第三話 鞭と飴
第三話 鞭と飴
極たちは風呂に入ってから食堂に行くと、また統合幕僚長が来ていた。
そして小さなモニターを見て大いに笑い転げていた。
始めはかなり眉を下げていた一般兵たちも、今は極力気にしないようにしていた。
毎日来るので、慣れるしか方法がなかったのだ。
しかも極の企画で、軍営の農地を作り上げたことで、食堂のメニューの料金が一気に三分の一まで落ちて、さらにうまさが倍増した。
それと同時に、農地の作物もそうだが、別の新たな資金源も得ていて、国民から徴収する税も半分にしていた。
その最高責任者が陽気になっていても当然だった。
そしてその功労者が極で、全ての発案者と設計施工者なので、まさに食堂は居心地のいい場所になっていた。
「それほどに面白いことがあったのですか?」と極がミカエルに聞くと、「見て見て!」と極に手招きをした。
極はすぐにモニターを覗き込んで、「…悪趣味です…」と眉を下げて言うと、燕が右足を大きく振り上げて、モニタ一体型再生装置を足で踏んずけて粉砕した。
「…ああ、ボクのお薬がぁー…」とミカエルは叫んで嘆いた。
「…まあ、笑うことは確かに病魔をも倒しますけどね…」と極は言って大いに眉を下げた。
「極、あれ、出して」と燕が今にも大笑いしそうな笑みを浮かべながら言うと、「ああ、これも罰だね」と極は言って白いボールを出した。
「ガッシンッ!!」と燕が叫んでから、『大爆笑プルプルボール』と名づけられていたロボットを言葉で操り始めると、「ギイヤァ―――ッ!!! ハッハッハッ!!!」とミカエルは大いに笑い転げたが、ボールから目を背けることもできず、目も閉じられない。
よって笑い続けるしか道はなかった。
燕も大いに笑いながら操作していると、ついにミカエルは意識を断たれていた。
「…昇天しちゃうから…」と極が眉を下げて言うと、「そんなタマじゃないわ!」と燕は叫んで、「リジェクト」と言ってボールの動きを止めた。
「これ、売ってもいいのなら、星中にばらまきたいほどだね…」と極は言って大いに眉を下げた。
「ま、よくないんじゃない。
情報によると、公にするとそれほど良くないんでしょ?」
「…まあね… だけどこんなに小さいのに、
よく発案設計して作り出したもんだよ…」
極はあきれ返って言った。
「ま、これ自体を売らなくても、
映像を売るという手もあるけどね。
あの統合幕僚長も大爆笑!
とかタイトルをつけてね」
「短い時間の映像になるはずだし、何かのオマケとか?」
「うん、今のところは商品を販売する企画はないから、
軍提供の番組のCMにでも入れておこうかと思う。
大いに笑ってもらって、嫌なことを忘れてもらいたいものだよ」
極は言って、まだ笑っている天使たちを見て、ボールのマネをしてぶるぶると震えながら動くと、「ギイヤァ―――ッ!!!」と叫んで、大いに笑い始めた。
「…そういう二次効果もあるわけね…」と燕は言って大いに眉を下げていた。
「大いにコミュニケーションが取れていいよ」と極は言って笑みを浮かべて動きを止めて、天使たちの頭をなでた。
「もらっていい?」と果林が言うと、「ダメ」と極と燕が同時に言った。
「果林の悪だくみを披露してもいいんだぞ」
極の言葉に、「…見破られちゃったぁー…」と言ってうなだれた。
果林の企みは、授業中に動かして授業にならないようにしようというものだった。
「俺とは二才、いや約4年違いなのに、幼児に近いな…」と極は言って果林の頭をなでた。
「…ミドルだもぉーん…」と果林が苦情のように言うと、「…ほぼ幼児だわ…」と燕が眉を下げて言うと、「…あはは…」と果林は力なく笑った。
「果林を勉強家に育て上げれば、
俺は優秀な教師になれる」
極の少し気合の入った言葉に、「あーあ」と燕が言うと、果林は大いに泣きそうな顔になっていた。
さすがに果林も、この先は猛勉強の日々になると予想したからだ。
「ま、それも明日以降だ」と極は言って、ボールを掴んで手品のようなアクションをして消した。
まだ少々早いのだが、城に戻ろうと思っていると、統括幕僚長の秘書官が走ってやってきたので、ミカエルはすぐに立ち上がって食堂を出て行った。
「…内紛のようね…」と燕は言って西側を見た。
「まだ昼の場所だったら、行ってもいいな」と極が言うと、「あんたは」と燕は言って言葉を止めた。
極は基本的には宇宙軍の所属になるので、この地の紛争などでは呼ばれることはないはずだった。
「俺は自由に動ける駒のようなものだから、
状況によっては、
外でも中でも、どんな場所にでも行けるはずだよ」
「…うん、それはあるわ…」と燕は言ってため息をついた。
「それに、すぐに応援が必要なら、リナ・クーターが一番早い。
ま、それ目当てかもなぁー…」
「まさか騒ぎのもとは軍?」と燕は言って子細に探ったが、「…ジャングル…」とつぶやいた。
「サエ! 気合を入れておけ!」と極が指示を出すと、サエはすぐさまエリザベスに変身して極に寄り添った。
「まだまだ山賊は多いからね。
全部潰してもいいんだけど、
それでは仲間の成長がない…」
「ま、突発の場合は、いい前例になっていいんじゃないの?
今始まったことじゃないから」
「…俺がらみじゃないことを祈っておくかなぁー…
だけど、俺かもなぁー…」
極が嘆くと、燕は大いに眉を下げていた。
しばらく食堂で待機していたのだが、何の連絡もない。
聞きに行くのもはばかられたのだが、エリザベスが妙に落ち着かない。
待ち疲れたわけではなく、何かの予感が沸いているように極には感じた。
「まさかだけど、ウエストタウンサファリかい?」と極が聞くと、エリザベスは目を見開いて、「…マスターも獣人…」とエリザベスは言って苦笑いを浮かべた。
軍の出張る仕事ではないが、ウエストタウンサファリの場合はそうも言っていられない。
猛獣が多数生息していて、サファリという娯楽施設ではなく自然保護区に近い。
もしも猛獣が柵の外に出れば、少し大きな街であれば一気に大惨事となる。
「これが当たりなら、ここは軍の獣人の出番だと思うんだが…」
「ジェル支局にもきちんといるけど、
ふたりだけじゃ、ね…」
「ちょいとリナ・クーターを飛ばして、
高高度で探らせる」
極は言って、格納庫にいるリナ・クーターを出撃させた。
すぐさま映像が届いて、「人為的なものだ」と極は言って、破壊されている柵に指をさした。
そしてかなりの速度で移動している先導者を確認してすぐに、リナ・クーターが動物の一団を包み込むようにして結界を張った。
そこはジェル支局と目と鼻の先の場所だった。
「…9割以上は捕らえたようね…
いうことを聞かない子もいるようよ」
「残った奴らとは、いい友達になれそうだ」と極は笑みを浮かべて言った。
するとキースが食堂に駆け込んできて、「助かったと伝えに来た」と眉を下げて言った。
極はここで得た情報をすべてキースに伝えると、キースの報告で将軍一同が食堂に駆け込んできて、ここで会議が始まった。
「ジェル支局は煌少佐にすべてを任せたいといってきた。
あ、これは事実の説明だよ」
ミカエルの言葉に、極は大いに苦笑いを浮かべていた。
「向かわせるべきだが、確実にまだ何かある」とパドラー中将がうなるように言った。
「少佐を守るように大勢で向かわせてもいいんだけどね」とミカエルが言うと、将軍たちは一斉に何度もうなづいた。
「30秒だけ時間をください。
ジェル支局に斥候が到着しました」
極の言葉に、将軍たちは一斉にトーマを見た。
そのトーマは極を大いに睨んでいる。
「ま、ペットのようなものだよ」と極は言って、大いに苦笑いを浮かべた。
極は各地に飛び回っているうちに、小動物とも仲良くなった。
もちろん、ジェル支局にも一度行ったので、そこで見つけた波長の合う猫や犬などと友達になったのだ。
その猫に、施設内を探ってもらっているのだ。
「無条件で、キンタ・カクタ准将を拘束してください」と極が言うと、統合幕僚長が笑みを浮かべて連絡した。
「准将は術をかけられているようです。
よって動きは鈍いと判断します」
「聞いての通りだ、すぐにやれ!」とミカエルは今までとはまるで違う威厳をもって言霊を放った。
ここからは大人たちが全てを請け負って、カクタ准将の身辺調査が始まった。
極が結界内に捕らわれている動物使いを見ると、悔しそうな顔をして軍施設を見ている。
「…コスプレ?」と燕が言うと、「着慣れていると思う」と極は言った。
動物を先導している女性は、少々官能的な形の獣の皮で作った衣装のようなものを着ていた。
「ああ、その人だ」と極はいきなり言った。
すると映像の端に、鳴き声を上げている犬が写り込んだ。
「二人目の斥候」と極が苦笑いを浮かべてトーマを見ると、「…今から僕が行きますぅー…」とうなった。
「城の姫?
ああ、領主の…
臭い?
その辺りは自然がいっぱいだが…
ああ、さらに西の工業地帯か…
占い師?
その人の指示で動いたんだなぁー…
その工業地帯を何とかしろと、
壮大なたくらみをもって俺をおびき出そうとしたわけか…
人騒がせな人だよ…
やさしい?
だけどな、その周りにいる動物たちを見てどう思う?
生きてない?
ああ、まさに生きてないような状態だ。
操られるという意味わかるかい?
おっ! なかなか賢いな。
そういうことだ。
だけど君は自由だ。
そして、何とかするからと、
そこにいる女性に言っておいて欲しい」
極は言ってすぐに映像を見入った。
女性は結界の端に走って行って、派手に頭をぶつけて転倒すると、極は大いに笑った。
女性は痛む頭をさすりながら、犬と会話を始めて、厳しい顔に笑みが浮かんでいた。
「放っておけなくなりました!」と極が気合を入れて言うと、「命令は出せないよ」とミカエルは笑みを浮かべて言った。
「とりあえず、サファリの柵を直しに行きます。
動物たちや、人間たちが被害にあう前に」
極の言葉に、ミカエルは笑みを浮かべてうなづいた。
「あ、それと」と極は言って一枚の紙をミカエルに提出した。
「猫の斥候からの追加報告ですが、別件です」と極が言うと、ミカエルは大いに眉をひそめて、「…乱れてるねぇー…」と眉を下げて言ってから、首を横に振った。
極はリナ・クーターを呼び戻して、オカメ、トーマ、サエ、フランクとともに西の町に飛んだ。
「ほんと、くさいぃー…」とオカメは言って燕に変身して鼻をつまんだ。
「風向きによってはこれは苦痛だな…
色々と有害物質も混ざってる…
許容範囲なんて設定するからこうなるんだ…」
「行ってくる!」と燕は叫んで緑竜に変身すると、結界内の女性は大いに目を見開いた。
「俺の神だ」と極が叫ぶと、女性は大いにうなだれた。
極は結界に通路を創り出して、サファリにつなげた。
極の指示により、女性は動物たちをサファリに戻した後、極は三段階ある柵をすべて直した。
「あんたは犯罪者だ。
地元の警察には通報した。
しっかりと反省しろ。
そして術はもう使えない」
極の言葉に、女性は目を見開いて、そして大いに嘆いて地面に崩れ落ちた。
すると、占い師然とした者が走ってやってきた。
「あんたも姫と一緒に警察署に行ってくれ。
ほらきた」
サイレンを鳴らして警察車両が到着して、女性と占い師を抱き起こして車に乗せた。
「大惨事になるところでした。
ありがとうございました」
警察のそれなりの地位のある者が礼を言うと、「善意があり悪の行動でした」と極はひと言で説明して、工場地帯の件を話すと、警官は大いに苦笑いを浮かべた。
話によると、隣の領地の領主の仕業で、何度言っても工場の改善をしないというものだった。
「もう工場は停止したはずです。
西風ですが、嫌な臭いがしません」
「うっ そういえばそうだ」と警官も言って、日が暮れそうな西の空を見た。
「まだ片付けがありますから、
また来ます。
私の住んでいる中央はもう夜なので」
「…そういえばそうでした…」と警官は言って敬礼をして車に乗り込んだ。
そして極は功労者の猫と犬に礼を言って、ひとまずは礼のうまいエサを与えた。
そして猫は大いに欲張りで、住処を造れと言ってきたので、それに同意して、今日のところは小さなキャットウォークを作り上げると、上機嫌になって木に駆け上った。
「また来るからな」と極は言って、犬の頭をなでた。
「ああ、次に来る時は一緒になって走ってやるから」
極は解放されて、仲間たちと戻ってきたオカメとともにリナ・クーターに乗り込んで中央司令部に戻った。
命令ではなかったので帰還報告の義務はない。
極たちは城に戻って、いつもよりも少し遅いのでそのまま就寝した。
「極様も動物使いなのですかぁー…」と朝食の席で、サエが疑問に思ったことを聞くと、「あ、サエ、悪い」と極は言って席を立って、食堂に来た学校の校長の前田玄徳の前に立った。
朝の挨拶して極がひと言話すと、前田はすぐに食堂の奥の窓際に行って、「うわ! ほんとだほんとだ!」と子供のように喜んでいる。
極は大いに眉を下げていたが、前田に向かって歩いて行って、本来の話を始めると、「まさにタイムリーな問題だからね、君の仕事のついでに遠足もいいだろう」と前田は言って、教師全員に今日の授業は中止して西の町に飛ぶと連絡を入れた。
もちろん生徒たちはここの住人なので、連絡する必要は何もない。
一旦は教室に集合して、極が創り上げた宇宙船兼飛行艇に乗り込めばいいだけだ。
「ボクってまだ宇宙に飛び出したこと、ないんだよねぇー…」と前田が言うと、極は大いに眉を下げていた。
そして見破られたとも思った。
極は飛行艇と伝えたのだが、前田は宇宙船だと信じて疑っていなかったのだ。
よってこの遠足は、前田の宇宙の旅がメインになってしまったと極は思って大いに苦笑いを浮かべた。
しかし、ウエストタウンサファリ周辺で起こった事件は、まさに興味を大いに引くものが多く、様々な企業と施設などを巻き込んでいる。
この先、学生たちにとって大いなる経験につながるので、許可が出たとも言っていい。
「帰りは宇宙旅行、頼んだよ」と前田は言って、満面の笑みを浮かべて、極たちの席の近くに座った。
このラステリアには宇宙への観光路線はないので、一般人が宇宙に飛び出すことはない。
しかも、多くの星といがみ合っていることで、宇宙に出ると大変危険なのだ。
そういう理由もあって、金持ち相手の宇宙への旅の企画は、軍によって禁止とされていた。
もちろん極に軍の法を破る権限はないが、極が特別で軍が甘いことを考えて、前田は極に言ったのだ。
よって極は、『宇宙船の追加試運転』として、宇宙局と空港管制塔に連絡を入れた。
もちろん、リナ・クーターを飛ばす時もこの手続きをとっている。
もっとも、リナ・クーターの場合は自動で行っていることは誰も知らない。
『うう… それって、宇宙観光?』と管制塔に勤務する空軍のパティー・マイヤーが大いにうらやましそうに言った。
「ある意味そうです。
特に能力者の場合、早いうちに経験させておいた方がいいので。
それに、校長の押しが強くてね」
すると、『あんたのパパが問題起こしそうよ!』とパティーが叫んだ。
同じ職場に、校長の子供が働いているようだ。
すると少し騒ぎがあったのか騒がしくなって、『私も行くぅー…』と別の女性が電話にでて言ってきた。
まさにこういったことも軍の甘さでもある。
軍属は世襲制のように、軍に所属する。
よって、祖父父子の全てが軍に所属していることなど珍しくない。
もちろん校長も、内勤だが軍人でもあるのだ。
正式な教師資格を持っている者だけが、学生たちを教えている。
もちろん、能力者の教育でもあるので、特別任務も帯びている。
よってこの程度のことなど、ほとんど特別扱いではない。
しかも極の操縦する宇宙船に、誰もが大いに興味があるのだ。
「校長のお嬢さんですか?」と極は声から察して言ったのだが、『奥さんですぅー…』と答えたので、極は大いに苦笑いを浮かべた。
軍関連のほとんどの女性は若返っているので、姿だけではなく声までも若い。
まさにどこに行っても、学生しかいないのではと思わせる。
しかしすぐに電話の相手が代わり、必要な手続きを終えた。
極は席に座って、何気なく幸恵を見ていた。
そして、あることに気付いて、やはり問題があるのではないかと考え始めた。
さらに、あるデータを思い浮かべ、ついつい、「…そういうこと…」と言って笑みを浮かべてつぶやいた。
「何がそういうことよ」と燕が少し厳しい口調で聞くと、「母ちゃんの様子がおかしい」と極が言った。
「そうね、ミス連発ね。
心ここにあらず」
「いつから?」
「気づいたのは先週の第4日」
極は少しうなづいてからサエを見た。
「母ちゃんのミス連発っていつから?」と聞くと、「先週の第二日ですぅー…」とサエは眉を下げて答えた。
「まさか一日中ずっと?」と極が聞くと、「あ、今のようにすいてる時ですぅー…」とサエは極を上目づかいで見た。
「考える時間がある時に、
考えたくないことを考えてしまう…
父ちゃんが女をつらないか大いに心配している」
極の言葉に、燕は何度もうなづいて、サエは口を手で押さえつけた。
「まずはでっかい城のような家。
本来なら将軍住居エリアの4軒分。
元々はあの場所に4軒家が建っていたけど、
取り壊してでかいものを一軒建てた。
父ちゃんは下宿していると言ったがそうじゃない。
母ちゃんとの同居を望んだんだ。
でも結婚すればいいのにそれはない。
そのそぶりも見せない。
もちろんゲン担ぎだと思う」
「そうね…
そういった不幸は何度も見てきたわ…
あの子たちだって数えきれないほど見てきた。
だからこそ、同居はしても婚姻はしないし、
恋人の関係もなし」
「好きだけど、婚姻の意思なしと自分に言い聞かせる。
実は俺が一番気になったのは、母ちゃんは謝らない」
極の言葉に、「謝ってるわよぉー…」と燕は言ったが深く考え込んで、「謝った、頭った、悪態付きながら謝った…」などと呪文のように言い始めた。
そしてついに、「謝ってない」と言って極を見た。
「あんたを見つけた日から、謝ってないわ」と燕は言った。
「父ちゃんが赤ん坊を連れて帰った日から、
母ちゃんは願掛けを始めたんだ。
まず人として謝ることは重要だ。
その負の感情を背負いたくないと拒否したんだと思う。
始めは胸を張って謝ろうなどと考えたはずだけど、
言葉としては負の感情を現しているから無意味として、
絶対に負の感情を流さないと決めたはずだ。
だから母ちゃんは大いに明るいし、
今だってサービスして、さも謝ったように見せかけている。
この高等技術は、少々見習わないとね…
だけど、全然良くないけどね」
「幸恵の階級と威厳があるからこそだわ」と燕はため息交じりに言った。
「将軍の婚姻率はたったの5パーセント。
青春時代は軍に捧げて、
無心で走って気が付くと将軍まで駆け上がったけど、
それなりの年齢にもなっていた。
そして不幸を多く見ていたことで、
家族を不幸にしたくないと思っても当然だろう。
じゃあさ、俺と燕さんがこの施設内で結婚式をしたら、どうなると思う?」
極が言って燕を見ると、見事に固まっていた。
「…先生、死んじゃった…」とサエが悲しそうに言うと、「死んでないよ」と極は大いに眉を下げて言った。
「…マスターはすべてにおいてとんでもないです…」とトーマは言って、笑みを浮かべて頭を下げた。
「あはははは、ありがと…」と極は大いに照れて答えた。
「さて、ついでだけどなぜ謝るのか?
