第15話 焦げ臭い現実
翌日、メイの案内で俺は車を走らせた。とはいえ、彼女自身もどうやってスーパーまで来たのか正確に覚えてるワケじゃないらしい。
ざっくり方角で言うと、南の方になるのかな? って感じだ。
元々は福岡空港があったエリアのはずだけど、辺り一帯が深い森林に覆い尽くされてて、名残を感じれるのはかろうじて見える道路くらいだ。
「そろそろ車で進むのも難しくなってきたな……」
地面を這う蔦を乗り越えるたびに、車が大きく揺れる。
そんなのを何回も繰り返してたら、さすがに気分が悪くなってくるよな。
「ここらで降りて、あとは歩くとするか」
「そ、そうね……さすがにもう進めないなら、そうした方が良いかも……うぷっ」
「大丈夫か? 嬢ちゃん」
「うん。取り敢えず、車から降りれば治ると思うから、気にしないで」
「どう見ても大丈夫そうには見えないけどな」
「ねぇハヤト。マリッサはどうしたの?」
「乗り物酔いってやつだよ。揺れが続いてたせいで、気分が悪くなったんだ」
「そうなんだ……大丈夫?」
「うん。ありがとう、メイ」
ここまで来るまでに何度も、降りようかって提案しただろ?
なんて意地悪は言わない方が良いよな。
マリッサも、強情に降りるのを断ってた手前、言い出しにくくなってたのかもしれないな。
そんな彼女を車から降ろし、少しだけ休憩した俺達は、徒歩でそのまま更に南に進む。
明確な目的地が分かっていないまま進むことに、多少は不安を覚えてたけど、それに関しては、メイが解決してくれた。
歩き始めてからしばらくして、彼女は今いる大体の居場所を把握できたらしい。
「こっち! こっちにアタシの家がある!」
「そっちの方角だな。ってことは、空港より少し東の方に逸れるのか……」
メイの案内を地図にメモした俺は、目的地の大体の目星をつける。
って言っても、周囲が森に囲まれてる上に、紙の地図にメモしてるわけだから、到底正確じゃないだろうけど。
「そっちの方ってことは、アイオンモールがあったはずだよな。まぁ、今もまだ残ってるかは分からないけど……」
「どうしたの?」
「いいや、何でもない。それよりマリッサ。もう体調は大丈夫なのか?」
「うん。歩いてたら、だいぶ良くなったよ」
「乗り物酔いってそんなにきついんだな。オイラはなったことないから分からないぜ」
「漏らしそうにはなってたよな?」
「あの時は仕方が無いだろ? その点、今日は車に乗ることを知ってたから、今朝のオイラはご飯を少し我慢したんだぜ。偉いだろ」
「さすが師匠。賢い!」
「いや、褒めなくてもいいんだぞメイ。大したことじゃないから」
「本当にハヤトは見る目が無いぜ。メイを見習ってほしいもんだ」
確かに、メイには助けられてばかりな気がするけど。
「朧に言われるのは癪だな」
俺の言葉を朧は鼻で笑い飛ばした。
「それにしても広い森だな。どこまで続いてるんだか」
「確かに、こんなに広いと、簡単に迷っちゃいそうだよね」
「大丈夫! この森はアタシにとって庭みたいなものだから!」
「そうなんだな。ちなみに、この森にはメイたち以外のウェアウルフって住んでなかったのか?」
「住んでたけど……今もいるかは分かんない」
「そっか」
「そういえば、他の人間はどこに行っちまったんだろうな? オイラの知る限り、カラミティの後はここにいる面子以外はほとんど見かけないけど」
「確かにそうだな。色々あって忘れてたけど、自衛隊とか警察とかが避難基地みたいな場所を作ってるかもしれないんだよな」
いい加減、真剣に探さなくちゃいけないよな。
なんて考えてた俺の耳に、マリッサのとんでもない発言が飛び込んでくる。
「ハヤトの言う避難基地? じゃないと思うけど、人間が集まってる場所なら、幾つか知ってるよ」
「マジかよ!? どうして早く教えてくれなかったんだ!?」
「どうしてって、正直、私はそこに行きたくなかったから」
「何でだ? 人が集まってるってことは、助けてもらえる可能性があるってコトだろ?」
「そうでもないよ。正直、こうして今、私達とハヤトが一緒に行動してるのはかなり珍しい状況だと思うし」
「そ、そうなのか?」
「うん」
「じゃあ、その人の集まりってのは、どういう状況なんだ?」
「簡単に言うなら、片方の世界の人間だけで集まってる感じだよ」
「そうなるのか」
「チラッと見ただけだから、詳細は分からないけどね。明らかに賊が集まってる所とか、王国騎士団が仕切ってる場所もあったみたい」
「王国騎士!? そこだ! そこに行けば」
「やめた方が良いよ。絶対に」
「なんでだよ!? もしかして、排他的な感じなのか?」
「彼らは基本的に国のためにしか動かないから。それに、この面子でそこに行ったら、私以外は全員捕まると思う」
「え?」
「国が危機的な状況の今、エルフじゃない人間は全て奴隷として扱われると思った方が良い」
「……それ、本当なのか?」
「うん。レルム王国はエルフの王国だから」
マリッサのその言葉に、俺達は全員黙り込んでしまった。
ファンタジー世界にも、血生臭い現実があるんだな。
って言うか、ファンタジー世界だからこそ、血生臭さが抜けてないのか。
逆に、俺達の住んでた世界は過剰なまでに洗浄されてたのかもしれない。
なんてことを考えながら黙々と歩いていると、先頭を歩くメイが俺達の方を振り返って告げた。
「みんな、そろそろ着くよ」
「ここが、メイの家か」
「メイ。良かったら墜ちて来たドラゴンの場所まで案内してくれる?」
「……分かった」
単刀直入なマリッサに、頷いて見せるメイ。
そんな彼女に案内されて向かった先。
焦げ臭さの充満する森の中で、俺は思わず足を止めてしまった。
「これは……こんなドラゴン、見たことない」
「でも、これが空から落ちて来て、火を噴いたんだよ? 絶対にドラゴンだよ」
焦げた地面を踏みしめながら歩いて行く2人。
そんな2人の会話に割って入るように、俺は口を開く。
「……メイ。マリッサ。これは、ドラゴンなんかじゃない」
「ハヤト?」
「もしかして、これを知ってるの?」
振り返ったマリッサは地面に転がってる大きな鉄の塊に手を添えながら問いかけてくる。
そう、鉄の塊。
空から落ちて来たのは、ドラゴンなんかじゃなかったんだ。
「あぁ。これは、飛行機だ。空を飛ぶための乗り物だよ」
どうして落ちたのかは分からない。
だけど、辺りに散らばってる破片が、ここで何が起きたのかをまざまざと示している。
「火を吐いたってのは、爆発したってことか。マジかよ……」
あまりに凄惨な現場を前に、俺は耐え切れずその場に嘔吐してしまうのだった。