第3話 天才はお前の方
「どうしてこんなところに人間が……?」
横目でサイクロプスを気にしつつも、小さく呟いたエルフ。
どうでも良いけど、彼女もサイクロプスも、俺のことを人間って呼ぶんだな。
違和感が凄いけど、これが異文化交流って奴なんだろうか?
そんなことを考えてると、俺から視線を外したエルフが語り掛けて来た。
「まぁ良いや。人間。貴方が何を考えているのかは取り敢えず気にしないから、少し手伝ってちょうだい」
「手伝うって、何を」
「決まってるでしょ? そこの魔物を倒すのよ」
「だから、そのやり方を聞いてるんだけどな」
手にしてた傘を右肩に乗せた俺は、なんとなく、彼女の傍らに進み出た。
そして、ずっと睨んできているサイクロプスを睨み返す。
我ながら大胆なことやってるよなぁ。崩壊する前の世界じゃ、考えられない話だ。
ある意味、壊れてしまったからこその解放感みたいな物があるように、俺は思う。
「へぇ、意外と威勢がいいんだね」
「こうなった以上、逃げられるとは思えないからな。それに、アンタには何か策がありそうだし」
実際、こうしている今もエルフは杖の光を絶やしていない。
それはつまり、何かを企んでいると言うこと。
多分、その何かを警戒してサイクロプスも手を出せていないって状況に見える。
「勝手に期待するのは良いけど、その分、ちゃんと働いてもらうからね」
若干呆れたような視線を投げかけられた俺は、彼女が左手を小さく振ったのを目にした。
それと同時に、俺の身体が青白く輝き始める。
「うわ!? なんだこれ!?」
「貴方の身体能力を大幅に底上げしたの。それで少しの間、時間を稼いでもらえる?」
「時間稼ぎね……いや、それはちょっと」
「いいからやる!!」
「はい!」
突然の強い口調に、思わず「はい」と答えてしまった。
答えてしまったからには、やるしかない。
……なんて、そんな上手くいくわけないだろ?
そもそも、さっきゴブリンをぶっ飛ばせたのも、ただのまぐれだぞ?
「人間ごときが、俺様に敵うとでも思ってるのか?」
あぁ、ほら、サイクロプスも俺を見てあざ笑ってるよ。
こんなデカい奴に勝てるわけ無いんだよなぁ。
いや、ちょっと待てよ?
時間を稼げばいいワケで、別に勝つ必要ないんだよな?
だったら、少しは出来ることがある……はずだ。
取り敢えず、近づくのは怖いから、そこらに落ちてる石でも拾って投げつけてやろう。
そこまで考えた俺は、すかさず足を動かして、近くに落ちてる石に向かって走った。
心なしか、走る速度も上がってる気がする。
この分なら、逃げても良いんじゃ……?
そう思いながらも落ちてた石を拾った俺は、狙いを定めるためにサイクロプスの方を振り返って、思わず叫んでしまう。
「ガン無視してんじゃねぇよ!!」
俺になんか興味ない様子のサイクロプスは、そのままエルフの元に歩み寄ろうとしてるワケで。
その状況でも一歩も動かずに杖の光を見つめ続けているエルフを見た俺は、力任せに手にしていた石をサイクロプスに向けて投げつけた。
直後、ドンッという鈍い音と共に粉々に砕けた石の破片が、無防備なサイクロプスの側頭部に襲い掛かる。
「ガァァァッ!!」
多くの破片が目の付近に当たったのか、サイクロプスは目を押さえて悶絶し始める。
「……いや、底上げされすぎだろ」
「貴様!!」
「溜まった!! 人間! 今すぐにそこから離れて!」
サイクロプスが痛みに悶えながらも俺を睨み付けたのとほぼ同時に、エルフが叫ぶ。
そして彼女は、手にしていた杖を空高くへ掲げながら言葉を並べ始めた。
「天翔ける風の旅人よ、今ここに集いて汝に仇なす悪鬼を屠れ! ガルーダ!!」
光の中から、無数の木の葉が湧き上がってくる。