もちろん大きな意味は相手に対する非礼をわびるため。
だけどね、それだけじゃないんだよ」
「自分自身の反省とするため」と復活した燕が答えた。
「だから、母ちゃんはそれを長年続けて来て、
同じミスを何度もしているように思うんだ。
だからね、今は戦場には行かせたくないんだ」
「危ない時もあったけど、力でねじ伏せたわ。
本来なら、ヘタレ一号と同じ階段を上っていたはずなのにね」
「だからこそ、俺と燕さんの結婚式を急ぎたい」と極が言うとまた燕は固まると、サエが天使のように手を組んで燕を拝み始めた。
「結婚できるぅー… 結婚できるぅー…」と燕は大いに正の感情を流して、生徒と教師を乗せた宇宙船内で、呪文のように陽気につぶやいている。
もちろん、極の右腕をしっかりと抱き締めていて、胸には宇宙を抱いている。
中央司令部を昼前に出たのだが、目的地の西の町には、午前中の早い時間に到着した。
そして今はジャングルになっている、工業地帯を見入って、誰もが眉を下げていた。
今日は事情をよく知る極が教師側に立って、全ての事情を説明した。
そして営業再開を果たしたサファリパークを満喫して、地元領主の屋敷を訪れた。
本来ならば門を開けて衛兵が立っているのだが、今は門を固く閉ざしている。
ここでは、極が実際に体験した話をして、生徒たちは大いに眉を下げていた。
ついでに、軍の関与の事実も説明した。
操られていたカクタ准将は極の足止めと拘束の役だった。
そして今回のヒーローの犬と猫の住処に行って、居心地のいい新しい住処とうまいエサを与えた。
工場の方だが、裁判所の勧告によって、営業停止処分となった。
企業主への法的処分は当然だが、働いていた者にとってはそうはいかない。
よってここはノーマーク会が出張って、ノー公害の工場を建てることに決まった。
それだけでは不十分だったので、極たち学生の能力者とパートナーたちが協力して、広い農地を作り上げ、労働力を雇い入れる準備をした。
農地は軍の所有物としたが、全ての売り上げなどは、農地の管理者である西の領主のものとした。
もちろん西の領主は大悪党には違いないので、息子に跡を継がせて引退を余儀なくされていた。
夕暮れ迫る中、生徒たちは貴重な体験と労働をして、宇宙船に乗り込んだ。
宇宙空間では大いに騒いでいる校長を学生たちは白い目で見ていたが、さらに貴重な体験を積んだ学生たちは意気揚々と軍施設の学校に戻った。
こちらはもうすでに夜で、就寝する時間はすぐそこだった。
極は修練場の確認とキースと会話をしてから就寝した。
翌朝、極は食堂で、「今週の週末に、燕さんと結婚式するから」と幸恵に報告すると、幸恵は目を見開いた。
「本当は父ちゃんと母ちゃんに先にしてもらいたかったけど、
俺たちに不幸が訪れないことを証明しようと思ってね。
だからそろそろ、心を入れ替えた方がいいよ」
極は気さくに言ったのだが、幸恵は大いに反省してうなだれていた。
極はこれ以上は何も言わずに、仲間たちとともに席に着いた。
「…お母さん、1.5倍速ぅー…」とサエは厨房にいる幸恵を見ながら言って、笑みを浮かべた。
そして学校に行く前に、ノーマーク会会員全員に、週末の第二休日に、燕と結婚式をすると通達した。
場所は軍施設内にしようと思ったが、ノーマーク会会場に決まった。
「ねえ、どんなウェディングドレスがいいと思う?」
学校の授業中なのだが、燕はパトリシアに気さくに聞いた。
「煌君は未成年ですよ!
それにあんたはお婆さん!」
パトリシアが大いに錯乱して叫ぶと、「もちろん入籍はできないけど、結婚式はできるわよ?」と燕が言うと、パトリシアは、「キ―――ッ!」と叫んで地団太を踏んだ。
今はテスト中なので、燕は暇だったようで話しかけたのだ。
「あ、こっちは気にしないでね。
この程度の騒音なんて、
能力者にとって小鳥のさえずりにしか聞こえないはずだから」
燕の明るい言葉に、生徒たちは大いに気合を入れて問題を解いていた。
極たちが夕食を摂っていると、休暇はまだ3日残っているのだが、マルカスが眉を下げてやってきた。
そして席に座ってから、「色々とあり過ぎたようだから、気になって戻ってきた」とマルカスは眉を下げて極に言った。
「色々とあったなぁー…
これからもまだまだあるんだろうけどね。
ひとつ行動を越せばふたつ動く必要があったりして、
本当に大忙しだけど、楽しいよ」
「…気を使わせてしまってすまん…」とマルカスは言って頭を下げた。
もちろん、マルカスと幸恵のことを言ったのだ。
「いい前例を作ろうと思ってね。
確かに婚姻での気のゆるみは怖いだろうけど、
俺と燕さんは何も変わらないから。
まさに今まで通りだからね。
俺たちの場合、その程度のことでは何も変わらないし、
燕さんは不死身だし。
これは父さんと母ちゃんにも言えることだから」
「幸恵が願をかけていたとは知っていた。
なのに俺は、やっぱりヘタレだった…」
マルカスは大いに反省していた。
「ほら、宇宙ちゃんよ」と燕が明るく言って、マルカスに宇宙を見せると、「…はあ… お爺ちゃんになってしまったなぁー…」とマルカスは言って、宇宙に笑みを向けた。
「だけど先生は変わり過ぎです」とマルカスが指摘すると、「宇宙で一番の旦那さんが現れて、変わらない方がおかしいわ」と燕は陽気に言った。
「だが、極は色々と困ってるんじゃないのか?
先生の件で」
マルカスが心配して眉を下げて聞くと、「いえ、全く… 何もなかったように思うけど…」と極は言って大いに考え込んだが、「ないよ」と答えると、燕は大いに胸を張っていた。
「特に学生たちには燕さんは人気者だし、
大人が怯えるのは放っておいて構わないようだったし」
極の言葉に、燕はけらけらと愉快そうに笑ったが、マルカスは大いに眉を下げていた。
「だけど、今ちょっと困ってることがあってね。
まあ、食事が終わったら行くんだけど…
食事がのどを通らなくってね…」
極はこういったが、食欲はいつも通りだった。
「問題はね、俺の第一声にかかってるんだ。
それをマリーン様がどう受け止めてくれるのかが問題なんだよ」
「…父の威厳を出せない部分だったかぁー…」とマルカスは大いに嘆いた。
「そんな人、この星にひとりもいないよ。
矛を向けるのは狂った人だけだ。
あ、サエ、ごめん、お代わり」
極の食欲は底がなかった。
「いつも通りだわ。
まさに平常心で、肝が据わっている。
だけどマリーンになんていうのかしら…」
「先生は聞いてらっしゃらないのですか?」
マルカスが眉を下げて聞くと、「極とマリーンの問題だから」と燕は笑みを浮かべて言った。
「出しゃばろうとも思わない。
極の後ろ姿と横顔をずっと見ていたいの。
極も間違いなく不死身だから」
「…そうでしたか…」とマルカスは言って、14年前に極を抱いた重さを赤ん坊の宇宙に感じていた。
「ただただ健康で」とマルカスが宇宙に言うと、「それはどうかしら」と燕は言って、宇宙を取り返してから、母の笑みを向けた。
「もうすでに、この子は使命を負ってるの。
あの門に、きちんと刻まれていたのよ」
燕は言って、極が張ったポスターを見た。
マルカスはすぐに立ち上がって、ポスターが張ってある柱を見入った。
「…文字が変わったのか…」とマルカスはまじまじと見てつぶやいて、下に書かれている文字を見入った。
「ん? 万有君…」とマルカスがつぶやくと、「あれ? 父さんも読めるの?」と極が聞くと、「えっ?」とマルカスは振り返って不思議そうに言った。
「手書きの方は万有さんが書いたんだ。
俺の大昔の親せきといったところだね。
そして天使になった」
マルカスはさすがに目を見開いた。
「…いや… 能力者的に、書いている文字がなんとなく万有君だろうと感じただけだ…」とマルカスは答えた。
「あ、そういうのはよくあるね。
人は色々と癖があるから。
その癖を治せば、神に近づけるかもしれないよ」
極の言葉に、「俺も鍛え上げよう」とマルカスは決意の言葉を述べて真剣な眼をした。
「じゃあ、今日からは父さんも俺たちの仲間だよ。
大神殿から帰ってきたら、早速特訓開始だから。
あ、みんなは待機していて欲しい。
できるだけ早く帰ってくるけど、30分経っても帰らなかったら、
トーマ、頼んだよ」
「はっ お任せを」とトーマは言って頭を下げた。
「小刻みに出入りして待っていて欲しい」
「はっ 了解しました」
「出入り?」とマルカスが不思議そうに極に聞くと、「体験してのお楽しみだよ」と極は陽気に言った。
極は宇宙を抱いた燕と空を飛んでいた。
今のような緊張感は経験したことがない。
極の思うような変化があれば、この星はまず安泰だ。
しかしそれは、マリーンの心ひとつにかかっている。
「大丈夫、大丈夫…」
燕は自分に言い聞かせるように言いながら、宇宙のかわいい寝顔を見て笑みを浮かべていた。
あっという間に大神殿に到着すると、もうすでに察していたようでマリーンが悲しげな顔をして、エントランスで待っていた。
極は満面の笑みを浮かべて、エントランスに降り立つ前に、「やあ、姉ちゃん、こんばんは」と言った。
もちろん燕は聞かされていなかったので目を見開いた。
そして着地した時にバランスを崩したが、極がやさしくその背中を支えた。
マリーンは何も言えずに固まっている。
―― よっし! 大丈夫だ! ――
極の緊張感は消えていた。
「姉ちゃんはこの星の守り神、女神ガイア。
俺は姉ちゃんを守る盾、勇者タルタロス」
極の言葉に、マリーンは頭を抑えたままうずくまった。
そして何かに操られるように立ち上がったマリーンの身長が巨人ほどになったと、極と燕は感じていた。
「…そう… 私は自然界の守り神ガイア…」とマリーンは穏やかな笑みを浮かべて言った。
極は目を見開いて、「そうなの?!」と大いに叫んだ。
マリーンの言葉の予想はまるでしていなかったのだ。
「…それは知らなかったわけね…」と燕が眉を下げて言うと、「…そこまではわかってなかったぁー…」と極も眉を下げて答えた。
「タルタロス、久しいな」とマリーンは何かに取り憑かれたように言った。
「いや、ごめん… よくわからないんだけど…」と極が眉を下げて言うと、「修行不足だ愚か者!」とマリーンは目くじらを立てて叫んだ。
「はい、ごめんなさい、姉上…」と極は言って頭を下げた。
「…まあ仕方あるまい…
今世産まれてわずか15年…
無理は言うまい…」
マリーンは言って、首を横に振った。
「…素朴な質問があるんだけど…」と極が少し手を上げて、申し訳なさそうな眼をして言うと、「言ってみよ」とマリーンは比較的穏やかに言った。
「俺って、それなりにすごいと思うけど、
生まれ変わる必要ってあったわけ?」
「…むっ!」とマリーンがうなると、極は大いに怯えていた。
「…いや、それほど愚か者ではなかったか…」とマリーンは言って、硬かった表情をやわらげた。
―― た、助かったぁー… ―― と極は思って苦笑いを浮かべた。
「どんなものでも修行は必要。
よって生まれ変わり、別の者になり、
そして元の姿に戻ることが重要だ。
現在のタルタロスはその途中でもあるようじゃ。
今世でも大いに鍛え上げ、
全ての守るべき者を救え。
よいな、タルタロス」
「はい、姉上」と極が頭を下げると、「違う!」とマリーンが叫ぶと、極は生まれて初めて涙目になった。
これほどに恐ろしい姉だとは思ってもいなかったのだ。
「…まあ、仕方あるまい…
この世には王や貴族という者がおる。
かなり昔だが、我がレクチャーしてやったことがある。
従う者は胸を張り、右手で拳を造って、胸の中心に当てる。
やってみろ」
極はその形をイメージしてから、「はい、姉上」と言って、マリーンが言った通りのポーズをとった。
「うむ、伝わった。
その構えには意味がある。
拳は魂の増幅装置で、
具現化させた形と言っていい。
お前の魂はそこにあるのだ。
よって、今のルールは知らんが、
目上と思う者にはそのポーズで答えろ。
頭を下げる行為は、我の流派ではない」
「あのー… ちなみに軍人や警官の敬礼の意味は…」と極が襲る襲る聞くと、「我を試しておるのか?!」とマリーンは威厳を上げて叫んだ。
「いえ! 純粋に疑問に思っただけです!!」と極は声を張って答えた。
「遠くを見下げ、遠くを見上げるポーズじゃ」
「…おー… そうだったんだー…
…これは大納得だぁー…」
「我の言うことを信用しておらんのか?!」
「いえ、決してそういうわけではございません!!」
燕は口を挟むことができなかった。
この姉と弟は本物だと感じたからだ。
「そして気に入らんのはそこにいる緑竜」とマリーンは今度は燕をにらみつけた。
よって緑竜と言われたので、燕は宇宙を極に託して後方に飛んで緑竜に変身した。
すると宇宙は、「きゃっきゃ」と明るい声で笑って、緑竜に両腕を延ばした。
「…人間もそうだけど、神も本当に面倒だわ…」と緑竜が嘆くと、「…む… なかなか多くを積んでおるな… まあ、申し分ないとは思う…」とマリーンは渋々だが言った。
「タルタロス、この者と夫婦となれ」
「いえ、姉上…
あ、はい、仰せつかりました」
結婚式の件は伝えていたので、説明をしようと思ったのだがやめたのだ。
まさに今のマリーンを試すようなことになり、怒らせてしまうと思ったからだ。
できれば叱られないようにすることが一番だと思ったからだ。
「それは違うぞタルタロス」とマリーンは穏やかに言った。
「言いたいことはあればきちんと言えばよい。
そうしないと正確に相手に伝わらぬものじゃ。
今までのお前は大正解じゃ。
では、なぜ、マリーンというものが、
お前から聞いた話を我が無視したのか」
―― あ、そういうこと… ―― と極はこの時点で理解を終えた。
「我は聞いておらなんだからじゃ」
「姉上! 私は、この緑竜であり、閃光燕、オカメ・インコと結婚します!」
「む?! そう言えばこやつ、かなりの高能力者…
でかした、タルタロス!」
マリーンが機嫌よく叫ぶと、「はっ 喜んでいただいて光栄です!」と極は拳を強く当てて答えた。
「よかったな緑竜、タルタロスは本気じゃぞ」
「当たり前だそんなこと」と緑竜はにやりと笑って言った。
「言っておくが、タルタロスを心の底から認めるな。
それはやり過ぎだ。
そしてお前もこやつも弱くなる。
ああ、一瞬は強くなったと感じるはずだが、
その確認はしなくてよい。
お前らは、並んで飛ぶことがふさわしい」
「ドラゴンライダーの件でしょうか?」と極が聞くと、マリーンは満足そうにうなづいた。
「かっこいいだろうと思ったのはまさに罠…」
「そういうこともあるから注意が必要じゃな。
さらには緑竜が気を使えばいいだけ。
背に乗せることを嫌うのはよくわかる。
もちろん背中を預ける行為は無謀じゃからじゃ。
だがな、天使たちには許可など出しておらなんだはずじゃ」
緑竜は目を見開いて、「…うう、その通りだった…」とつぶやいた。
「竜はな、強い力に大いに反応するもんじゃ。
だが天使たちは非力じゃ。
さらには清い心も持っておる。
それを見極め、自然に接すればいいだけじゃ」
「…大いに勉強になった…」と緑竜は答えた。
「…おまえはそれなり以上に生意気だが、
まあ、積み重ねがある分よしとするか…」
「燕さんからは学ぶことが多いです!」と極が言ったとたんに、マリーンは鬼の形相となった。
「おまえはこやつ程度の者で満足しておるのか?!」とマリーンが叫ぶと、極は雷が落ちたような衝撃を受けたが、「…ああ、かっこいいですわ、極様…」とマリーンは言って、軍服姿ではない極を見入った。
「…やれやれだわ、マリーン…」と緑竜は言って、燕に戻って、極から宇宙を取り返そうとしたが、「…うう、確かにかっこいい… まさに勇者…」と燕は言ってホホを赤らめた。
「俺はこうやって、子供たちを救うんだ。
正確に言えば、子供たちを優先的に救うんだ」
「…細かいわね…
あの神が本当に怖かったようだわ…」
「たぶんね、名前を呼べば現れるはずだよ」と極が眉を下げて言うと、「…そういうことね… その資格があるのは極だけ…」と燕は悟って言って、宇宙を抱き上げた。
「…宇宙君、育てたいぃー…」とマリーンが言うと、極と燕は顔を見合わせて、眼で会話をした。
「だけどね、ここにも問題児はいるのよ?」と燕が言うと、「うふふ…」とマリーンは陽気に笑った。
「マリーンは好き?
泣かずにお泊りできる?」
燕が母の笑みを浮かべて宇宙に聞くと、宇宙は少し泣き顔を見せた。
「まだダメらしいわよ」と燕が言うと、「…はあー…」とマリーンは深いため息をついた。
しかし燕はマリーンに宇宙を抱かせた。
一時的なものだと宇宙は思って、「きゃっきゃ」と陽気な声を上げた。
「…ああ、ベビーベッドとか…」とマリーンが言い始めると、宇宙は火がついたように泣き始めた。
「ほら、まだダメだって」と燕が言うと、マリーンは眉を下げて泣き叫ぶ宇宙を燕に返した。
すると宇宙はすぐに極に両腕を延ばした。
「あら、やけるわね」と燕は機嫌よく言って、宇宙を極に渡した。
「宇宙を抱いたまま、俺はすべてをこなそうかぁー…」
極が気合を入れて言うと、「ダメよ、甘えん坊になっちゃうから」と燕は言って、宇宙を取り返した。
「今はママで我慢しなさい」と燕が言うと、宇宙は笑みを浮かべたまま寝てしまった。
「…確かに甘えん坊に、なるよな…」と極は苦笑いを浮かべて言った。
「だけどね、極の言ったことはよくわかるの。
誰かを守りながら鍛える。
時々はやった方がいいわよ。
能力者の幼児クラスや、ローエイジの子も含めて」
「…修練場の疑似体験をさせるか…」と極は言って何度もうなづくと、「そうね、一石二鳥だわ」と燕は明るく言った。
「子供たちのお遊び用修練場を造ってもいいんじゃないの?
