第40話 新しい弟子
エルフ達の駐屯地に向かい、ナレッジ院長から話を聞いて、人を助ける。
それが、次の私達の目的。
その目的を果たすために、私達は一旦、準備のために解散した。
各々の装備を整えたり、身体を休めたり。まぁ、皆思い思いに過ごしてる感じだね。
かく言う私はというと、ガランディバルにある鍛練場前に来てる。
鍛練をするため?
ううん。違う。
人と話をするため。
……なんだけど、中に入るための1歩が踏み出せないのは、どうしてなの?
「どうしたのよ、私」
自然と深いため息が零れて来る。
群青の魔女と恐れられてた私のこんな姿を、レルム王国の人に見られたら、どう思われるのかな。
「ただ、話をするだけ。そう、そうだよ。なにも怖いことないじゃん」
そう呟いて、決意を新たにしようとするけど、その度に、彼の言葉が私の頭の中を過るんだ。
『テメェの惚れた女が』
惚れたって誰が!? 誰に!? どういうこと!?
テメェって、誰のことを指してるの!?
ううん。多分、あの時の状況から察するに、誰かが私に惚れてるって考えるのが……。
私、自惚れすぎなんじゃない!?
いやいや、無いでしょ。
だって、世界中をめちゃくちゃにした女なんだよ?
それに、いろんな人に結構キツク当たって来た自覚があるし。
誰かが私に惚れるなんて、そんなこと……。
「やっぱり、聞きださなくちゃ。あれは誰の話をしてたのか。私に関係なかったら、気にする必要も無いんだし……」
あれ?
もし、私のことで間違いなかったら?
私はその時、どうすれば良いの?
ハヤトが私に……なんて、そんなこと無いよね?
いやいや、ありえないよ。
絶対にありえない。
メイが居るし! うん、彼にはメイが居るから!
でも、ハヤトはメイの事、どう思ってるのかな?
って、違うでしょ。そうじゃなくて。あぁ、もう! わけわかんなくなってきた。
「はぁ……どうしたんだろ、私」
このまま鍛練場の入り口で、ハヤトが出て来るのを待っていようか。
いやでも、そんなところを誰かに見られたりしたら……!
咄嗟に周囲を見渡してみるけど、見知った顔は誰も居ない。
良かった。
でも、ずっとこうして入り口付近に居たら、変、だよね?
また、今度にしようかな。
そうだよ、別に、今日の内にハヤトから聞き出す必要は無いんじゃない?
いつか、皆があの時の事を忘れてしまったような頃合いで、そういえば~って、思い出話みたいに聞けばいいじゃん。
うん。そうしよう。
あれ? でも、その時まで私は、このモヤモヤを抱え続けるってことに?
「ダメだ……こんなんじゃ、身体がもたないよ。ちょっと、水浴びでもしに行こうかな。そう言えば、この先に湯浴みができるお店があったよね」
鍛練場の入り口から少し離れながら、私は道を歩き始めた。
別に、怖くて逃げだしたわけじゃないからね。
単純に、また別の機会があるから、今はやめておこうと思っただけ。
うん、意味とか理由とか目的とかは、後で変わっても良いって、ハヤトも言ってたし。
……どうしてここで、ハヤトの言葉を思い出しちゃうのよ!
