第11話 魔術結晶
「このあたりはやけに大きな建物が多いんだね」
「港が近いから、船で荷物を運びやすくするために、倉庫とかが集まってるんだよ。まぁ、この建物は倉庫じゃなくて、イベント会場だったけどな」
マリネメッセ福岡。俺も何度か車の展示会とかで来たことがある。
まさかこんな形でもう一度来ることになるなんて思ってもみなかったけどな。
そんなマリネメッセ福岡の正面入り口に辿り着いた俺達は、不穏な空気の漂う廊下の様子を伺っている。
「ハヤト……なんか、嫌な臭いがするよ?」
「オイラも同感だ。なんていうか、ヤバい気配をビンビン感じるぜ」
「それは当然かもね。言ったでしょ? 魔術結晶の周辺には魔素に敏感な魔物が集まるって」
呆れたように言って見せるマリッサ。
彼女はこの建物の中にヤバい奴がいるってことをなんとなく予想してたんだろうな。
そのヤバい奴って何者なんだろう? 魔物って言うけど、水龍のことなんだろうか?
「それはつまり、水龍とやらがこのなかに居るってことなのか?」
「水龍は魔物じゃないよ。水の龍神様の化身と呼ばれてる存在。そう簡単に私達の前に姿を現したりしないからね」
「そうなのか……それじゃあ、この先にいる奴は何者なんだ?」
「さぁね。実際に対面して見ないと、私もさすがに分からないよ」
「気を引き締めた方が良いってことだな。まぁ、安心してくれ嬢ちゃんたち、いざとなれば、オイラが守ってやるからよ」
「師匠は戦えるの?」
「おうよ! 敵のかく乱と目くらましに関しては、オイラに任せて貰って構わないぜ」
「それ、戦うって言うのか?」
「戦略の1つだとオイラは思うがね」
堂々と言ってのける朧に呆れたのは、多分俺だけじゃない。
まぁ、そんなことは置いておいて、俺達は慎重に中に足を踏み入れた。
「広いな……それにこれは、床が抜けてるのか? まるで洞窟の中みたいだな」
「そうだね。落ちたら自力でここまで上がってくるのは難しそう」
中の様子は前に来た時とは大きく変わってる。
まず、床が所々崩れ落ちてしまってるみたいで、底の方に水が溜まっているみたいだった。
もしかしたら、穴の先が外の大穴と繋がってるのかもしれないな。
おまけに明かりも何もないワケで、当然真っ暗闇だ。
「おい、あっちに道があるみたいだぞ」
暗闇で視覚の効く朧とメイの案内で先に進んだ俺達は、時折現れるヘビやクモの魔物を蹴散らしながら先へ進む。
そうしてたどり着いたのは、天井の高い開けた空間。
屋根の一部に損傷があるから、ここは少しだけ光が差し込んできている。
「ようやく開けた場所に出たな」
膝に手を当てて一息つく俺に、メイが傍に寄りながら声を掛けてきた。
「ねぇハヤト、何か聞こえない?」
「ん? そうか? 俺には何も」
「メイ、どんな音が聞こえるの?」
「ん~。何かが震えてるような、低い音?」
「ホントだね? それってもしかしたら……」
「おい、今何か奥の方で動かなかったか?」
朧の言葉に一斉に身構えた俺達は、薄闇の中に目を凝らす。
「おいおい朧、脅かすような事言うなって、誰もそんなこと望んでないぞ」
「いや、冗談とかじゃなくてだな」
「皆! 師匠の言う通りだよ! 何か、おっきなのが奥にいる!」
「きっと魔物だね。全員、気を付けて! 来るよ!」
どうやら朧の言葉は本当だったらしい。
すかさず身構えるメイと、支援魔術を発動するマリッサ。
責めるような朧の視線に申し訳なさを感じていた俺は、自分の身体が青白く輝きだしたのを見て気を取り直した。
そんな俺達の前に姿を現したのは、背中に大きなサンゴを纏った蟹のような魔物。
蟹と言っても、大きさは俺達なんかを遥かに超えてて、少なくとも俺の知ってるそれとは別物に見える。
それに、特徴的なのはその背中だ。
多分、魔術的な何かが原因なんだろうけど、蟹の背中のサンゴを包むように、球体の水が浮かんでる。
「嘘だろ!? なんだこのデカい蟹は!」
「コラル・クラブだね。水の魔術を使うから、近づきすぎるのは注意してね。捕まると窒息させられるから」
「マジか……」
マリッサが説明をしている間に、メイが勢いよく飛び出してしまった。
近付くなって言われたのを理解してないのか?
