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閃光の極―KIWAMI―  作者: 木下源影
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第二話 師匠と弟子


   第二話 師匠と弟子



マリ・タスマニアン中央幕僚長は怒っていた。


本来ならば自分がもらえるものと信じて疑っていなかった。


東郷美佐江の主治医が血相を変えて軍施設に来て、美佐江の診察をするという。


この主治医とは旧知の仲だったので事情を聞くと、若いながらもなぜか発生してしまった顔の深い皺が消えてしまったというのだ。


もちろん極の奇跡だと、マリは信じて疑わなかった。


マリは普段は絶対に行かない食堂に駆け込んで、素早く首を振って、ほぼ真正面に極の姿を捕らえた。


だがそこにはなんと旧知の仲の男性もいたのだ。


そしてマリは一歩も動けなくなっていた。


しかしその体は里崎に吸い寄せられるようにして移動していた。


もちろんマリの存在と感情に気づいた極が、術で引き寄せたのだ。


そして極と燕が素早く立ち上がってマリに敬礼した。


里崎は少し驚いて振り返って、「あれ? マリさん」と笑みを浮かべて、短い言葉だが陽気に言った。


そして立ち上がって、マリの右手を取ってしっかりと握手をした。


普段の里崎なら、まずこんなことはしない。


まさにマリとは親しい間柄で、さらに好意を持っているからこそだ。


「ご活躍何よりです。

 そして極の兄として、ボクは鼻が高いです」


早口で少し興奮気味の里崎の言葉に、「…う、うん、そうね…」とだけマリはなんとか言って、少し顔を伏せた。


「あ、幕僚長。

 お渡ししたいものがあるのです。

 もう臨床実験は終わっていますから」


極の言葉に、「えっ?」とマリは言って極を見てから、妙な笑みを浮かべている燕を見た。


「ほらほら座って座って」と燕が明るく言うと、マリは燕の言いなりになって椅子に座ってすぐに、少女のマリが現れたことに、里崎は大いに目を見開いていた。


極が手鏡をマリに渡すと、マリは目を見開いて、「…若返りの魔法の鏡…」とつぶやくと、極と燕はけらけらと陽気に笑って、「その方がすっごくめんどくさいわよ!」と燕が叫んだ。


「…若返った…

 まさにあの頃と同じマリさんだよ」


里崎は感慨深く言って、マリに笑みを向けた。


「…相手のことまでは知らなかったぁー…」と燕が小声で嘆いた。


「兄さんも若返ってみる?

