第18話 タイムリミット
薄暗いアイオンの中で安全を確保した俺達は、フードコートで会議を開いていた。
と言っても、人数は俺達に例の中年のオッサンを含めた5人だけどな。
他の人たちは疲労困憊してたから、今は休んでもらってる。
「私は吉田誠。見ての通り、40代半ばの中年です。よろしくお願いします」
「俺は茂木颯斗です。こちらこそ、よろしくお願いします。それから、紹介しますね」
そう言った俺は、一緒に机を囲んで座ってる仲間達を紹介していく。
「彼女はエルフのマリッサ。そして、彼女がウェアウルフのメイ。最後にこいつが、黒猫の朧です」
「これはこれは、こんなことになる前だったらぜひ名刺を貰いたかったなぁ。なんつって」
場を和ませようとしてくれたのかな。吉田さんは頭を掻きながら笑みを浮かべる。
ただ残念なことに、俺以外の面子には彼の心意気が伝わっていないらしい。
「……名刺って何?」
「ねぇハヤト。どうしてこのおじさんは笑ってるの?」
「オイラの知ってる、ザ・サラリーマンって感じのオッサンだな」
「……お前ら、もう少し礼節というものをだな」
「まぁまぁ、茂木さん、そんなことは良いんですよ。こんな状況でバカみたいな話をした私が悪いんですから」
「吉田さん……」
「そうだね。それよりも早く、本題に入った方が良いと思うな」
いや相変わらず冷たいなマリッサ。エルフは皆こんな感じなのか?
マリッサだけだと願いたい。
「本題に入る前に、皆さん、さっきは助けてくれて本当にありがとうございます」
「そんな大げさな」
「いや茂木さん、全然大げさじゃないんだよ」
そう言う吉田さんの顔に深い影が差したように見える。あたりが暗いせい、だけじゃないよな。
「私達は数日前、あの連中に一度捕まっていたんだよ」
「本当ですか!?」
「あぁ。だけど、少し前に起きた地震に乗じて逃げ出せたんだ」
「そうなのか……大変な目に合ってたのは、オイラ達だけじゃないってワケか」
朧の言いたいことも分かるけど、多分、俺達よりも吉田さんの方が苦労してるんじゃないかな。
そもそも、戦えるような人がいないように見えたし。
食料を確保するだけでも精いっぱいだったはずだぞ。
それなのに吉田さんは、特に表情を変えることも無く、俺に問いかけて来る。
「茂木さんたちも大変な目に?」
「まぁ、ちょっと。大量のゴブリンに囲まれたり、洞窟の中で蟹に殺されそうになったり、海の底に落ちそうになったり」
ちょっと誇張しすぎたか?
いや、一応全部事実だしな。
俺達と吉田さんたちの違いは、メイやマリッサがいたかどうかってコトだけだ。
と、俺の言葉を追いかけるように、メイが小さく呟く。
「……白いドラゴンも。だよね」
「ドラゴン!? そんなものまでいるんですか!? それは……なんというか」
「信じられないですよね。俺もこうなる前だったら信じられなかったですよ」
「そうですね。本当に、何がどうなってるのやら」
驚きを噛み締めてるらしい吉田さん。
でも、このあたりで一回本題に戻した方が良さそうだな。
「はい。とまぁ、こんなに変なことになってしまった世界を元に戻せるかもしれないって話をしたいんでしたね」
「そうです。正直、意味が全く分からないんですけど、茂木さんたちは何をしようとしてるんですか?」
「簡単に言うと、魔術結晶っていう石を探して、それを使って修復魔術を行使すれば、元に戻るかもしれない。って話で良いんだよな?」
「うん。合ってるよ」
「魔術結晶で修復魔術を行使する……」
「ま、まぁ、いきなりそんな話言われても難しいですよね。正直、俺もまだ、修復魔術とやらがどんなものなのかは知らないんですよ」
と、そんなことを言った俺に、マリッサは少し頬を膨らませながら口を開いた。
「私は嘘なんて吐いてないよ。今のこの状況は確実に魔術災害。つまり、魔術でしか元に戻すことはできないものだから」
「なるほど……それで茂木さんたちは、その魔術結晶を探すためにここまで来たと」
「はい。実は埠頭の方で1つ見つけたんですけど、色々あって、こうなっちゃいました」
そこで言葉を切った俺は、右手を前に突き出した。
「……え? こう、って。茂木さんの右腕が?」
「はい。魔術結晶に触れたら、こうなっちゃったんです」
「本当ですか!?」
「てっきり、どこかで拾ったものを防具として着けてるのかと」
「それが、これ、手から外せないんですよね。完全に皮膚にくっついちゃってます」
唖然と口を開いた吉田さんは、苦笑いしながら俺を励ましてくれる。
「ま、まぁ、カッコいいんじゃないかな?」
「ありがとうございます。気持ちだけ受け取っておきます」
励ましの言葉を受け取った後、俺はここまで来た経緯を話した。
ドラゴンの対処方法として、龍神という存在を探そうとしてたこと。
その途中で、マリッサと朧が吉田さんたちを見つけたこと。
アイオンの外にいたエルフを追い払ったこと。
彼がどこまで理解してくれたのかは分からない。ていうか多分、殆ど理解はされてない気がする。
それでも俺は、話を先に進めることにした。
「とまぁ、ここまでが状況の説明です。で。マリッサ。この話を吉田さんたちにしたのには、何か理由があるんだろ?」
「もちろん。吉田さん。知ってたら教えて欲しいんだけど。このあたりで強い魔物が集まってる場所とか見なかった? それと、白いドラゴンを見かけたことはある?」
「……そう言えば、私達を捕まえたエルフたちが、ここから東の山には近づくなと話していたのを聞きましたね。白いドラゴンは、見たことないです」
「ここから東って言うと、山しかないな」
「東……もう少し情報が欲しい所だけど。難しそうだね」
どうやら、マリッサの狙ってたような情報はあまり無かったみたいだ。
と、小さく息を吐く俺達を、吉田さんが真剣な表情で見つめて来る。
「あ、あの、皆さん。差し出がましいのは承知でお願いしたいことがあるのですが」
「どうしました?」
「さっきのエルフが言ってた南の駐屯地に捕まってる人を、助けてあげてはくれないですか?」
「ムリだよ」
「ちょ!? マリッサ?」
「なに? もしかして、助けに行ってあげるつもりだったの?」
「そりゃ、難しいのは分かるけど、即答することないだろ?」
「悩む必要も無いでしょ? って言うか、私達にはそんな悠長な時間は無いんだよ?」
「でも」
これは流石に冷たすぎるんじゃないか?
そう思った俺が、改めてマリッサを非難しようと口を開きかけた時、不意に吉田さんが考え込みながら言った。
「マリッサさん。少し教えて欲しいことがあるのですが、よろしいですか?」
「?」
「時間が無いというのは、どういうことですか?」
「っ!? それは……」
「まるで、この後に何かが起きるのを知っているような口ぶりですが」
確かに、吉田さんの言う通りだ。
図星だったのか、マリッサは気まずそうに顔を引きつらせてる。
「……マリッサ?」
「別に。何も無いよ」
「おいおい嬢ちゃん。それじゃ全然説明になってないぜ。さすがのオイラも、見過ごせないな」
「……はぁ。ほんとに何も無いよ。ただ、世界を元に戻すのに、タイムリミットがあるかもしれないってだけ」
「タイムリミット!? それってつまり」
「うん。世界を元に戻せなくなるかもしれないってこと」
彼女のその言葉に、俺達は何も言えなくなったのだった。