別に、彼に影響されたとか、そう言うわけじゃないから。
「そ、そうよ。最近湯浴みなんてできてなかったんだし、話してるときに臭《にp》ったりしたら嫌だし。それだけだから!」
誰に言うわけでも無く、私はそう口にしながら目的地の湯浴み場に向かった。
そんな私の後姿を見守る視線があったなんて、気づくことも無く。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「おい、大丈夫か?」
「……何がだ?」
「何がだって、目に見えて落ち込んでるじゃねぇか。まぁ、あんなの見せられたら、お前さんからしたらショックなんだろうけどよ」
「我が、落ち込んでいる?」
茫然と口を半開きにしたバロンが、オイラの隣に立ってる。
彼の視線の先にあるのは、小走りで湯浴み場に向かってるであろう、マリッサの後姿だ。
「それにしても、どうして咄嗟に姿を隠したんだよ」
「そ、それは……我とて心の準備が」
「誇り高き戦士はどこに行ったんだよ」
でもまぁ、バロンが落ち込むのも無理はない。
なにしろ、惚れてる女が目の前で、別の男に夢中になってる(かもしれない)様子を見せられたんだからな。
いやまぁ、直接的に見たってわけじゃないけど、あれはそういうことだとオイラは思うぜ。
皆が解散した後、ハヤトは籠手の性能を確かめるためにメイを誘って鍛練場に向かった。
そんな2人の後をつけるように、マリッサがフラフラと歩き出した時は何事かと思ったけど、まさかこんなことになってるとはな。
「ハヤトの野郎、ちょっとムカつくな」
「……やはり、そういうことなのであろうか?」
「現実から目を逸らすつもりなら、違うって答えてやるぜ」
「現……実……」
「じょ、冗談だって、気落ちするなよ。ほら、オイラの頭撫でさせてやるから」
「……要らん」
「しれっと傷つけて来るんじゃねぇよ!! せっかく慰めてやってるって言うのによ!」
ったく、人間もドワーフもエルフも、どいつもこいつも失礼だよな。
「けどまぁ、アンタの勝ち目が完全に無いってわけでも無いと思うぜ?」
「そ、そうであろうか?」
「あぁ、そうだとも。よく考えて見ろ、嬢ちゃんは今、鍛練場の前で2人の様子を伺ってただけだ。つまり、2人の邪魔をしないように気遣って、この場を離れた可能性だってある」
「だったら何だというのだ?」
「だから、メイに気遣ってる時点で、マリッサはハヤトのことを諦めてる可能性があるって言ってんだ」
「な、なるほど」
「ったく、どうして猫のオイラがこういうことを教えてやらなくちゃいけねぇんだよ」
正直、マリッサの気持ちなんか何一つ理解してないけどな。
そもそも、惚れてるってのもオイラ達の勘違いの可能性だってあるワケだし。
「まだ、まだ可能性はある。と言うことだな」
「そう言うことだ」
「であるなら、我がするべきことは1つだけか」
「1つだけ? 何をするつもりなんだ?」
「我の力を見せつけるのだ!」
「お、おい、それってつまり、決闘するとかそう言う話か?」
「当たり前であろう」
「ちょ、ちょっと待てよバロン。それはマリッサがドワーフだったら通じるかもしれないけどよ、彼女はエルフだぜ? アンタらの慣習かなにか知らねぇけど、決闘で惚れさせるってのは本当に有効な方法なのか?」
「強い者が選ばれるのは当然であろう?」
「そうとも言えないから難しいんだろ? もっと良く考えろ。決闘に勝った者が選ばれるのなら、どうしてハヤトは決闘もしてないのに選ばれようとしてるんだ?」
「っ!?」
「……気づいてなかったのかよ」
「それは、主の言う通りだ。確かに、我とハヤトは決闘しておらぬ」
「だろ? つまりだ、お前さんがするべきことってのは、ハヤトに決闘を申し込むことじゃねぇ」
「で、では、主の思う、我がするべきこととは!?」
「それを教えてやってもいいが、1つ条件があるぜ」
「条件?」
「オイラのことを師匠と呼ぶ。それだけだ」
「師匠。これでよいのか?」
「おう。しっかりと聞いておけ弟子よ。お前さんがするべきことってのはな、ハヤトに鍛練を付けてやることだ」
「我がハヤトに鍛練を? しかし」
「大丈夫だ。バロンとハヤト。お前さんらが一緒に鍛練を積むことで、確実に2人共強い男に成長していくだろう。それだけの実力がお前さんにはあるし、ハヤトも、ついて行くだけの気概がある」
「そうであるか」
「そうだ、そして、マリッサは2人が切磋琢磨して鍛練する様子を見ることになる。その時、お前さんの漢の生き様ってやつを見せてやればいい。きっと、惚れる」
「そうか!! そうであるか!! 感謝するぞ、師匠!!」
そう叫んだバロンは、勇み足で鍛練場に向かって行った。
悪いなハヤト。
鍛練はきついだろうけど、頑張ってくれ。
「ハヤト!! 我が主の鍛錬に付き合ってやろう!!」
「え、バロンさん!? 急にどうしおわっ!? アブナイ!!」
「さすがだハヤト!! 続けるぞ!!」
「バロンさん! 何をしてるんですか? ハヤト!?」
鍛練場から聞こえて来る声を背中に、オイラは部屋に戻ることにした。