 効果は一週間ほどだから、

 気に入らなかったら、

 もうこの水を飲んだり塗らなきゃいいだけ」


極が陽気に言うと、「…うう… それを望んでしまった… 欲はいけないことなのに…」と里崎がつぶやくと、今度は極が水を飲ませて皮膚をハンカチで拭いた。


「青春時代を取り戻せ!」と燕が気合を入れて叫ぶと、「はい! 閃光様!」と里崎とマリは同時に答えて、見つめあってから大いに照れた。


「…さらに公になったから…」と極は言って、カウンター脇に10台のウォーターサーバーを設置した。


もちろん、詳しい説明書きも書いてある。


もし、若返り以外の症状が現れた時は、極か幸恵に連絡するようにとの注意書きも書いてある。


「若返りたかったら、ここに来ればいいだけね」と燕は陽気に言って何度もうなづいていた。


『若返りの水』と書かれているウォーターサーバーに誰もが群がって若返って喜んでいる。


もちろん、『持ち帰り厳禁』とも書いてあるので、この場で飲んだり塗ったりする必要がある。


とても恐ろしい監視員が厨房に大勢いるので、注意書きを無視することはまずできない。


極はしばらくは殺到するだろうと思って予備タンクを厨房の奥の隅に百ほど積んだ。


そして早速若返った幸恵が、極の背中を思いっきり、『バン!!』と平手で叩いた。


まさに、喜びの感情でしかなかったが、痛いものは痛かったので、極は歪んだ笑みを浮かべていた。



「極様極様」とサエが言って極の席の隣に座った。


万が一のために、誰も座らないようにしているサエ用の席だ。


「悲しいほどに変化がないね…」と極が眉を下げて言うと、「えー…」と言ってサエは手の甲の皮膚を指でつまんだ。


「触れなきゃわからないほどの変化のようだ。

 サエはまだまだ若いっていう証拠なんじゃない?」


「自分では変わったって感じるのにぃー…」と大いにクレームがあるように言った。


「年寄りだけのお遊びよ」と燕が言うと、周りにいた年寄りに属する人たちが、一斉にそっぽを向いた。


「はいぃー… 先生…」とサエは残念そうに言って立ち上がってから、とぼとぼと歩いて厨房に戻った。


「トラの素晴らしい毛艶から考えても、まだ15才ほど?」と極が言うと、「ほぼ正解ね」と燕は眉を下げて言った。


「幸恵が西の大陸のジャングルの盗賊団を討伐に行った時に見つけたのよ。

 それが15年前だから、多分16才ほどじゃないかなぁー…

 人間の変身は、獣人の年齢に合わせてるから、

 サエもまだまだ学生の子たちと同じよ」


「…ふむ…」と極は言って少し考え込んだ。


サエのことではなく、全く別のことだった。


「あら、今度は何かしら?」と燕は大いに期待して聞くと、極はトーマを見た。


「あ、その件ね」と燕が明るく言うと、「やっぱりトーマが一番優秀だろう」と極は笑みを浮かべてトーマを見た。


「ある意味、その通りね」と燕がトーマの頭をなでると、トーマは大いに恥ずかしそうな顔をして頭を下げた。


「トーマはどこで発見されたんだい?」と極が燕に聞くと、「この星じゃないわ」という燕の言葉に、トーマも極も大いに目を見開いた。


「資質がある子を何人も連れて帰っていた時期があったの。

 もちろんその期間はかなり離れているし、ほとんどひとりずつ。

 トーマは私が最後に見つけた私たちの希望だったわ」


「その通りに大活躍している。

 燕さんもすごいね」


極の尊敬したような言葉に、「あらやだぁー、やめてよぉー…」と燕は大いに照れて言って、極の背中を叩いたが、「あら?」と燕は言って楽しそうに食事をしているランプを呼んだ。


ランプはすぐに目を見開いて、「これほどまでに! 一体なにがあったのですか?!」とランプは大いに心配して叫んでから、極の背中をピンポイントで癒し始めた。


「幸恵母ちゃんに水の礼に、照れ隠しで大いに叩かれた」と極が言うと、「…かなり本気だったわけね… あんた、よく生きてたわね…」と燕は眉を下げて言った。


「…怒りや妬みなどは全くなく、幸せがあることに驚いています…」とランプは目を見開いて言った。


「…殴っておいて幸せを与えるなんてとんでもないわね…」と燕は大いに嘆いた。


「ほんのわずかですが、骨折していました。

 かすかな亀裂骨折と筋肉の断裂です。

 この程度だと完全に元通りになりますから」


ランプは言って、ピアニアたちも呼んで、5人で癒し始めた。


「道理でかなり痛いと思ってたんだ」


「あの子の本気は、ゾウを一発で宙に浮かべるほどだから。

 ここでは獣人たちよりも化け物よ。

 司令官してて、腹が立って机を押しつぶしたこともあったわ…

 だからトップクラスの獣人たちも幸恵に寄り添うの」


燕の言葉に、「そういった衝撃だったわけだ… 大いに勉強になった」と極は笑みを浮かべて言った。


するとサエが大いに心配して血相を変えてやってきて、何があったのかを聞くと、「お母さん!」と叫んで、トラの獣人に変身して、素早く厨房に戻って行った。


厨房近辺はパニックになっていたが、燕は愉快そうにけらけらと笑った。


「…やっぱ、怒ると一番怖いね…」とトーマは大いに肩をすぼめて体を震わせて嘆いた。


すると眉を下げた幸恵がやって来て、「あんたがそれほどやわだったとは思わなかったよ」と悪びれることもなく言うと、「さらに鍛えなきゃね」と極は自然に答えたのだが、「お母さん!」とまたサエが叫ぶと、幸恵は大いに肩をすくめていた。


