第23話 隠し事
ナレッジの提案を渋々呑んだ俺達は、元居た部屋に戻されてしまった。
実際に魔術結晶を探すのは明日かららしい。
それまでは監禁状態ってワケだな。
2つある簡易ベッドにそれぞれ横になっていると、不意にメイが声を掛けてきた。
「ねぇハヤト……マリッサのことなんだけど、ホントだと思う?」
「分からない。でも、彼女のことを完全に信じられるのかって言われると、微妙かもしれない」
「……うん。アタシもそう思う」
マリッサが俺達に見せていた違和感は、いくつもある。
主なものとしては、隠し事が多いこととかだ。
白いドラゴンを落とした水の魔術とか、まさに良い例だろ。
今までは、出会って間もない相手を簡単に信用するわけがないと納得してたけど、そろそろ看過できない領域に入りつつあるよな?
「ナレッジの言ったことが全部本当かどうかはさておき、マリッサが俺達に何かを隠してるってのは、なんとなく察してた。まぁ、俺も隠し事が無いかと言われると、何も言えないけどさ」
「うん……でも私、もしもマリッサが全部の原因だったとしたら、許せないかもしれない」
「メイ……」
「マリッサじゃなくても、誰かのせいで世界がこんなことになったんだとしたら。それは、アタシの家族を殺したのと同じだよね」
「そうかもな」
「……憎いよ」
メイは飛行機墜落事故で家族を失ってる。
つまり、カラミティが起きなかったら、今も家族と平穏に暮らしてたはずなんだよな。
そりゃ、カラミティの原因が分かったら、怒りの矛先が向くのも変な話じゃないか。
彼女自身も、現在進行形で危険な目に合ってるって言うのに。
俺とは大違いだよな。
「メイは凄いよな」
「え?」
「俺はさ、世界がこんなことになったってのに、家族の心配なんて、今の今まで考えもしなかったよ」
「ハヤトには、家族がいないの?」
「居ないってわけじゃ、ないんだけどな……」
両親と俺の3人家族。祖父母や親せきを入れればもう少し増えるけど、今はそんな細かいことを言ってるワケじゃない。
隠し事ってわけじゃないけど、メイに話してなかったこと。
今なら伝えることができるかもしれない。
「母親とは、数年前に縁を切ったばっかりでさ、こうなる直前まで全く会ったりしてなかった」
「……お父さんは?」
「親父は、死んだよ。兄弟も居ない」
「そう……なんだ」
どこか心苦しそうに声を細めるメイ。
きっと彼女は、する必要のない心配とか気遣いを、俺に対してしてくれてるんだろうな。
ホントに、優しい子だよ。
それに比べて俺は……。
「会社も日本も、世界そのものが何もかもぶっ壊れてしまえば良いのに。なんて、考えてたなぁ」
メイは何も言わない。
もちろん俺も、彼女が何か返事をするなんて思っても無い。
「だけどさ、いざぶっ壊れてしまった世界で、俺はなんだかんだ言って普通に生きてるんだ。そりゃ、生活はメチャクチャ変わったけどな。メイはどうだ?」
「……そうだね。アタシもハヤトの気持ち、少しわかる気がする」
「だろ? それって多分、俺もメイも、生きてくことに精一杯だったってことだよな?」
「そう……なのかな?」
「自分が危ない目に合ってるときに、誰かの心配とかしたか? 誰かを恨んだりしたか?」
「……してなかったと思う」
「俺も同じだよ。初めの頃はその日に食べる飯と水、いかに賢く生き残るのかしか考えてなかった。それが普通で、誰でも自分のことをまず最優先に考えるのが普通の考え方だと俺は思う」
「うん。そうだね」
「だからこそ、自分に危険が降りかかってる中でも、誰かのことを心配したり、想ったりできることを、人は尊く感じるんじゃないかな」
「……そっか」
「ってわけで、どうせ自分以外の誰かに執着するなら、恨んだり憎んだりするより、心配したり愛情を抱いたりした方がお得なんじゃないかと、俺は思うんだよ」
出来る限り明るい口調で言い終えた俺に、メイは小さく笑い声をあげる。
「ハヤト、なんか得意げだね」
「まぁな、ちなみに今のは親父からの受け売りだ」
「受け売りってどういう意味?」
「親父が言ってたことをそのまま言ってるってことだよ」
「ふふふ。正直だね」
「まぁな。で、1つ相談なんだけど」
「マリッサに話を聞きに行く?」
「お、良く分かったな」
「ハヤトが考えそうなこと、少しずつ分かってきた気がするよ」
先ほどの俺の口調をマネたのか、メイは得意げに言いながらベッドから起き上がった。
それに合わせて、俺も起き上がり、立ち上がる。
「そうと決まれば、一旦この部屋から脱出しなくちゃだな。朧も見つけたいし」
「吉田さん達もだね」
「あぁ。後は、どうやってここを出るかだが」
「こういう時、お前さん達人間は、猫の手も借りたいって言うんだってな?」
「朧!?」
部屋から出る方法を探そうと、扉の方に向かいかけた俺達の後頭部に、朧の声が投げかけられる。
咄嗟に振り返った俺は、窓枠に立つ黒猫の姿を見つけた。
「よぉ、ハヤト。それにメイちゃんも。どうだい? いまならお安くしといてやるぜ?」
そう言う彼の腰には長いロープがグルグルと巻き付けられてる。
それを使えば、窓から地上に逃げることが出来そうだな。
「さすがだな、朧。それにしても、どうやってこんなところまで」
「吉田のおっちゃんに助けてもらったのさ。まぁ、オイラの武勇伝は追々飽きるまで聞かせてやるよ。それより、急いでここを出るぞ!」
朧の提案を断る必要なんて無いよな。
すぐに頷き合った俺とメイは、彼に駆け寄ってロープを受け取るのだった。