第39話 次の目的地は
俺が意識を失ってから丸一日が経ったらしい。
もちろん、実感はないけどな。
まだ少しだけ頭がくらくらするけど、取り敢えず飯を食った方が良いだろう。
ということで、俺達は今、以前入った店で朝食を摂ってるところだ。
「ハヤト、大丈夫?」
食卓を前に動かない俺を見て、メイが心配して声を掛けてくれる。
「あぁ。大丈夫だ。ごめんな、迷惑かけたよな」
「ううん。迷惑とかじゃなかったよ。ちょっとびっくりしちゃったけど」
「傍から見てりゃ面白かったけどな」
朧の野郎。
俺を置いて一人逃げたくせに、良く言うよな。
まぁ、宴に朧が参加してても、結局飲まされる量は変わらなかったか。
なんて考えつつ、俺が朧を睨んでいると、バロンが店に入ってきた。
「ハヤトじゃないか。昨日は潰れてたと聞いたが、もう良いのか?」
「バロン。まぁ、なんとか。1日寝ればさすがに酔いも醒めましたね」
そもそも、彼に飲まされなかったら潰れることも無かったんだけどな。
同じだけ飲んでたはずのバロンは潰れなかったってことか。やっぱり強いな。
「人間にしちゃ中々呑んでたからな。メイの嬢ちゃんも、宴は楽しめたか?」
「うん! ご飯美味しかったよ」
「メイも参加してたのか?」
「うん。お酒は飲んでないけど。ご馳走は沢山食べたよ」
「良い食いっぷりだったと聞いているぞ」
平和そうで羨ましいよ。
なんだかんだ言って、メイも酒に強そうな気がするけど、どうなんだろうか?
あとで聞いてみよう。
皿に盛られた薄い肉を口に放り込んだ俺は、その香ばしい味を楽しむ。
これが何の肉なのかは、考えないようにしよう。
と、俺が黙々と食事を摂っている間に、朧とバロンが会話を始めた。
「あれから、例の魔物達の襲撃は収まったままなのか?」
「あぁ。外に偵察を出してみたが、今の所、奴らを目撃したという報告は上がっていない」
「何だったのかな、あの白い魔物達」
「確認できているだけでも、10以上の種類がいた。獣型に人型、鳥型にヘビ型まで。しかもほとんどの個体でそれらの特徴が入り混じっているのを確認している」
「ああいう魔物は存在しねぇのか?」
「少なくとも、我は今までに一度も見たことが無い」
「アタシも見たことないよ」
バロンに同意するように、メイが告げる。
そんな2人を見ながら、俺はなんとなくマリッサにも話を振ってみた。
「マリッサはどうなんだ? 白くて色んな特徴が混ざったような魔物。見たことあるか?」
そんな俺の質問に、少し驚きを見せたマリッサは、すぐに落ち着きを取り戻して淡々と答える。
「ううん。私も見たことないかな」
異世界組が全く見たことないってことは、あの白い魔物達はカラミティが発生した後に生まれた魔物ってコトなのかもしれないな。
まぁ、確証なんて、何もないけど。
俺達の世界と混ざったことで、新しい魔物が生まれてたとしても、おかしくはない気がするよな。
「今ここで、奴らについて考えたとて、我らが答えに辿り着くことはあるまい」
「まぁ、それもそうか」
「それよりも今、我はそなたに問いたいことがある」
そう言ったバロンが視線で指したのは、マリッサだ。
「……私に?」
「左様。そなたは我らが教えることも無く、地龍様の元へと降りていた……どこで往き方を知ったのか。それが我の知りたいことだ」
そう言えば、そんなこと言ってたな。
「ドライアドに聞いたの」
「ドライアド……なるほど、そなたは精霊召喚を行使するのか」
妙に納得して見せたバロンに対して、マリッサが深々と頭を下げる。
「勝手に入ってごめんなさい」
「本来であれば許されざることではあるが……。龍神様から許されている以上、我らが咎める筋はあるまい」