「…む…」と極は言って少しうなだれて考え始めた。


「極様! どうかされたのですか?!」とサエが大いに心配して必死の形相で聞くと、「ご神託よ」と燕が穏やかに言った。


「…極様の邪魔をしてしまった… 私もお母さんと同じだった…」


サエはつぶやいてからうなだれた。


「…これほどのものをどうやって…

 …あ、そういうこと…

 ここだとどこがいい…

 そうだな、戦闘訓練場の端の山のふもとか…」


極がつぶやくと、「今度は何?」と燕が聞くと、極は笑みを浮かべて、すぐさま冊子を出して、幸せそうな顔をしたマリに手渡した。


「肉体強化訓練場の提案書です」と極が言うと、パートナーの獣人たちは大いに吠えた。


「建設は私たちで行いますので、

 場所の提供だけお願いしたいのです。

 よって、工事費用は一切かかりませんし、

 資材も必要ありません。

 もし手伝いが必要であれば、

 ほかの仲間にも声をかけます。

 施設建設は能力者にとって、いい訓練にもなりそうですので」


「まだ弱いけど、学生たちの手で作り上げて。

 そういった施設も、ここでは必要だし、いい経験で修行にもなるわ」


マリは冊子を閉じて、笑みを浮かべて極に言った。


「はっ! ありがとうございます!」と極は敬礼した。


「お礼を言うのはこっちよ…

 …それに地獄を見ればいいわ…」


マリは言ってゆっくりと辺りを見回すと、誰もが背筋を震わせていた。


「…ここで幕僚長の威厳を出さなくていいの…

 …あんたの場合、会議室だけでいいのよ…」


燕が眉を下げて言うと、「先生、ごめんなさい…」とマリは言って、上目づかいで燕を見た。


「…やっぱり弟子だったぁー…」と極は言って大いに眉を下げていた。


「…ちょっと心臓に毛が生え過ぎてる、ヘタレ二号よ…」と燕がため息交じりに言うと、「ヘタレは父さんと同じなんだね…」と極は苦笑いを浮かべて言った。


「ヘタレじゃないのはあんただけ。

 あとにも先にも、あんたしかいないの」


燕の言葉に、「ありがとうございます!」と極は言って燕に敬礼した。


そして燕はホホを赤らめて、「…デートって、いつ? どこに連れて行ってくれるの?」と恥ずかしそうに聞いた。


「訓練施設を作り上げてからだから…

 最短でも二週間後の土曜かなぁー…」


「…みんなの尻を叩いて、一週間後の土曜にするぅー…」と燕が恥ずかしそうに言うと、獣人たちが大いに怯えていた。


最強のパートナーに煽られると、まさに地獄だと思ったようだ。


「俺も、しっかりと鍛えなきゃ…

 今までとは違う、命懸けの、まさに修練で修行だ」


極の高揚感あふれる言葉に、誰もが怯えていたが、マリだけは笑みを浮かべて極を見ていた。


「一気に誰もが階級の差を思い知るわ。

 そして階級が上がる者も現れるはず。

 本気で修練を積んで欲しいものだわ」


マリが穏やかに言うと、食堂の軍人一同はマリに一斉に敬礼した。



翌日は平日だが、学校が終わった放課後に、極は気心が知れた学友たちとそのパートナーを連れて、修練場の建設現場にやってきた。


クラブ活動をしている仲間たちは大いに寂しがったが、軍の仕事のようなものなので無理を言うわけにもいかなかった。


まずは極とオカメが大地の状態の確認をしていると、いきなり宝を発見した。


もちろん宝箱があったわけではなく、山の奥深くに坑道を発見して、そこに金銀財宝の原石があったのだ。


その坑道は自然なもので、この山が火山だったと認められるものだ。


もう噴火の心配はなく、極は宇宙に飛び出した小さなリナ・クーターを出して、有毒ガスや危険な場所がないかを探らせた。


もちろん幕僚長と統合幕僚長もやって来て、モニターで作業を見守った。


「あ! そこにある赤い宝石頂戴!」とマリが叫ぶと、「こらこら」と統合幕僚長のミカエル・ハムスターが眉を下げて言った。


「今のところは軍の資産だから、個人所有は認めないよ」


ミカエルの言葉に、「…ケチねぇー…」とマリがいうと、「そういう不正が起らないように、ボクたちが来たんだろ?」というミカエルの言葉に、「…はい、その通りですぅー…」とマリは渋々答えた。


