第12話 得体のしれない咆哮
「ハヤト! 大丈夫!?」
「あぁ」
駆け寄ってくるメイたちに、俺は小さく頷いて見せる。
でも正直、体中が痛んで仕方ない。
おまけに、全身から力が抜けてしまうのは、緊張が解けたからかな?
とまぁ、少し脱力している俺に向かって、朧が声を掛けてきた。
「おいおい、その腕、どうなってるんだよ」
まぁ、当然の疑問だよな。俺も自分で驚いてるし。
「分からん。魔術結晶を持ったら激痛が走って、こうなってた」
拳を握ったり、肘を曲げたり、普通の動きは問題なく出来るみたいだ。
変わったことと言えば、表面を黒色の硬い鱗のような物が覆ってしまっているということくらいか。
あと、よく見たら拳の先に小さな射出口のようなものもある。
ぱっと見では、籠手を装着してるみたいな感じだな。
でも、取り外したりは出来なさそうだ。完全に腕と一体化してしまってる。
と、そんな俺の腕をマリッサが黙ったまま凝視していることに、俺は気が付いた。
「……」
「何か知ってるのか?」
「知る訳ないでしょ? 逆に、貴方がどうして生きてるのか、知りたいのはこっちだよ」
「まぁ、そうだよな。俺もまさか、さっきの蟹相手に生き残れるとは―――」
「違うよ。コラル・クラブが危険だったのは認めるけど。それ以上に、普通の人間が魔術結晶に触れて生きてることの方が、私には驚きなんだよ」
「それはどういうことだい? 嬢ちゃん」
「……」
首を傾げる朧の問いかけに、マリッサは沈黙を返す。
と、その瞬間、突然地面が揺れ始めた。
「今度はなんだ!?」
「建物が、いや、地面が揺れてる!?」
地鳴りに加えて、頭上からパラパラと何かが降って来る。
嫌な予感を覚えた俺は、咄嗟に天井を見上げて叫んだ。
「天井が崩れるぞ!!」
大きく揺れる建物の天井に、少しずつ亀裂が入り始めている。
ここに留まるのは明らかに危険だな。
「話は後だ! 今は急いでここから逃げよう!」
「アタシが道を作る! 皆ついて来て!」
先陣を切って走り出したメイ。
そんな彼女の後を追うようにして、俺達は建物の外に向かった。
途中、背後から轟音が轟いてきたのは、天井が完全に崩落した音に違いない。
そうして、なんとか正面入り口から飛び出した俺が、一息つこうと膝に手を当てた時、空から得体のしれない咆哮が降り注いで来る。
「ギャオォォォォォォオオォォ」
少なくとも、俺は一度もその声を聞いたことが無い。
そんな咆哮の聞こえて来た方を見上げた俺は、海の大穴の上空に何か巨大な翼をもつ白色の生き物がいるのを目で捉えた。
「あれ! 何か飛んでる!!」
「あれはまさか、ドラゴンか!?」
「ドラゴン……」
ドラゴンに思う所があるらしいメイが、こぶしを握り締めながら海上を睨む。
そんな彼女に声を掛けようとした俺は、突然肩に飛び乗って来た朧に言葉を遮られてしまった。
「メイ、今は落ち着いて、逃げることだけ考えろ」
「し、師匠。うん。分かった」
彼の言葉で気を取り直したらしいメイ。
取り敢えずは朧の言う通りだなと考えた俺は、ふと、建物の脇に自動車が何台か停まっているのを目にする。
車が動けば、荷物も含めてみんなで逃げれるな。
そう思ったのも束の間、再び足元が大きく揺れ始めた。
「また揺れ始めたよ!」
「皆、壁から離れて1箇所に集まれ! 無理に立とうとするな! しゃがみ込むんだ!」
そうして、地震の揺れから身を守りながらも、俺は例のドラゴンがこちらに近づいてきていることに気が付く。
これは、皆で車に乗って悠長にドライブしてる場合じゃなさそうだな。
「マリッサ! ガルーダで皆を運べないのか!?」
ようやく揺れが収まったと同時に、俺は彼女に問いかける。
「この人数は無理だよ! 私とあと1人くらいなら乗せてくれると思うけど」
「だったらメイと朧を連れて、先に逃げてろ!」
「ハヤト!? いや、アタシ達だけ逃げるなんて」