まぁ、バロンの言いたいことは分かるんだけど。
正直なところ、マリッサにはもっと聞きたいことが沢山あるよな。
でも、言ってみれば病み上がりみたいな状態の彼女に、どこまで聞いて良いのか、少し躊躇いを覚えてしまうのは俺だけかな。
と、そんな俺の躊躇いを知ってか知らずか、メイがド直球の質問を口にした。
「あのさ、マリッサは結局あそこに何をしに行ってたの?」
一瞬広がる沈黙。
その沈黙に一番驚いてるのは、メイだ。
「えっと……」
「戸惑う必要は無いぜ、メイ。オイラも含めて全員が気にしてることだ。それに、嬢ちゃんにはそれを説明する義務がある」
「……そう、だね」
朧に言われて意を決したらしいマリッサは、一つ大きな息を吐きだしてから、語り始める。
「地龍様を通じて、龍神様に聞きたかったの。私が生きてる意味とか、これから何をするべきなのかとか。そういうことを」
「どうしてそんなこと……」
「聞いてるでしょ? 私が、世界をこんな風にしちゃったんだってこと。どうして、そんな力を私に与えたのか。その力で何をしてほしかったのか、今のこの状況が、龍神様の望んでた結果なのか。そういうことを聞いて、私は多分、安心したかったんだよ」
どこか自分に言い聞かせるように、彼女は続ける。
「それに、1つ気になることがあったんだ」
「気になる事?」
「うん。ナレッジ院長に捕まってた時、私は処刑されるって聞かされた。カラミティを起こしたんだから、仕方が無いんだけどね。でも、院長が私に何かを隠してるように思えちゃって……龍神様なら、全部知ってるはずだから。危機に行くことにしたの」
「それで色々悩んでたのか」
「うん。ごめんなさい。もう大丈夫だから」
「そっか」
「ったく、嬢ちゃんもハヤトも世話が焼けるぜ」
「ごめんなさい」
改めて全員に頭を下げるマリッサ。
ここまでの態度を見るに、彼女は意図してカラミティを引き起こしたわけじゃなさそうだよな。
となると、次に話を聞きたい人物は、ナレッジってところか。
話を聞きに行っても、正直に話してくれるとは思えないけど。
なんて考えてると、バロンが自身の赤い髭をいじりながら問いかけて来る。
「それで、主らはこれからどうするつもりなのだ?」
「私、もう一度ナレッジ院長と話したい」
マリッサはまぁ、当然そうだよな。
そんな彼女が俺に視線を投げてきたことで、全員の注目が俺に集まる。
なんか緊張するからやめて欲しいよ。
「俺もナレッジってエルフと話したことあるけど、彼女、ただ者じゃないよな。そんな人が何かを隠してるんだとしたら、しかもそれが、カラミティに関わってるんだとしたら、それは、俺達にとっても他人事じゃないと思う」
「確かにそうだな。オイラもそう思うぜ」
「そうだね。それに、まだあそこには志保が捕まってるから、助けてあげたいな」
仲之瀬志保。そうだな。彼女も捕まってるんだった。
逃げることに精いっぱいだったせいで、すっかり忘れてた。薄情だな、俺。
どのみち、彼女を助けるために駐屯地には戻らなくちゃいけないワケだ。
つまり、次の目的地は決まってる。
「決まったようだな。して、そのナレッジとやらはどこにいるのだ?」
「エルフ達が移動してなければここから少し離れたところの、駐屯地に居るはずだけど、それがどうしたんです?」
「それがどうしただと? 当然、そこに向かうべく準備を進めるという話であろう」
「もしかして、着いて来てくれるの?」
驚きと嬉しさの混ざったメイの言葉に、バロンは笑みを浮かべながら応えるのだった。
「当たり前であろう。元より、我ら一族はエルフにモノ申したいことが山ほどあるでな。これを機に、雌雄を決するのもよかろうて」