第30話 大地の花束
ドワーフのバロン・ガランが治める都ガランディバルは、俺が想像していた以上に巨大な地下都市らしい。
自慢げに話すバロン・ガランが印象に残ってる。
空港の地下にあるってのが、皮肉な所だよな。
都市と空港を繋ぐ道は、空港の地面を裂いた大きな亀裂で繋がってるらしく、俺達は底の見えない谷に落ちないように気を付けながら、数十分ほど歩いた。
そうやって、ようやくたどり着いたガランディバルの中に案内された俺達は、誰に言われるまでも無く、コトッと眠りに落ちていく。
夜も遅かったうえに、度重なる緊張のせいで、みんな疲れてたんだよな。
おまけに、ドワーフが用意してくれた部屋には、ふかふかのベッドまであるワケだ。
こんなの、ぐっすり眠れないわけがない。
そのまま、ずっと眠り続けてたい。
なんて思う間もなく、俺は耳に飛び込んでくる甲高い音に目を醒まさざるを得なかった。
「なんだ? 何の音だ?」
何度も何度も鳴り続けてるその音は、まるで何か硬い物同士が衝突を繰り返してるみたいだ。
「耳が痛いよ……誰かアタシの耳、噛んだ?」
「どうしてオイラを見るんだよ、メイ。オイラは断じて、噛んでないぞ!」
同じ部屋の中に居るメイと朧が言い合いを始める中、俺はもう1つのベッドに目を向ける。
そこには、枕元で膝を抱え込んだ状態のマリッサが座ってる。
「マリッサ。もしかして、寝てないのか?」
「私のことなんか、気にしないで良いから」
「マリッサ、具合は大丈夫? 顔色、悪いよ?」
「そう」
「そう、って。嬢ちゃん、さすがにそれ以上無理するのは」
「私がどうなっても、あなた達が気にする必要ないでしょ? 良いから、放っておいてくれないかな」
「っ……そうかいそうかい。まぁ、本人がそう言うのなら、どうしようもねぇなぁ。ほら、ハヤト、メイ、行こうぜ。もう朝みたいだ」
拗ねて先に部屋を出て行く朧。
今回ばかりはさすがにマリッサの対応が悪いよな。
だけど、今のマリッサはそんなことを気に掛ける程の余裕が無いらしい。
今は朧の言う通り、放っておく方が良さそうだ。
「そうだな。メイ。先に出ておこう。それからマリッサ。何か少しでも話したいことがあれば、俺達を呼んでくれよ。聞くくらいなら、するからさ」
「……気が向けばね」
気まずそうに視線を落とす彼女を尻目に、俺はメイと一緒に部屋から出た。
「さてと、これからどうするかな」
「ねぇ、ハヤト。マリッサ、置いて来てよかったのかな?」
「まぁ、今は一人になりたい気分なんだろ。なんでそうなったのかは、本人が話してくれるのを待つしかないな」
「そっか」
「だから、俺達はマリッサが話してくれた時にちゃんと受け止められるように、英気を養っておくべきだと思わないか?」
「英気を養う? って、どういう意味?」
「美味しい物でも食べようってことだよ」
「美味しいご飯!? 賛成!」
「おい、ハヤト。オイラだけ除け者なんて寂しいじゃないか」
「いや、除け者にする気なんかねぇよ。2人と話したいこともあるしな」
「そう言うことなら、大目に見てやろうじゃないか」
「相変わらず偉そうだな」
「師匠のそれは、照れ隠しだよねぇ?」
「ち、ちげぇよ!」
「まぁまぁ、それより、朝からずっと鳴り続けてるこの音の正体も気になるし、少し辺りを探索するか?」
「うん!」
部屋を出た俺達がまず初めに目にしたのは、細い路地だ。
昨日はぼんやりとした灯りしかなかったから気づかなかったけど、結構入り組んだ道を進んだんだな。
取り敢えず、賑やかな方に向かって歩いてきたけど、正直、もう部屋に戻れる自信が無い。
失敗したか?
なんてことを考え始めてた頃、俺達はようやく大きな道に踏み出した。
そして、眼前に広がる光景に、俺達3人はしばらくの間圧倒されてしまった。
ガランディバルの構造を一言で表すなら、岩でできた巨大なスタジアム。
俺達が居る場所は観客席にあたる場所だな。
そんなスタジアムのど真ん中に、これまた岩でできた巨大な花が聳えている。
花って言っても、小学生が絵に描くような茎1本の花じゃないぞ。
数千以上の花が束になって咲き誇る、まさに大地の花束だ。
1つ注文を付けれるとしたら、色を塗りたいな。
まぁ、色なんか無くても、十分すぎる程の芸術作品であることは言うまでもない。
「アタシ、なんかちょっと、泣きそう」
「言いたいことは分かるぜ、メイ。それにしても、ありゃ一体誰が作ったんだ?」
「ドワーフたちが掘ったってことなんだろうけど、だとしたら、どれだけ時間が掛かったんだろうなぁ」
「彼らが掘ったわけではないそうですよ」
中央の花を眺めていた俺達に、背後から誰かが声を掛けてきた。
「吉田さん。おはようございます」
「おはようございます。まぁ、本当に陽が昇ってるのかは、ここからじゃ見えないですがね」
ははは。
と笑う俺と対照的に、朧とメイは黙ったままだ。
ごめんよ、吉田さん。
「吉田のおじさん、今言ってたのは、どういう意味?」
「花の事ですよね? あれはドワーフ達が掘ったんじゃなくて、この地の神が作ったと、彼らに聞いたんです」
「彼ら?」
「下の方で掘削作業をしてる、ドワーフたちですよ。この音は、彼らが作業を始めたってことですね」
俺達の居る場所は、ガランディバルの中央から見れば少し高い位置になる。
つまり、吉田さんはここよりももっと下の方、つまり中央の方まで行ったってことだな。
「掘削の音だったのか。それにしても、あの花を作ったのがこの地の神だとは……」
「なぁ、ハヤト。それってつまり」
「だろうな。マリッサの言葉を使うなら、ここはつまり、地龍の巣ってことか」
「地龍の巣!? じゃあ、ここにもあの時のコラル・クラブみたいな魔物が居るってこと!?」
「その点は大丈夫じゃないかな。ドワーフたちは戦士なんだろ? ってことは、周辺の魔物を一掃して、この都市を作ってると思う」
「良かった」
「茂木さん達はその手の話を聞いても呑み込みが早いんですね」
「え? あぁ、まぁ、色々と見て来てますからね。腕もこうなっちゃってますし」
「そうですか。私なんかは、神様があの花を作ったなんて言われても、全然信じることができなかったんですが……自分の目でこうして見てると、それが嘘のようには思えなくなってくるんですよね」
「分かります。不思議な感覚ですよね」
「アタシからしたら、ハヤト達の世界の建物の方が、変な感じがするよ。どうしてあんなに背の高い家を沢山を作るの?」
「簡単に言えば、人口が多いから、土地が足りないんだよ」
「分かんないよ」
首を傾げながら見上げて来るメイ。
なんて言えば、彼女にも伝わるかな?
そんなことを考えていると、吉田さんが笑いながら提案してきた。
「ははは。まぁ、こんなところで立ち話もなんですから、あちらで朝食でもどうですか? 先ほど、この下まで降りる途中でバロン・ガランさんにお会いして、店で食事を摂るように言われてますので」
「ご飯!! ハヤト、早く行こう!」
「そうだな。朧? どうした?」
「ん。いや、何でもねぇよ。とっとと腹ごしらえを済ませようぜ!」