落ちても怪我をしない程度のもの」
「うん、考えるよ」と極は明るく答えて笑みを浮かべた。
「特に果林は、大いに鍛える必要があるわぁー…」と燕がうなると、「大いにありそうだ…」と極は苦笑いを浮かべて答えた。
「さて、俺は大いに戸惑っているんだけど…」
極が眉を下げて言うと、「真実を見せて上げて」と燕は懇願するように極に言った。
「うん、そうしよう」と極は言って、ポータブルマップ装置に、今あった一部始終を映し出した。
マリーンは両手で口を押えたまま固まって、映像を見入っていた。
「…親しい、関係者でもあった…」とマリーンは涙を流して呟いた。
そしてその涙の意味にはふたつあった。
「お母様、極様、ご結婚おめでとうございます」とマリーンは笑みを浮かべて言った。
「ありがとうございますマリーン様」と極は胸に拳を当てて言った。
「ありがとうマリーン、本当にうれしいわ」と燕は言って、宇宙を極に託して、マリーンを抱きしめた。
「私はずっとお母様に守られてきました。
まさに私のお母様。
ですがようやく、一人前になれたように思います。
ここは心を入れ替えて、極様の願いを叶えられるよう、尽力いたします」
極と燕はマリーンにおやすみの挨拶をしてから秘密基地に飛んだ。
中に入ると、仲間たちが倒れていたので、極と燕は協力して全員を風呂に連れて行った。
目覚めた仲間たちはじっと極を見入っている。
まさにとんでもない雰囲気を極に感じて頭を下げていた。
だが威厳は薄く、大いなるやさしさに包まれている極をさらに好きになっていた。
一番に変わったのはトーマで、まさに忠実で感情を抑えられる側近となっていた。
もちろん誰もがトーマを見習うように態度を変える。
気の強いサエですら、かなり穏やかになり、それはエリザベスでも変わらなかった。
そして決して弱くなったわけではない。
まさに正しい主従関係だといわんばかりだった。
「…何やったらこうなるの?」とマルカスは眉を下げて極の姿を見入った。
「能力者の進化系の勇者だよ」と極が言うと、「…これを目指せということか…」とマルカスは真剣な眼をして言った。
「…叱られるぅー… 叱られるぅー…」と幸恵が大いに眉を下げてつぶやくと、「普通でいのよ」と燕は言って、宇宙をあやした。
「だけどね、まだ張りぼてだから。
この姿はマリーン様に引き上げてもらったようなものだよ。
だけどね、今まで以上に体が動くことはわかってるんだ。
このままでは倒れそうと思っていたけど、今の俺にはそう感じない。
精神的にかなり上がったようだね」
「…やはり、精神的向上が一番か…
今の俺よりも未来の俺が強くなるように…」
「…極様、初めまして…」とマルカスの肩の上に、小さなリスが姿を見せた。
「やあ、やっと出て来てくれたね。
これからも父さんを守って欲しい」
「…うん… キリルは優しいけど、もっともーっと鍛えて欲しいの…」とリスは言って、頭でマルカスの首筋をこすりつけた。
「だけどね、悪いけど、父さんは二の次なんだ。
次に俺に続く者を先に育てたいんだよ」
極は言って果林を見た。
「子供大人は関係ない。
その資質が高いのは、果林でしかありえない。
本人は嫌がっているようだけどね…」
「服は好きぃー…」と果林が言うと、燕は大いに笑って、極は大いに眉を下げていた。
「じゃあ、服をやるからさらに頑張れ」と極は言って、極の勇者服に似たものを創り出して果林に渡すと、果林は手放しで喜んでから、この場で着替え始めた。
極は大いに眉を下げて果林にブラインドの結界を張った。
しばらくして、「もういいよ!」と明るい声で果林が言うと、結界が解けた。
「強くなった?」と威厳があるように見える果林が極に聞くと、「…ただのコスプレだから…」と極が眉を下げて答えると、誰もがくすくすと笑っていた。
だがその行動力が上がり、まずはフランクと手をつないだ。
フランクは目を見開いて、「…素晴らしいマスターですが、もっとお勉強しましょう…」とつぶやくと、誰もが爆笑していた。
「…賢くなる術…」と果林が言うと、「…そんなこと言ってると、能力が落ちるぞ…」と極が眉を下げて答えた。
「勇者という存在は、人間とは同種の種族だ。
ただただ、超常現象を起こす存在で、
その一部は自然界が管理しているんだ。
こういった種族は本当に少ないんだよ。
さらに言えば、天使たちの祈りは自然界に向けているものなんだよ。
マリーン様や白竜様に向けて祈っているわけじゃないんだ。
俺たち勇者は、その祈りを恩恵や戒めとして受け止めて、
さらに正しい心を養うんだ。
そして、俺は大いに反省すべきことを見つけたんだ」
極の言葉に、「そんなものはないと、断言したいほどですが…」とトーマは眉を下げて言った。
「うん、ありがとう。
間違ってはいないんだ。
だけど、潔癖症ではダメなんだ。
天使の浄化は、何も生まない」
極の言葉に、真っ先にマルカスがうなづいた。
「真っ白ではダメなんだ。
多少は悪いことでも、容認する広い心も必要なんだ。
もちろん、説得できる多くの言葉も必要だよ。
そして勇者気質はまさに自然の明るさ。
人助けをするのに、しかめっつらじゃあ、子供たちを泣かせてしまう」
「…うう…」とマルカスがうなると、「…私には優しいのにねぇー…」とリスのポポンが機嫌よく言った。
「父さんはその優しさも外に向けるべきだと思うよ」
「…そうしないと、いつまで経っても俺はこのまま…」とマルカスは嘆くように言った。
「極様! 厳しい厳しい!」とポポンは陽気に叫んで極を見上げた。
「そうだね、人によってはなんでもないことでも、
別の人だと厳しいと思うこともあるもんだ。
それを正そうと思わなくてもいいんだ。
無理のない程度に、日々変えていけばいいだけだよ。
決して急いじゃいけない。
さらに言えば誰にでも穏やかで、ライバルも見つけること。
そしてそのライバルに対しても穏やかであれ」
この場にいた能力者たちは大いに頭を抱え込んだ。
「こんなの簡単なことだ。
ライバルは敵ではないからだ。
同じ軍で働く仲間であるのなら、穏やかであることが最重要だ。
ま、だまされたと思って修練場で試してみてよ。
その差が大いに現れるはずだよ。
これはそれぞれの人の性格で大いに別れると思うね。
だからこそ、果林を使えるようにしたい。
できれば、子供の勇者が欲しいからだ。
子供は子供に好感を持つものだから」
「また宇宙に行ける?」と果林が聞くと、「その欲は抑えつけろ」という極の言葉に、「はいぃー…」と果林は答えてうなだれた。
「代償は考えるな。
勇者は全てを救うことだけに欲を持て。
ま、やり過ぎてもダメだから、
妥協することも重要だ。
そうしないと、自分自身を壊してしまう。
よって、全てを守れる自信をつける必要はある。
だから自信がなければ、堅実に守れる者だけを守るしか手はないから、
気心知れた多くの仲間が必要になるんだよ」
「はっ! 教官!」と能力者とパートナーたちが中心となって極に敬礼すると、極は拳を胸に当てた。
「あ、なるほどね、増幅器…」と極は言って何度もうなづいた。
「敬礼されながら鼻で笑われたよ」と極は言って少し笑ってから、「ま、地獄を見ればいいさ」と極がうなるように言うと、対象者はふらついたり、床に倒れたりした。
「…はあ… 見た目でもそうだったが、そうでない者もいるな…」とマルカスはあきれ返って言った。
「だからこそ、こういった人を救わなきゃいけないんだ。
能力をはく奪して追い出すことだけはしたくないから。
だから差別化は厳禁。
だけど、なんとなく気が合わないと思う者もいるはずだから、
それほど気負わなくていい。
このあいまいさが大いに難しいところなんだよ。
だから慣れるまでは、今まで通りに過ごしていいと思うよ」
極の言葉に、敬礼ではなく拳を胸に当てる能力者やパートナーが数名いた。
極はその者たちに笑みを向けて、「信じてくれる仲間も多いよ」と陽気に言った。
「これだけは言っておくよ。
反抗心を持つ者に、細かい指導は必要ない。
その気持ちが沸く前に、術で操って体を動かしてやる。
少々スパルタだが、これは上位者の特権だから。
壊れない程度で、明日から逐次指導するから。
もっとも、操られたからといって悪いヤツらとは限らないから、
余計な気を回さないように。
まずは自分自身の成長を見据えるようにして鍛えて欲しい」
「そのご指導を希望します!」と黒崎が真っ先に言った。
「…ふむ…」と極は小さくうなってから辺りを見回した。
「沙月さんとふたり同時に」と極が言うと、「はっ! ありがとうございます!」と黒崎は満面の笑みを浮かべて言った。
「…うう、怖いぃー…」と沙月が言うと、「まずは体験しようよ」と極は穏やかに言った。
「パートナーとのそろった修練は、
この先も重要になるはずだ。
パートナーによっては以心伝心の者もいるはずだ。
俺の場合は、やはり一番は英雄トーマと燕先生だね。
まさに高能力者だから。
父さんとポポンちゃんも素晴らしいと思うし、
ポポンちゃんはパートナーの資質としては燕先生を超えるかもしれないね」
「そうね…
理由は果林ちゃんと同じだわ」
燕の言葉に、極は笑みを浮かべてうなづいた。
「…閃光様が同意されたぁー…」と誰もが小声でつぶやいた。
よって反抗心がある者も、極の言葉を信じるしかなくなっていた。
「長い物には巻かれろ」と極が言うと、誰もが大いに苦笑いを浮かべた。
「意地を張らずに巻かれるな」と極が言い替えると、「はっ 教官!」と笑みを浮かべて修行者たちは答えた。
「…悪いヤツはまた、私が鍛えてもいいのよ…」と燕がうなるように言うと、数名の者たちが大いに畏れた。
「うん、それもいいね。
見せしめというのはいただけないけど、
わからないのなら身を持って体験してもらうまでだよ。
だからこそ、それを見たとしても畏れるな。
さらには反抗して叱られろ。
それも、経験なんだよ。
ま、矛盾していることが多いから、
日々積み重ねるということで。
今日のところは解散するよ」
「はっ! ありがとうございました!」と修行者たちは答えて、寝床へと帰って行った。
「一番厳しいのは、身を呈する行為と究極の選択さ…」と極がため息交じりに言うと、「…大論争になるわね…」と燕は言って眉を下げた。
「だからこそ、守りながらも修練を積むことは重要だろうなぁー…」
極はうなだれていたが、上げた顔には希望があった。
翌日、学校が終わって、本格始動している修練場に行った。
まず極は、『俺の背中を見て学べ』と言わんばかりに、壁を登り、滝に飛び込み、燕とともにペアになって谷を渡り、巨大な無数の柱を器用に飛び渡り、散らばっている滑る板を簡単に克服した。
すると、大勢の修行者が第6修練場に集合した。
極は何も言わずに、深いくぼみに降りて、岩のゴーレムと対峙した。
極は素早く突っ込み、同じように素早い動きのゴーレムの剛腕をかいくぐって、足を払って転倒させた。
「まだ浅い!」と燕が叫んだ。
ゴーレムは立ち上がって身構えた。
極がゆっくりと回り込むと、ゴーレムも追従する。
極はまっすぐに飛び込んで、すぐさまわずかに直角に右に折れると、ゴーレムの拳は空を切った。
極は左の足の裏の蹴りでゴーレムの足を蹴った。
ゴーレムは斜めに回転して、床に倒れた。
「まだまだ!」と燕が叫ぶ。
しかし修行者たちは大いに目を見開いている。
極のような芸当は絶対に不可能だと感じたからだ。
しかも、術は使っていないと、比較的ハイレベルな者はうなっていた。
「やっぱ、投げるしかないの?」と極が眉を下げて言うと、「それでしか勝ったことないわ!」と燕が叫んだ。
「ま、それでもいいんだけどね」と極は言って、ゴーレムの蹴りと拳をかいくぐって背後を取って、ゴーレムの胴に手を回して、スープレックスを放った。
「よっしっ! 勝った!」と燕は叫んで、満面の笑みを浮かべた。
「投げ飛ばすと壊れるかもしれないからね…」と極は言って、ブリッジの体制から岩人形とともに起き上がった。
「…おー…」と修行者は誰もがうなった。
「明日は最後まで行くから。
じゃ、ここに鬼が現れるぞ」
極の言葉に、燕はけらけらと陽気に笑い始めた。
「あ、それから、第六と第九は第三と同じでパートナーとともに戦っていいから。
さらに厳しくするのなら、個別でということで」
少しだけ簡単になったので、修行者たちは笑みを浮かべていた。
「…うう、極君…」とキースが眉を下げて言うと、「手本は見せておかないとまずいでしょ?」と極は笑みを浮かべて言った。
「…副主任の地位に甘んじることにしたよ…」とキースは眉を下げて言った。
キースが何とかクリアできるのは、まだ第四エリアまでだったので、眉を下げることも仕方がない。
修行者では、何とか第三をクリアできる者しかいないので、何とか威厳を保っていられるのだ。
しかし体力的なメインの修行は第一エリアなので、極は気合を入れて走って移動した。
そして極は片腕で宇宙を抱きしめて、片腕で壁を登り始めた。
「急がないと体力が切れるぞ!」
などと極は叫びながら器用に大勢の者たちを追い抜いて登っていく。
「術使ってるだろ!」とひとりが叫ぶと、「その気配は感じない、それに、術を使ってもあんなに簡単に登れない」と冷静に答える者もいる。
しかし、「さすが極様…」とパートナーたちは一斉に言う。
「片手だったよね?」とひとりのパートナーが言うと、「宇宙様を抱いておられた」と別のパートナーが答えた。
「…フランクのように、自由になろうか…」
などと言い始めるパートナーも続出した。
極は降りる時はかなり慎重になって降り切ってから、楽しそうな幼児用の修練場から果林をさらって、また片腕で登り始めた。
そして、大勢の者を追い抜きながら、「急げ急げ急げ!」と煽りながら登っていく。
するとパートナーたちは恍惚の表情をして、今までよりも少し早く、着実に腕を伸ばす。
「おっ おっ」と果林はつぶやいておっかなびっくりの表情をしている。
さらには降り始めた時は目をつぶっていた。
「果林、目を開けろ。
それも修練だ」
極の厳しい言葉に、「…怖いもぉーん…」といいながらも目を開けて頑張っている。
そして極は、また陽気な小さな修練場に行って、「次は誰だ?」と聞くと、「はーい!」と言って、内面的には果林と変わらない幼児のキャサリンが陽気に手を上げた。
「おっ いいねいいね」と極は陽気に言って片腕でキャサリンを抱き上げて、また壁を登って行った。
早い者でようやく上り下りを終えた数名のパートナーは地面に寝転び、逞しく昇っていく極に尊敬の目を向け、―― 極様のパートナーに… ―― と誰もが考え始めた。
「極はね、極力多くを鍛えようと必死なの」と燕がパートナーたちに寄り添って言った。
「…先生…」とパートナーたち一斉に言って、半身を起こした。
「ふーん、まだまだ元気じゃない…
もう一往復できそうね」
燕の言葉に、パートナーたちは泣き顔になっていた。
極は5往復ほど繰り返してから、「エリザベス!」と叫ぶと、「おう!」と吠えるような声でエリザベスは言って、極に騎士のポーズを向けた。
「協力して全力で登って降りる」
「おう!」とエリザベスは叫んで、極の隣に寄り添って、まさに大地をかけるようにして、ほんの数秒で200メートルもある壁を登り切った。
「訓練にはならないけど、パートナーとの息を合わせることには使えるな」
「おう!」とエリザベスは号泣しながら答えた。
「…あれは、できないぃー…」と地面に寝転んでいるパートナーたちは口々に言った。
「エリザベスを使ったことはそれほどないの。
あんたたちもきっと、体験させてくれるわよ。
もちろん、あんたたちのマスターの許可が必要だわ」
燕の言葉に、「マスター、許可を」とブラックナイトが言うと、「強くなってきて!」と沙月は願うように言い放った。
「おう!」とブラックナイトは叫んで、降りてきた極の前に立った。
「…私は抱き上げイベントがいいぃー…」と沙月が言うと、燕はこれ見よがしに沙月に怒りの目を向けていた。
ブラックナイトとの修練を終えて極が地面に降りると、「…犬の姿では登れません…」とトーマは寂しそうに言った。
「もちろん考えてあるさ。
さすがにこれは急だから、
補助道具を使う」
極は言って、犬に変身したトーマの四本の足にかぎづめのようなものを装着した。
始めは確認しながら登ったが、途中からは壁を駆け上がるようにしてトーマは簡単に頂上に立った。
そして追いかけてきた極に飛びついて喜んだ。
「個人競技だと、さすがにトーマが一番早い」
ここからは極とトーマは簡単に素早く五報復ほどして、トーマの機嫌が大いによくなっていた。
「気が合う者にはさらに気が合うように。
極はずっと考えてくれているの。
もちろん、あんたたちが今まで以上に使えるようになるためにね」
燕の言葉に、パートナーたちはうらやまし気に、極とトーマを見つめた。
「相変わらず化け物だな少佐!」と遠くから叫び声が聞こえた。
「あれ? もう出られたの?」と極は気さくに言った。
ジャックは急いで走って来て、「俺の牢屋は、この軍の敷地内」と眉を下げて言った。
「じゃ、数日で自由の身にしようか」と極は言って、とんでもないスピードでジャックの手を取って登っては降りる。
これを三回繰り返しただけで、ジャックはふらふらになって、ペタンと地面に腰を落として、「…座っちまったぁー…」と泣き顔を極に見せた。
「ううん、いい根性だよ」と極は言って、ジャックの手を取って立たせた。
しかしジャックの膝は大いに笑っている。
「フランクさん!」と極は言ってフランクを呼んだ。
「じゃ、試練その一。
フランクさんがマスターを大いにかばって壁を登る。
無理はしなくていいからね。
できる範囲で構わないから」
「はっ 極様」とフランクは言って、ジャックを術で縛ってから、フランクのペースで登り始めた。
「…これは、心に来る修練ね…」と燕が明るくいうと、「ははは、こんなの天国だよ」と極が言うと、燕は一気に眉を下げた。
「次、トーマな。
その次はバンだ。
ふたりは遠慮しなくていいぞ」
極の言葉に、「…もう地獄になったぁー…」と燕は大いに嘆いた。
「…絶対にイジメだイジメ…」と夕食の席でジャックがつぶやいた。
「俺が付きっ切りでは無理だから。
ここはパートナーに頼らないとね。
だから半数ほどは俺を認め始めた」
「…否定できねえ…」とジャックは肩を落として呟いた。
「俺の力はマリーン様が授けたと思っている人はまだいるんだ。
もらったのは服だけなんだけどね…」
「…ま、それも少佐様の試練だろうな…」とジャックは極に同情するように言った。
そして、「組み手をすれば、目が覚めるヤツは大勢いるはずだ」とジャックが言うと、「ボチボチやっていくさ」と極は笑みを浮かべて言った。
「あ、スープレックスはやめてくれよ…
やっぱ、死ぬのはごめんだ…」
ジャックの言葉に、極は上機嫌で笑った。
「だけど、背後を取り続けて本性を見せてもらうような戦い方はするよ」
「ああ、とんでもねえプレッシャーだろうさ」
極とジャックは、もうすでに友人となっていた。
夕食を終え、異空間部屋で五時間を過ごしてから、極はまだ何か効率的な指導はないかと思い修練場に行って、照明をともした。
すると、大勢の軍人たちが走って来て、「あ、修練を認めるよ」と極は陽気に言った。
「はっ ありがとうございます!」と誰もが叫んで、拳を胸に当てた。
「あ、ミキ少尉」と極が呼び止めると、ミキ・ヤマギワは迷惑そうな目をして極を見た。
ミキは小柄で、諜報班に所属していて、内勤と現場を行き来しているそれなりに使える存在だ。
「トーマと組んでみる?」と極が言うと、「にらんでごめんなさい!」とミキは一気に破顔して叫んだ。
「あ、でも、私、能力者じゃなくて…」とミキが自信なさげに言うと、「ま、体験すればわかるさ」と極は含みがある言葉で言った。
「あ、装備つけて」とトーマは言って、犬に変身した。
ミキはすぐさま極にレクチャーしてもらって柔らかいかぎ爪を犬の四本の足に装着した。
「じゃ、行くよ」とトーマは言って、まるでミキを引き上げるようにして壁を駆け上った。
「お―――っ!! ウオォ―――!!」とミキは叫び声を上げながら、もう見えなくなった。
「さすがトーマ、厳しいなぁー…」と極が言うと、―― なんてことだ… ―― と特に能力者は考えていた。
「トーマが強制的に従わせてるんだよ。
ハイレベルになると、こういったこともパートナーはできるようになる。
能力者でなくても、パートナーと接することは可能なんだ。
今までの常識非常識はすべて忘れてくれていいから」
極の言葉に、誰もがさらに極を尊敬して、拳を胸に当てた。
「じゃ、エリザベス、気に入った人と組んで」と極が言うと、誰もが大いに怯えていた。
「投げ上げてもいいか?」とエリザベスが聞くと、「自信があるのならそれでもいいさ」という極の言葉に、誰もが震えあがっていた。
「できるとは思うが、自信はない…」とエリザベスは言って、一番体格のいい能力者の頭を掴んでかなりの駆け足で登って行った。
「…あー… 降りてきたら意識はないだろうなぁー…」と極が言うと、半数ほどはもう開き直って笑みを浮かべていた。
「バンは自由に決めていいよ」と極が言うと、「はっ まずはマスター、お願いします!」とバンは胸に拳を当てて言った。
「ああ、そうしようか。
本気を出すと詰まらんけど、
一回目は本気で。
二回目は楽しんで」
