第28話 甲高い悲鳴と銃声
すっかり暗い夜空の下、空港の中に入った俺達は、座れる広場のような場所に集まっていた。
周囲の様子を確認するという自衛隊を待つためにだ。
俺達を含めて10人以上を守ろうとするのは、流石に大変そうだな。
もう国っていう体制が残ってるのかも分からないのに、律儀だよ。
そんな彼らに周囲の警戒を任せた俺は、元気のないマリッサを一人にするべく、少し離れた場所で空港の中を見渡してみる。
「中は意外と綺麗だな……」
「ハヤト、なんかここ、ちょっと変かも」
「どういう意味だ? メイ」
「こんなに広いのに、気配が全然ないんだよ」
「魔物もあまり近づけなかったんじゃねぇか? まぁ、オイラには分からない話だけどよ」
朧の意見も分からなくはない。
だけど、今回は状況が少し違うんだよな。
「何も居ないってなると、流石におかしいだろ? だって、あれだけの亀裂が空港の床を切り裂いてるんだ。鳥とか入り放題じゃん」
言いながら、俺はさらに奥に見える地面の亀裂を指さした。
床が裂けてるわけだから、当然、空港の壁も一緒に裂けてしまってる。
つまり、風が中に入り放題ってワケだな。
おかげで俺達も、車で空港の中に入れたってワケだけど。
「言われてみれば、鳥とかも全然見ねぇな。どうなってんだ?」
「……少なくとも、安心できる場所ってワケじゃなさそうだな」
あまり気を抜きすぎるのは良くないと、俺が改めて気を引き締め直しているところに、椿山さんが小走りで寄ってくる。
「茂木さん」
「椿山さん。どうしましたか?」
「はい。取り敢えず空港までこれたと言うことで、我々は燃料の補充と確保をしてこようと思います。それと、可能であれば飛行機も確保したいところですね」
「飛行機を? それは確かにいい考えだと思いますけど。操縦できる人はいるんですか?」
「はい。それは大丈夫です。ただ、恐らくここに長居できるほどの余裕はないと思いますので、できれば空港内で物資を探して欲しいのですが」
「分かりました。俺達で何とかしてみます。良いよな? メイ、朧」
「うん。アタシは大丈夫だよ!」
「オイラも問題ないぜ」
「ってなると、あとはマリッサだな……」
ボンヤリと見える彼女のシルエットは、未だにうなだれたまま椅子に座ってる。
「まだ元気ないね……」
「彼女は、さっきのエルフ達に捕まってたんですか?」
「そうなんです。元同僚のはずなんですけど、まぁ、色々と事情があるんでしょうね」
「そうですか。分かりました。念のため、あまり動き回れない方々を護衛するために、我々の中から数名残していきますので」
「ありがとうございます。それじゃあ俺達は、空港の探索に行くとしますかね」
そう言った俺は、地面の亀裂とは反対の方に向かって進むことにした。
まぁ、実際には夜目が利くメイと朧に先導してもらったけどな。
そうして、フードコートやショップの並んでる場所まで辿り着いた俺達は、何か使えそうなものが無いか周囲を漁り始めた。
「ねぇハヤト。この、くうこう? って場所はどんな場所だったの?」
「ここは飛行機に乗るための場所だったんだよ」
「飛行機に!?」
「そうだ。メイも見ただろ? あれだけのどでかい塊が空を飛ぶためには、とんでもなく広い場所が必要だったんだよ」
「じゃあじゃあ、ここは何?」
「ここは、飛行機に乗る前に、皆でご飯を食べたり買い物をしたりする場所だ」
「みんなでご飯を食べるの!? ここで? どうして家じゃないの?」
「家で食べるご飯も美味しいけどさ、お出かけした先で食べるご飯も美味しいと思わないか?」
「お出かけ! アタシもしたことあるよ!」
暗がりの中、尻尾を大きく振りながら楽しそうに笑うメイ。
明るかったら、その可愛い笑顔を見れたんだろうけど、まぁ、仕方ないか。
逆に、俺の顔とかは彼女から良く見えてるんだよな。
なんか、変な気分だ。
「おいおい、お二人さん。話し込むのは良いけどよ、探索を疎かにしないでくれよ」
「あ、悪い」
朧の指摘に素直に謝罪した俺。
直後、少し不機嫌そうな口調で、メイが告げた。
「師匠、ちょっとやきもち焼いてる?」
「んなっ!? ち、ちげぇよ! オイラがやきもちなんか焼くワケねぇだろ!?」
「そうかなぁ?」
「な、なんだよメイ! 師匠に文句があるのか!? あるってんなら聞いてやろうじゃねぇか!」
「アタシとハヤトの時間を邪魔しないで欲しいの!」
そんな言い合いから、2人は少しずつ喧嘩腰になって行った。
「仲良しなことで……さて、と。何か使えそうなものは残ってないかなぁ」
喧嘩するほど仲が良い2人は放っておいて、俺は暗がりに慣れて来た目で周囲を探る。
とはいえ、フードコートのテーブルが並んでる場所に居ても、何かを見つけることができるわけ無いよな。
小さくため息を吐き、近くのショップに向かおうとした俺は、ふと、視界の端に映ったものに目が釘付けになった。
「ん、あれは……?」
レストランとかでよく見る、口を拭く紙。
紙ナプキンって言うのかな?
あれがたくさん入ってる小さな入れ物に良く見た事のある紙が、顔を見せてたんだ。
「千円札? どうしてこんなところに?」
気になるから隣のテーブルも見て見よう。
「こっちもだ。こっちも……なんだ? どうしてお札が紙ナプキンと一緒に……」
まるで、お札の意味を知らない誰かが、紙ナプキンと同じだと思って入れたような。
そこまで考えた俺の背筋を、冷たいものが走る。
「2人とも。ちょっと来てくれ」
「どうしたのハヤト?」
「おい、オイラの話はまだ終わってないぞ!」
朧を無視して俺の腕にしがみ付くメイ。
そんな彼女に、俺は問いかける。
「メイ、気配が何もないって言ってたよな」
「うん。そうだよ」
たった1つの質問だけで、メイと朧は俺の様子が変わったことに気が付いたのかな?
朧が少し落ち着いた声で問い返してくる。
「どうしたんだ? ハヤト。ここには実際、誰も居ないじゃないか」
「いや、まぁ、そうなんだけどさ。ふと思ったんだよ。ここには誰も居ないんじゃなくて、ただ、俺達が見つけることができてないだけなんじゃないかって」
「それって……」
「そうだ。メイ、朧、改めて周囲に気配が無いか観察してくれ。もしかしたら、誰かが隠れてるかもしれない」
「……気配が無いんじゃなくて、気配を消してる奴がいるってことか。そりゃ、警戒せざるを得ないな」
2人はすぐに俺の言いたいことを理解してくれたみたいだ。
察しが良いのはありがたいよな。
「ううん。やっぱり何も感じないよ」
「そうか。気のせいならいいんだけど。取り敢えず、一旦みんなの所に戻って、このことを伝えておこう」
椿山さんにも伝えた方が良い気がするしな。
そう思って元来た道を戻ろうとしたその時、空港に甲高い悲鳴と銃声が走る。
「きゃあぁぁぁぁぁ!!」