第21話 漏れ出た本音
私が群青の魔女と呼ばれるようになったのは、まだ幼い頃。
水の魔術を授けられたことがきっかけだった。
両親も、友達も、先生も。皆が沢山褒めてくれたっけ。
とても嬉しかったことを覚えてる。
だから、私は授かった水の魔術を一生懸命に練習したんだ。
力を最大限に使いこなせれば、もっと沢山の人が褒めてくれるんじゃないかなって、思ったから。
そして、龍神様にも認められて、もっとすごい何かを授けて貰えるんじゃないかって、思ったから。
でも、私に授けられたのはそれだけだった。
悔しかった。
どれだけ水の魔術を極めても、もう誰も褒めてくれなくなっていって。
そんな周りを見返そうと、頑張れば頑張るほどに、私の周りから人が減って行く。
気が付けば独りぼっちになってることに気づいたときは、ちょっと泣いちゃったなぁ。
でも、良いんだ。
私にはこの子達が居るんだから。
「ガルーダ! もう少し頑張って!!」
激しく揺れるガルーダの背中の上、杖をギュッと握りながら、私は白いドラゴンを睨む。
ハヤト達の逃げ込んでるアイオンの上空を旋回している奴は、その眼光を私達に向けてくれてる。
でも多分、すこし放置したらまた、アイオンの方に視線を落とすはずだよね。
「そうはさせない!」
私が叫ぶと同時に、ガルーダの翼が空を切り、真空波が放たれる。
水の魔術が使えたら、あんなドラゴンなんて、簡単に撃退できたはずなのに。
カラミティが起きてから、私は水の魔術を使えなくなってしまった。
正確には、発動までに時間が必要になった。
それはきっと、私に対する罰なんだと思う。
「おいマリッサ!! 何をしてる!」
「っ!? あのバカ!!」
アイオンから飛び出しながら大声を上げるハヤト。
どうして外に出て来たワケ?
私とガルーダが、こうして戦ってる意味を理解できてないの?
この白いドラゴンは、まず間違いなく、ハヤトのことを狙ってる。
理由は簡単。
彼が龍神から力を授かったから。
少し考えたら、当たり前の話だよね。
濃い魔素に満たされた中でも生き延びて、更に、龍神の巣で魔術結晶を身体に取り込んだ。
これらは全部、偶然なんかじゃない。
彼は間違いなく、龍神様に愛されているんだ。
そもそも、私達の世界よりも彼の住んでた世界の方が龍神様に愛されてるみたいだし。
犠牲になるなら、彼よりも私が適任だよね。
その間に、彼らが逃げ隠れ出来るなら、それでいいかもしれない。
「どうして出てきたの!! 早く中に戻って! こいつは私が何とかするから!」
「本当に何とか出来るのか!? さっきから攻撃がほとんど効いてないみたいだぞ!」
「うるさい! いいから隠れててよ!!」
ハヤトと言い合ってても、意味なんかない。
それよりも、私はドラゴンに意識を集中しよう。
時間は掛かるとはいえ、水の魔術を放てないわけじゃないんだ。
どうせなら、飛び切りデカいのを打ち込んでやる。
一撃入れることさえできれば、攻撃がほとんど効いてないなんてこと、もう言えなくなるでしょ。
「もう少し。もう少しだから! ガルーダ、お願い!!」
杖の先に煌々と光が集まるのを確認しながら、私はガルーダの背中を撫でた。
そんな私の期待に応えるように、ガルーダはドラゴンの巨体の周囲を風に乗って旋回しながら、真空波を放ち続ける。
そこでようやく、杖の先の光が激しく明滅を始めた。
「よし!! 撃つよ、ガルーダ!!」
合図とともに急上昇するガルーダの背中の上で、私は眼下のドラゴンを杖の先で捉えて詠唱する。
「沈黙せし隣人よ、今こそ猛り、轟かせたまえ!! フォール・ストリーム!!」
直後、杖の先の光が一段と眩さを増し、その光が大量の水へと変貌を遂げた。
轟々と音を立てながらドラゴンの頭上に圧し掛かった水流は、そのままヤツを地面に叩き落とす。
当たりに伝播する地響きと水しぶきが、ドラゴンの甲高い叫びに切り裂かれた。
さすがの白いドラゴンも、これだけのダメージを与えれば退却するはず。
なんて考えた私の視界に、黄色い光が飛び込んでくる。
「っ!? きゃっ!?」
地面に倒れてるはずのドラゴンの翼から、無数の黄色い光の球が螺旋に回転しながら迫って来たんだ。
慌ててよけようとするガルーダにしがみ付くけど、気が付いた時には私の手は空を掴もうと藻掻いてた。
視界がめちゃくちゃに回転するせいで、自分が今どっちに落ちてるのかも分からない。
感じることはと言えば、耳元を切る風の音だけ。
多分、ガルーダの助けも間に合わないよね。
皆は、無事に隠れることができたのかな?
