第22話 世界規模の大罪人
白いドラゴンは何者かが放った炎の魔術のおかげで、姿を消した。
おかげで俺達は、殺されずに済んだらしい。
どこの誰だか分からないけど、お礼を言わなくちゃだよな。
なんて考えている間に、俺は意識が遠のいていくのを感じる。
出血しすぎたのかな? 遠くからメイの声が聞こえる。
返事をしたいけど、上手く声が出ないな。
そして気が付いた時、俺は見たことのない天井の下で横になっていた。
「ん……? ここはどこだ?」
「ハヤト! 気が付いた?」
「メイ。どうなってるんだ? あの後、何があった?」
駆け寄って来た彼女は、ホッと胸を撫で下ろした後、部屋を見渡しながら告げる。
「うん。ハヤトが気を失った後、エルフがたくさんやってきて、アタシ達全員捕まっちゃったんだ」
「マジか……朧とマリッサは? それに、吉田さんたちも」
「分からないよ。アタシとハヤトだけ、この部屋に閉じ込められちゃったから」
「俺達だけ? 良く分からないけど、取り敢えず、ここから逃げ出した方が良いってことだよな」
「申し訳ないけど、あなた達を簡単に逃がすわけにはいかないのよねぇ~」
「誰だ!?」
「ガルルルル」
部屋の扉を開けて俺達の会話に割り込んできたのは、深紅の服を身に纏ったスタイル抜群の美女だった。
豊かな金髪で耳は見えないけど、服装がマリッサの服と似通ってるところを見るに、エルフで間違いないだろう。
まぁ、雰囲気がかなり大人びているせいで、マリッサには全然似てないけど。
「そんなに邪険にすることも無いんじゃない? あんた達の窮地を救ったのは、この私なんだから。それとも、あのままドラゴンの餌になった方が良かったってコトかねぇ?」
開口一番にそんなことを言う美女に、俺は少し緊張しながら問い返す。
「俺達を救った? ってことは、あの炎の魔術は」
「そうだよ。あれは私がやったのさ。んでもって、あんた達をここに運ぶように命じたのも私だよ。地球人の茂木颯斗に、ウェアウルフのメイ」
「っ!? どうして俺達の名前を!?」
「調べる方法ならいくらでもあるけど、今回は単純に、あんた達の連れに聞いたよ」
「どうしてアタシ達を捕まえたの!? なにが望み!?」
「おや? そのあたりの話は、マリッサから聞いてるんじゃなかったのかい?」
マリッサのことを知ってる? この女、何者なんだ?
もしかして、魔術院とかいう組織の人間か?
だとしたら、迂闊なことは言わない方が良いかもしれない。
「だんまりか。まぁ、どっちでも良いけどね。そんな煩わしい話をする前に、すこし腹ごしらえでもどうだい?」
「こんな状況で飯なんて―――」
ぐぅぅぅ……。
「メイさんっ!?」
「ご、ごめんハヤト! でも、良い匂いが……」
メイにツッコミを入れた直後、俺も腹をくすぐるような良い匂いを嗅ぎ取った。
「世界がこんな状況だったんだ、あんた達も温かい食事は久しぶりなんじゃないかな?」
「……足元見やがって」
「それが交渉事の基本だろう?」
ニヤッと笑みを浮かべる美女に、俺は何も言い返せない。
そのまま俺達は、彼女に連れられて食堂に向かった。
道中、廊下に張られてる掲示物などから、俺はここが自衛隊の駐屯地だと理解する。
アイオンから南にあるエルフの駐屯地って、元々自衛隊のを占領した場所だったのかよ。
ってことは、自衛隊でも歯が立たなかったってことだよな?
