第29話 誇り高き戦士
「大丈夫ですか!?」
「茂木さん! 彼らが突然現れて、彼女を襲ってきました」
駆け戻った俺達に、吉田さんが状況を説明してくれた。
彼の指さした方には、背の低い髭面の男が数人立っている。
もじゃもじゃとした髭と背の低さから察するに、もしかして彼らはドワーフか?
背中に戦斧も背負ってるし、まさにそんな感じの見た目だな。
彼らの身に纏ってるマントに、薄っすらと輝く謎の模様があるのは、もしかして魔術的な何かかな?
そんなドワーフ達に向かって、護衛の自衛隊員が銃口を向けているような状態。
さっき銃声が聞こえたけど、ドワーフ達には当たらなかったのか?
もしくは威嚇射撃か?
それより、襲われたというのは、誰の事かな?
そう思って吉田さんに質問しようとしたところで、真っ赤な髭を蓄えた男が一歩前に踏み出して声を荒げた。
「襲ったなどと戯言を抜かすか!! 我らは奇襲などという卑劣な行為を行うつもりは断じてない!!」
そう告げた男は、ビシッと右手を前に出して、マリッサを指さす。
「人族の者共よ。我らが望むのはそこにいるエルフの女子の身柄である。大人しく引き渡すことを推奨しよう」
狙いはマリッサか。
と言うことは、この男達もエルフの仲間?
いや、だとしたら問答無用で襲ってくるはずだよな。
今こうして要求を告げて来るってことは、彼らがマリッサを狙う理由は別にあるような気がする。
だとしたら、ここはもう少し対話して、情報を引き出すのが良いかもしれない。
「マリッサは渡さないよ!」
「そうだな。お前さんらが嬢ちゃんをどうするつもりなのかは知らねぇけど、無理やり連れてこうとする奴らに任せる気にはならないよな」
メイと朧は戦う気満々だな。
メイはともかく、朧。お前は戦えないのにどうしてそんなに強気なんだよ。
「あくまでも、我らの申し出を断ると言うのだな。であるならば、覚悟を決めて頂く他あるまいて」
メイ達の言葉にそう返した赤髭のドワーフ。
彼の言葉に慌てた俺は、右手で彼を制止しながら、間に割り込んだ。
「ちょ、ちょっと待ってください。もう少し話し合えないですか? 俺の名前は茂木颯斗。もしよければあなたの名前を教えて欲しいです」
「話し合いなどと腑抜けたことを……」
そこで言葉を区切った赤髭のドワーフは、一度目を細めた後、俺を凝視した。
俺に何か思う所でもあるのか? ちょっと、嫌な予感がするな。
「茂木颯斗と言ったか? そなた、その腕の籠手、どうやって手に入れた?」
「え? あぁ、ここから北の水龍の巣で偶然」
「水龍の巣!?」
途端、赤髭以外のドワーフがざわつき始める。
俺、何か変なこと言ったか?
と言うより、もしかしてこの籠手に何かあるのか?
そんな中、少しの間茫然としていた赤髭のドワーフが大口を開けて笑い始めた。
「ガッハッハッハ!! それが真であるならば、ますます話し合いなどしている場合ではあるまいて」
「なんでそうなるんだよ!?」
思わずツッコむ俺に、赤髭のドワーフは律儀に答えてくれた。
情報を引き出されてるって自覚が無いのかな?
まぁ、話してくれるなら、それでいいか。
「そなたの腕のその籠手、エピタフの籠手と見える。すなわち、死を恐れ、死を受け入れし者の証」
「エピタフの籠手……?」
「左様。であるからして、我は今ここで、そなたを打倒さねばなるまい」
どういう論理でそうなるんだ?
これも聞いたら答えてくれるのかな?
いや、背中の戦斧を手に取ったところを見るに、これ以上は難しいかもしれない。
「頼むから、冗談って言ってくれよ」
「そのような冗談、笑えるわけもあるまい?」
その通りだけど、今は正論を言って欲しいわけじゃないんだよなぁ。
「我が名はバロン・ガラン!! ドワーフの誇り高き戦士ガランの末裔にして、ガランディバルを統べる者。こうしてそなたと出会えた今日と言う日を、龍神様より授かりし縁と捉えようぞ」
また出たよ、龍神様。
授けてくれるなら、平穏な日常が良いんだけどな。
なんて、そんな都合よく授けてくれないよな。
だって、毎日が平穏だと、皆が神様を信じる必要なくなっちゃうわけだしなぁ。
なんてことを考えてる場合じゃないか。
今はとにかく、時間を稼ぐ方法を考えろ。
「では、尋常に参る!!」
「ハヤトに手出しはさせない!!」
戦斧を手に、今にも襲い掛かってこようとするバロン・ガラン。
だけど、彼の襲撃はメイが妨げてくれた。
いやマジで、メイが居なかったら俺はもう何度も死んでるよな。
あとでしっかりお礼を言っておこう。
「邪魔をするのであれば容赦はせん!!」
「アタシだって! 手加減なんかしないからね!」
「メイ! 待ってくれ。ここは俺に任せてくれないか?」
「ほう。腑抜けかと思っていたが、そうでも無いようだな?」
「そう思っていただけるのは光栄ですが、こちらにも事情がありまして。俺とバロン・ガラン様との戦いは、後日、しっかりと準備を整えてからにするというのはいかがでしょうか?」
「準備? そのようなものが我に必要だとでも」
「いいえ。準備が必要なのは俺の方です。なにせ、今日ここに来るまでにエルフから追われて逃げて来たばかりで。正直、体力も気力も底をつきかけているのですよ」
「エルフから追われていた?」
エルフの話を出した途端、バロン・ガランを含めたドワーフたちがあからさまに警戒を見せた。
やっぱり、彼らとナレッジたちは仲間ってわけじゃなさそうだな。
つまり、敵の敵は味方ってワケだ。
「はい。正直なところ、まだ追手を撒けたのかも分かっていない状況でして。すぐにでもここを発ちたいぐらいなのですが……」
そう言うと、俺は背後にいる皆を振り返った。
うん。皆いい塩梅に疲れ切った表情をしてるな。
まぁ、夜中に逃げ出してようやくたどり着いた空港でも、こうして襲われたんだから当然だと思うけど。
ここは1つ、手に入れたばかりの情報を使って、賭けに出るとしよう。
「そう言う状況ですので、俺から1つ提案です。ここは1つ、数日間の休養を頂けないでしょうか? そうすれば、私も体調を整えることができ、バロン・ガラン様との戦いに全力を出せると思うのです」
「だが」
「それとも、誇り高きドワーフの戦士は、疲れ果てた相手を一方的に打ちのめすことが目的なのでしょうか? もしくは、陰に隠れて相手の情報を探ったうえで、自分達に有利に戦いを進めることが目的なのでしょうか?」
「なっ……なぜそれを!?」
やっぱり、空港に隠れてたのは彼らだったらしい。
マントの模様を見た時に思ったけど、多分あれが、身を隠す魔術関連の道具なんだろうな。
カマかけて正解だ。
それにしても、誇り高き戦士って、こんなに分かり易いもんかね。
ちょっと上手くいきすぎて怖くなってきた。
「さぁ? 職業病ですかね? けっこう細かいところまで気にして見ちゃうんですよ」
俺は内心の動揺を隠すために、肩を竦めながらそう告げたのだった。