第33話 他の道
「……なぁ朧、マリッサがどこにいったか知らないか?」
「お前さんとずっと一緒に居たオイラが知るワケないだろ」
すっからかんになった部屋を前に、朧は俺に答える。
既に部屋の中に入ってるメイは困惑してるようで、ベッドを見つめながら呟いた。
「マリッサ……」
「彼女を最後に見たのは、ここで間違いないのだな?」
「はい。一人になりたいみたいだったので、一緒には出てこなかったんですが……」
背後から問いかけて来るバロンに答えながらも、俺は改めて部屋の中を観察する。
部屋の中に荒らされたりした形跡はない。
つまり、マリッサは連れ去られたりしたワケじゃなさそうだ。
「分かった。このあたりで彼女の姿を見た者が居ないか、聞いてみるとしよう」
「俺は少し、部屋の中を調べてみます。吉田さんと椿山さん達は、部屋の外をお願いしても良いですか?」
「分かりました」
短いやり取りの後、各々の持ち場に去って行く彼らを見送った俺は、深く息を吐きながら部屋の中に入った。
「ハヤト、部屋の中を調べるって、もぬけの殻なのに何を調べるって言うんだ?」
「ちょっと確認をな……朧、メイ、部屋の中にマリッサの杖が無いか、探してくれるか?」
「杖? そんなの確認して何になるんだ?」
「杖を置いて行ってるなら、魔法を使えないってことだから、そんなに遠くまで行ってない証拠になるだろ?」
俺の提案に納得したのか、2人は部屋の中をくまなく探し始める。
ベッドの下とか覗いて見るけど、どこにも杖はなさそうだ。
「杖……どこにも見当たらないよ?」
「ってことは、結構遠くまで行ってる可能性があるってことか。でも、嬢ちゃんだって気晴らしに散歩でもしたくなったりするんじゃないか?」
「それをバロンが許してくれればいいけどな」
「あ……そんなこと考えもしなかったぜ」
ついさっき、バロンが決闘を申し込んで来た理由を聞いたばかりだ。
それなのに、その理由であるマリッサが居なくなってしまったとなったら、最悪の場合、俺は責任を取って右腕とお別れしなくちゃなるかもしれない。
冗談じゃないぞ。
彼女のことを信じようとしてた俺が馬鹿だったのか?
「はぁ……ったく、どこに行ったんだよ、マリッサ」
「ハヤト、アタシ、マリッサの匂いを辿れるかもしれないよ」
「ホントか!? それは助かる!」
「うん。微かにだけど、まだ残ってるから。アタシに任せて!」
メイに助けられるのは何度目だろう?
ホント、いい加減に何かお礼をしなくちゃだよな。
プレゼントとか用意してみるか。この件が落ち着いたら、少し考えようかな。
今はとにかく、姿を消したマリッサを見つけ出さないといけない。
メイの後を追って部屋の外に出た俺達は、外で聞き込みをしてた吉田さん達と合流する。
「吉田さん、椿山さん。マリッサの目撃者はいましたか?」
「いいえ。誰も見てないみたいです」
「彼女の見た目なら、かなり目立つと思うのですが……」
「そうですか。とりあえず、お二人はなるべくこのあたりから離れずにいてください。場合によっては、急いでここから逃げ出さなくちゃいけないかもなので」
「分かりました」
真剣な面持ちになった2人と別れ、俺達は先を急ぐ。
「メイ、どうだ?」
「うん。こっちの方に行ったみたいだよ」
「メイはすげぇな。オイラには全然分からないぜ」
「えへへ。これでもアタシ、少しは狩りとかしてたからね」
「ホントに、メイにはいつも助けられてばかりだよ」
「そ、そんなに褒められたら、照れちゃうよぉ」
はにかみながら尻尾を振るメイ。
照れさせたのは俺なんだけど、今は集中して欲しいな。
まぁ、メイの運動神経を持ってすれば照れながら走ったとしても、躓いて転んだりはしないんだろうな。
「あ、ここを右に……あれ? 行き止まりだ」
勢いよく走ってたメイが足を止める。
確かに、彼女が示した方には石の壁があって、先に進めそうにない。
「メイ、本当にこっちで合ってるのか?」
「間違いないよ! ここまで、マリッサの匂いが続いてるもん!」
メイがそこまで言うってことは、本当なんだろう。
もしかして、壁に見えるだけで実は通れるとか……は無いな。触った感じ、普通の石壁だし。
「ここは完全な行き止まりだな。横に道がある訳でもないし……じつは、隠し通路があったりして」
「冗談言ってる場合じゃないだろ朧。でも、そうだな……手がかりがないとなれば、探す手段が」
「主ら、そこで何をしている?」
他の道を探すべきかと、俺が思考を巡らせようとしたその時。
いつの間に現れたのか、背後にバロンが姿を見せた。
細い路地にいる俺達は、壁とバロンに挟まれた形になる。
「バロン様!? 丁度良かった。俺達もマリッサを探してここまで」
この行き止まりについて、何か教えてもらったりできないだろうか。
そう考える俺を、バロンの鋭い視線が刺して来る。
「ここに彼女が? それはありえん。来るはずがない……いや、待て」
「来るはずがない? それはどういう?」
「まさか……主ら、我ら一族を謀るつもりだったのではあるまいな!?」
「はい!? いやいや、ちょっと待って下さいよ! 意味が分かりません」
多分バロンは、俺達がマリッサを逃がしたとか、そんな風に考えてるんだろう。
どんだけ疑い深いんだよ。
メイも俺と同じように考えたのか、必死に弁明を始める。
「アタシ達はただ、マリッサの匂いを辿って」
「それがおかしいと言うておるのだ! あの女子が、この場所のことを知っている筈が無いのだ! もしあらかじめ知っていたと言うのであれば、その時点で疑わしい」
ん?
俺の気のせいか?
なんか、話がかみ合ってないような?
バロンは何を言ってる?
「どういう意味だ!? オイラ達には何の話をしてるのかさっぱり」
分からない。
朧がそう叫ぼうとしたであろう瞬間、足元から突き上げてくるような振動が、俺達を襲った。
「おわっ!?」
「な、なに!? 何が起きてるの!?」
「やはりか!! この外道共め!!」
「ちょ、待って! 話を!!」
「止むを得ん!! 主ら諸共、あの女子に責任を問うてやろうぞ!!」
そう叫ぶと同時に、バロンが両の拳を打ち付けると、彼の両腕が煌々と緑色に輝きを放った。
そして、背中の戦斧を抜き取り、俺に向かって突進してくる。
咄嗟に右腕の籠手でガードした俺は、とてつもない衝撃で腕を弾き上げられ、同時に、腹に深い蹴りを受けてしまう。
「うがっ!!」
「ハヤト!!」
背中から壁に向かって吹っ飛ぶ俺を、メイと朧が受け止めようとする。
が、俺達3人は勢いを殺すことができないまま、行き止まりの壁にぶち当たった。
激しい衝撃と痛みが全身に……広がらない?
あれ?
どうなってるんだ?
俺達は今、バロンの攻撃に弾かれて、壁に衝突したはずだよな?
それなのにどうして、勢いが止まらないんだ?
って言うか、目の前の景色がどんどん遠くなっていくのはなぜ……。
「ハヤト!! 掴まって!!」
「おいおいおい!! こりゃどうなってるんだよぉ!?」
耳元から響いて来る2人の声。
そんな2人に釣られて、肩越しに背後を見た俺は、自分たちが今、切り立った崖から落下していることに気が付いた。
「おわぁぁぁぁぁぁぁ!?」