「恋をして若返って、さらに物欲まで出た…

 今の地位、返上してもらうことになるかもよ?」


ミカエルの言葉には大いに威厳があって、「…今の職を奪られたら居場所がないぃー…」とマリが嘆くと、ミカエルは地面に指をさして、「この下にある幕僚長」というと、マリは大いにうなだれた。


「もうそろそろ決めたいんでね。

 できれば、世直しを含めて煌少佐に行って欲しいところだったが、

 さすがに今は無理だ。

 ここの件もあるし、まずは大神殿が許さない」


ミカエルの言葉に、「ありがたいことでもあります!」と極は明るく言った。


「第一の管理は極君に任せたから。

 大元の責任者はこちらで人選させてもらうけど、

 交渉相手はノーマーク会からが一番いいだろう」


「さらに兄たちとコミュニケーションがとれてうれしいです!

 ありがとうございます!」


「そう。

 そういった実直な人たちばかりだからね、

 本当に清々しいよ。

 …その点、君は…」


ミカエルは言ってマリをにらみつけた。


「…ノーマーク会じゃなくてごめんなさいぃー…」とマリは眉を下げて謝った。


「血縁には違いないんだ。

 血が薄くなると金持ちの分、こんな欲も沸くわけだ…

 元王家と一緒だよ、全く…」


ミカエルが呆れるように言うと、極は大いに眉を下げていた。


「あんたも少々几帳面過ぎて細かいわよ」と小鳥のオカメが言うと、「…ま、嫌われ者は自負してるさ…」とミカエルがかなりフランクに言った。


「…おー… 先生の弟子じゃないすごい人はっけぇーん…」と極が感慨深く言うと、「あはは! 君にそう言われてうれしいよ!」とミカエルは言って、陽気に極の肩を叩いた。


極がいきなり真剣な眼をしてミカエルを見て、「施術、しても構いませんか?」というと、「…さらに参った…」とミカエルは言って極に頭を下げた。


「いえ、私はひどいことをしようとしています。

 統合幕僚長をまだまだ働かせようと画策している極悪人です」


「いや、生きているだけ儲けものだ。

 思う存分、切り開いて欲しい」


ミカエルの言葉に、誰もが固まっていた。


「いえ、切らずにすべてを出します」と極が言うと、ミカエルは目を見開いた。


「特に、今のオカメちゃんは大いに繊細ですから。

 初めて統合幕僚長に恩を売ることにもなります」


「いいや、オカメちゃんにはもともとかなわないから構わないんだ」


ミカエルが言ったとたんに、その体がふらついた。


極はベッドを出して、ミカエルをゆっくりと寝かせた。


その傍らのテーブルには、金属製のバットの中に黒い薄気味悪いものが入れてあり、ビニールで封がされていた。


「相当気合を入れていたようですね。

 まさに、病魔とも闘っていて、

 安心して眠られた」


極は言って、水色のキャップのペットボトルを出して小さな吸い口付きのコップに入れて、ミカエルに飲ませた。


「抵抗力が大いに上がって、再発の危険はほぼなくなるはずです。

 すぐに主治医の診察を受けてもらってください」


極が護衛長に言うと、「はっ! すぐに!」と答えて、極の指示でバンがベッドを抱えて揺らさずに走って行った。


「警護隊よりも早いことが素晴らしい…」と極は言ってもう遠くで走っているバンを見て笑みを浮かべた。


「悪性腫瘍…

 初めて見たぁー…

 しかも、あんなにたくさん…」


マリは大いに嘆いた。


「この星の平和を勝ち取るための代償なようなものです」という極の言葉に、マリは大いにうなだれた。


「…さすがに、今回の件を武器にはできないわ…」とオカメは目尻を下げて言った。


「…神様…」とサエが言うと、天使たちはすべての尊敬する人たちに一斉に感謝と祝福の祈りを捧げ始めた。



まずは宝物だが、転がっている原石だけを集めただけで、三トンほどあった。


軍事演習などの振動で、壁から剥がれ落ちたようだ。


