか言ってたな……」
多分、この絵は彼女が描いたものなんだろう。
でも、どうして彼女は魔物を描いたんだ?
そんな小さな疑問が、俺の中に嫌な予感として横たわり始めるのだった。