第34話 力を得るためには
とてつもない高さから落ちて生還するなんてことは、奇跡と言って良いはずだよな。
幸運なことに、俺達はその奇跡にあやかることができたらしい。
と言うのも、崖の下に広がってたジャングルの木々が緩衝材になってくれたおかげで、擦り傷くらいで済んだんだ。
まぁ、半分以上はメイが全身を使ってジャングルの木々を掴もうと藻掻いてくれたおかげなんだけど。
「崖の下がジャングルで助かった……メイ。ありがとうな」
「えへへ。皆無事なら、それで良いよ」
互いに大けがをしてないことを確認した俺達は、そのまま落ちてきた崖を見上げる。
「この崖を落ちて来たんだな。ジャングルが無かったらオイラ達は確実に死んでたぜ」
「そうだな。それにしてもこのジャングル、かなり広いな。どうなってるんだよ、ここは」
「地龍の巣だからかも。皆、周りに注意してね。そこら中に気配があるから」
マジか。
気配なんて俺には全然分からないけど。やっぱりメイは鋭い感覚を持ってるらしい。
鬱蒼と茂ってる周囲を見渡してみるけど、それっぽい影とかは見当たらない。
「魔物は居ないで欲しいけど……そんなわけ無いよなぁ」
「まぁ、住んでて当然だろうな。それより、バロンが追って来てたりは……しないのか? って言うか、俺達はどこから落ちて来たんだ?」
改めて崖を見上げてみるけど、どこにも俺達が落ちて来た穴は無い。
そんな崖がジャングルを囲うようにズーッと続いてる。
もしかしたらここは、ガランディバルのさらに地下になるのかもな。
そんな場所があるようには思えなかったけど。
「これも魔術なのか?」
「バロンの腕が光ってたから、そうかもしれないね」
メイが言ってるのは、バロンが俺達に襲い掛かってきた時の緑色の光の事だろう。
確かに、アレは魔術っぽかった。
まぁ、今ここでそんなことを考えても仕方ないよな。
となると、まずはこれからどうするのか考えるべきなんだけど。
選択肢はそんなに多くない気がする。
そんなことを考えた俺は、ずっと視界の端に入ってたそれを見上げながら2人に告げた。
「取り敢えず、ここで崖を見上げてても意味ないし、あっちの方に進んでみるか」
俺が示した『あっち』と言うのは、ジャングルの真ん中にある巨大な根のことだ。
大きさと位置から考えると、多分、ガランディバルで見た大地の花束の真下になるんだろうな。
「言いたいことは分かるけどよ。あれの方向に進んで大丈夫なのか?」
「アタシも、あっちは危ない気がする。でも、マリッサのニオイも、微かにあっちからするよ」
「そうか。ってことは、他に選択肢はなさそうだな」
俺がそう言うと、朧が小さくため息を吐いた。
「嬢ちゃんがいるってんなら、仕方がねぇな」
「意外だな。助けに行く気があるのか?」
「ちげぇよ!! 色々と説明してもらわなくちゃ、気が収まらねぇだろ!? そのためだよ!」
そうは言いつつ、真っ先に例の根の方に歩き出す朧。
部屋での一件から、マリッサとは少し気まずい状態のはずだけど、なんだかんだ言って、気にしてるんだよな。
「素直じゃないね」
「メイの言う通りだな」
「2人しておちょくりやがって!!」
それからしばらく、俺達はジャングルの中を進んだ。
ぬかるんでる地面は歩きにくいし、魔物も襲って来るしで、かなり疲れる。
「すごく深いジャングルだな。流石のオイラも疲れて来たぜ」
「ニオイは近づいてるから、もう少しだと思うよ!」
2人と励まし合いながら、巨大な根に向けて歩く俺達は、ついに根の麓に辿り着いた。
と、目的地に人影を見つけた俺は、すぐに朧とメイに声を掛ける。
「2人とも、一旦ストップ」
そう言って茂みに身を隠して、人影を観察する。
まぁ、観察するまでも無く、誰なのかは丸わかりだったけどな。
赤い髭を蓄えたドワーフ。バロンだ。
それに、膝を抱えるような体勢のまま、細い根に絡めとられてる女性が一人。マリッサだ。
「あの根は一体……」
マリッサは根に捕まってるのか?
だとしたら、すぐに助け出した方が良いような。
でも、バロンは彼女の目の前で何もせずに見守ってる。
てっきり襲うつもりなのかと思ってたけど、そう言うわけじゃないのかな?
なんて考えていると、俺達に気が付いたのか、バロンがこちらに向き直りながら声を張り上げた。
「遅かったではないか! 主らよ!」
これ以上隠れても意味ないな。
互いに目配せをした俺達は、ゆっくりと茂みから出る。
「オイラ達を突き落としておいて、良く言うぜ」
「それに関しては謝罪しよう。しかし、それで主らを許すつもりは無いぞ」
「許すって、俺達が何をしたって言うんですか?」
「何をだと? 今目の前の光景が見えないとでも言うつもりか!?」
見えてるけど、意味が分からないから聞いてるんだよなぁ。
まぁ、そんなことバロンの知ったことじゃないんだろうけど。
と、呆れる俺の横で、首を傾げたメイが素朴な疑問を口にした。
「……マリッサは今、どういう状況なの?」
「……主ら、真に何も知らず、ここに来たのか?」
「だから、そう言ってるだろ」
ようやく俺達が事情を把握してないことを察し始めてくれたらしい。
これまたメイのおかげだな。
少し怪訝そうに俺を見たバロンは、再び視線をマリッサに向けながら、小さく呟く。
「では……この女子はなぜ自ら、地龍様の元へ?」
「バロン様、できればもったいぶらずに状況を教えて下さい。マリッサはそのままで大丈夫なんですか?」
「彼女は今、地龍様の幻惑に掛けられておる」
「幻惑!? それって危ないんじゃ?」
「場合によっては死ぬ」
「ちょ、それを早く言ってくださいよ!」
あっけらかんと言ってのけるバロン。
いや、どうしてそんなに落ち着いてるんだよ。
あんた、マリッサに結婚を申し込もうとしてたんだろ!?
「よせ! 外から手を出せば、それこそあの女子は間違いなく命を吸い取られてしまうぞ」
「くっ……」
慌ててマリッサの元に駆けよろうとした俺は、バロンの鋭い声に足を止めた。
やっぱり彼は、今の状況をしっかり把握できてるらしいな。
すると、再びメイが疑問を口にする。
「さっき、マリッサが自分でここに来たって言ってたよね? だったらどうして? 地龍様って、何者なの?」
「地龍様は資格ある者に莫大な力を授けると言われておる。但し、資格のない者が力を手に入れようとしたならば、命を吸い取られてしまうのだ」
「質が悪いじゃねぇかよ」
朧はそう言うけど、昔からそう言う伝承は良く聞くよな。
力を得るためには、何かを犠牲にするか、何らかの資質を持っていないとダメ的な。
「力って、マリッサ、力が欲しかったのかな?」
「分からないな。少なくともマリッサは、何かを求めて地龍様とやらに縋りに来たってワケだ」
考えられるとしたら、最近思い悩んでたことについて。とかかな。
その話を俺達にする前に、地龍を頼ったってワケだよな。
ちょっとだけ、もどかしく思ってるのは俺だけか?
「今はとにかく、地龍様が彼女の資質を見極めるのを待つほかあるまいて」
そう言うバロンが、もう俺達に敵対心を見せないことに安堵しつつ、俺は大きなため息を吐いたのだった。