第19話 ちょっと不服そう
重たい空気って苦手なんだよなぁ……。
誰だってそうだろ? と俺は思ってるけど、実際どうなんだろう?
辛い現実とか、難しい話とか、目を背けたくなっちゃうのは、案外俺だけだったり?
まぁ、マリッサの話を聞いた俺達が、自然と会議を解散した時点で、みんな同じようなもんなんだと俺は信じるけどさ。
そんな感じで一旦散り散りになった俺達は、各々好きなように過ごし始めてた。
外はもう暗くなりつつあるワケだから、いまから外出ってのはできないから、仕方ないけどな。
「久しぶりのアイオンが、こんな暗い感じになってるとは想像もしてなかったな。でも、これはこれで雰囲気ある」
アイオンの内部構造と言えば、お馴染みの吹き抜けと周囲に並んでる沢山の店が特徴的だ。
そんな店の中でも、スポーツ用具店に一番近い洋服店に俺は向かってる。
理由はもちろん、スーツを着替えるためだ。
「で。メイはいつまで俺に着いてくる気なんだ?」
「着いてったら、ダメ?」
「ダメじゃないさ」
「なら着いてく」
「わかった。それならついでに、メイの服も調達しよう」
「服? どうして?」
「ん? メイはお洒落とかあんまり興味ないのか?」
「お洒落って何?」
「色々な服を着飾って、おめかしするんだよ」
「良く分かんない」
「そうか? なら、ほら、このTシャツとかメイに似合いそうだぞ」
そう言った俺は、取り敢えず近くの店先に並べられてた白いTシャツを、彼女の上半身に揃えて見せた。
「うん、良いじゃん。似合ってる」
「似合ってる……?」
「……あー、取り敢えずそのTシャツを着て、こっちに来てくれ、メイ」
「うん」
素直にTシャツを身に着けたメイを、俺は鏡の前に誘導する。
「ほら、自分で見てみろよ。可愛いだろ?」
「え? これ……何?」
「鏡だよ。反射した自分の姿を見れるんだ。今映ってるのがメイの姿だよ」
「……これが、アタシ。アタシ、可愛い?」
「うん。似合ってるし、可愛いと俺は思う」
「本当!?」
「本当だって。ほら、他にも色々な服が……」
「それも着る!」
よっぽど嬉しかったのかな。メイは俺が手に取ろうとした服を勢いよく掻っ攫うと、今着てるTシャツの上から被った。
サイズがちょっと大きい黄色のTシャツ。
「着方はめちゃくちゃだけど、それも似合ってるぞ、メイ」
「ふふふ。可愛い?」
「あぁ、可愛い」
なんだ? メイがあんまりに嬉しそうに笑うから、ちょっと恥ずかしくなってきたな。
まるでデートみたいじゃないか。
「次はあれ!」
味を占めたんだな。メイは次から次に服を被っては、俺に可愛いかどうか尋ねてくる。
気が付けば俺達は、店の奥に入り込んで、メイの着替えを楽しんでた。
嬉しそうに尻尾を振って、キラキラと目を輝かせてる彼女の様子は、当然、可愛い。
でも、途中からその可愛さは別の意味に変わって行く。
「ハ、ハヤト、これは、可愛い、の?」
そう問いかけて来るメイは、既に十数枚の服を重ねて着てるせいで、パンパンに膨れ上がってしまってる。
正直、笑いを堪えるので精いっぱいだ。
「か、可愛いぞ。それにしてもメイ、随分まん丸になったな」
「ハヤト笑ってる! 可愛くないの!?」
「ははは、ごめんごめん、これ以上はやめとこう。メイ。服は基本、1枚ずつ着るものだぞ?」
「だって、ハヤトが可愛いって言うから!」
「ごめん。あまりに可愛すぎてつい。一旦、着てるのを全部脱ごうか」
「むぅ……」
ちょっと不貞腐れてるメイ。
そんな彼女が服を脱ぎ終わるのを待った俺は、彼女が一度身に着けた服を全て、籠に入れた。
「これ全部持って帰ろうか。マリッサも必要になるかもだし」
「うん」
「代金は……もう意味ないかもだけど、一応置いて行こう」
そうして、俺達がその店を出ようとした時。
不意に、何かに気が付いたらしいメイが、姿勢を低くして店の入り口の方を睨む。
「誰!?」
「メイ!? 誰かいるのか!?」
「ひ、ヒィィ。ごめんなさい。邪魔するつもりは無かったんです!」
メイの脅しにすぐさま反応したその人物は、棚の影から少し怯えながら俺達の前に姿を現した。
動きやすそうなズボンとTシャツを身に纏った女性。
頭の上で団子状にまとめられている黒い長髪と、赤縁の眼鏡が特徴的な細身の彼女は、俺とメイを交互に見比べながら告げた。
「わ、私は、中乃瀬志保です。あの、今日、助けてもらった内の一人で、楽しそうな人の声がしたから、気になって……」
「あぁ、なんだ。びっくりしましたよ。てっきり魔物かと」
身構えてた俺達は、すぐに姿勢を正す。
俺達が元に戻ったおかげで、中乃瀬さんも安心したのか、ホッと胸を撫で下ろしたみたいだ。
……それにしても彼女、胸が大きいな。
いや、別にどうでも良いんだけどさ。
「あの、どうかしましたか?」
「い、いや、何でもないですよ。ははは」
これはまず間違いなく、胸を見てたこと、気づかれたな。
女性はそう言う視線に鋭いって言うし。軽蔑されただろうか。
まぁ、あんまり考えても仕方ないよな。
「ハヤト、どうしたの?」
「何でもないぞ、メイ。よし、それじゃあ次は俺の服を探そうかな」
メイの追及を回避して、急いでこの場から離脱しようとする俺。
だけど、そうは上手くいかなかった。
「あのっ!」
「は、はい?」
「私も、着いて行っていいですか?」
「へ?」
なぜか上目遣いで俺を見て来る中乃瀬さん。
そんな彼女になんて返せばいいのかと考えてると、メイが先に彼女に問いかけた。
「どうして?」
「あ、えっと、私も、その、服を調達したくて、ですね、はい。」
「あぁ、なるほど。そういうコトですか」
そういうコトなら仕方が無いだろう。
彼女たちも、ずっと危険な状況を潜って来たんだ。
その中で、服を選ぶ余裕なんて無かったはずだよな。
だったら仕方ないよな。今はメイという護衛が付いてるわけだし。
「なんか、ハヤト嬉しそう」
「え? 何を言ってるんだ? メイ。別にそんなことは無いぞ。それより、彼女は困ってるんだから、協力するのは悪い話じゃないだろ?」
「それは、そうだけど」
ちょっと不服そうなメイが、チラッと中乃瀬さんに視線を投げてる。
直後、中乃瀬さんがちょっとだけ顔を引きつらせたのは気のせいだろうか?