「はっ! 了解しました!」とバンが叫ぶと、「あとは自由に鍛えていいよ」と極は気さくに言って、とんでもないスピードで壁を登って行った。
「…強くなれないと恥ずかしい…」と黒崎がつぶやくと、誰もが同意していた。
もっとも、鍛えに来たわけではない極は動きながらも、辺りの様子を見まわしながら考えていた。
そして精神修行のアトラクションから出てきた者たちに注目した。
もちろん誰もが肩を落として、成績用紙を見入っている。
それほど厳しいアトラクションではないが、ある程度は体力を使う。
寝る前の軽い運動にはちょうどいいのだ。
うなだれている者たちを、宇宙を抱いた燕はからかっていた。
もちろん燕の行動も、修練の一環だ。
よって、管理者が少ないのも否めない。
パートナーたちに頼ってばかりでは、パートナーの成長がない。
すると、修練場に万有静香の姿を見つけて、バンとの修練を終えて静香に寄り添った。
「お子様用の修練場でいいんじゃない?」と極が言うと、「スカートはいて来ちゃったぁー…」と静香は大いに嘆いた。
「様子を見に来ただけなんだね。
いや、それでもいいんだよ」
「あっ あっ」と静香は言って大いに戸惑っている。
「じゃ、これ」と極は言って、軍のトレーニング用のロングパンツを出した。
もちろん、純白のものだ。
「保護材入りだから、無碍にぶつけてもいたくないと思うから」と極は言ってブラインドの結界を張った。
「ほら果林! 遊び相手だ!」と極が叫ぶと、小さな飛び込み台の脇で水遊びをしていた果林が駆け寄って来て、静香を守るように高さ1メートルほどの小さな第一修練場で遊び始めた。
すると徐々に修行者が増えて来てかなり混雑したが、極は笑みを浮かべて、修行者たちを見ている。
そしてついつい、組み手場に目が行った。
―― ま、これも煽りのひとつだ… ―― と極は思って素早く組み手場に移動して、全く見えないシャドーを始めた。
―― 誰か来い、誰か来い… ―― と極は思いながらシャドーをしたが、組み手場に来たのは仲間たちだけだった。
極は動きを止めて、「まあいい、仕方ないからジャックさん」と極が言うと、「そういうたくらみだったのかぁ―――っ?!」とジャックは大いに嘆いた。
「エサを撒いただけだよ。
仲間以外だったら、
すぐに組み手をしようと思っていたんだけどいなかったから」
「…経験したからもういいと思っているんだが…」とジャックは言いながらも、組み手場の中央に立った。
「あ、十分に手を抜くから。
誰でも勝てるんじゃないかというほどにね」
「…いい作戦だと思う…」とジャックはにやりと笑って右前にして上段に拳を構えてから、目だけを素早く動かした。
「…ぞろぞろときたぜぇー…
罠にはまって愉快だ…」
「…ということで行くよ…」と極はつぶやいて、前回のジャックと同じスピードで攻め立てた。
「…む…」とジャックはうなった。
もちろん強敵と思ったが、手を出していて自分自身だとすぐに感じた。
―― …こいつぅー… ―― とジャックは陽気に悪態をついた。
「…昨日の自分自身を超えろ…」と極がうなるように言うと、「おう!」とジャックは叫んでから移動速度を上げ、手数を増やした。
まさに鏡に映したような戦いに、誰もが息をのんでいた。
「…能力者でもできるわけないじゃないか…
ジャックがふたりいる…」
特に能力者たちは自分自身の不甲斐なさに、大いにうなだれていた。
「…うふふ、きちんと並んでおいた方がお得よ?」と燕が言ってから手を上げると、やる気のある者から順に、燕の前に並んだ。
息が上がりかけたジャックに、「じゃ、俺の本来の戦い方で」と極は言って、姿勢を低くした。
「…おいおい… 全然違うぞぉー…
気持ちよく戦わせろぉー…」
ジャックは大いに嘆いたが、いきなり極が消えた。
もちろんジャックは後方に蹴りを放ったがもういない。
ギャラリーはあまりの極の素早さにも感心したが、一発で居場所を見抜いたジャックにも感心していた。
もちろん、背後を取る話を極としていたので、ジャックは驚くことなく背後を中心にして手足をふるった。
「いや、ここだ」と極は言ってジャックの正面に現れてデコピンを食らわすと、ジャックは後方に一回転して夜空を見上げていた。
ジャックは笑みを浮かべていた。
そして立ち上がろうとしたが腕が動かなかった。
「静香さん! 少しだけ癒してください!
普通に歩ければそれでいいので!」
極の言葉に、静香は果林に支えられながらやって来て、「お仕事、ありがとうございます」と礼を言って、座ってからジャックを癒し始めた。
もちろん、静香が天使に転生していた事実を知らなかった者が大勢いたので、誰もが目を見開いていた。
「挑戦者、たったの五人?」と極が眉を下げて言うと、仕方ないといった感情を流して、数名が譲り合うようにして並び始めた。
「始めは型を確認するように戦って。
そうすれば自然にコピーできるから。
なんなら、力を隠しても構わない。
その程度のもの、全部見破るから、
あんたたちの今の再現は、その程度で十分できるから」
極は言って、組み手場の中央に戻った。
極は12人の相手をして、息ひとつ切らしていなかった。
そして組み手場の外では、12人のうちの残り6人が、静香の穏やかな癒しを受けていた。
「素晴らしい胆力だね。
天使たち五人足しても引けを取らない」
極が言うと、「本物は違うわね」と燕は笑みを浮かべて言った。
「教官殿は平気なのでしょうか?!」とサイの獣人のパットンが叫ぶと、「腹は減ったね」と極は言って笑った。
「なんなら、みんなで夜食でもどう?」と極が言うと、全員一致して雄たけびを上げた。
修練場の整地などをしてから照明を切って、極は大勢できた仲間たちとともに食堂に行った。
「…君、今日は真面目過ぎるよ…」とミカエルがつまらなさそうに極に言った。
「今のところは真面目に。
さらに親しくなれば、
腹を抱えて笑えることも起こるでしょう」
極は笑みを浮かべて言って、厨房に行った。
「…いいなぁー… 極君の手料理…」とミカエルが言うと、誰もが大いに目を見開いた。
「仲間と認めた場合、エサを与えるのよ。
とんでもなくおいしいから、
仲間じゃない普通の人は食べさせてもらえないの」
燕の言葉に、極が仲間と認めてくれたと思い、大勢の者たちが低くうなってガッツポーズをとった。
すると、仲間になった者たちが首を振って、いたはずの者たちを探し始めた。
「もちろん厳しい審査をしたから、ここに入れなくしたの。
私の独断と偏見で決めさせてもらったわ。
でもね、無害の者もいたんだけど、
極の仲間にするにはちょっと早かったの。
理由は目立つほどのスキル不足。
もちろん、ほとんどが内勤者よ。
締め出した理由があってね。
極が重要な話をするからなの。
…あんたも締め出そうと思ったけど、
まあ、いてもいいわ」
燕がミカエルを見て言うと、「はは、よかった助かった」と言って笑みを浮かべた。
「10人ほどはここで食事をしていたから、
今は廊下で座って食べてるはずだわ」
燕の言葉に、誰もが大いに眉を下げていた。
「ところで…」と燕は言って、食事の手を止めているキースを見た。
「あんたはどうして修練場に来なかったの?」
燕が聞くと、「睡魔に襲われて寝てたから」とキースが答えると、「ああ、それで今頃食事だったのね」と燕は陽気に言った。
「…まさにタイミングが悪い…」とキースが言うと、「あんたには運がなくて縁起が悪くなりそうだから放り出そうかしら…」と燕が言うと、キースは大いに苦笑いを浮かべていた。
ここからはビュッフェ形式でテーブルに料理が並び、誰もが大いにうまい料理を堪能した。
「…なんだか、都合がいい人しかいないんだけど…」と極は言って厨房内を見た。
「こっちもそうよ」と燕が言うと、「あ、ほんとだ」と極は言って、笑みを浮かべた。
「じゃあさ、食べながらで構わないから聞いて欲しいんだ」と極が言うと、全員が食事の手を止めて、胸に拳を当てた。
「あ、じゃあひと言で」と極が言うと、誰もが怪訝に思った。
ひと言で何を伝えられるのかと、当然誰もが考えていた。
「ひとりを除いて、煌中隊にようこそ!」と極が叫んだ途端、誰もが一斉にガッツポーズをとって雄たけびを上げた。
「じゃ、食事再開ということで」と極は陽気に言った。
燕は笑みを浮かべて極を見ている。
特にパートナーである獣人たちは大いに泣きだし始め、万有静香は両手のひらで口を押さえつけたままで固まっていた。
「軍の命令じゃなく、俺が決めたことだから。
俺が自由なうちに、
最低でも一度はみんなと一緒に戦場に出かけようと思ってる。
そしてできれば、長い時の心の友でもあってもらいたいものだよ」
極の言葉を聞いて、誰もが食事の摂取量にエンジンがかかってきた。
しかし、気に入らない者がひとりいた。
『ひとりを除いて』のそのひとりに当たる、ミカエル統合幕僚長だ。
当然誰もが察したはずだ。
もちろん、この事実の証人として、燕がわざわざここに残したのだ。
その燕は、ミカエルを見て悪魔のような笑みを向けていた。
「…何とかして仲間になるぅー…」とミカエルは大いに嘆いた。
「じゃあ、凄腕諜報部員として。
俺たちが気兼ねなく行動できるために
尽力していただけるとありがたいですね」
極は言って、うまそうな料理を皿に乗せて、ミカエルの目の前に置いた。
「…うふふ、まるで餌付けのようだわ…」と燕が言うと、「…大佐の弱点弱点…」とミカエルはつぶやき始めた。
「…だけど、どれほど残るのかしら…」と燕が眉を下げて言うと、『全員残るように仕向けた』と極が燕に念話を送って伝えた。
『あら? どんな手品かしら?』
『料理に都合のいいものを仕込んだ。
今日よりも確実に明日は強くなったと思わせるものだよ。
明日朝起きて、誰もが容易に気づくさ。
この高揚感を忘れるような者はここにはいないから、
さらに真面目に修練に励むから』
『竜の水を混ぜたわけね』
『うん、そういことだよ。
無碍に強くしたって、なんの効果もないからね。
修行中にケガをするのが落ちだけど、
そうならないようにするのが俺たちの役目だ。
だから個人で鍛えなくて済むような指導方法を考えるために、
夜の修練場に行ったんだ』
『ということは、個人で鍛えていた人がいたとしたら…』
『ま、オーバーワークかもしれないね。
さっき燕さんが言ったけど、
運も実力のうちだから』
『やっぱりキースのヤツ、放り出そうかしら…』
燕の返答に、極は大いに笑った。
いきなり笑い始めた極に、誰もが一斉に目を向けた。
「夫婦の内緒話だから気にしなくていいよ」と極が言うと、燕は固まっていた。
もちろんトーマは気付いて、微笑ましいと思って笑みを浮かべた。
「いや、ふたりは話などしていなかった」とジャックが極をにらんで言うと、「念話というものがあってね、まさに以心伝心だよ」と極が種明かしをして、ここにいる全員に念話を送った。
「通信機はいらなくなるよ。
壊れたとか、電波が届かない、
盗聴された、なんてことは起こらなから、
かなり安心できると思う。
そういう部隊に、君たちは任命されたんだ」
極の言葉に、誰もが感無量となっていた。
「あまり自慢して回らない方がいいよ。
今よりも敵が多くなるからね。
もちろん増員はあると思うけど、
できれば早急に小隊を作っておいて欲しい。
リーダーの資格がある人はかなり多いから問題ないと思う。
ちなみにジャックさんは俺の班だから。
また反抗するかもしれないからね」
「したくてもできねえよ!」とジャックは叫んで大いに笑った。
「ふーん、じゃ、小隊のリーダで」
「…余計なことを言っちまった…」とジャックは嘆いてうなだれた。
「今日、みんなも見てわかっていただろうけど、
二回目ということもあって、
ジャックさんの体術は素晴らしく変化していた。
心がけが変わるだけで、これほどに変化があるものなんだよ。
牢屋でも、相当鍛えていたはずだから」
ジャックはそっぽを向いて大いに照れていた。
鍛えては、体力が回復してはまた鍛える。
意識があるうちはこれを繰り返していた。
看守などがからかっていたが、気にもしなかった。
ジャックは今日のこの日を待っていたからだ。
「ここにいる誰かや、別の人でも、
俺はジャックさんのようになってもらおうと思っているんだ。
そうすれば、誰よりも心が通い合うと思ってるんだ。
簡単にでも、過去の話をするのは、効果覿面だから。
みんなも聞き上手、話し上手も目指して欲しいね。
その中で優秀な者から順に、
俺やマルカス将軍のサポートも頼みたいから。
そうやって、さらに盤石にしていきたいんだ」
極が語り終わると、誰もが胸に拳を当てて、堂々として笑みを浮かべた。
翌日、学校での昼食時に、「式のドレスどうする?」と極が聞くと、燕はまた固まった。
「ロボット?」
「…ちょっとだけ慣れてきたわ…」と燕は苦笑いを浮かべて答えた。
「…ああ… 結婚式に着ていくお洋服がないわぁー…」と燕は大いにおどけて言った。
「候補をいくつか出してもいいよ」と極が言うと、「便利でいいわね…」と学友のミラ・トマスが眉を下げて言った。
「もし、みんなも式に出てくれるんだったら、
余所行きを作るけど?
何だったら、学生服らしきものをデザインするけど…」
すると特に女子生徒たちがマシンガンのように極に向けて叫んだ。
「うん、わかった」と極が笑みを浮かべて言うと、「…どこかの偉人だな…」と学友の大川英二が眉を下げて言った。
聞いた内容を総合して極がまとめ上げて、まずは女子の制服らしきものを出した。
「遠足の時でも着られるように、申請してもいいな」
極は言って、全ての女子に渡すと、誰もが体に当てて大いにおどけていた。
もちろん男子用は、女子の制服にあわせたようなデザインとなった。
「軍服っぽくなくて全然いいよ」と男子たちにも大好評だった。
「…私にも余所行き作ってぇー…」と教室で食事をしていたパトリシアが極にねだった。
「ええ、構いませんよ。
ノーマーク会でみなさん着飾っていましたから、
よくわかっているつもりです。
その中でも、俺が豪華だと思ったものに似せて…」
極は言って、大いに目立つ、赤いドレスを出すと、「…女だったって、実感できたわぁー…」と大いに感動してから、極に頭を下げてドレスを受け取ってから、教室を出て行った。
「…教師たち、絶対来るだろうなぁー…
まあ、いいけど…」
「…私のはぁー…」と燕が催促すると、極はマップ装置を出して、「これでどうだい?」と言って、豪華なウェディングドレスを表示させた。
「…宝石が…」と燕は目ざとく見つけて言った。
「もちろん、俺が原石を買って、カットしたものだから。
ちょろまかしたものじゃないぞ」
「…もう、準備していてくれたのね… うれしい…」と燕は大いに感動して涙を流した。
「さらにこうすると」と極が言って、映像を切り替えると、「…ああ、優雅な竜だわ…」と、燕はつぶやいて、さらに感動していた。
「付き添い役を頼みたいから、決めておいて欲しいんだ」
極の言葉に、女子たちは早速会議を始めた。
「盛会になるのは間違いなさそうでよかった」と極はほっと胸をなでおろしていた。
その結婚式の前日、当初の予定通り、極と燕はデートに出かけたが、宇宙も連れて行った。
宇宙はベビーカーがお気に入りで、大いに陽気になっている。
まさに誰が見ても、幸せそうな家族に見えた。
しかし宇宙がいることで、それほど派手なところには行けない。
よって、見て回れるところがいいだろうと思って、ほぼ美術館と言っていい博物館に出かけた。
これは燕のオシだったのだが、極としては何かいい予感がしなかった。
しかしそれほど悪いものではないだろうと極は考えていた。
もちろん今日は私服で、デートのために極がデザインしたものだ。
まるで変装したかのように、知り合いと出くわしても、極と燕だとは思わないはずだ。
「この辺りは百年振りに来たから、すっごく変わったわ…」と燕が辺りを見回して言うと、―― あ、こういうことか… ―― と極は大いに納得していた。
このラステリアに二万年以上住んでいるので、燕が行ったことがない場所はないはずだ。
そしてこの博物館も、燕が手掛けたものもあるのだろうと察した。
しかし、思い出に浸ることもいいことだと、極は考え直した。
博物館のエントランスに入ると、ずらりと歴代の館長の写真が並んでいる。
それなりに権威のある博物館なので、この程度のことは当たり前だった。
「…みんな、懐かしいわ…」と燕は言って笑みを浮かべて写真を見入った。
「でも、最近の人は知らないんじゃないの?」
極が素朴な質問をすると、「行く必要がなかったの」と燕が答えると、「…はは、新しい館長は、挨拶に来たわけだ…」と極は察して言った。
「軍のものもあるから、将軍が退役して館長になったこともあったの。
ここは軍の歴史も知ることができるのよ」
「大いに勉強になりそうだ」と極が言うと、燕は陽気に笑って、「今の方がとんでもなくすごいわよ」と言ってさらに笑った。
「さあ、それはどうだろうか」と極が真剣な眼をして言うと、「まさか、もうわかったの?」と燕が聞くと、「ううん、予感だけだよ」と極は気さくに答えた。
まさにこの博物館は、この星の歴史書のようなもので、さらには発掘された化石や、巨大な宝石までもあった。
「こりゃすごいな…」と極は大いに感動して言った。
「半分ほどは、私の指紋がついてるの」と燕が自慢げに言うと、「…そうだろうと思った… 尊敬の言葉すら出ないね」と言って、燕の肩を抱いた。
「…うふふ…」と燕は機嫌よく笑った。
「…なるほど… この部分は燕さんが係わっていない部分だね…」
極は、このアステリア星の誕生から現在のエリアを見渡した。
「…大神殿が現れたのは、今から十万年前…
大神殿長は、現在五代目…
まあ、六代目たぶんないな…」
「…ないわね…」と燕も同意した。
「となると、前の大神殿長は知り合いなんだね?」
「ああ、この人よ」と燕は言って、ひとつの彫刻に指をさした。
「ん?」と極は言って、高さ五〇センチほどの彫刻を見入った。
「顔は違うけど、雰囲気が知り合いにいるような…」
「とんでもなく明るい人だったわ」
燕の言葉に極は何度もうなづいて、「…この人は果林だ…」とつぶやいた。
「大成するのは決まったレールよ。
だけど、天使の気配はないの。
でもね、ちょっと変わった勇者に覚醒しそうだわ」
極は何度もうなづいて、「大いにあるね」と同意した。
「…神話図書館…」と極は言って大いに眉を下げた。
この星の神話の本に関しては、まるでマンガのようで、腹を抱えて笑い転げるような神話が、おどろおどろしいものが多い。
しかしなぜか、ここにあるものは、妙にリアルに感じる。
そして発見した。
「…女神ガイア…」と極は言ってその神話のあらすじを素早く読んだ。
「確かにそうだ…
大神殿と暗黒大陸は対の状態で存在している。
大神殿の真下に、暗黒大陸があるわけだ…
となると、さらに新しい神話を書けそうだ…
ガイアは自然界の神といった。
それが、どういう意味なのか…
この星だけのものなのか、
全宇宙をひっくるめた自然なのか…
あの威厳は、とんでもないものだった。
星の自然だけではないような気がした…
あ!」
極は叫んであるものを思い出した。
「…あの黒ヒョウは、ガイアの僕だろう…
そして、この星の化身のような気がしてきた…」
「…そこまでは思い至らなかったわ…
この星自身が小間使い…
威厳も何もないのね…」
燕がくすくすと笑うと、「…ガイアはすべてを知っている…」と極は言って何度もうなづいた。
「さらには、もしあの黒ヒョウがこの星自身の化身だとすれば、
あまり良くないんじゃないんだろうか…」
「人間への進化?」と燕が言うと、極は何度もうなづいた。
自然も多いので、動物も多数生息している。
そして極はさらに獣人の進化について閲覧を始めると、着実にその人口は減少していた。
もちろん、獣人の保護地域もあるのだが、人間と結婚するようになり、特にこの五百年で、目に見えるように減少していた。
「…よくないが、強制もできない…
だけど、この説明はする必要がある。
軍はこの件で弱体化する可能性が大いにある。
この件で軍は?」
「杞憂に思っているだけで、具体的には動いてないわ…
今がよければそれでいいという考えは、
今も昔も変わってないわ…」
「絶対に良くない…
まずは、サエとブラックナイトを強制的にでも結婚させる。
サエが少々不思議少女なのは、どれほど前から?」
「…ああ… 食堂で働き始めて、二年ほどしてから…
それまでは、あんなに照れ屋じゃなかったの…
あの子は三年ほど今の状態だわ…」
「…発情期…」と極が言うと、「…そういうことだったの… もう、お年頃だもんね…」と燕はようやく納得していた。
「しかも人間の意識も高いから、
自分自身でもわかってないような気がする。
ここはサエにも、お母さんになってもらおう。
ひとりでもいいから、獣人を産んでもらう。
詳しい獣人の確実な存続方法は、
じっくりと計画を練ってからにしよう。
だが、獣人と人間の婚姻は避けられないだろうなぁー…
禁止したいところだが、それもままならない…
この程度は考えているはずだろうけど…
そのペアの場合、子供は授かるの?」
「授かるけど出生率は低いし、
獣人の部分は確実に薄くなるの。
その繰り返しで、さらに人間が増えたって感じ…」
「黒ヒョウ君に、知恵を授かろう。
ガイアに聞いたら、
まともな回答が返ってこないような気がする…」
「そんなことは知らん!
