第4話 告げることもできないまま
アタシ達ウェアウルフは、穏やかに暮らしてたはずだった。
人里から遠く離れたティンベルの森で、毎日狩りをして、ご飯を食べて、家族と笑い合う。
とっても、幸せな生活。
お父さんもお母さんも、たまに喧嘩することもあるけど、大体いつも仲良しで。
最近生まれたばかりの弟を、家族みんなで一生懸命育ててたんだ。
弟はとってもかわいいんだよ?
掌に触れると、ギュッと握り返してくれるし、尻尾に触れれば、にこやかに笑うんだよね。
その笑顔が嬉しくて、アタシは何度も弟の尻尾を触ってたなぁ。
晴れの日は、お父さんとお母さんが狩りに出かけることが多いから、一日中触ってたよね。
あ、でも、初めて狩りに出た時も楽しかった。
お父さんとお兄ちゃんと、そしてアタシの3人。
狙った兎を上手く捕まえることが出来た時は、本当にうれしかった。
まぁ、お腹は泥だらけになっちゃったけどね。
雨の日に、お母さんの子守歌で、弟と一緒に眠っちゃったのも、気持ちよかったなぁ。
お母さんは狩りも上手だし歌も上手だし、お父さんが惚れるのも仕方が無いよね。
……もう一度、皆に会いたいな。
そう思うと、止めどなく涙が溢れてくる。
家族と暮らしてた毎日が、もうどれだけ前の事か、覚えてない。
ティンベルの森から出て、誰かに助けを呼ぼうと思ってたのに。
森を抜けた先にアタシが見た世界は、知らない場所だった。
木よりも背の高い建物が沢山並んでるし、地面はぬくもりのある土じゃなくなってる。
目の前に広がった世界に、アタシは固くて冷たいという印象を受けたんだ。
それでも、アタシは先に進むしかなかった。
……家族の元には戻れないから。
あの日、アタシたちの住んでた家の近くに、見たことも無いほど大きな何かが落っこちて来たんだ。
炎を吐きながら落っこちて来たそれは、多分、ドラゴンだとアタシは思ってる。
ものすごい音を立てて落ちて来たそれは、そのままピクリとも動かなかったの。
そうしたら、お父さんとお兄ちゃんがね、様子を見に行こうって。
お母さんは止めてたんだよ?
だけど、アタシ達の暮らしを脅かす敵かもしれないからって。
結局、アタシが弟の傍に残って、皆で様子を見に行っちゃったの。
……止めればよかった。
行っちゃ嫌だって、止めればよかったのに!!
そうすれば、家族みんなでこうしてドラゴンから逃げ出せたのに……。
お父さんも、お母さんも、お兄ちゃんも。
動かなくなったはずのドラゴンに、焼き殺されちゃった。
残されたのは、アタシと弟だけ。
皆が炎に包まれるのを見て、アタシは茫然としてた。
そしたら、聞こえて来たんだ。
お母さんの声が。
逃げなさいって。
だけどアタシ、お母さんの言うことを聞かなかったんだ。
お母さんがまだ生きてるって、助けなきゃって……。
バカだったから。
本当にバカだったから。
そのせいで、そのせいで、弟が……。
「ごめんね、ごめんね……痛いよね。すぐに、アタシがなんとかするから!!」
腕に抱えた弟が、微かな声を漏らす。
そんな弟に謝りながら、アタシはただ走った。
腕も足も、火傷のせいで痛むけど。
止まるわけにはいかないから。
弟まで失ってしまったら、アタシは、アタシは……。
どこで生きて行けばいいの?
冷たくて硬い世界を走り始めてからどれくらい経ったのかな。
少なくとも、2回夜を越えてる。
だけど、弟を助けることが出来そうな場所とか人と出会えてない。
目にするのは、沢山のゴブリンとかの魔物だけ。
もう、ダメなのかな……。
そろそろ日が暮れそうだし、どこかで身を隠さなくちゃいけないのに。
その場に立ち止まって、全部諦めたくなっちゃってる自分がいる。
そんな時に、アタシの耳が聞き慣れない声みたいなものを拾ったんだ。
それは……そう、歌みたいな声?
「誰か、いる?」
思わずそう呟いたアタシは、声のする方に向かって足を速めた。
魔物だったら、どうしよう。
そんな不安を振り払うように、がむしゃらに走る。
もしかしたら、この時のアタシはもう、全部諦めてたのかもしれないよね。
そうして、声の元に駆けたアタシは、見飽きる程に見て来た四角い建物の傍で立ち止まった。
間違いない。
目の前のこの建物の中から、さっき聞こえた歌声が聞こえてくる。
お母さんの歌に比べれば、野太くてヘタクソな歌。
そんな歌の発生源を探そうと、視線を張り巡らせようとしたその時。
アタシの目の前にあった壁が、突然開かれた。
そして、野太い歌を中断したその人間が、アタシを見て足を止める。
「……って、うぉい!! 嘘だろ!?」
「どうした颯斗? もしかして魔物か?」
「違う! これは……彼女は、獣人ってやつだろ多分……って、ちょっと待て。朧、一旦中に入るぞ」
「何でだ? そいつが魔物じゃないなら、別に構う必要なんて―――」
「バカ野郎!! 彼女の顔見てそんなこと言えるのかよ!?」
「顔? それは一体どういう」
「良いから、中に入るからなっ!!」
「ま、待って」
アタシの目の前で慌ただしく会話する人間達。
そんな彼らに助けを求めようとしたアタシは、思いのほか自分の声が掠れていることに気が付いた。
こんな声じゃ、助けを求める事もできないかも。
そう思って、もう一度大きな声で呼びかけようとしたアタシは、だけど、それ以上の勢いで駆け寄って来た人間に圧倒された。
「何やってんだ!? 早く中に入れ! そんな怪我したまま、外にいるのは危険だぞ!」
「へっ!?」
言われるまま、そして背中を押されるがままに、私は前に歩き出す。
そうして、何も告げることもできないまま、建物の中に足を踏み入れることになった。