第14話 震える手
「話が逸れちゃったから、元に戻すね。あの白いドラゴンは、水龍に迎撃されることを知ってたはずなのに、あの場所にやって来た。それが私には、変に見えるんだ」
小さく咳払いしたマリッサは、俺達の顔を見渡しながら告げた。
その様子は真剣そのもので、神妙な面持ちの彼女を前に、俺達も気を引き締めることができたように思える。
「確かにな。危険な場所に自分から近づいたってことだもんな。オイラも、人間の家に忍び込むときは、かなり用心してたから、わかるぜ」
「うん。だから、あのドラゴンには何かしらの目的があったと思うんだよ」
「わざわざ敵地に乗り込むほどの目的か」
「ねぇ、マリッサ。これはアタシの勘違いかもだけど……あのドラゴン、ハヤトを狙ってたような気がする」
「ハヤトを?」
「うん。アタシ達がガルーダに乗って空に飛び上がっても、視線を変えなかったように見えたから」
思い出すように静かに目を閉じるメイの言葉に、何か思う所でもあるのか、マリッサが小さく頷く。
そのまま俺と朧に目を向けた彼女は、質問をした。
「朧も気が付いた?」
「いいや、オイラは全く気が付かなかったぜ。って言うか、あの距離でドラゴンの視線を見て取れるほど、目が良いわけじゃないしな」
もちろん、俺も朧と同じくドラゴンの視線なんて見えるわけない。
ただまぁ確かに、見られているような気がしたってのは、心当たりがあるな。
そう考えると、当事者でもないメイが違和感を覚えてるのは、野生の勘とやらが強いからかな?
それとも、ウェアウルフは視線を捉えることができる、なんていう特殊能力でも持ってるのかな?
「メイはドラゴンの視線が見えたのか?」
「うん。はっきりじゃないけど、なんとなくハヤトの居た付近を見下ろしてるように見えたよ」
彼女の答えから察するに、特殊能力じゃなくて、やっぱり勘のようなものっぽいか。
「そう……となると、やっぱり私の推測は正しいのかもしれない」
「推測してたのかよ」
「うん。あの場所と状況でドラゴンの狙いになり得るものがあるとすれば、それは間違いなく、魔術結晶だよね」
「そういうことか……」
つまり、奴の狙いは俺の右腕だってこと。
……え? それって、めちゃくちゃ怖くね?
「って言うことは、ハヤトはこれからずっと、ドラゴンに狙われ続けるってこと!?」
俺と同じ考えに至ったらしいメイが、驚きの声を上げる。
「うん。その可能性は充分にあるよ」
「ハヤト……」
「心配してくれてありがとうな。メイ」
そっと俺の右腕に手を添えて来るメイ。
その心配が嬉しい。
でも、だからこそ、俺は絶対に死ぬわけにはいかないよな。
だって、ただでさえ彼女はドラゴンに家族を奪われてるんだ。ここで俺までドラゴンのせいで死んだら、きっと彼女はすごく悲しむだろ。
悲しむよな?
と、静かに落ち込む俺とメイを置いて、マリッサと朧が会話を進めていく。
「ここまでが、現状の整理だね。で、これから私達が取れる選択肢は、それほど多くないと思う」
「次の魔術結晶を探すんだろ?」
「それも大事だけど、今のままだと確実に、次の魔術結晶の場所であのドラゴンと出くわすことになるよね」
「マジか……水龍が撃退してくれてたりは」
「あんまり期待しない方が良いと思う」
「そうだよなぁ」
「でも、悪い話ばかりじゃないよ。だって私達は、ドラゴンが撃墜されたって話を聞いたばかりだからね」
「は? 今まさに期待するなって……あぁ、そのドラゴン以外の話か」
そこでようやく俺とメイの方を見たマリッサは、1つ深呼吸した後に続けた。
「そう。白いドラゴンじゃなくて、メイの住んでた家の近くに落ちて来たって言うドラゴン。私がもっと早く気が付くべきだったけど、ドラゴンが墜ちて来たってことは、撃墜した何者かが存在してるはずだよね?」
「そうか! メイの家の近くに、別の龍の住処があるかもしれないってことだな? そして、龍の住処の近くには、また魔術結晶があるかもしれない、と」
「中々鋭いね、朧」
「嬢ちゃんには負けるけどな」
「ということで、次の目的地はメイの住んでた家が妥当だと思うんだけど……皆はどう思う?」
「アタシは……」
マリッサの問いかけは、実質的にメイに投げかけられているようなものだよな。
俺はもちろん、朧も既に答えを決めてるはずだし。
だけど、メイにムリさせてまで連れて行くのは、やっぱり気が引ける。
だから、マリッサは俺達全員に問いかけるような言い方をしたんだろう。
「メイ、嫌だったら―――」
「嫌じゃないよ。うん。嫌じゃない。でも、ちょっぴり怖い……から」
俺の言葉を食い気味に否定したメイは、震える手で俺の右手を包み込み、ゆっくりと懇願した。
「一緒に、来て欲しい、な」
いつもは元気な耳と尻尾が、怯えてすっかり小さくなってる。
それでも、一生懸命にお願いしてくる彼女の願いを、断れるわけがないだろ。
「もちろん、ついて行くよ。なぁ、朧」
「そうだな。怖い時は師匠を頼ってくれてもいいんだぜ」
「決まりだね。それじゃあ、今日は早めに休んで、早速明日、出発しよう」
「分かった。みんな、ありがとう」