とか言いそうだわ…
それが普通のことかもしれないけどね…」
「この事実を知ることが不安だったのか…」と極が言うと、「ああ、入ってすぐに考え込んでたわね… まさに予感的中だわ」と燕は陽気に言った。
「でもね、まだあるの」と燕は言って、次の閲覧室に向かった。
その部屋は、まさに異質だった。
「ホラーハウス?」と極が言うと、「そう見えるわね!」と燕は言ってけらけらと笑った。
まさに不気味な展示品が並んでいて、十万年前から二万年前までの発掘物がずらりと並んでいた。
「…正体不明の部屋とはよく言ったものだね…」
「だから、研究者は多いんだけど、ほとんど何もわかってないの…
あっ」
燕は言っていてあることを思い出した。
そして極の手を引っ張って、この展示室で一二を争うような不気味な像の前に立った。
「あっ」と極は言って、像の額にある紋様を見入った。
「…俺だ、と口語調で書かれている…
なかなかふざけた人だ。
だけど、そういい張るのはこの星自身だと思う。
だけど作ったのは黒ヒョウ君じゃない。
とぼけたのかもしれないけど、彼は紋様を読めないと言った。
そこに嘘がないのなら、
造ったのは古い神の一族の誰かだし、
黒ヒョウ君とガイア以外にもうひとり重要人物がいる。
近くにいる人だと、統合幕僚長が大いに怪しいね…」
「…怪しいけどね、それほどの人が、がんに侵されるのかしら…」
「マリーナ様とガイアのような関係…」と極がつぶやくと、燕は何度もうなづいた。
「その名を知れば、全てがわかる。
古い神の言葉で、悪口でも書いてやろうか…
極の言葉に、燕は愉快そうに大いに笑った。
「統合幕僚長の経歴って知ってる?」
「能力者じゃない初めての統合幕僚長よ」
「それこそ、能力者と言っているようなもものじゃないか…
だから、頭が切れて、体も動く人で、
誰にも負けないほどの力を持っている人。
なかなかすごい人だと思うけど?」
「…うふふ… それこそ昨日の話に関係するわ」
燕の言葉に、「…幸運の持ち主か…」と極がうなるように言うと、燕は極に笑みを向けた。
「その幸運は、何かの願掛けがあって…
何かを決意したように、切り刻んでくれと叫んだ。
もう、幸運はいらないと、吹っ切ったように思うね」
「その幸運の持ち主がガンになるものなの?
いえ、違うわ…」
燕がすぐに否定すると、「その代償」と極が言うと、「全部納得できたわ」と燕が言った。
「幸運を発動するたびに、がんが増えたんだ。
もっとも、全てが丸く収まったわけじゃないと思う。
特に最近は、その幸運が届かなかったようにも思うね。
だけどガンは沸き続ける。
あの量は普通じゃなかった。
じゃ、対策としては、とりあえず黒ヒョウ君に会うこと。
統合幕僚長を修練場で鍛え上げること」
極の言葉に、燕は愉快そうに腹を抱えて笑い始めた。
「お客様、お静かにお願いします」と威厳がありそうな、スーツを着た男性がやって来て言ったのだが、その表情が固まった。
「閃光様!!!」とこの博物館の館長が叫ぶと、「あんたが一番うるさいわよ」と燕が大いにクレームを言うと、館長はすぐさま頭を下げた。
「…となると…」と館長が言いながら顔を上げて、極を見てすぐに口を両手でふさいで、「…煌様!!!…」とこもった声で叫んだ。
「まだ閲覧したかったけど、退却だね…」と極は言って、ブラインドの結界を張ってから移動を始めた。
入観客が狂ったような顔をして、極たちに迫って来たのだ。
そして準備室に入ってから結界を解いた。
「申し訳ないことを…」と館長が言うと、「特別に閉館してからじっくりと閲覧させていただきたいのです」と極が言うと、「もちろんです!!!」とまた大声で叫んでから、申し訳なさそうな顔をした。
「できれば急ぎたいのですが…
今は軍も離れられないし…
明日は結婚式だし、週明けですね…」
「おめでとうございます」と館長は今度は落ち着き払って言った。
極は礼を言って、週明けの第一日目の夜に閲覧させてもらうことが決まり、またブラインドの結界を張って、博物館の外に出て、人気のない公園で結界を解いた。
「だけど得たことは多いね。
だが、もちろん杞憂はある。
必要なものを見られなかったことで、
間違った道を歩まないようにする必要があるから、
今は真実と確信できた部分だけを信用しよう、
さらには、統合幕僚長のもうひとつの名前が隠されているかもしれないし」
「その可能性は高そうね…
…あら、お腹すいちゃった?」
燕は言って、宇宙を抱き上げた。
宇宙が指をしゃぶっていたので一目瞭然だった。
テーブル付きのベンチに座って、極はミルクの入った哺乳瓶を出した。
「人肌人肌」と極は言って、少し力を入れて軽く温めて少し振った。
「ベテランパパさんだわ」と燕は言って、哺乳瓶を受け取って、宇宙にくわえさせた。
「神話か…」と極はつぶやいてから、マップ装置を出して、神話の中の登場人物のガイアとタルタロスを検索した。
「…セルタル博物館所蔵… これだ…」と極は言って、神の系列の映像を出した。
「…うう… 姉弟…」と燕はつぶやいた。
「これは大収穫…
あとは親と兄弟とその子供たち…
ランクとしては親の方だと思うけど…」
しかし、運がなかったのか、気になる部分に本に傷があり、読めない神の名があった。
「たぶんこれ。
直接本を見れば多分わかると思う。
ガイアとタルタロスから見て、直系の叔父。
この部分だけ見せてもらおうか。
本自体があればいいんだけど…」
極の言葉に、「なければ大当たりだと思うわ」と燕は言って、食事を終えた宇宙にげっぷをさせてからトイレに行った。
極と燕は博物館の関係者入り口で身分を明かして館長を呼んでもらった。
館長は叫び声を上げてやってきたが、極は落ち着かせて、館長にマップ装置の映像を見せた。
館長はすぐに原本を持参するといって、管内に戻った。
しかしその数分後、館長は不思議そうな顔をして戻ってきた。
「…間違いなくここの所蔵物なのですが、
その目録も現物も存在しないのです…」
「いえ、納得できました。
ありがとうございます」
極は言って、燕とともに裏口を出て、また公園のベンチに座った。
「…いつからだったんだろ…」
極がつぶやくと、「私の予感として… マリーンがガイアと認識した時」と燕は自信をもって言った。
「…先に神話をじっくり読んでおけ、って?」と極が言うと、「そうだったのかもね」と燕は答えた。
「となると、隠された人は悪者…
何かの制約があって、
その人は覚醒させないことに決まった。
いや、まさか…
もうひとつの可能性は、
統合幕僚長のガンを摘出した時…」
「…ああ、それもあるかもしれない…」
「うかつだった…
もっと調べておけばヒントがあったかもしれない…
だけど、突き詰めることはないから、
あのがん細胞がどうなったのかだけを確認しておこう。
俺が係わったことだから、保管されているかもしれない。
でもまた、なくなっているとか言われそうだなぁー…
…まあ、もうひとつの可能性もあるんだけどね…」
極が言うと、「今回はわからないわ…」と燕は眉を下げて言った。
「俺たちが右往左往としていることを愉快そうにして見ている」
「…あのヤロー…」と燕がうなると、「奥様、下品です」と極が言うと、燕は笑みを浮かべて極の右腕を抱きしめた。
「きっとね、この謎を解くと、
俺に信じられない力が与えられると思うんだ。
そのための試練だと思うんだけどね…
でも、もうこれ以上はいらないかなぁー…」
「…うふふ… 今頃がっかりしてるわよ?」
「俺の決意次第で、尻尾を見せるような気がしたよ。
だからこの件はもう調べない」
すると、いきなり宇宙が笑い始めた。
「あら? 正解だったのかしら?」と燕は言って母の笑みを宇宙に向けた。
「力がなくなるのは少々困るが、慌てて増やそうとする欲はいただけないね。
まあ今回の場合、欲などは全くなくただの探求心。
これも欲といえるが、
誰かに迷惑をかけるわけじゃないから、欲ではないと思いたい」
「冷静に考えて、そこらにある欲じゃないわ。
願いと同じような意味の探求心でいいと思うの。
探求したものを欲していることはわかるけど、
喉から手が出るほどってわけじゃないんだから」
極は笑みを浮かべてうなづいて、「ほかにどこか行きたいところってある?」と極が聞くと、「東の獣人の町」と燕は笑みを浮かべて言った。
「それほど遠くないから、飛んでいこう」
極は言ってから、ベビーカーを浮かべて、ブラインドの結界を張ってから、東に向かって飛んだ。
「マックラ、久しいわね」と燕が言うと、「オカメ様ぁー…」とマックラと呼ばれた、巨大なクマの獣人は、大きな体を小さくして、燕に頭を下げた。
「…あー… ここに住みたいなぁー…
少々金持ちだから、別荘でも建てさせてもらおうかなぁー…」
極は清々しい思いをもって辺りを見回した。
「…こいつ、誰です?」とマックラが極に鋭い視線を向けて燕に聞くと、「…ニュースとか見てないのね…」と燕は言って眉を下げた。
「煌極様の件は知っておりますぞ!
人間なのに素晴らしいお方だ!」
「その本人」と燕がにやりと笑って言うと、「へっ?」と素っ頓狂な顔をしたマックラは言って、極を見入った。
「煌極です。
中央軍に勤務していて、明日、燕さんと結婚式をします」
「…もう、極ったら、恥ずかしいから言わないでぇー…」と燕は大いに照れながら言うと、マックラはまずは祝辞を述べたが、「…オカメ様は人間と…」と言ってうなだれた。
「あら? 私の正体って獣人じゃないわよ?
かわいい獣人の方が、誰にでも愛されると思って、
構築した生物よ。
なんなら、その正体を見る?
ちょっと怖いけど…」
「…そうだったのですかぁー…」とマックラは目を見開いて言った。
マックラは全く燕の言葉を疑わない。
「随分と信頼が厚いんだね」と極が言うと、「この子たちには冗談なんて言わないもの」と燕は笑みを浮かべて言った。
「…ここから軍に、なんて言えないか…」と極はこの辺りにいる獣人たちを見まわして言ったが、もしここの獣人たちを連れて帰れるとしたら幸運だったと思っておくことにした。
「ポポンちゃんもここに住んでいたの」と燕が言うと、「いい環境で育ったんだね」と極は言って笑みを浮かべて素晴らしい緑濃い景色を見渡した。
すると興味を持って、大勢の子供たちが、極たちを見ている。
「なるほどね…
ここには人間も住んでいる。
それに、純粋な獣人とハーフやクォーターもよくわかるね。
ところで、中には見た目が人間でしかないのに、
獣人ほど力を持っている人もいるんじゃないの?」
極の言葉に、「…過去にはいましたなぁー…」とマックラは少し寂しそうな顔をして答えた。
「もしかしてその人って、ミカエルっていう名前じゃありませんか?」
極の言葉に、燕は大いに目を見開いた。
「ああ、懐かしい名前だ…
ミカエル・ハムスター」
「なんだか名前が獣人ぽいって思ってたんだ…」と極が言うと、「…気づかなかったぁー…」と燕は目を見開いて言ってから憤慨した、
「何かがいい方向に働いて獣人の王のように成長を遂げたのでしょう。
そのミカエルさんの逸話などはありませんか?」
「ひと言で言えば、彼は英雄でした」
マックラの言葉に、極は笑みを浮かべてうなづいた。
英雄ということは数知れず、この村に及ぼした素晴らしい功績があるということだ。
「ふらりと旅に出て、帰ってこなくなったとか…」
「…はあ… この辺りを平穏に収め、
困ったことがあれば帰ってくると言って…
残念ながら、困ったことがまるで起こらないので、
彼も帰ってこないようです…」
「ですが、ずっと見ていますから、
不安になることは何もありません。
遠くで見ていて、そして遠くから手も出しているはずです。
それに俺もここをずっと見ていたい」
「ありがたいお言葉…
さらに守られたと確信しました!」
マックラは叫んで胸を張った。
「お兄ちゃんとオカメ様もここに住むの?!」
獣人の子供が大いに興味を持って聞いてきたので、極と燕は笑みを返した。
「村はずれでもいいので、
別荘を建ててもいいですか?」
極が聞くと、「大歓迎だ!」とマックラは叫んで、空き家になっている一角を極に提供した。
「では、早速…」と極は言って、全ての空き家をきれいに解体して、それを材料として新たな建材を生み出し、この村の景観を壊さないようにて、似たような造りだが、大きな屋敷を作り上げた。
「…もうできた…」とマックラは夢でも見ているような顔をして言った。
「あと庭ですが」と極は言って、小さな修練場を作り上げて、子供たちに解放すると告げると、子供たちは大いに喜んで遊び始めた。
「とんでもない神様じゃった…
さすが、オカメ様のご主人じゃ…」
「もう、やめてよぉー…」と燕は言って、大いに照れた。
「では、引っ越し祝いとして」と極は言って、庭の一角に農地を作り上げて成長させ、収穫してからうまそうな数々の料理を村人たちに振舞った。
「…だけど、叱られそう…」と極がつぶやくと、「それは任せておいて」と燕はなんでもなことのように言った。
「だけど、パートナーのみんなは喜んでくれると思う」と極が笑みを浮かべて言うと、「ええ、大きな私たちの家だわ」と燕は言って、かなりの広さのある平屋の屋敷を見て笑みを浮かべた。
「明日の二次会はここでしよう」
「…ああ、うれしいわぁー…」と燕は言ってさらに陽気になっていた。
極は燕とのデートを終えて中央司令部に戻ってすぐに、修練場に顔を出した。
まだ辺りが明るいので、修練している姿が見えたからだ。
今は何も考えずに、極は修練場を駆け回り、そして最後の修練の第九修練場にやってきた。
もちろん大勢のギャラリーが、一段低い場所にいる極を見入っている。
「…さすがの教官殿も…」とギャラリーからは壮感が流れている。
極の相手はスレンダーなゴーレムで、しかも10体もいる。
ここでの修練は鬼ごっこのようなもので、石人形に触れられた時点で終了となる。
よってここにいる石人形はスピード重視で構築されている。
もちろん、戦場に出て敵に触れられることは死に等しいものだという、少々厳しい設定だ。
極は石人形を見入って、薄笑みを浮かべているが、見るものによっては苦笑いにも感じている。
さらにこの石人形は第六のものとは違って、離れていたり逃げる者を追うように設定されているので、一瞬で終了することは当然のようなものだ。
トーマはまずはここの石人形と戦って、かなりの高感触をつかんでいた。
触れられてはダメなのだが、修行者が殴ったり蹴ったりすることは問題ない。
その攻撃の瞬間に石人形に触れられることが失格の第一の原因となっている。
よって移動や攻撃も、かなり素早いものでないと、極でも少々危うい。
「…今日はいい体験をしたし、明日も行くし…」と極は満面の笑みを浮かべてつぶやいた。
「…マスターの感情が変わった…
すっごく楽しんでる…」
トーマが笑みを浮かべてつぶやくと、「…さすが教官殿…」と誰もが小声でつぶやいた。
極は足ものと岩できたスタートボタンを踏んずけてから、一気に五メートル程引いた。
もちろん石人形は追ってきた。
極は一瞬動かずに、目だけを素早く動かして、最短ルートで三体の石人形の足首辺りを蹴り飛ばして、その場で大回転させて倒した。
かなりの勢いだったので、戦闘継続不能と診断された。
「うお―――っ!!!」とギャラリーは大いに陽気に叫んだ。
三体減ったことで、ここからはさらに素早く石人形に接近して回転させ、わずか15秒で極は修練をクリアした。
「やっぱここが一番鍛えられる!」と極は胸を張って叫んで、術ではなく地面を蹴って地上に戻った。
非公式だが、この修練場では危機回避以外での術の使用は禁止されている。
もちろん各施設で術を使えばわかるようになっているので、教官であれば見逃すことはないし、能力者の数名は探知系に長けている者がいるので、もし騒ぎになっても証人として事実確認は可能だ。。
術は射撃施設だけで使うことが義務付けられていることにもよる。
日暮れ時が近くなり、そろそろ視界が悪くなってきたので、「昼の部は終了だ!」とキースが叫んで、修行者たちを修練場から追い出した。
夜の部は正式には決まっていないが、今夜はキースが受け持つことにしている。
明日の結婚式の準備などもあるので、極に余裕を与えるためだ。
さらにはキースは優秀な者を目ざとく見つけて部下としていたので、全く問題はなかった。
もちろんそれなりの手当ても支払われるので、断る者はまずいない。
「あ、そうだそうだ。
さっきの俺の攻撃、組み手場で体験しない?」
極の明るい言葉に、「…まだやめてやってくれ…」とキースは眉を下げて言った。
どこからどう見てもその姿はキースの方が鬼教官だが、修行者の誰もがやさしい神に見えていた。
ちなみに修行者は修練場での時間外の修練は、この軍で決められた最低賃金を均一に支払われる。
わずかなものだが、カネをもらって鍛えているので、手を抜くことは許されない。
極が仲間にした者たちはカネを支払っても意識を断たれるまで修練を積みたいと思っていた。
まさに、極の企みが的中して、誰もが明るい笑みを浮かべていたのだ。
もちろん、昨日よりも今が強くなっていることが実感できたからだ。
よって、こういう者が現れても当然だ。
「何だよ教官殿…
今日は手料理を食わせてくれないのかよ…」
それなりの筋のような人相の一般兵で剛力部隊所属のトマス軍曹がまさに極に絡みつくようにようにして言うと、剛力部隊所属の獣人たちが一斉にトマスを囲んだ。
だがトマスは恐れることはなく、「教官殿と話をしているんだがなぁー…」とまさに肝が据わっていた。
「みんな下がって」と燕が獣人たちに言うと、「…あんたも関係ねえんだよ…」とトマスは言ったが、さすがに燕には恐れていて、声が震えていた。
「あら? 知らないの?
