第35話 龍神様の導き
暗い。
ここは、どこだっけ?
身体も動かないし。
あ、もしかして、ベッドの中かな?
嫌だな。起きたらまた、仕事しなくちゃなんだよね。
あれ?
私、仕事なんてしてる場合なんだっけ?
たしか王様から魔王軍を撃退するための術式を構築するように言われてたような。
私、そんな術式なんて龍神様から授かって無いのにな。
今日もナレッジ院長と一緒に、龍神様に祈祷しなくちゃ。
何でもいいから、使える術式を、授けて貰わなくちゃ。
そうじゃないと……。
そうじゃないと、私、どうなっちゃうんだっけ?
『私はねぇ。飽きちゃったんだよ』
ナレッジ院長?
どうしたんですか?
何に飽きちゃったんですか?
あれ?
ナレッジ院長はどこに居るのかな?
それに、私は今何をして……。
『安心して龍神の元に還りなよ』
ナレッジ院長。
龍神様のこと、そんな風に呼び捨てにしちゃダメですよ。
それに、龍神様の元に還るって、どういうことですか?
私にはまだ、やらなくちゃいけないことがある……。
やらなくちゃいけないこと?
私がやらなくちゃいけないことって、何?
そうだ、私はナレッジ院長に教えてもらった英霊召喚をして、レルム王国を救う勇者を召喚しなくちゃいけないんだった。
召喚した勇者様と一緒に、魔王を倒して、国を救って……そして。
そうすれば、皆に認めてもらえるはずだよね?
『残念だよ……』
何が、残念なんですか?
『贄の刑……まさかあんたの最期がこんなことになるとは』
私が、贄?
そんなわけないでしょ?
だって私は、沢山頑張って魔術を使えるようになったし。
召喚獣だって、呼べるようになって、そして。
国だって救ったんだから。
私の水の魔術で、魔王軍は壊滅したし。
召喚した勇者様と一緒に、魔王を討伐できた。
ほら見てよ。沢山の国民が、私のことを称えてくれてるよ。
ほら……、聞こえるでしょ? 見えるでしょ?
どうして、聞こえないの?
どうして、見えないの?
どうして、私はなんにもできないの?
私が水の魔術を使えるようになったのは、どうして?
私が英霊召喚の術師に選ばれたのは、どうして?
全部、龍神様が授けてくれたから。
だったらなぜ、私は何もできないの?
国を守ることも、戦争を終わらせることも、何もできない。
出来たのはただ、世界をぐちゃぐちゃに壊しちゃっただけ。
それが、私に授けられた力なの?
そうなんですか?
龍神様。
教えて下さい。
私はどうして、何のために、生まれて来たんですか?
『言ったじゃないか。贄になるために決まってるだろう?』
そっか。
そうだよね。
私なんかが、何かのために生まれて来たなんて、そんなこと、ありえなかったんだ。
ナレッジ院長が何をしたいのかは分からない。
だけど、私が彼女の良いように使われて贄になることは、全部決まってたことなんだよね。
龍神様の導き、なんだよね。
だったら、良いや。
このまま消えて無くなっても、きっと、地龍様の力で野山に還らせて下さるはず。
暗い。どこかも分からない空間の中で、私がそんなことを考えていた時。
不意に、視界の真ん中にうっすらと光の筋が現れた。
「ん……何?」
思わず漏れ出た自分の声と、もう一つ、私は聞いたことのある声を3つ、耳にする。
「マリッサ!!」
「嬢ちゃん!!」
「目を醒ましてよ!!」
ハヤト達だ。
ん?
どうして彼らが、ここにいるの?
あれ?
ここって、どこだったっけ?
「おい!! それ以上近づくな!! 地龍様がお怒りに」
「うるせぇ!! 止めるなバロン!!」
ハヤトとドワーフが揉めてる声が聞こえてくる。
外で何が起きてるのかな?
でも、もういいや。私にはもう、関係ないよね。
だって、私なんかが生きてたって、なんの意味なんもないんだし……。
そのまま、深い眠りにつこうとした直後、ハヤトの怒号を聞いて、私の心臓はギュッと縮こまった。
「テメェの惚れた女が、目の前で根に取り込まれそうになってるんだぞ!! 地龍とか龍神とか、会ったことも話したこともない奴のために、どうして我慢してられるんだ!? そうやって我慢した挙句、何もできないまま死んでったヤツを、俺は知ってる!! ふざけんな!! 自分の命だろうが!! 自分の人生だろうが!! 誇り高い戦士だってんなら、そんなくだらないことで諦めてんじゃねぇよ!!」
誰かが、私に目掛けて近づいてくる。
そんな気配が、視界の闇を少しずつ千切り飛ばし、終いには大きな風穴を開けてしまった。
視界のど真ん中、真っ暗闇だったはずの場所に空いたその穴に、見覚えのある男のシルエットが浮かび上がる。
「マリッサ! 大丈夫か!? ちょっと待ってろ、今そこから出して……おわっ!」
暴れはじめた地龍の根を躱した拍子に、体勢を崩したハヤトが、勢いよく転がり落ちてくる。
私の足元にまで転がって来た彼を見下ろした私は、かろうじて動く口を開いて、問いかけてみた。
「……何をしに来たの?」
「っ……あ、何か言ったか? ちょっと待ってくれ、すぐに解くからな」
声が小さすぎて聞こえなかったらしい。
全身の汚れを払ったハヤトは、そのまま私を拘束してる蔦を強引に千切り始めた。
そんなこと、本当はしちゃダメなのに。
彼は全然躊躇することなく、地龍の根を千切ってしまう。
「……私を助けても、意味なんかないのに」
「意味? そんなもん、後からいくらでも作れるだろ?」
「え?」
まさか聞かれてると思ってなかったから、驚いた。
そんな私の身体を完全に解き放った彼は、そのまま私を背負いながら、一歩を踏み出す。
「マリッサが何に悩んでるのか、正直全然知らないけど。もし、自分が生きてる意味とかを見失ったんなら、それは別に変な話じゃないと思うぞ」
襲い来る地龍の根を掻い潜りながら、話し続けるハヤト。
メイと赤毛のドワーフの援護もあり、なんとか暴れる地龍の根から逃れることができた彼は、その場に私を降ろし、満足げに言うのだった。
「意味とか理由とか目的とか、そんなのは大抵、後から好きなように変えることができるしな。初志貫徹だけが生き様ってわけじゃない。紆余曲折するのが人生だ。って、親父は言ってたぞ。まぁ、親父は初志貫徹を目指して苦しんでたけどな」