かと思えば、それらの木の葉は次第に色鮮やかな小鳥へと姿を変貌させ、大きな群れを成した。
そうして、エルフの頭上を1周したところで小鳥の群れはゆっくりと2手に割れ、その中からひときわ大きな鳥型の生物が姿を現す。
緑の羽とオーラを身に纏ったその生物は、エルフの頭上で黄色い瞳を明滅させた後、一直線にサイクロプスの元へと急降下した。
翼の巻き起こす風が奴の四肢を絡めとり、気が付いた時には、サイクロプスは遥か上空にまで吹き上げられてしまった。
「すげぇ……」
「ありがとう、ガルーダ」
あっけなくサイクロプスを追い払ったガルーダと、そんなガルーダの頭を撫でるエルフ。
どうでも良いけど、めちゃくちゃ様になってるな。
いや、そんなこと考えてる場合じゃないか。
今は情報を集めるべきだ。彼女なら、今のこの状況について、何か知ってるかもしれない。
そんな期待を込めて、俺はエルフに声を掛ける。
「あの」
「っ……」
あからさまに警戒されてるな……。
ここはまず、自己紹介をするべきか。
「あー、えっと、俺は茂木颯斗。よ、よろしく」
「……貴方、人間なんだよね?」
「え? あぁ、そうだけど」
「ふーん。で、私に何か用でもあるのかな」
「用、っていうか、なんていうか。良ければ少し話を聞きたいっていうか」
「悪いけど、私はそんなに暇じゃないんだ。だから、ごめんなさい。助けてくれたことに関しては、ありがとう。それじゃ」
「ちょ、待ってくれよ、少しくらい」
「近づかないで!」
「っ!? わ、分かった、分かったから」
彼女が叫んだ途端、ガルーダの黄色い目が輝きを増した。
その様子はまるで、あと1歩でも彼女に近づいたら承知しないぞと言ってるみたいだ。
そんなガルーダの背に乗って、飛び去ってしまった彼女たち。
当然、俺には追いかける術なんてない。
「……まぁ、仕方ないよな。初対面だし、状況が状況だもんな」
「ホントにその通りだぜ。お前さん、よくあの状況で飛び出す気になったな」
「朧!? お前、今の見てたのかよ!?」
どこからともなく現れて声を掛けて来た朧に、俺は度肝を抜かれた。
こいつは本当に隠れるのが得意らしいな。
「あぁ、しっかりばっちり見てたぞ。それにしても、手痛くフラれたもんだな」
「おい、言い方ってものがあるだろ」
「わりぃ。お詫びと言っちゃなんだが、ほれ、飯だ。食え」
「言い方……はぁ」
深いため息を吐きながらも、俺は耐え切れない空腹を思い出して、朧の足元に落ちている袋を手に取った。
中身は菓子パンだ。
スーパーの棚に並んでた物を、適当に持ってきたんだろう。
……賞味期限越えてるけど、これもまぁ、仕方ないか。
なるべく賞味期限を越えて間もない菓子パンを選んだ俺は、意を決して食事にありつく。
そんな俺を見上げてた朧が、周囲を見渡しながら口を開いた。
「それより、はやくここから離れようぜ。さっきの物音を聞いて、魔物が来るかもだろ?」
「それもそうだな。だけど……」
「おい、どこに行く気だ? そっちは反対だぞ?」
「アパートに戻る必要ないだろ? 食料があるんだから、スーパーに身を隠した方が絶対にマシだと思うんだが」
「……お前さん、天才かよ」
「いや、それは大げさだ」
尻尾をご機嫌に振りながら俺の前を歩く朧。
そんな彼から視線を外した俺は、交差点に並べられている石を見渡した。
「それにしても、結局あのエルフさんは何をしてたんだろうな」
「さぁな。石を並べて、絵でも書いてたんじゃないか?」
「絵……?」
朧の言葉を聞いて改めて並んでいる石を見たら、確かに、何かを描いていたようにも見える。
天才はお前の方じゃないのか? なんてことは本人には伝えたくないな。
「これは、魔法陣……ってやつか?」
「ほら、ボーっとしてないで、早く行くぞ」
「分かった」