第27話 地の底まで
メイからマリッサを引き受けた俺は、彼女を担いだまま自衛隊の車に急いだ。
少し乱暴になるけど、彼女を荷台に乗せた俺は、自分も荷台に飛び乗って後ろを見返す。
「朧、マリッサを頼んだぞ」
「おう、任せとけ!」
俺の代わりにナレッジの元に突っ込んでいったメイは、その俊敏さでエルフ達を圧倒してる。
だけど、ナレッジの操る炎弾はメイにとっても脅威みたいだな。
傍から見てる俺でも、彼女が周囲を飛び交う炎をかなり警戒していることが分かった。
戦いが長引けば、それだけメイに危険が及ぶ可能性が高くなるよな。
「メイ! こっちだ、走れ!!」
ナレッジに向けて右腕の籠手を構えながら俺が叫ぶと、メイは待ってましたとばかりにこちらに駆けて来る。
そんな彼女の隙を突こうと、攻勢に出ようとしたナレッジは、逆に自衛隊の弾幕を浴びることになった。
「このっ! 邪魔するな人間!」
「撃て!! 車に近づけるな!」
号令を出しながら銃撃し続ける椿山さん。
隊列を乱すことなく、銃を放ちながら後退し続けてる彼らの連携は、本当に見事だ。
だけど、そんな彼らの銃弾を全て防ぎ切ってるナレッジも、凄いと言わざるを得ないよな。
おまけに、エルフ側にはまだ余力があるみたいだし。
「エルフの増援が来た!! 気を付けろ!」
炎弾を縦横無尽に操りながら、飛び交う銃弾を蒸発させるナレッジ。
そんな彼女の背後から、大勢のエルフが駆けて来ている。
これ以上敵が増えたら、さすがの自衛隊でも厳しそうだ。
「銃弾を溶かすって、無茶苦茶だろ! くそっ! これでも喰らえ!」
少しでも加勢になればなぁ。
そんな気持ちでナレッジに向けて籠手の先から弾を放った俺は、次の瞬間、辺りに響き渡った爆音に身体を竦めてしまった。
起きた事を簡単に説明すると、俺が放った弾をナレッジの炎弾が防いだ途端、炎弾が一気に膨張して破裂したんだ。
「爆発した!? なんか良く分かんねぇけど、つまりは、ナレッジの盾を削ったってことだよな」
「ハヤト!」
「メイ、飛び乗れ!」
「逃がすものか!! 待て! 茂木颯斗!!」
「そう言われて大人しく待つ奴がいるかよ! 椿山さん! 俺が援護します。退却を!」
「分かった!」
それから俺は、椿山さんたちが車まで退却するまでの間、ひたすらナレッジに向けて弾を放ち続けた。
その度に、炎弾が弾けて爆音が轟く。
程なくして、全員荷台に飛び乗ったと同時に、勢いよく車が発進する。
エルフ達も、さすがに車を追いかけてくるようなつもりは無いらしい。
どんどん小さくなっていく駐屯地の様子をしばらく見ていた俺は、車が森の中に突入したところで、ホッと息を吐けた。
「ひゅ~。結構ヤバかったな。オイラ、チビりそうになったぜ」
「おい、朧。頼むからやめてくれよ?」
「分かってるって。この程度の揺れなら大丈夫だ」
朧がそう言った直後、地面の蔦に乗り上げた車が大きく跳ね上がる。
「……大丈夫だ」
「本当か!?」
ボソッと呟いた朧に思わずツッコんだところで、不意にメイが口を開いた。
「ハヤト……マリッサが」
「そうだ、様子がおかしいんだったな」
気を取り直してマリッサの元に近寄った俺は、膝を抱えて座り込んでる彼女に声を掛けてみる。
「マリッサ? 大丈夫か?」
「……うん。大丈夫だよ」
「そ、そうか?」
いや、明らかに様子がおかしいじゃん。
一旦距離を取って、朧とメイに状況を尋ねてみよう。
「おい朧、彼女に何があったんだ?」
「知らねぇよ。オイラ達が助けに向かった時にはすでに、あんな感じだったぜ」
「師匠の言う通りだよ。拘束されてたから、もしかしたら、酷い目にあわされたのかも……」
「尋問ってやつか? どちらにしても、じっくり話せるような状況じゃなさそうか」
身も心もボロボロって感じのマリッサは、見ていて少し落ち着かないな。
「レルム王国、とか言ったよな。エルフの国だって話だけど。人間だけじゃなく、同族にも酷い仕打ちをするのか?」
「アタシが知ってるエルフは仲間意識が強い印象だよ」
「仲間意識が強いが故の、排他的な空気ってことだよな。だとするなら、マリッサに対する態度も、ある意味、裏切者への態度ってコトなのかもしれないな」
ナレッジが言うに、マリッサは世界規模の大罪人らしいからな。
「ところでハヤト。この車はどこに向かってるんだ?」
「あぁ。そう言えば伝えてなかったな。空港に向かってるらしい」
「くうこう?」
「結構大きな施設だよ。あらかじめ伝えておくけど、メイ。空港には飛行機が沢山あるかもしれない」
「え……」
「でも、人が乗ってないと動いたりしないから。ほら、今俺達が乗ってる車みたいなものなんだよ」
「車と同じ?」
「そうそう、誰かが運転しないと車は動かない。それと同じで、飛行機も人間が操作して動く物なんだ。だから」
「……うん。分かった。ハヤトが言うなら、アタシ信じるよ」
「メイ……。辛くなったらすぐに言ってくれ。何か対策を考えるから」
なるべく飛行機を目にすることが無いようにしたり、出来ることはあるよな。
「ありがとう」
メイの言葉を最後に、俺達はしばらく沈黙した。
正直、疲れのせいで話をする気にもならない。
すると、前方を見ていた朧が呟く。
「お、もしかしてあれが空港か……おいおいひょっとして、アイオンよりデカいんじゃないか?」
木々の間から見えるだけでもかなりデカい。
だけど、俺は建物のでかさよりも気になるものを見つけた。
建物や滑走路を真っ二つにするように、巨大な地割れが発生してるんだ。
「広いね……でも」
「あぁ、広いけど、飛行機を飛ばすことは出来なさそうだな」
「……ハヤト、ホントにあそこに向かうの?」
「俺もちょっと不安になってきた。椿山さんに聞いてみよう」
「椿山さん、あの亀裂。近づいて大丈夫ですかね?」
「分からない。ただ、先発した皆は既に空港のロビーに到着しているらしい」
「連絡取れたんですか!?」
「無線でね。避難者もみんな無事とのことだ」
「良かった」
真っ暗な闇が地の底まで続いていそうな地割れを見ながら、俺はそう呟いた。