「落ち着けメイ。俺は俺で、逃げる足を見つけたってだけだ! この先のことも考えれば、ここで入手しておきたい。だから、マリッサ! 頼んだぞ!」
「ちょっと! あぁ! もうっ!!」
背後から聞こえて来たマリッサの声を無視して、俺は車に駆け寄った。
地震が発生した時、車に乗ってた場合は鍵を挿して逃げるように教わった覚えがあるから、もしかしたら……。
「鍵、鍵、鍵、あってくれよ!! 1台で良いから! あってくれ!」
目に見える範囲でも10台くらい放置されてる。
そんな車の運転席を探った俺は、幸運にも2台目で、鍵を挿したままの車を見つけることができた。
「あった! さすが日本人、律儀に鍵を挿したまま逃げてくれてる」
日本のどこでもよく見かける、軽自動車だ。
「どこの誰だか知らないけど、助かった! 少しだけ、車を借してもらうからな」
エンジンもかかるしガソリンも半分くらいは残ってる。問題なさそうだ。
そうして、俺が車を発進させた直後、空の様子が一変し始めた。
「なんだ!? 浮いてた水が、迎撃し始めた?」
俺の背後に迫りつつあるドラゴンに向かって、空に浮かんでいた水流が一斉に軌道を変え始めてる。
対するドラゴンが対抗しないわけ無いよな。
全方位から襲い掛かる水流を迎撃するように、そのドラゴンは手当たり次第にブレスを放ち始めたようだ。
そんなブレスの1発が、俺の進路上の道路を大きく抉り取る。
「道が、崩れる!!」
ただでさえ地震で至る所に亀裂が入り始めている道路が、ブレスのせいで崩壊を始めた。
このままじゃ、道路と一緒に崩壊に巻き込まれる!
と、そんな俺の状況を察してか、猛烈な風が俺の乗ってる車を勢いよく宙に浮かび上がらせた。
「ナイスだガルーダ!!」
バックミラーの中の道路が音を立てて崩れていく。
風に乗った車ごと、まだ崩壊していない道路に着地した俺は、アクセルをべた踏みにしたまま道路を突っ走る。
ドラゴンも埠頭も見えなくなるまで、ひたすらに走り続けた俺は、公園の傍の道に車を止めた。
ここはもう大地の上だから、地面が崩壊する恐れも無いだろう。
やっぱり陸地が一番安心するよな。
「ふぅ……なんとか逃げ出せたか。それにしても、あのドラゴンは何だったんだ?」
車から降りて、思い切り背伸びをした俺は、頭上からガルーダが降下してくることに気が付く。
「ハヤト~!」
「おう、メイ。それに皆も。全員無事そうだな」
ガルーダから降りるなり、勢いよく飛び掛かって来たメイを全身で受け止めた俺は、彼女の頭を撫でた。
と、朧とマリッサが居ることを思い出したのか、メイは少し恥ずかしそうにしながらも、俺から離れた。
「あぁ、ったく、ヒヤヒヤさせるなよ」
「ははは。俺も運転中は本気で焦ってたよ。ガルーダにも助けられたし。ありがとな、マリッサ」
「これで貸し1つだね」
「いや、さっきコラル・クラブを倒せたのは俺のおかげだろ? ってことは貸し借りなしだと俺は思うが」
「トドメを刺したのはメイだったよね?」
「それじゃあ、俺もマリッサも、メイに1つ借りがあるってことだな」
「え? アタシ?」
メイは急に視線が集まったことにドギマギしている様子。
そんな彼女の様子に何か思う所でもあったのか、マリッサは小さくため息を吐いた後、肩を竦めてみせる。
「まぁ、そういうことになるのかな?」
「えへへ……でも、アタシだって皆に助けられてばっかりだよ」
「お互いさまってやつだな。うん。良いことじゃねぇか。オイラ、なんかちょっと嬉しいぜ」
「お前はどの目線でモノを言ってんだよ」
なにはともあれ、全員無事で逃げ出せたのは幸運だったな。
でも、これで全部終わりってわけでもないか。
今回、また分からないことも増えたわけだし。
俺の右腕の事とか、地震のこと、それと、ドラゴンのことも。
今の俺達には、話し合いをする時間が必要な気がするな。
「よし、それじゃあ車も手に入ったことだし、一旦スーパーまで戻ろう。でも、油断は禁物だぞ。もしかしたら、さっきのドラゴンが追いかけてくるかもしれないからな」
「うん!」