夫婦は一心同体よ?
それにあんたはジャック以上の仕打ちを受けるかもしれないわよ?
素行不良が目に余るから。
別にあんたに敵意があるわけじゃないの。
この軍のえらいさんたちがそろそろあんたを切ろうとしているから、
大人しくしておいた方が身のためよ?」
燕の言葉に、「けっ!」とトマスは悪態をついて踵を返そうとしたが体の自由が利かない。
「今ここで、決着をつけるから。
あんたのこれからを説明なさい。
それに、逃げるのは卑怯者のすることよ」
「…なんだと、この化け物がぁー…」とトマスは大いに怒ってはいるものの、燕を大いに畏れている。
「そうね、私は化け物だわ。
誰もが私を畏れるの。
だけどね、極だけは初対面から畏れたことなんて一度もなかった。
こんなに素晴らしいパートナーを攻撃されて、
私が何もしないとでも思っているの?」
「オカメ、いいよいいよ、そいつはクビ」と幸恵が言い放つと、トマスはさすがに目が躍った。
「クビにする前に、鍛えてもいんだよ?」と極が言って、トマスをにらんだ瞬間、「…ああ、ああ…」とトマスは言って、この場に崩れ落ちた。
極はあきれ返って首を横に振って、「耐えて欲しいと思ったんだけどなぁー… 大いに残念…」と言って、ジャックに笑みを向けた。
「もうこりごりだ」とジャックは言ってそっぽを向いた。
「…うう、やっぱ、ジャックもすげえぇー…」と数名が口々に言った。
「叱られたんだからすごくない!」とジャックは叫んで腕組みをしてそっぽを向いた。
「そういやそうだ」と誰もが言って大いに笑った。
「ということで、犯人は誰?」と極が言うと、身に覚えがある者数名が、眉を下げて自信なさげに手を上げた。
もちろん、昨夜の夜食の件を誰かに話したことについてだ。
「静香さんまで…」と極はあきれ返って言った。
「…聞かれると黙っていられませんー…」と静香が涙目で言うと、「あ、それは認めるよ。俺の考えが至らなかった」と極は言って、静香に頭を下げた。
「種族によってはそれが正当な行為であることも現実的にあるから。
何でもかんでも責めてはいけない。
相手の立場を知ることも重要なんだ。
俺の仲間なら、そういった部分もお勉強してもらいたい。
そうすれば、対する敵の種族別で、
容易に効果的な攻撃方法も思いついたりするもんだ。
まさに種族別の目立った性格は、表裏一体と思っておいていい。
だからこそ、一番扱いにくいのは、
一番弱い人間なんだ。
弱いからこそずるがしこい。
だけど、精神的揺さぶりは有効だ」
極は言ってトマスを見下げた。
すると真っ先にジャックが背筋を伸ばして拳を胸に当てると、誰もが一斉にジャックに倣った。
「…化け物って言われたぁー…」と燕が今更ながらに極に言いつけると、「軍人としてはできないが、夫としては踏みつぶしたい…」とかなりの怒りをもってトマスを見入った。
意識は断たれているはずだが、トマスは痙攣するようにのたうち回った。
「あ、やばいやばい…」と極は言って、指先でトマスに触れた。
「…殺してしまうところだった…」と極は言ってほっと胸をなでおろした。
「…うふふ…」と燕は笑みを浮かべて笑ってから、極の右腕を強く抱きしめた。
「今のは気の干渉。
魂に直接攻撃をしたようなものなんだ。
弱い者いじめは少々問題だった」
「…うふふ… 夫の感情だったからいいのぉー…」と燕は明るく甘えるように言った。
―― この夫婦、もう軍人でも何でもねえ… ―― と誰もがふたりを大いに畏れたが、その畏れた者に認められたので、さらに自信を持っていた。
「…そもそも、オカメが煽ったせいじゃないか…」と幸恵が眉を下げて言うと、「妻としてはね、夫の感情をね、態度で示してもらいたかったのぉー…」と燕が甘えた声で言うと、幸恵は苦笑いを浮かべて首を横に振った。
意識を断たれているトマスは、極の指示で静香に癒すように伝えたのだが、静香が嫌った。
「…あのさ、それは指摘しなけりゃいけない…
天使は万人にやさしくなければならない。
敵も味方も、たとえ憎き相手でも、
苦しんでいれば救わなければならない。
今は天使の静香さんじゃなく、人間の静香さんのはずだ」
「…イジメたのは極様ですぅー…」と静香が言うと、「極様、よろしいですか?」とランプが穏やかに言った。
「うん、悪いね、頼んだよ、ありがとう」と極は朗らかに言った。
「…うう… しまったぁー…」と静香はつぶやいた。
「それも静香さんの人間の感情。
上位者から向けられる感謝は、
天使にとってうまいエサのようなもの。
それを人間の感情で考えた。
静香さんは体が自由になる前に、
マリーン様に預けた方がよさそうだ…
静香さんは黒い天使になりそうで嫌だな…」
極の言葉に、静香は天使の心で、大いに謝罪と懺悔をした。
「…勉強になるぅー…」とジャックは眉を下げて小声でつぶやいた。
ランプは仲間四人とともに、トマスをわずかに癒した。
極は笑みを浮かべて天使たちの頭をやさしくなでた。
「あ、天使服を着せるか…」と極は言って天使服を出してランプに渡すと、ランプはすぐさま静香に着せた。
「…いい子になった…」とランプは満面の笑みを浮かべて幼児化した静香を見てから極を見上げた。
幼児の静香はゆっくりと立ち上がって、極に向かって謝罪と懺悔をした。
そしてトマスにも、仲間の天使五人にも同じように謝罪した。
「それでいい」と極は言って、静香の頭をやさしくなでた。
静香の満面の笑みは、全ての者の心を大いに癒した。
「…静香ちゃんのような人、すっごく多いですぅー…」とランプが眉を下げて言った。
「言いつけるのは少々まずいぞ」と極が指摘すると、「報告ですぅー…」とランプは言いながらも懺悔の祈りを捧げた。
「…き、厳しい…」とジャックがつぶやくと、「その通りなんだ…」と極はつぶやき返した。
「だからこそ、周りにいる者が気を付けて気遣わなくてはならない。
できればみんなにも、そこまで考えておいてもらいたい。
これも精神修行としてね。
そうすれば天使たちは快く働いてくれるから」
仲間たちは一斉に眉を下げて、拳を胸に当てた。
一転して、極たちが穏やかに夕食を摂っていると、大いに憤慨しているミカエルが食堂にやってきた。
「…あら? ご機嫌斜めだわ…」と燕は愉快そうに言った。
「もうすべて理解できた」と極は言って笑みを浮かべた。
もちろんミカエルは部下に報告を受け、極が獣人の村に屋敷を建てたことに憤慨していたのだ。
これはミカエルの夢でもあったからだ。
だがミカエルは極のように自由ではなく、地力で空を飛ぶことができない。
よってそういう自分にも大いに腹を立てていた。
「小型飛行艇で里帰りすればいいじゃないですか」と極は敬礼のポーズを解きながら言った。
「挨拶はこう!」とミカエルは激怒して言って、拳を胸に当てた。
「いつ変わったのです?」
「今、会議で決まったぁー…」とミカエルは言って、極の前の席に、『ドスン』と音を立てて座った。
「ところで、健康診断の必要があります?
どう考えてもそろそろ小さなものが沸いてもよさそうなのですが、
その兆候がまるでないのです」
極の言葉に、燕はクスクスと笑った。
「…どこまで知ったぁー…」とミカエルがつぶやくと、「今日はデートで博物館に行きました」という極の言葉に、「…全てだったぁー…」とミカエルは言って、大いにうなだれた。
「どうしてあんなとこ行ったのっ!」とミカエルは立ち上がり腰を落として大いに憤慨して、燕に指をさして叫んだ。
「しばらく行ってなかったから?」と燕がごく自然に答えると、ミカエルは力を失くした人形のように、椅子に座り込んだ。
「早いか遅いかだけです。
今回のデートではなくても、
私は確実に博物館に行っていたはずです。
特に急務とは思っていなかったのですが、
実は少々遅すぎて、全ての解明はできませんでした。
しかし燕さんの希望で、東の獣人の村に行ったのです」
するとマルカスの肩にいるポポンが目を見開いて極の顔を覗き込んでいた。
「マックラ村長にも会って来たよ。
そして別荘を建てさせてもらったんだ。
いつでも里帰りできるし、
明日の結婚式の二次会は、そこでやろうと決めたんだ」
「…よかったぁー… よかったぁー…」とポポンは言って、マルカスに大いに甘えた。
「あ、よく考えたら、休暇ってどこに行ってたの?
獣人の村だったら、さらに元気になっていたかもしれないのに…
あ、ごめんごめん!
もうわかった!」
極は言って、大いににらんでいるミカエルの目を見て、対抗するように笑みを返した。
「…おかしいと思った…」とマルカスは言ってポポンを見てからミカエルを見た。
「まだよくわからんが、大筋ではわかったような気がする」
マルカスはいつものマルカスの感情で言うと、「うん、その大筋は間違ってないよ」と極は明るく言った。
「トーマのように、英雄という人を俺はもうひとり知ったんだ。
その英雄の里が、東の獣人の村なんだよ」
「…えっ?! あ、いや、その肝心な部分がわからないから理解不能なんだ…」とマルカスは言って、腕を組んでから何度もうなづいて納得した。
「ヒントを与えてくれたのは村の子供たち。
まさにハーフやクオーターや人間まで住んでいる」
「…あ、ひらめいた…」とマルカスは言って、何度もうなづいてミカエルを見た。
「うん、大正解のひらめきだよ」
「…わかるように説明して欲しいがぁー…」とジャックは大いに嘆いて、軍の重鎮たちを見た。
「…説明するか、退席するか…」と極が天井を見てつぶやくと、燕は愉快そうに笑った。
「何をどうしても、この三すくみのような状態は抜け出せないので、
獣人の村でした話をしましょう」
極の言葉に、誰もが大いに興味を持った。
「とはいっても、詳しい話は聞いていません。
マックラ村長は説明が面倒だったようで、
この村には英雄がいたとだけ話してくれたんです。
よって今はいない。
ですので私は子供たちを見て、
様々な理由があって、人間に見える者が、
獣人の力を持っていてもおかしくないと感じて、
思い当たる人の名前を言ったのです。
すると村長は、ミカエル・ハムスターという名前を発したのです」
極の言葉に、数名は戸惑っていたが、ほとんどの者がミカエルを見入った。
「同姓同名なんじゃないの?」とミカエルが大いに苦笑いを浮かべて言うと、「ええ、そうかもしれません」と極は笑みを浮かべて答えた。
「俺はそのミカエル・ハムスターさんを、
俺が建てた別荘に招待して、
そしてそこに住んでもらいたいんだ」
極の言葉に、ミカエルは大いに戸惑った。
気難しいはずのマックラ村長が、人間の極をこれほどまでに信頼していたとは思えなかったのだ。
もちろん、ミカエルが村に帰らないのはこれが理由だ。
精神的には獣人でしかないのに見た目は人間。
どれほど功績を残しても、見た目の人間が、ミカエルとしては許せなかったのだ。
「明日の結婚式が終わって二次会を別荘でしようと思っていてね。
できればそのミカエルさんにもいてもらいたかったんだ。
だけど、燕さんとは知り合いじゃなかったの?」
「その英雄の話はあとで聞いたの。
それに、当時の私はまるで人間に興味がなかったから。
その時々に何があったのか、事実を知っているだけで、
生物としては接触してなかったわ」
「クールだ…」と極が言うと、「…ああ、うれしいわ…」と燕が言うと、さすがに誰もが大いに反論があったが、誰もいい出せなかった。
「あ、二次会のお色直しはどうする?
新しい余所行きの学生服でもいい?」
「あ、それでもいいわ」と燕は言って、両手のひらを合わせて喜んでいる。
「俺もそれに着替えて出よう。
できれば、パートナーを持っていない人の出席は遠慮してもらいたい。
差別などはないけど、少々大人数なのも困るから」
極の言葉に、軍人たちはすぐさま胸に拳を当てた。
「…フランク、借りていい?」とジャックが言うと、「構わないよ」と極は気さくに言った。
そのフランクは笑みを浮かべて、大いに変化があったジャックに笑みを向けていた。
「あ、それから」と極がジャックを見入って言うと、「…いい予感はしねえが、なんでも受けるから、説明は無用だ…」と大いに眉を下げて言った。
「…はは… さすがに時間がかかると思うから、
防波堤としてお願いするよ。
それに…
相手もジャックさんの方がいいと思っている人もいるかもしれないのでね」
「…ああ、わかった」とジャックはすました顔で答えると、「マスター、よくわかりません」と少々鈍いフランクがジャックに聞いた。
「あの手この手で、少佐に寄り添おうとするヤツが続出するはずだ。
だから少佐の手を煩わせないように、
当事者だった俺が戦えと言ってくれたんだ。
ま、どれほど耐えられるのかは未知だが、
頼まれたからには本気でやらせてもらう」
「ま、面倒なヤツは多いからな。
今のヤツなんて序の口さ」
バンの言葉に、「…誘ってくれたら大いに戦ってやるんだがなぁー…」と誰もが言い始めた。
「…居残りか…」とキースは少し寂しそうに言った。
「申し訳ありません。
どうかよろしくお願いします」
極は主任管理者としてキースに頭を下げた。
「いや、もしも本来の仕事だったら、
主任が抜けることも視野に入れておかないとな。
もっとも、主任が一日中修練場にいるわけでもないから、
ある程度は俺も理解できたと思っているし、
反抗するヤツはもうそれほどいないはずだ。
いるとすれば根性試し。
そういうヤツは外に蹴り出すだけだから別にいい」
「…出番、それほどなさそうだ…」とジャック言って、ほっと胸をなでおろした。
「さて、人間の姿をした獣人の英雄に話しを戻すよ」
極の言葉に、ミカエルは少し震えた。
「色々と、本人に問題があることは承知しているんだけどね、
簡単に解決する方法があるんだ」
極の言葉に、「あるわ」と燕は胸を張って言った。
ミカエルは今にも声が出そうだったが、かなり気合を入れて抑えた。
「半数ほどのパートナーたちと同じようになればいいだけ」
極の言葉に、ピンときた能力者はすぐにパートナーを見て、「…ああ、簡単だった…」とつぶやいた。
しかしパートナーの方はわかっていないが、黒崎が小さく手を上げた。
「では黒崎さん」と極が言うと、「俺たちのように、ふたつ体を持てばいいわけですね?」と黒崎が言うと、誰もが大いにうなった。
「そういうことだね。
心や体力などは獣人で、本人も獣人の体を望んでいる。
もちろん、その姿では本領を発揮できないけど、
変身できることは心の支えにはなるように思う。
実際戦うのであれば、人間の姿になるわけだが、
通常の生活は獣人の姿でいればいい。
大いに心を落ち着かせることもできて、
心の底から休日を満喫できるように思うね」
「…むぅー…」とミカエルがうなり始めたので、誰もがすぐに見入った。
「…動物ですぅー…」とサエが言うと、極も燕もうなづいた。
もちろん、ほかの獣人たちもすぐに賛同した。
「英雄ミカエル。
どうされます?」
極の言葉に、「…移動手段!」とミカエルは機嫌が悪そうに叫んだ。
「それも考えてあるのです」と極は笑みを浮かべて言って、手品のようにおもちゃのようなゲートをふたつ出した。
「言いたいことはたくさんあるでしょうが、
まずは見ておいてください」
極はテーブルの上に、ひとつを手元に、もうひとつを1メートルほど離れている場所に置いた。
そして手前にゲートに腕を突っ込むと、なんと、離れたゲートから極の腕が出たのだ。
「ええええ―――っ?!」とここは誰もが大いに驚いていた。
「移動の説明をしているから、手品じゃないからね」
極の言葉に、誰もが目を見開いて何度もうなづいた。
「…ようは、このゲートの入り口から入れば、
離れた場所に出られるということか…」
黒崎がうなるように言うと、「そういうことです」と極は言って、ゲートから腕を抜いた。
「もちろん、能力者の場合、テレポは使えます。
ですが色々と制限があって、
さすがに、距離のある獣人の村までは飛べないと思っています。
できる可能性がある人はひとりかふたりでしょう」
するとひとりが手を上げて、「無理」と言って眉を下げた。
もうひとりも自信がないと答えた。
「もちろん、このゲートは固定として使いますが、
まさにとなりの部屋に移動するように出入りができるので、
かなり離れている場所でも移動が可能です」
極は言って、人が出入りできるゲートをふたつ作って、食堂内のかなり離れた窓際に置いた。
「体験してみてください」と極は言って、真っ先にゲートに入って、窓際に置いたゲートから出てきて手を振った。
誰もがすぐさま体験して、「…なんてこった…」と言って驚いたが、笑みを浮かべた。
「これには論理上距離の制限はありません。
星から星に移動することも可能です。
ふたつほど同盟を結んだ星があるので、
友好の証しとして楽に移動してもらっても構わないような気もしますね。
もっとも、色々と欲しがられるのは大いに問題ですので、
その辺りはまずは会議をしてもらって決めてもらってもいいでしょう」
「…原理を説明して?」とミカエルが眉を下げて言うと、極は食堂の大きなモニターに、その解説の映像を流した。
「時間が進まない… 異空間…」
ミカエルが目を見開いて言うと、「この宇宙には三つの空間があるのです」と極が言うと、誰もが真剣な眼をして極を見た。
「ひとつは宇宙空間。
まさに俺たちがいるこの空間で、星の外も当然含まれます。
そして時間は正確に進んでいきます。
憶測で光速を超えるスピードで飛ぶと過去に行けるなどというものがありますが、
机上の空論でしかないのです。
現在使っている宇宙船も、それよりも早いリナ・クーターも、
光速を超えて飛びますが、その事実はありません。
これは実際に試したので間違いありませんから」
誰もが大いに納得して大いにうなづいた。
「そして宇宙空間の裏側にあるものが異空間。
基本的には何もないように見えるのですが、そうではありません。
異空間は、元素の貯蔵庫なのです。
それを発掘できるのは、ホワイトホールだけなのです。
よって俺の造った装置は、
安全なブラックホールとホワイトホールということになりますが、
双方向の移動ができるものです。
そして元素とはいえ朽ち果てることがあるので、
