第36話 肩越しに覗き見た
マリッサを取り込もうとする根は、少し距離を置いたら大人しくなった。
取り敢えず、急いで逃げる必要は無さそうで良かったよ。
まぁ、こんなところでゆっくり休むつもりは全然ないけどな。
「ふぅ……なんとかなって良かった」
「まったくだぜ。一人で根の中に突っ込んでいったときは、どうなるかと思ったじゃねぇか」
「師匠の言う通りだよ! ハヤトが怪我してたらどうするつもりだったの?」
「そこはほら、俺って龍神に愛されてるらしいから。大丈夫なんじゃね? って、ごめん、冗談言ってる場合じゃないよな」
メイも朧も、本気で心配してくれたらしい。結構怒ってる。
冗談ではぐらかそうとしたのは、失敗だったな。
とはいえ、飛び出さずにいられたかと言われると、多分無理だった。
何も考えてなかったし。身体が勝手にってやつだな。
取り敢えず、話を進めるためにバロンに謝罪をしよう。
と思ったけど、なんか黙り込んだままのバロンがこっちを見てるな。
「……」
もしかして、相当怒ってる?
「バロン様? あーっと……さっきはその、怒鳴ったりしてすみません。俺、焦ってて、滅茶苦茶なことを言ってしまって」
「……主、ハヤトと言ったな?」
「あ、はい。茂木颯斗です」
俺の謝罪を聞いてなかったのかな。それに関しては無反応だ。
まぁ、怒ってるワケじゃなさそうで良かった。
「我らは……我は、主に決闘を申し込む権利を持っていないようだ」
「はぁ……それは何というか。俺としてはありがたい話ですけど」
「我は今、主のしたことを見て、感銘を受けている」
「え? 感銘って、さすがに大げさなんじゃ」
「我はそうは思わん。今しがた、主は地龍の根から女子を奪い取った。それは本来、龍神様への冒涜に値する。すなわち、即刻の死を与えられてもおかしくない程の行為だ」
「……それは、マジですか」
もしかしなくても、俺ってかなり危ないことをやったらしい。
なんで死ななかったんだろう?
「あぁ。我はその光景を、今までに幾度も目にしてきている。が、今回、地龍様は何を思ったのか主らを殺すことをやめている」
「それって、ハヤトがすごかったから、逃げられただけじゃないの?」
「我の知る限り、今まで同じように突っ込んだ者は皆、地龍の根の中に入ったが最期、その中に充満している毒霧で命を落としている」
「毒霧!? え、でも、中にそんな霧が充満してる様子は無かったですよ?」
「だからこそ感銘を受けておるのだ。やはりエピタフの籠手を持つ者は、違うというコトか」
つまりあれか、俺が根の中に突入した時点で、地龍は俺を殺すつもりが無かったってことか。
理由は良く分からないけど。
「お前さんが龍神様に愛されてるってのは、あながち間違ってない気がしてきたぜ」
「……俺もだよ。もしかして俺、龍神様と知り合いだったりするのかな?」
「そんなことあるの!?」
「あるワケが無いであろう」
驚きを隠さないメイを、バロンが嗜める。
普通に考えて、俺自身が龍神様と会ったことないワケだから、ありえない話か。
「まぁ、とにかく。マリッサをこのままにするわけにはいかないから。一旦上に戻ろう……って、上に戻る方法はあるんだっけ?」
「我が道を作ろう」
「良かった……あの崖をよじ登るなんて言われたら、どうしようかと思っちゃったよ」
「メイなら簡単に登れそうだけどな」
「アタシ一人なら大丈夫だよ。でも、皆と一緒じゃ、結構難しいでしょ?」
大丈夫なんだ。さすがだな。
メイの自信満々な返答に感心しつつ、俺はバロンに先を促した。
「そうだな。それじゃあ、バロン様。帰り道、頼みます」
言いながら、俺はマリッサを背中におんぶする。
「あい分かった。それでは主ら、互いの手をしっかりと握り合うのだ」
「手を!? あ、えっと、は、ハヤト。はい」
ドギマギとしながら、メイが片手を差し出してくる。
マリッサを背負いながら手を繋ぐのは難しいけど、まぁ、できなくはないな。
「なんでそんなに緊張してるんだよ」
「べ、別に緊張してないもん!」
「準備は良いか。では、皆、はぐれないように、しっかりと手を握っておくように」
「え? はぐれないように? それってどういう」
バロンに説明を求めたのが遅かったらしい。
次の瞬間には、俺達は自分たちの足元に異変が発生したことに気が付いた。
「ひゃぁ!? あ、足が!?」
「おわ、身体が地面に沈んでぐぶぅぅ」
俺の足にしがみ付いてた朧が、真っ先に地面の中に沈んでしまった。
「バロン! これは一体!?」
「言うたであろう、帰り道だ」
そう言うバロン自身も、ゆっくりと地面に沈み始めてる。
俺達を捕まえるとか、そう言うつもりじゃない。と見て良いのか?
とまぁ、何を考えても逃げ出せるわけもなく、俺とメイも朧と同じように地面の中に落ち込んでいく。
直後、何やら見覚えのある場所に、俺達は放り出された。
「おわっ!?」
「いてっ……ここは、さっきの壁の所?」
「どうなってるんだ? オイラ達、地面に沈んだはずだよな?」
「崖を登るとかじゃなかったから良いけど、少しくらい説明してくれてもいいと思うんですが、バロン様」
少し離れた位置で路地の先の様子を伺ってるバロン。
俺の声が聞こえないのかな? もう一度声を掛けるべきか。
そう思った俺は、黙り込んだ彼の様子が少し変なことに気が付いた。
「……」
「バロン様?」
「街が、騒がしい。何かが起きておる?」
「え?」
「主ら、我からはぐれないように、しっかりと後について参れ!」
そう言って駆け出したバロン。
街が騒がしい。って言ってたな。
もしかして、マリッサを追ってエルフ達が襲撃を仕掛けて来てる、とか、あり得るだろうか?
「俺達も急ごう」
そんな俺の声掛けに、メイと朧は頷く。
……ずっと黙ってるけど、マリッサはこの状況をどう思ってるんだろう。
ふと、そう思った俺は、背負ってるマリッサを肩越しに覗き見た。
「すぅ……」
「寝てるのかよ。まぁ、疲れてたってコトかな」