第25話 今更ながら
すっかり日も落ちてしまった頃。私は、硬い床の上で目を醒ました。
小さな部屋に一人、私以外には誰も居ないみたい。
すぐに起き上がろうと思ったけど、手足を大きく広げるような体勢で、拘束されてしまってる。
「ここは……そうだ。捕まったんだ」
体中が痛むのは、ナレッジ院長に捕まった後に受けた尋問のせい。
おかげで魔術院の制服もボロボロになっちゃってるし。最悪。
でも、もう服装の事なんて気にする必要ないんだよね。
こうして捕まっちゃった以上、私に出来ることはもうない。
きっと、国王陛下の命の下で処刑されちゃうんだから。
結局何もできなかったのは心残りだけど、仕方ないかな。
こうなったのはきっと、全て龍神様の導きなんだもんね。
少なくとも、魔術災害を引き起こした私に味方するエルフなんか、存在しない。
龍神様より授かった魔術を行使して、魔術災害を引き起こしたのなら、それはすべて導きによるもの。
たとえそれが、魔王軍に対抗するための英霊召喚だったとしても、特例なんて許されるはずがない。
大地の草木も、大海の飛沫も、大空の雲ですら。
全ては龍神様によって与えられた授かりものなんだ。
それは私達エルフの命も同じ。そして、私達が使う魔術や薬も、龍神様によって授けられたもの。
与えられたそれらの術を使って、私達は生きている。
結果、世界を危機に至らしめたのだとするならば、それは行使した者が責任を負うのは当然だよね?
「邪魔するよ」
私がボーっと天井を眺めていると、唐突に扉を開けてナレッジ院長が部屋に入ってきた。
彼女は私の所属してたレルム王国魔術院の院長をしていた女エルフ。端的に言えば、私の上官。
あの白いドラゴンから助けてくれたのも彼女だし、私を尋問するように国王から指示を受けていたのも彼女だ。
「……何の、用ですか?」
声を出すだけで、口の中の傷口から血がにじんでくる。
思わず顔を歪める私に、ナレッジ院長は残酷な言葉を投げかけた。
「マリッサ。あんたの処遇が決まったよ。明日の昼時に、『贄』の刑に処すってさ」
「『贄』ですか……」
「残念だよ。まさかあんたの最期がこんなことになるとは、思ってもみなかったからねぇ」
「……仕方がありません。きっとそれも、龍神様の導きなのでしょうから」
そう言ってはみたけど、正直言うと悔しい。
きっと私のせいで、ナレッジ院長も国王陛下から叱責されている筈なのに。
どうせなら、罪を償ってから刑に処された方が良かった。
「龍神様、ねぇ」
私の呟きに反応するように、ナレッジ院長はそう呟いた。
そんな彼女に違和感を覚えた私は、思わずその顔を見上げる。
「何がそんなに可笑しいんですか?」
「え? いや、あんたが気にする必要は無いよ。それよりも、最期に1つ教えてくれないかい? あんた、どうしてあのドラゴンを仕留めなかったんだい?」
「それは……」
確かに、水の魔術が本調子だったら、あの程度のドラゴンを仕留める事なんて簡単だった。
彼女はそこに疑問を抱いたらしい。
まぁ、水の魔術を使えなくなったことを知る訳ないし。当たり前な質問かな。
なんて考えて返事をしない私に業を煮やしたのか、ナレッジは問いを確認に切り替えてきた。
「もしかして、カラミティの後からずっと、水の魔術を使えなくなってしまった、とか? いいや、正確に言うなら、発動に時間が掛かるようになったってところかな?」
「っ!? どうしてそれを」
「ふむ。どうやら当たりみたいだねぇ」
驚く私なんて眼中にないって感じの彼女は、おもむろに制服のポケットから手帳を取り出すと、何かを書き始めた。何を書いてるんだろう?
それにしてもおかしい。
私は彼女に自分の事情を話したことなんてないし、ハヤト達にも話してなかった。
それなのにどうして、私が水の魔術を使えなくなってることを言い当てることが出来たんだろう?
「ふふふ。そんなに驚くことかねぇ?」
「ナレッジ院長? どうして分かったんですか?」
「どうして、かい? それが龍神の導きってやつだからじゃないかねぇ?」
「それはどういう」
「私はねぇ。飽きちゃったんだよ……」
私の言葉を遮るように告げた彼女は、まっすぐにこちらに歩いて来ると、すぐ傍にしゃがみ込んだ。
そして彼女は、私の頭を撫でながら、笑みを溢す。
「あんたには本当に迷惑を掛けちゃったねぇ。でも、おかげで私は今とても楽しめているんだよ。ありがとうねぇ」
「ナレッジ院長? さっきから何を言って……」
「あんたが連れて来た仲間だけど、私がきちんと面倒見てあげるから、安心して龍神の元に還りなよ」
彼女は何を言ってるの?
私に迷惑をかけたって、なんのこと?
それに、飽きたって何に? 楽しめてるって、何を?
色んな疑問が私の頭の中を駆け巡って行く。
だけど、それらの疑問を押しのけて一番強く感じた疑問を、私は思わず声に出してしまった。
「なんで……どうして、そんな顔で笑うんですか?」
まるで、私のことを嘲るような、そんな笑みをナレッジは浮かべてる。
その笑みを隠すことなく、彼女は言葉を続けた。
「言ったじゃないか。楽しいからに決まってるだろう?」
彼女がそう言った直後、どぉおんという轟音が、部屋の外から響いて来る。
慌てた様子で立ち上がったナレッジ。
そんな彼女が急いで部屋から去って行く間も、私は茫然と天井を見上げ続けた。
ナレッジはさっき、私のことを見ながら楽しいと言った。
それはどうして?
私は無様に捕まって、何もできなくて、明日の昼には『贄』として魔物の餌になる。
そんな私を見て、楽しいって思ってるってこと?
そんなわけない。
だって、私は彼女の部下として、一緒にレルム王国を守るために頑張ってきたんだよ?
今回のカラミティだって、元々はナレッジ院長の提案で、王国に古くから伝わってる英霊召喚をしようって話で。
……私はそれを快諾して。
あれ?
もしかして、私。騙されたのかな?
今更ながら、私がそんなことに気が付いた瞬間。
バリンと激しい音と共に、窓を破って何者かが部屋に突入してきた。
「嬢ちゃん!! ここにいたか!! 無事か!?」
「師匠! 凄いよ! あそこ、火が上がってる!!」
「ハヤトの奴、かなり派手にブチかましやがったなぁ!!」
騒がしい朧とメイは、てきぱきと私の拘束を取り外して行く。
そんな間も、私はただ、茫然とし続けていたのだった。