時間は動かないのです。
よって劣化はしないということになるのです」
「うーん…」と誰もが大いにうなった。
もちろん納得のうなり声もあるが、理解不能のうなり声もある。
「あとで煌小隊全員で、その空間の体験をしましょう。
もうすでに、俺のパートナーたちは、その場所で鍛え上げていますから。
中に入る者、外にいる者で確認しあってもらってもいいですよ。
かなり不思議に思いますから」
「…そんなにいいものがあるのに黙ってたんだね…」とミカエルが言うと、「苦情があるのなら今の話しはご破算です」と極が言うと、誰もが大いにミカエルをにらみつけた。
「さて、最後の空間はかなり特殊で、まさにSFを超えたようなものです。
名前は精神空間。
まさに俺たちの感じる精神力の世界だと思っておいて結構です。
ですがその精神空間だけが異質で、
四次元空間なのです」
極の言葉に誰もが目を見開いたのだが、「…四次元って何ですかぁー?」とサエが涙目で質問した。
極は一次元から三次元までの説明をすると、知らなかった者は大いに納得していた。
「…だが、四次元の世界は、表現不可能だ…」と黒崎がうなるように言うと、「それは当然だと思いませんか?」と極が言うと、「…もったいぶるなぁー…」とジャックが大いにうなった。
「今はね、教師の気分で説明しているんだ。
寝てる人が誰もいなくて助かった」
極の言葉に、「もっともだ!」などと言って、半数ほどが愉快そうに笑った。
「ここは三次元の世界。
四次元の超高度情報エリアの表現ができるわけがありません。
もちろん、三次元空間で一次元二次元の説明ができるので、
四次元空間で三次元の説明は可能です」
「…簡単なことでした…」と黒崎は言って頭を下げた。
「この先は、真の俺の仲間になってもらってから講義をします。
そしてさらに特別メニューで、精神空間を体験してもらっても構いません。
実はその道具が、すでにあるのです。
しかも、使っています」
極の言葉に、「…それ、すっごく便利…」とミカエルは言って右手を出した。
「使っていますが、実は種別限定で、
天使にしか使えないものだったのですよ」
すると誰もが六人いる天使たちを見入った。
「…いつからペンダントを…」とミカエルが目ざとく発見して言うと、天使たちは笑いながらミカエルの体から飛び出した。
そのミカエルは大いに驚いて尻もちをついた。
もちろん誰もが、目を見開いて天使たちを見ている。
「天使たち専用の理由は簡単なことです」
「…確実に完全犯罪が可能…
悪用する可能性がある者には使えない…」
ミカエルがつぶやくように言うと、「それしかないでしょうね」と極は答えた。
「ですので天使たちは、マリーン様が認めた者にしか持たせていません。
ここだけではなく、警察や病院でも働いていますが、
口が堅いようで噂すら流れて来ません。
もちろん、マリーン様の口止めは、
誰の言葉よりも重いからですから、
他言無用です」
極の言葉に、誰もが大いに怯えながらうなづいた。
「警察からも病院からも漏れていないものが漏れた場合、
軍から漏れたということになりますので要注意です」
極がミカエルを見ながら言うと、「…みんな、頼んだよ…」と気弱そうに言った。
「この件は忘れてもらっても構いませんが、
ネックレスがなくてもできるようになりますので、
公になってもそれほど問題はありません」
極が言って、ミカエルから飛び出すと、ミカエルはまた尻もちをついた。
極は振り返って、ミカエルの腕を取って立たせた。
「こういうことが体術としてできるようになるのです。
よって、その候補者は俺が人選することにします。
修練場の主任管理官として」
「…あ、まさか結界…」とミカエルは言って辺りを見回した。
「ええ、もちろん、外にいる人は聞こえていませんし、中は見えていません」
「…視線が合わないからね…」とミカエルは言って眉を下げた。
「この体術は勇者だからできるというものではありません。
その資格がある者は、真摯に自分自身の体を鍛える者だけに与えられます。
よってその修行中に、悪者であっても更生できる可能性もあるのです。
それが全てというわけではありませんが、
最近のようですが、何かの神が掟を作ったようです。
悪いヤツは勇者にはなれない。
そして、精神空間を利用する、気功術も使えない」
「…気功術…」と特に能力者たちがつぶやいた。
「一番近い場所にいるのは、英雄トーマ。
あとにバンが続いていて、
そのあとはそれほど変わりませんので、さらに鍛え上げます」
トーマは小さくガッツポーズをとって、バンは自慢げに両腕を上げてからガッツポーズをとった。
「ちなみに燕先生は使えるの?」と極が聞くと、「…うふふ…」と笑った。
極はすぐに察して、―― 使えない… ―― と思ったが表情には出さずに、笑みを浮かべた。
もちろん、それなり以上の猛者との出会いがあったので、気功術の存在は当然知っていた。
「さあ、結界を張っているついでに、
獣人の英雄ミカエルに登場してもらいましょうか」
極はミカエルに笑みを向けて言って燕を見ると、「…触りたくないぃー…」と言って、腕をさすり始めたので、極は大いに笑った。
「じゃ、中止で」と極があっさり言うと、燕は大いに笑った。
「…見た目も感情も違うのに、似たもの夫婦だよ…」とミカエルが言って極と燕をにらむと、「あ、機嫌がよくなったから」と燕は言って、獣人のオカメに変身して、ミカエルの顔に飛び蹴りを放った。
あまりのことに極ですら、「おいおい…」と言って苦笑いを浮かべた。
「…私、肩車だった…」とサエは言って笑みを浮かべた。
「あ、ボクは手つなぎです」とトーマは恥ずかしそうに言った。
「…俺も蹴られた…」とバンは大いに眉を下げて言った。
「あ、蹴るのもありなんだね!」と極は陽気に言って、バンの逞しい背中を何度も叩いた。
オカメは燕に戻って、「…蹴ると大成するのかしら…」と冗談で言った。
その蹴られたミカエルだが、倒れることはなく、そして体は人間のままだった。
もちろんオカメは軽いので、何のダメージもない。
だがミカエルは目を見開いていて、「はっ」という小さな気合とともに消えた。
いや、正確には消えたわけではなかった。
極は床を見て、「…うわぁー、マジで…」と言って、小人にしか見えない、茶色のネズミの獣人を見入った。
「つっかまえたっ!」と果林が陽気に言って、両手でつかんだネズミの獣人を抱きしめた。
すると、「うっ!」とネズミの獣人が叫んだ。
「ありゃ、意外な展開?」と極が言うと、「…まあ、半分ほどは意外じゃないけどね…」と燕は眉を下げて言った。
「うふふ…」と果林は陽気に言って、ネズミの獣人を肩に乗せて、マルカスを抱きしめて、「おそろい!」と叫んだ。
もちろん、マルカスは大いに眉を下げていた。
「ポポンと同種だったかぁー…」と極は大いに嘆いた。
「基本的にはね、恐ろしいほどの術を持ってるのよ…
ひと言で言って、巨人化」
燕の言葉に、「…英雄になれるはずだよ…」と極は眉を下げて言った。
「果林ちゃん、その人は別のお仕事があるからダメよ」と燕が言うと、「はぁーい…」と果林は寂しそうに言って、「お仕事、がんばって!」と言って、ネズミの獣人を床に降ろした。
ネズミの獣人はミカエルに姿を戻して、「…助かったぁー…」とつぶやいて、燕に頭を下げた。
「どうしてパートナーになっちゃったの?」と極が燕に聞くと、「…今の姿の余り、かなぁー…」と燕は考えながら言った。
「…蹴ったからじゃないだろうね…」とミカエルが大いに燕をにらんで言うと、「あら、消しちゃってもいいのよ?」と燕が言うと、「…ごめんなさい…」とミカエルはすぐに謝った。
「ま、それはできそうだね」と極は眉を下げて言った。
「肉体を二つ持っただけだから」という燕の言葉に、パートナーたちは大いに目を見開いた。
「説明… あ、してなかったわ!!」と燕は叫んで大いに笑った。
「本来の変身って、見たことがないわ。
どう考えても、できる芸当じゃないもの」
燕の言葉に、「人体の構成物質を変化させて、なんて考えられないからね…」と極は眉を下げて言った。
「もしできるとしたら…」と燕は言って考え込んでから、「まさに、自然界やハイレベルな神のなせる業でしかないと思う」と言った。
「私のこの術も、気功術に関係してるの。
全く別物には違いないけど、
精神空間は利用してるわ」
燕の言葉に、極は納得して大いにうなづいた。
「魂と肉体はどっちか大きいか、というところだね」
「それは異空間部屋で説明するんでしょ?」
「長くなると思うからね。
果林を寝かせないように、色々と考えておかないと…」
極の言葉に、燕はクスクスと笑った。
「それから、俺が気功術師になったのは、今この場だから」
極の言葉に、誰もが目を見開いていた。
もちろん燕もそうだったが、今日の経験から思い直して、笑みを浮かべた。
もうひとりの誰かを完全に開放した礼が気功術の神髄の理論的な部分だ。
よって極にはその資格があって、簡単に気功術師として覚醒したのだ。
「では、秘密基地に行きましょう。
そろそろ結界を解いた方がいいと思うのでね」
極が結界を解くと、囲んでいた者たちは懇願の目を極に向けていた。
「ミラ少尉とパレス上等兵はついてきてくれても構いません」
ミラは投擲爆裂部隊の獣人で、パレスは俊足剛力部隊に所属している能力者だが、まだまだ連絡兵でしかなかった。
「申し訳ありませんが、お互いのマスター、パートナーは力不足ですから、
もう少し鍛えてもらってからにします」
「はっ 了解しました」とミラはすぐに答えたが、パレスは上役のパートナーにかなり気を使っていた。
「あら? 時には獣人にも厳しいのね?」と燕がパレスのパートナーのイノシシの獣人を見て言うと、「…心を引き裂かれる思いだよ…」と極は苦笑いを浮かべてつぶやくと、イノシシの獣人は内心は残念だったが、極の気持ちを察して気合を入れた。
秘密基地で不思議な体験をした極の仲間たちは、かなり混乱していた。
しかし現実だけをみると、体験したので納得はできていた。
異空間部屋でどれほどの時間を過ごそうと、部屋に入るとすぐに出てくるからだ。
よって、時間が止まった部屋だという確認はできた。
「ちなみに、人体や機械仕掛けのものなどは普通に動きますが、
劣化しません。
劣化をせずに肉体を鍛え、
今異空間部屋に入った三時間分の成長は外の世界では認められません。
よってみなさんは、常識外れの三時間分を長く生きたことになるのです。
そして年齢には加算されないことになるわけです。
理屈を考え込むとかなりややこしく感じるので、
異空間部屋は時間が止まる部屋とだけ、
覚えていてくれたら十分です」
「…助かったぁー…」と半数の者たちがつぶやいた。
まさに頭の中がパニックになりそうだったからだ。
「本来この部屋は、かなり優秀な科学技術者が開発したものらしいのですが、
俺の場合はエネルギー媒体を使って、
俺の術によって作り上げています。
ですのでイレギュラーなことがいろいろできるので、
機械仕掛けよりも信頼できるはずです。
機械の場合は、故障が少々怖いので。
もっとも、何重にもバックアップは備えているようですが、
その切り替え部分の故障も考えられるので。
この技術を持った世界で、不幸がないことだけを願っておきましょう」
極の言葉に、誰もが眉を下げていた。
「さらに宇宙空間、異空間がらみでのタイムスリップの話も入手しました。
その説明と理屈は、
次の機会にする、宇宙の成り立ちと構成の話とリンクさせますので、
今日のところはリフレッシュに行きましょう」
極の言葉に、全てのものの目が覚めていた。
タイムトラベルではなくタイムスリップなので、イレギュラーが起りうることがあると知った。
まさに秘密厳守の話ばかりだったが、全員の心は躍っていた。
「さらに、この広い宇宙の中に、タイムトラベラーがひとりだけ存在するのです」
「…うう… その話も聞きてぇー…」とジャックが素直な気持ちで、笑みを浮かべて言うと、誰もが同意するようにうなづいた。
「かなり範囲が広いから、最短でも20時間ほどかかるよ」
極の気さくな言葉に、「…風呂入って寝る…」とジャックがつぶやくと、極は陽気に笑った。
翌日は早朝からノーマーク会の会員たちが大勢詰めかけ、気を利かせた極が仲間たちとともに、軽食などを準備した。
「…まさか、新郎自らが…」と長老の畑田が眉を下げて、今はウェイトレスのサエに聞くと、「お気遣いなくと仰せつかっています」とサエは笑みを浮かべて言った。
「…調子に乗り過ぎたが、丁重に礼を言っておいてもらいたい…」と畑田は言ってサエに頭を下げた。
「頭は下げずにこうです」とサエは言って、拳を胸に当てた。
「…うう、騎士の忠誠のポーズと聞いているが…」
「…マリーン様からのお達しでもあるのです…」とサエが小声で言うと、「…疑ってはならない…」と横田は言って、胸に拳を当てた。
「…ところでサエ君は決まった人は?」と畑田は今度は縁談の話を持ち掛けてきた。
そしてサエは昨日聞いたばかりの話をして、「…考えが至らないかった… 許してください…」と畑田は言って頭を下げた。
もちろん獣人存続の件について話したのだ。
「一度、会議でもなさった方がよろしいかと存じます。
ですが極様が少々お忙しいので、
その日は会長が決められると思いますので進言しておきます」
「…その点だけが残念で、本当に申し訳なく思っているんだ…」と畑田は言って、大いにうなだれた。
「いいえ、さすが長老様ですわ」とサエは笑みを浮かべて言って、メイド服のすそを翻して奥にある厨房に戻って行った。
「…獣人の保護と存続… これは倫理的にも非常に難しい…」と畑田はうなり声を上げた。
「その件については、各地にある獣人たちの村の整備から始めたいと思います」
世界で一番の資産家の、極の55番めの兄の、北条静馬が言った。
主な職種は建設業で、世界的にアンテナを広げていて、多くの慈善事業も行っている。
「…博物館の館長にも連絡を頼む…
正確な情報も必要だから、
77番目の…
誰だったっけ?」
「焔君です。
退役してからリサーチ会社を起こした…」
「…おお、そうじゃったそうじゃった。
焔要だ!」
その焔がやって来て、「…軍に戻りたいほどです…」と焔は眉を下げて言った。
「年齢制限なんてあってないようなものなんだから、
居座ってもよかったのに…」
畑田が眉を下げて言うと、「今の職は統合幕僚長が勧めてくださったのです」と焔は答えた。
畑田は何度もうなづいて、「…繋がりは当然あるわけだ…」と言うと、「はい、お得意様ですから」と焔は機嫌よく言った。
「特に東の獣人の村には個人資産を大いに投入されています。
ですがそう簡単には、獣人の村の過疎化は止められないのです。
よってここは会長のお言葉を直接電波に乗せた方がいいでしょう。
もちろん、会長の願いとして」
畑田は何度もうなづいて、「…本格的に、ワシたちも動こうか…」と言った畑田の目が本気になっていた。
ここからは大勢の会員を巻き込んで、会議のようなものが始まったが、『みなさま、お待たせいたしました』と結婚式開始のアナウンスが流れると、会議は中断して大勢の来客が一斉に拍手をした。
すると、奥の高い場所に、着飾った極と燕の姿を確認して、「おおー…」と誰もがうなった。
そしてふわりと宙に浮くと、燕は純白の竜となって、極を包み込んだ。
「うわぁー…」と特に女性と子供たちの感激の声が会場にこだました。
極と燕、そしてドレスを押さえている学友たちは、ゆっくりと弧を描くようにして、会場を旋回した。
まさにどこにもない結婚式に、誰もが勢い勇んで拍手をした。
そして新郎新婦は会場の一段高い場所に降りて、来場客に向けて笑みを浮かべて、胸に拳を当てた。
もちろん、客たちも極のマネをした。
そして極は燕に体を向けて、永遠の愛の誓いのリングを送って、指にはめた。
この時に燕は感無量となったのか、大声で泣きだし始めると、特に来客の女性たちは大いにもらい泣きしていた。
「やっと結婚できたぁ―――っ!!」と燕が感動して叫ぶと、極だけが大声で笑っていた。
「本日は私たちの結婚式にご来場いただきましてありがとうございます。
質素なものですが、ご会食を楽しんでくださいますように。
そして、祝福の数々、本当にありがとうございます。
どうかご堪能されて、楽しいひと時をお過ごしください」
極の挨拶に、誰もが一斉に拍手をした。
極と燕はお色直しはせずに席に座った。
まずは様々なシチュエーションで撮影会が始まった。
そして個人個人で祝福の言葉をかけ始めた。
「母さん、結婚おめでとう」と極のすぐ上の兄の巖剛達人が笑みを浮かべて言った。
「まだ警察のトップになってないのね…」と燕が眉を下げて言うと、「…出世は軍と同じでかなり厳しいから…」と巖剛は眉を下げて言った。
「それに… 能力者じゃないことは大いに悔やまれるよ…」と巖剛は肩をすぼめて言った。
「そうね… 能力者だったら極さんのようにすぐに出世できるからね。
もう役職付きになっちゃったわよ。
まだ学生なのに」
「それは出世おめでとう!
で、どんな職種なの?」
巖剛の陽気な言葉に、燕も陽気に答えて、「…うう、ある意味、軍の強さを左右する職種じゃないか…」と嘆くように言うと、「うふふ…」と陽気に笑って、極に笑みを向けた。
「…はあ… 警察に欲しかったなぁー…」と巖剛は大いに嘆いた。
「あ、そうではなく、ご協力感謝します」
巖剛は言って、胸に拳を当てた。
「西の町の件ですね?」と極が聞くと、「あのエリアの署長に赴任になったんだよ」と巖剛は気さくに言った。
「長老襲撃未遂のゲリラ戦処理も体験したかったね…」と巖剛は苦笑いを浮かべて言った。
「時には軍との共同訓練もあるんでしょ?
年一回だったか…」
極の言葉に、「年二回にする!」と巖剛は叫んで、陽気に笑った。
「西の町の件ですが、お姫様は落ち込んでいるでしょ?」
「動物を操れなくなったとふさぎ込んでいるよ…
もっとも、牢内で使われると少々困るから、
都合は良かったよ…」
もちろん、動物たちを使った脱走も考えられたからだ。
「ほかに杞憂はありませんか?