テーブルに並べられる食事を前にそんなことを考えていると、美女が俺達に食事を促してきた。
「どうだい? ここで働いていた自衛隊の人間に作らせた飯だ。存外美味いだろ?」
「美味しい……」
隣でメイがカレーを頬張ってる。
こんなの、ガマンできるわけ無いよな。
取り敢えず腹を満たすことにした俺は、少し食事を進めたところで、質問を投げかけて見た。
「で、あんた達の狙いはなんだ? どうして地球人を捕まえて回ってる?」
「その前に、あんた呼ばわりされるのは気に入らないね。私の名前はナレッジ。レルム王国魔術院の魔術院長をしている。それなりに偉い立場の人間だよ。覚えてもらおうか」
「……分かった。で、その魔術院長ともあろう方が、俺達に何の用があるんだ?」
「話が早くてありがたいね。簡単に言えば、私達のために魔術結晶を集めて欲しいんだよ」
「魔術結晶を?」
「ハヤト、それって」
メイの驚きも分かる。
ナレッジの言ってることはマリッサの依頼と同じだから、俺も驚いたしな。
てっきり、全然違うことを依頼されるかと思ってた。
って言うか、お願いじゃなくて命令されるもんだと思ってたよ。
でもまぁ、ここで安請け合いするのは危ないかもしれないよな。
「……それをわざわざ、どうして俺達に頼むんだ?」
「簡単な話だよ。あんた達が龍神様に愛されているからだよ」
「龍神様に愛されてる?」
また出たよ、龍神様。
マリッサの話にも出て来た、その龍神様とやらには、一度顔合わせして見たいもんだな。
それに、ナレッジの言い方も少し違和感があるよな。
龍神様に愛されてるから、俺達に頼むって、どういうことだよ?
「地球人には少し馴染みのない話だったかな? でも、その腕の籠手を知らないとは言わせないよ」
「この籠手が……?」
「そうさ。あんたは間違いなく龍神様に愛されてる。それに、ウェアウルフのお嬢ちゃんも、その身体で生まれてきた時点でエルフの私達より愛されているのは間違いないね」
「……」
俺と違ってメイは驚いてる素振りが無い。
ってことは、メイ達の世界では龍神様に愛されているって考え方が一般的なのか?
愛されてたからって、何なんだよ?
特別な力を授かったとか、才能に恵まれたとか、そういうコトか?
考えても時間の無駄かもな。今はもっと、別のことに思考を割くことにしよう。
「その依頼を受けるのは、別に文句ない。だけど、1つだけ教えてくれ」
「何かな?」
「魔術結晶を集めて、何をするつもりだ?」
「それはもちろん。魔王軍との戦いに備えるんだよ」
「魔王軍!?」
「あぁ、そもそも私達レルム王国は、カラミティが発生する直前まで魔王軍と戦争中だったんだからね」
「戦争中!? メイは何か知ってたか?」
「ううん。アタシ達は森の奥深くに隠れ住んでたから、外のことはほとんど知らないよ」
「マリッサは何も言ってなかったのかい?」
「……」
「その様子だと、説明は受けていないようだね。まぁ、そりゃ当たり前か」
ナレッジの言葉に黙り込んでしまう俺達。
そんな俺達に追い打ちを掛けるように、ナレッジはとんでもないことを口にした。
「だってこのカラミティは、群青の魔女マリッサが引き起こした、世界規模の犯罪なんだからねぇ」
「マリッサが……引き起こした!?」
「そんな……マリッサが……?」
俺以上に狼狽えてるメイ。
そうか、彼女にとってはカラミティを引き起こした存在こそが、家族を奪った原因みたいなものだしな。
でも、だからと言って、マリッサが本当に原因なんだろうか?
彼女は一応、カラミティで融合してしまった世界を元に戻そうと……。
自分が引き起こしたから、元に戻そうとしてたってのか?
罪悪感に駆られて?
「そうだよ。彼女は今、大罪人として牢に囚われている。本来であれば彼女と一緒に行動していたあんた達も処罰されるところなんだけど、私は合理的なエルフでね、使えるものはとことん使うべきだと考えてるんだよ」
黙り込む俺達に、ナレッジは更に追撃を加える。
「そういうワケで、改めてお願いしようかね。私のために、魔術結晶を集めてはくれないかい?」
少しばかり語気を強められたその言葉は、もはやお願いじゃなくて、命令だった。