まぁ、メイなら案外簡単に倒してくれたりして。
なんて思った俺の考えは、相当甘い物だったらしい。
「アタシの爪が効かない!」
「ガルーダ! お願い!!」
野性的な動きから繰り出されるメイの斬撃は、コラル・クラブの甲羅に通用しないみたいだ。
対して、マリッサの召喚したガルーダの風も、水の魔術で散らされてしまってる。
「おい! 風じゃあいつに効いてないみたいだぞ! 何か他にないのか!?」
「今考えてるから! 少し時間を稼いでて!!」
「時間を稼ぐって―――うぉぉ!? あぶねぇ!」
コラル・クラブが、その巨大な鋏を器用に使って、そこらに転がってる瓦礫を俺に向かって飛ばしてきた。
……俺に向かってと言うのが正しいか分からないけど、少なくとも俺にはそう見えた。
「ハヤト! 大丈夫!?」
「大丈夫だ! それより朧! 時間を稼ぐって、今こそお前の出番だろ!」
「無茶言うなハヤト。こんなデカブツがオイラに注目するワケねぇだろ! それより、お前さんの身体が光ってるのがダメだ! それは目立ちすぎだぞ!」
やっぱり、そうか。
朧の言う通り、この薄闇の中で青白く光る俺の姿は、コラル・クラブにとって格好の的みたいだな。
「そうは言っても、支援魔術なしで戦えないしっ! 支援が無くちゃ、逃げ回ることもできなっ―――」
「ハヤトッ!」
考えながら走っている最中に、俺は飛んで来た瓦礫を背中に受けてしまった。
全身が痛い。これで死んで無いのは、確実に支援魔術のおかげだな。
「がっ……痛って」
身体に鞭打って、うつ伏せ状態から立ち上がりつつ、コラル・クラブから距離を取る。
でも、下手に視線を外してしまうと、また背中に攻撃を受けてしまいそうだ。
くそ、足が震えて思うように走れない。
でも、こんな傘1本で太刀打ちできるような相手じゃないよな。
視界の端でメイとガルーダが勇猛に攻撃を仕掛けてるけど、コラル・クラブは完全に無視してる。
早く何とかしてくれよ、マリッサ。このままじゃ確実に死んじまう。
必死に逃げ場所を探しながら、せめてマリッサの邪魔にならないように彼女から離れるように走った俺は、少し先に床がこんもりと盛り上がっている場所を見つけた。
地形を利用して奴に飛び乗れれば、勝機があるかも?
いや、水の魔術で窒息させられるだけだな。
そうは思いつつ、取り敢えずその小さな丘に駆け上がった俺は、天辺に落ちている石が何やら振動していることに気が付いた。
こんな場所にある不思議なその石。そんなの、心当たりしかないよな。
「これは! もしかして魔術結晶か!?」
「魔術結晶!? ハヤト、どこに―――」
「そんなこと話してる暇ねぇよ!! そっちに投げる!! それで何とかしろ!!」
「ちょ、ハヤト!? ダメッ! それに触れちゃ―――」
マリッサの言葉を聞くよりも早く、俺はその武骨な黒い石を右手で拾い上げる。
そうして、勢いよくマリッサの方に投げようとした瞬間、俺は右腕に激痛を覚えた。
骨に染みるような熱と、神経を逆なでするような痛みが、右手から肩へ、そして脳天へと突き上げてくる。
立っていられない。
溢れ出す涙と嗚咽に悶えながらその場に崩れ落ちた俺は、潤む視界の中、自分の右腕が黒く変色しているのを見て取った。
「……かはっ……な、何がおきた? これは?」
「ハヤト! 逃げて!!」
鬼気迫る迫力で叫ぶメイ。
それもそのはずだ。なぜか泡をまき散らしながら俺目掛けて突進してくるコラル・クラブを前に、逃げる以外の選択肢はない。
だけど、今の俺には逃げる事すらできそうになかった。
「くそっ。こうなったら」
死を覚悟して、最後まで敵の気を引き続ける。それが今の俺に出来る最後のあがきだろ?
カラミティが起きてから、こんな頻繁に死を覚悟するとは思わなかったな。
どうせなら、一発このデカブツにお見舞いしてから死にたいな。
そう思うと同時に、自然と握りしめた拳をコラル・クラブに向けた俺は、直後、右腕に強い衝撃を感じた。
「なんだこれ!? 拳の先から何か出たぞ!?」
放たれた何かは、偶然にもコラルクラブの足に直撃する。
そのおかげで、奴は体勢を崩してその場にダウンしたみたいだ。
「ハヤト、お前さん今何をした!?」
「分からん!」
「もう一度やれ! さっきので蟹の足を覆ってた殻が一部剥がれてる! 効いてるぞ!!」
「マジか!」
傘とか振り回してる場合じゃないよな!?
良く分からないけど、俺は右腕をコラル・クラブに向けて構えつつ、さっきと同じように拳を握り込む。
広い空間の中に、金属音のような音と小さな火花が響き渡った。
それは、俺の右腕から放たれた何かが蟹の甲羅を弾き飛ばしている証拠だ。
「トドメ!!」
すかさず弱点を見つけたメイが、甲羅の亀裂に攻撃を集中させる。
得てして、俺達はコラル・クラブを倒すことに成功したのだった。