別件でも構いません」
「…少々超常現象的な話…」と巖剛は声を潜めて言うと、極も燕も身を乗り出した。
「もちろん、母さんは知っていると思うが、ノースキャッスルの件だよ」
「…ああ、あそこね…
…嫌な予感的中だわ…」
燕の言葉に、巖剛は何度もうなづいた。
「超常現象が絶えないといわれている場所ですね。
ですがその証拠がまるで残っていない。
軽症だけど被害者も出ているけど、
やらせだという声も上がっている…」
極の言葉に、巖剛はうなづいた。
「報道しないで放っておけばいいんです。
興味を持つから災難に見舞われる」
「いやだけどね、取り壊そうとしても証拠を残さず超常現象が起るんだ…」
「ここにいるという自己主張はしているわけですね。
そしてその正体不明のものは、もう太っているかもしれない」
極の言葉に、巖剛も燕も大いに目を見開いた。
「その話は今に始まったことじゃなく、
かなり昔から言われ続けています。
怪我などがなくても、ほとんどの人は驚いたはずです。
その負の感情の恐怖の驚きを、
食事として食っているんです」
「…じゃ… じゃあ…
幽霊や妖怪は本当にいたのか…」
巖剛は驚きの目をしてうなった。
「…まあ、城の関係者で、居住権を主張しているんだと思います…」
極の言葉に、「…そこは人間的な部分だね…」と巖剛はあきれ返って言った。
「万物の理で、
裸の魂では宇宙空間では生きて行けません。
魂だけになると、昇天してしまうのです。
よって妖怪や幽霊は、肉体を持っているのです。
ただ、その肉体を切り離して、
強い意志を持って、その城に根付いているんです。
ですので姿がないのに何かをされてしまうということは起こりますが、
術を放つ時は肉体が必要なので、
姿を隠して術を放ってから肉体を切り離して安全な場所に隠れるのでしょう。
そして負の感情をエサとして食う。
こうやって生きて行っているわけです。
候補者としてはその城の女王か王女が高確率だと思います。
伝説のように言われている、
斬首の刑になった王女マリリン・フォン・ジョーカーが第一候補でしょうね」
「…女だから行っちゃダメェー…」と燕が懇願の目をして極に言うと、極は大いに笑った。
「…うう… この物知りも、勇者の能力?」と巖剛が眉を下げて聞くと、「人によるそうですが、俺のようにはそう簡単に湧いて出ないそうです」と極は眉を下げて言った。
「さらに言えば、肉体はいずれ朽ちてしまうので、
お供えは厳禁です。
肉体維持として、拾い食い程度はしているはずですから」
「…まさか、正体不明の野菜泥棒…」と巖剛がつぶやくと、「あ、近くに農地があるんですね?」と極が聞いた。
巖剛は小さくうなづいて、「城の塀沿いにね…」と苦笑いを浮かべて言った。
「オカルト的に、地縛霊といったところでしょうが、
もし使えるのなら軍で雇ってもいいかも…」
「…相変わらず誰にでも優しくて誰にでも厳しいわ…」と燕はあきれ返って言った。
「その城、俺が買います。
なんなら、ノーマーク会の持ち物でも構いません。
肝心要の妖怪が、外に出たくないといいそうですのでね。
ですがそのうち、迷惑をかけずに人間たちに興味を向けることでしょう」
極は言って燕を見ると、「…ない話じゃないわ…」と燕は苦笑いを浮かべて答えた。
「その城内ごとお化屋敷にして、
共存しても面白い…」
「…さすが、実業家でもあるね…」と巖剛は言って、関係のある職を持った会員たちと話を始めた。
その集まりに畑田も首を突っ込んで、「さすが会長!」と陽気に叫んだ。
盛会のうちに結婚式は終わり、そして仕事の依頼をしたようなことにもなった。
極たちは着替えてから後片付けをして、食堂に戻って、二次会のメンバーとともに、暗闇に見える扉をくぐった。
すると食堂にいた者たちは大いに興味を持って扉をくぐろうとしたが、そのまますり抜けただけだ。
「それ、許可制だ」と今の食堂の管理者でもある、ライオンの獣人のゴメスがうなるように言った。
「あ、俺は料理を運ぶから許可されてんだ」とゴメスは自慢するように言った。
「くそっ!」と言ってひとりの軍人がゲートを蹴ったが、「ギイヤァ―――ッ!!!」と叫んで倒れ込んで足を押さえつけた。
「あ、折れたな。
うかつな真似をするからだ、愚か者…」
誰もがゲートの硬さよりも、ゴメスを大いに畏れた。
「極様に歯向かう者は、出入り禁止の処置でもいいと、
ボスに仰せつかってるんだぜぇー…」
この食堂に来られなくなると大いに困るので、誰もが大人しくするようにしたようだ。
「…ああ、ゴメスさん…」とウサギの獣人のハナエが手を組んでゴメスを見上げると、「拝んでもダメだし、俺に許可が出せるわけがねえ」とゴメスは眉を下げて言った。
「…極様に認めてもらわないと…」とハナエがうなだれて言うと、「…まあ、内勤の事務的能力多数だからなぁー…」とゴメスは眉を下げて言った。
「だが、救ってくださるかもしれねえ、秘書官とかな」とゴメスは言って、大荷物をもって扉をくぐった。
するとすぐに極がやって来て、「あ、いいね!」と極が叫ぶと、ハナエは大いに喜んだ。
「マスターは?」と極が聞くと、「…訓練場に…」と寂しそうに言った。
「じゃ、君も鍛えてからだね。
幼児用で遊んでもいいよ。
それだけでも十分に鍛錬になるはずだから」
「…はいぃー…」とハナエは答えたが、大いにうなだれた。
「あとはご主人様にしがみついて、フォローしたっていい。
その方法は、君がわかっているはずだよ、ハナエちゃん」
極は気さくに言って、扉の中に消えた。
「…名前、憶えていてくださった…」とハナエは大いにうれしそうに言って、とんでもないスピードで修練場に向かって走って行った。
「むっ?! できる!」と厨房にいたバンがうなると、「使えるね」とトーマは言って、バンとともに扉をくぐって行った。
「…うわー… ここ、なごむぅー…」と極は絨毯の上に座り込んで言って、外の景色も楽しんでいる。
二次会というよりも、大勢で寛いでいるようなものだった。
そしてあまりにもポポンが饒舌になっていたので、さすがのマルカスも大いに眉を下げていた。
そして村長のマックラとネズミのようなリスのような小さな獣人の英雄ミカエルは、頭を下げあって挨拶をしていた。
マックラが巨大なので、ひとり芝居をしているようにも見えた。
「…ここに住んでいいんじゃない?」と燕は力を抜いて穏やかな顔をしている獣人たちを見て言った。
「それでもいいけど、母ちゃんと父さんだけは家に帰るように」
極の言葉に、幸恵とマルカスは何も言えずに照れていた。
「時にはパートナーと離れたっていいさ。
その分、絆が深まることもあるはずだよ。
ポポンちゃんは俺よりも果林に寄り添っておいてもいいと思う。
それなりの能力者だから」
「…うう… 幼児なのに、ちょっと怖いぃー…」とポポンが言うと、「幼児じゃなくて、もう12才だよ!」と極は叫んで大いに笑った。
「…えー… 体が少し大きい幼児…」とポポンは大いに困惑して言った。
「…その感想は正しいよ…」と極は何度もうなづきながら言った。
「…キリル、行ってきていい?」とポポンが聞くと、「ああ、行ってこい」とマルカスは笑みを浮かべて言った。
庭で犬のトーマと遊んでいた果林はポポンを発見して、「捕まえた!」と両手でポポンを捕まえて言って、やさしく抱きしめた。
するとポポンは果林から素早く抜け出して、慌てて母屋に戻って来て、「キリルよりもすごい!」と陽気に叫んでから、また果林の元に戻った。
「…話の内容はどうあれ、かなり寛いでるね…」と極は笑みを浮かべて言うと、「…大人にできなかったことをやったんだなぁー…」とマルカスが笑みを浮かべて言ってから、宇宙を見て、赤ん坊だった極の姿を思い出していた。
「子供だからこそできることもあると思うよ。
そういった場合は子供視線になって、
大人が子供の夢を叶えるべきだと俺は思ってるんだ」
「…先生の反対を押し切ってでも、お前を育てるべきだった…
だからこそ、俺はヘタレと言われても仕方がないだろうな…」
「それは父さんのもう叶わない欲だと思う。
それに今とは違う過去の場合、
俺たちはここに来ていなかったかもしれない。
俺は一般社会で色々と修行をしたんだよ。
まあ、薄っぺらい家族の絆だったことは、
確認してきて、寂しくなったけどね…」
燕が眉を下げて極を見ていたが、その目をマルカスに向けた。
「…昨晩、こっそりと行ったのよ…
式に呼ぼうと思ってね…
案の定お大臣遊びやそれなりの散在していて、
おしりに火がついていたわ…
だからこっそりと手紙と大金を置いてきたわ…」
「…まあ、よくある話だよ…」とマルカスはため息交じりに言った。
「もちろん、育ててもらった恩はあるけど、
一緒に住もうとは思わないなぁー…
そこは、あの時のオカメちゃんが言った通りだった…
だからこそ、縁を切ったことにした。
…ジャックさんの気持ちがさらによくわかったかなぁー…」
「…俺の話を引き合いに出すな…」とジャックは言って鼻で笑った。
「それに、そのロープを放すなよ。
放した途端に、罪悪感が沸くぞ」
もちろんジャックは特別な許可を得て、軍施設の外に出ている。
その管理者が極なので、誰も文句は言わない。
しかし極はもうすでにジャックとは親友の乗りだったので、ジャックを縛っている綱を持っていることと、放すこともはばかられたのだ。
「あ、これは手を出せる」とマルカスは言って、極が持っている綱を手に取った。
「極の上官だからな、特に問題はない」とマルカスが言うと、「…間違ってないけど、かなり怖ええ…」とジャックは言って首をすくめた。
「あのさ、本当に反省したの?」と小さな英雄のミカエルがジャックを見上げて言うと、「…さあ、どうなんでしょうかねぇー… 煌少佐の足手まといにはなりたくないという気持ちはあるのですけどねぇー…」と大いに考えながら言った。
「じゃ、解いていいよ。
ボクって最高責任者だから、
全責任は僕が負うから」
極とマルカスはすぐさま頭を下げた。
しかしジャックは大いに戸惑っている。
「…普通、悪いヤツは胸を張って、
改心しました!
なんて普通に言うもんだよ。
戸惑っていれば、改心したも同然として、開放するさ」
ミカエルの言葉に、「…はあ、どうも…」とジャックは言って眉を下げて頭を下げた。
「頭を下げずにこう!」とミカエルが言って胸に拳を当てると、「お言葉ですが、ここは一般社会の場ですから、普通の礼儀としてですから…」とジャックが大いに困惑して一般論を述べると、「俺もそう思うね」と極はすぐに同意した。
「…ううー… 辱めを受けてしまったぁー…」とミカエルはうなってジャックよりも極をにらみつけていた。
「一般社会の場での敬礼は迷惑です」
さらに極が畳みかけると、「…もうわかった、わかりました…」とミカエルは言ってうなだれた。
「…本当の親がいたら叱りつけたのにぃー…」とミカエルはうなってマルカスをにらんだ。
「…あ、そういえば…
俺やマリーン様の産みの親は誰なんだろ…」
まさに純粋に素朴な疑問だった。
「あの神話の系列には両親の名があったけど、
それが誰だかは皆目見当がつかないわね…
この星にいる可能性は薄いような気もするわ…
マリーンと極以外に、とんでもないパワーは感じないから」
極はマップ装置を出して、「父親はゼウス、母親はアテナ」と言って、テーブルの上に置いた。
「それほどではないと仮定したら?」とマルカスが言うと、「あんた、ヘタレ度合いが軽くなったわ」と燕は陽気に言った。
「…なるほど、それはその通り…
親がとんでもない能力を持っているとは限らない…
だから、無理やり知る必要はないか…
本人たちに自覚があるのなら、
すぐにでも平和なここに来るだろうし…
まさに今が絶好のチャンス」
「…もしも、無碍なことをしても簡単にねじ伏せられるからね…」と燕が明るく言うと、ジャックは何も言わずに身震いをしていた。
「マリーン様は、ここに来られないのかなぁー…」と極が言うと、「…そうね… ここは大神殿辺りよりも自然が深いから…」と燕は言って笑みを浮かべた。
すると、「呼んだよな?!」と叫んで、マリーンではなくガイアが極から飛び出してきた。
「…あんたのその威厳は平和じゃないわ…」と燕が眉を下げて言うと、「…くっ… 小生意気な竜め…」とガイアは悪態をついてからマリーンに変身した。
「あら?」とマリーンは言って少し目を見開いて、「お母様!」と叫んで、燕に気さくに抱きついた。
「…同一人物だと思えないわ…」と燕は大いに眉を下げて言った。
「…まあ、ガイアが色々と気を使ってくれたことは理解できた…」と極は言って大いに眉を下げると、「…そうね、それはあるようだわ…」と燕は同意した。
もちろん、数名の者が大いに怯えていたが、一番怯えていたのがミカエルだったことに誰もが気づいた。
「…やっぱり、本当は悪者、とか…」と極がつぶやくと、「…今の感情ではそれはなさそう…」と燕は眉を下げて言った。
「人間的に言うと…
優秀な姪と甥を利用して、楽に王になろうとか…
その両親がそれほどでもないから、何とかなるかもしれないとか考えた。
…小悪党?」
「小悪党ね!」と燕は叫んで大いに笑った。
極が現在まで調べた内容を話すと、誰もが興味津々になっていた。
その小悪党はミカエルであるとは言い切れないが、無関係ではないと誰もが察した。
「俺に気功術の理論が降って沸いたのが、
英雄ミカエルの出現とほぼ同時だったからね。
褒美か賞品かで大いに意味は違うけど、
もう別にそれほど大問題じゃなさそうだから別にいい」
「そのものじゃなかったのか?」とマルカスとジャックが同時に聞いた。
「それほど甘くはないよ。
だけどその理論の条件を満たしていたから、
使えるようになったんだよ。
それに、それほど難しい理論じゃない。
子供でも理解できることだよ。
父さんはさておき、ジャックさんは本当の意味で理解できるのかは疑問だけど、
能力者であることで、ある程度ハードルは低くなってるんだ。
あとは善悪の部分と、肉体の強化だけだと思うね。
それにこの条件は、
素直で、なおかつ能力者のトーマがクリアしかけているようなものなんだ。
冷静になって、もう少し肉体を鍛え上げれば、
誰にも引けを取らない英雄でいられるはずだよ。
もっとも、こうなってしまうと、
トーマはそれほど手を出さない方がいいのかなぁー…
まあ、あと二回ほどは戦場で活躍してもらえば、それで終わりということで…
あとは俺の補佐として、全てをにらんでおいてもらってもいいのかも。
斥候部隊をさらに鍛え上げる試練もあるから、
それほど暇にはならないだろうし…」
極が語ると、トーマは笑みを浮かべてうなづいた。
やはり同じ部隊の誰かに跡を継がせることも重要なのだ。
「面倒なことになりそうだよ」と幸恵がため息をつき名から扉から出て来て、料理をテーブルの上に置いた。
「出て来いって?」と極が眉を下げて聞くと、「…そういうこと…」と幸恵はため息交じりに言った。
「衛兵に任せておけばいいじゃないか…」と極は言ったが、「個人的な話し合いだ、口出しするな!」と幸恵は声色を使って言った。
「今日帰ってきたヤツらだよ」と幸恵が眉を下げて言うと、「…やれやれ… ま、しばらくはこうなることはわかっていたんだけどね…」と極は言って立ち上がった。
「燕さんとトーマ、俺を守ってくれ」と極が言うと、「はい、あなた」と燕は新妻らしくホホを赤らめて言って、「お任せください!」とトーマは胸に拳を当てて言った。
「大げさなんじゃねえの?」とジャックが眉を下げて言うと、「用心に越したことはないんだよ」と極は笑みを浮かべて言った。
そして、「今日帰って来たっていうことは?」と極が問いかけると、誰もが大いに考え込み始めた。
「…はあ… 理解した…
確かに、用心に越したことはないよ…
もし正解だったら、また大きな戦いに発展するかもね…」
ミカエルの言葉に、「そういう予感を感じたのです」と極は笑みを浮かべて言って、燕とトーマとともに黒い扉に入って行った。
極たちが扉から出てくると、屈強な剛力部隊の面々が極をにらんでいた。
ほとんどが一般兵だがかなり鍛え上げられている。
そしてあっという間に、三人の兵がうつ伏せにされて倒れ込んだ。
トーマが体術で三人を転がしたのだ。
「この三人に用があるんだ。
この人たちが先導したんだよね?」
極の言葉に、兵たちは大いに眉を曇らせて、数名が小さくうなづいた。
するとトーマが厳しい顔をして、犬に変身してから前足で顔をひっかいた。
「おっ! 皮がはげたぞ!」と極は言って大いに笑った。
「…はあ… 予感もそうだけど、豪胆だよ…」と幸恵は眉を下げて言ったが、我が息子の功績に胸を張っていた。
「…だけど… この三人の本物は、もう生きてないんだろうなぁー…」と極は寂しそうに言った。
極は術を放って、この三人の服や装備をすべて脱がせた。
「変わった棒があるね。
ビームソードのようだよ」
極の言葉に、誰もが数歩下がった。
「もちろん爆発物もあるから、もっと離れて」
するとひとりの男が、「あーはっはっは!」と笑い始めたが、顎が抜けたようになって、「あが、あが」ともがいた。
「歯に爆破スイッチ。
もしくは自決用の薬」
極の言葉に、「両方のようです!」とトーマが叫んだ。
「あ、術で取り除くから」と極は言って、簡単に起爆スイッチと毒を取り出した。
もちろんほかのふたりも、口が空きっぱなしになっていた。
「どこのやつらですか?」と極がミカエルに聞くと、「偽装してなきゃバーン星」とミカエルは唇をゆがめて言った。
「あ、正解のようです。
偽装がなくて面倒hありませんでしたね」
「…君、すっごく楽しそうだね?」とミカエルは眉を下げて言った。
「出番が来たようですから」と極は言って拳を胸に当てた。
「もちろん会議にかけるし、ボクは押しておくから。
まずはさらに調べて、こいつらの母星との交渉だ。
当然、この時点で宣戦布告してきたものとする」
ミカエルの言葉に、誰もが背筋を伸ばした。
三人は厳重に拘束され、さらに身体検査を受けてから連れ出された。
「で? ほかの人の用事は?」と極が30名ほどの者たちに聞くと、「ごねたら得する」とひとりが言った。
「そういう人たちは俺じゃなく別の人が相手をすることになったんだよ。
どっちにしても残念だったね。
なんなら、俺の用心棒がみんなの相手をするよ。
もし勝てたら俺が相手をするということで。
そして…」
極は言って、5メートルほど歩いて、気弱そうな少女と少年に見えるものの前に立った。
「ふたりは合格」と極が言うと、ふたりは大いに眉を歪めて、必死になって笑みを作っていた。
「さすが煌少佐、お目が高い」とジャックが冗談っぽく言うと、「同じ閃光部隊だから当然だよ」と極は陽気に言った。
「いや、極は」とマルカスが言ってすぐに、極は指を立てて口に当てた。
「…やれやれ…」とマルカスは小声で言って黙り込んだ。
そして極は、ここにいる者たちのポケットを探って、小さな偽装したレコーダーらしきものを15個も宙に浮かべた。
「結界を張ったから、話してもいいよ」と極が言うと、「…別にいるのか…」とマルカスが言うと、トーマはもうすでに飛び出していた。
「さすが英雄。
お遊びのようなものだったわ」
燕は明るく言ってから、「…私の出番はなかったぁー…」と燕が悲しそうに言うと、「この先、いくらでもあるさ」と極は笑みを浮かべて言った。
「…うう… 的確な人選…」とジャックは大いに眉を下げて言った。
「…トーマ君の代わりに捕まえたかったぁー…」とサエは言って大いにうなだれた。
ここからはさらに諜報部員が出張って来て、今日帰ってきた宇宙船などの関係するものすべての調査をした。
まさに戦いの時は、刻一刻と近づいていた。