少し気になるけど、もう、私には関係ないことなのかも。
情けないなぁ。
群青の魔女だなんて呼ばれてるのに、結局私はレルム王国でもここでも、何もできないんだ。
「せめて、失敗くらいは取り返したかったのになぁ……」
その言葉が、口から出てたのかさえ分からない。
ただ、最期の最期に漏れ出た本音を自覚したことで、私は胸のどこかで使えてた何かが、決壊したのを感じた。
でも、もう遅いよね。
多分、あと数秒で私は―――
「マリッサァァ!! 掴まれよぉぉ!!」
「へっ!? きゃ!?」
突然、背中に強い衝撃を受けて、思わず声が漏れる。
と同時に、私は何かフカフカした物に包まれるような感触を覚えた。
その感触は、どこか安心できるもので、思わず安堵のため息を吐きそうになる。
でも、そんな時間は無かったらしい。
何かに包まれてから数秒もしないうちに、私は激しい衝撃に肺の中の空気を全部吐き出してしまう。
グルグルと回る視界から、多分、地面を転がってるみたい。
ようやく視界の回転が収まったところで、全身の痛みに悶えた私は、自分がまだ生きてることに気が付いた。
アイオンの横にあるだだっ広い場所。そんな場所に私は横たわってるみたい。
「……マリッサ、無事か?」
「この声、ハヤト!?」
すぐ真後ろから聞こえて来るその声に、私は思わず身震いする。
だってそうでしょ?
良く知らない男に、後ろから抱き着かれたら、あまりいい気分じゃないものだよね。
だけど、慌ててハヤトから離れた私は、文句の一つも言えなかった。
「……ちょっと、嘘。どうしてそこまで」
「痛てて……いや、それはこっちのセリフだって、なんで一人で戦ってるんだよ」
そう言って笑って見せるハヤトは、頭から出血している。
更に言えば、私を庇うように地面を転がったせいか、背中がズタボロだ。
でも、彼がその程度の傷で済んだのは、身に纏ってる大量の衣服のおかげかもしれない。
「ははは、かっこ悪いよな」
私の視線に気づいたのか、彼はそう言って再び笑って見せた。
「……いいから、ちょっと黙っててよ」
彼になんて声を掛ければいいのか分からない。
だから、今の私にできる事を考える事にしよう。
まずは、ハヤトを安全な場所まで運んで、それから、治療のための薬を準備する。
そう思って、腰につけてたポーチに手を伸ばした私は、それが無くなってることに気が付いた。
「嘘、薬が!」
「マリッサ、それどころじゃないみたいだぞ」
痛みに顔を歪めながらもそう告げるハヤト。
彼の視線を追った私は、思わず身体を硬直させてしまった。
地面に叩きつけたはずの白いドラゴンが、私達を見下ろしながら近づいてきている。
ガルーダの召喚も解除されてるみたいだし、ハヤトは動けない。
私も、今から水の魔術を準備してたんじゃ、絶対に間に合わない。
多分、メイが駆けつけたとしても、1人でドラゴン相手に敵うわけがないよね。
「ダメだ……どうして? 結局こうなっちゃうの?」
「まだ諦めるのは早いぞ、マリッサ」
そう言ったハヤトは、震える右腕をドラゴンに向けて構え、拳を握り込んだ。
すると、彼の右手の籠手先から、例の弾が放たれる。
だけど、そんな小さな弾がドラゴンに効くわけない。
案の定、彼の放った弾は、硬い鱗に弾かれてしまう。
「ハヤト!! マリッサ!!」
私達の場所に向かって駆けて来たメイと朧が、ドラゴンとの間に立って構えるけど、やっぱり無理だよね。
もう何度目かの諦めを抱こうとしたその時。
アイオンの屋上に、赤く輝く光が立ち昇った。
「暗く沈む闇を照らせ! ディープ・フレア!!」
すっかり暗くなりつつあった空に輝きを放ったその光は、一直線に白いドラゴンへ向かって伸びると、業火となって弾ける。
突然の横やりに怒りを顕わにしながらも、白いドラゴンは逃げるように飛び去って行った。
助けが入った。それは明確。
それじゃあ、どこの誰が私達を助けてくれたの?
普通なら、そんな疑問が浮かぶんだろうけど、今の私の中に浮かんでこなかった。
なぜなら、その声も、その技も、よく見知ったモノだったから。
「……ナレッジ院長?」
アイオンの屋上にその姿を探してみるけど、どこにも見当たらない。
それがなんとも不気味で、助かったことへの安堵と同時に、私はこうも思っていたんだ。
助けに来たのが、ナレッジじゃなければよかったのに、と。