第10話 与えられたもの
埠頭の先端に続く道を少し歩いた俺達は、マリッサの指示に従って一度足を止めた。
このあたりで改めて魔術結晶の場所を確認するらしい。
手筈通り、周囲を警戒し始めた俺達を余所に、彼女はせっせと落ちていた瓦礫の破片を道路に並べ始める。
「それで本当に魔法陣として機能するのか?」
「文句があるの?」
「いや、文句っていうよりは、疑問なんだけどな」
「そんな疑問を抱くのは、とても失礼なことだと思わないのかな?」
いやそんなこと言われても、更に疑問が募るのは俺だけか?
魔法陣を描くだけで、どうして魔術結晶の場所が分かるのか、普通に気になるだろ。
だけど、俺のそんな疑問をかき消すように、周囲には轟々と水の音が響き続ける。
と、憮然としている俺を見かねたのか、朧が声を上げた。
「言い争ってる場合か? 早速近寄ってくる奴がいるぞ」
「アタシに任せて!」
朧が告げるとほぼ同時に、メイがものすごい勢いで駆けて行った。
相手はゴブリン2匹。
手に鉄の棒を持ってる奴らは、当然、俺達を襲うつもりみたいだな。
「メイ! あんまり一人で先行するなよ」
俺一人じゃ心細いからな。
ゴブリン2匹とはいえ、武器を持った相手に俺がどこまで戦えるか分からない。
一応、既にマリッサの支援魔術は掛けて貰ってるけど。
万が一、ってことがあるかもしれないだろ?
「それ以上近づいたら、アタシが許さないから!!」
「けけけっ! 一人で何ができうげぇっ!?」
俺の心配をよそに、メイがそんな警告を発した直後、ゴブリンの断末魔が響き渡る。
警告を一切聞くつもりのなかったらしいゴブリンが、あっという間にメイに切り刻まれたらしい。
っていうか、警告のほぼ直後に攻撃したよな?
つまりあれか、メイも警告だけで済ませるつもりは無かったってことだな。
「ははは……容赦ねぇな。でもこれで、ゴブリン共も怖気づいて」
「ザコ共は引っこんでやがれ!! 俺様が行く!!」
「……どうもそう言うわけにもいかないみたいだな」
仲間があっけなくやられたにもかかわらず、我が物顔で道路を歩いて来るのは、ゴブリンリーダーとでもいうべき奴だ。
俺と同じかそれよりも少し背の高いサイズのリーダーを見てしまうと、さっきのゴブリンが子供に見えてしまうな。
っていうか、本当に子供だったのかもしれない。
とまぁ、観察してる場合じゃなくて、俺も前に出るべきか。
「メイ! 気を付けろ! 次の奴はかなりデカいぞ!」
「うん!! やっつけるから、見ててよねっ!」
「いや、張り切るところがちがっ……」
手にしてた傘を構えながらメイの元に向かおうとした俺は、だけど、すぐに足を止めた。
だってさ、俺よりもでかいゴブリンをメイが瞬殺するなんて思わないじゃん?
知ってたよ。彼女が強いことは。
だけど、あれはあくまでも暴走状態のときの話だと思ってたんだけどな。
「ハヤトッ! ハヤトッ! やっつけたよ! 見てた?」
「お、おう! 見てたぞ! メイはやっぱりすごいなぁ、俺、勝てる気しねぇよ」
「むふふ」
嬉しそうに尻尾を振りながら俺の元に駆けて来たメイ。
キラキラと目を輝かせてる彼女を見ていたら、もはやどうでもよくなってくる。
ここはもう、目一杯褒めまくって、やる気を出してもらうのがベストな気がした。
「ちょっと! 反対から新手が来てるんだけど!」
「悪い! 今向かう!」
背後で叫ぶマリッサに謝りながら踵を返した俺は、そのままメイと共に迫り来る魔物達を捌いた。
……まぁ、俺はただ見てただけだけどな。
「で、何か分かったか?」
もはや使い物にならない傘を右肩に乗せた俺は、視界の端で戦い続けているメイを観察しながらマリッサに問いかける。
「少し静かにしててくれる?」
まぁ、返事はこんな感じでそっけない。
これが十数分続いてるんだけど、早く結果を出して欲しいもんだ。
と、そんなことを考えていると、不意に右手を前に突き出したマリッサが、埠頭の途中に見える波状の屋根をした建物を指さした。
「……あっち、あの変な形の建物の方」
「良かった。俺はてっきり、あのどでかい穴の底とか言われるのかと思ってたよ」
「なんだ、ハヤト。ビビってたのか?」
「まぁな。カラミティが起きてた中でも眠気に負けて寝てたような豪胆な奴とは違って、俺は繊細な心を持ってるからな」
「おいおい、急に褒めるなよハヤト。礼として顔にお洒落なひっかき傷を刻んでやるから、ちょっとしゃがんでくれないか?」
「はいはい、そんなくだらない喧嘩は後にしてくれない? 手早く魔術結晶を回収して、ここから出たいし」
「仕方ないな。今回は嬢ちゃんに免じて許してやるよハヤト」
衣服の汚れを払いながら立ち上がるマリッサ。
そんな彼女は、一旦周囲を見渡した後、俺を見上げてくる。
「それよりハヤト、貴方、何か袋になりそうな物は持ってる?」
「え? まぁ、一応レジ袋は数枚持ってきたけど」
何かに使えるかもと思って入れておいたレジ袋を、取り出して見せる。
「こんな薄っぺらいのが、袋になるワケ……」
「ここを開けば、ほら、袋になっただろ?」
「嘘……」
普通の袋なんだけどな。
まぁ、違う世界の住民だったわけだし、驚くのも無理ないか。
っていうか、俺の方が驚いてることが多いしな。
「マリッサ?」
「ううん。こんな薄っぺらい物が袋になるなんて思わなかったから。それにしても、こっちの世界はよっぽど龍神様に愛されてたみたいだよね」
「は? それはどういう意味だ?」
「言葉の通りの意味だよ。それじゃあ、早速始めるよ」
「何を?」
「何って、素材集めに決まってるじゃん」
そう言った彼女はレジ袋を1枚手に持って、メイのいる方に歩いて行った。
仕方なく2人の元に向かった俺に、満面の笑みのメイが駆け寄ってくる。
「見て見て! こんな大きな角が取れた!」
「素材集めって、そういうことか……」
「世界の全ては龍神様によって与えられたものなんだから。無駄にするわけにはいかないよ」
落ちている魔物の素材をせっせと拾い集めるマリッサ。
そんな彼女たちが満足するまで素材集めを行った俺達は、その足で、目当ての建物に歩を進めたのだった。