肝心の人間が通れる坑道は掘らずに、今のところは小さなリナ・クーターが作業できる範囲にとどめた。


まるで迷路のようなので、肝試し気分で中に入られても困るからだ。


しかも最深部とみられる部分には有毒ガスがたまっているので、リナ・クーターも近づけなかった。


しかしその辺りは貴金属やレアメタルは存在していなかったので、行く必要もなかった。


「…正体不明のレアメタル…

 …ま、大発見と言っていいね…

 …あっ…」


極が言って頭を抱え込むと、「ご神託、きたぁー…」とオカメが小声で言った。


「…これが、最後の石か…」と極は言って少し笑ってから、頑強な金庫に鉱物をしまい込んでから、早速基礎工事を開始した。


図面通りの基礎工事をして、第一段階の能力で砂や土を圧縮して岩を造り、きれいに切り裂いた岩を積み上げてから、今日の作業は終了して、お宝を持って極の秘密基地に移動した。



「あ、まだ説明してなかったね」と極が言うと、天使たち用の小さな神殿のとなりの地面がぽっかりと口を開け、誰もが目を見開いた。


「リナ・クーターの格納庫だよ」と極は言って、大金庫を宙に浮かべて階段を降りた。


すると、様々な人々が集まってきたが、円形に50メートルほどの結界を張っているので中の様子を見られない。


『こら! 神殿周りにいるヤツら! 解散しろ!』とマリの声で放送があったので、軍人たちはハチの巣をつついたように大いに慌てて解散した。


「あーあ、叱られたぁー」と極が言うと、「ただの腹いせ」とオカメが言って愉快そうに笑った。


「となると、軍の経理も関与するけど、ノーマーク会の姉ちゃんがいるから安心だね」


「…うう… あの子は苦手…

 能力者でもなのに、冗談も通じないしぃー…」


「だからこそ、信頼できるんじゃないか…

 俺は普通に話したよ?」


「だから、あんたは特別よぉー…」とオカメは大いに嘆いた。


「ここが取引場所になりそうだから、少し広げよう。

 柱を余分に建てておいたから、内装工事だけでいいか」


トーマが一気に陽気になって、獣人たちに指示を与えて、あっという間に大きな会議室が完成した。


その端に大金庫を入れてから、極たちは秘密基地を出て、大きなハッチを締めた。


これで極とトーマ以外は開けることは不可能だ。


「夕食、どうする?」と極が天使たちに聞くと、「頂いて帰りますぅー…」とランプが代表して答えた。


「あ、それに、今日は神殿で眠りたいですぅー…」とピアニアが言うと、「…天使たちも宝物が大好きね…」と、オカメが眉を下げて言った。


「…天使の宝物… あっ…」と極は言って頭を抑えた。


「もう、立て続けね…」とオカメは眉を下げて言った。


そして極は笑みを浮かべて、「天使の防具」と言って、リング、チョーカー、ネックレスを出して、天使5人に渡した。


「マリーン様には今夜お渡しに行くから」と極が言うと、天使たちは手を組んで感謝の祈りを捧げた。


「戦場に投げ出されても自力で戻れる。

 もちろん、身も守れる。

 ランプ、控え目にその実演」


「はい!」とランプは叫んでポーズをとると、指輪から白く輝く盾を出した。


「お! 浄化作用も出てる!

 すげえなぁー…」


極は大いに感心していた。


「チョーカーは何?」とオカメが聞くと、「あ、これはお守り」というと、誰もが天使たちのチョーカーに注目して、「…白竜様…」とつぶやいた。


チョーカーの留め具に、白竜を模した小さなブローチがついているのだ。


「ネックレスは俺も欲しいほどだ。

 少々特殊だから、実演しなくていいよ」


極の言葉に、天使たちは満面の笑みを浮かべたが、「…送り迎え…」とつぶやいてうなだれた。


「送り迎えができないこともあるはずだから、その時は使ってよ」と極が言うと、「はい! 極様!」と天使たちは陽気に答えた。


「…飛べるのね… テレポ?」とオカメが聞くと、「…それが、俺には理解不能なんだ…」と極が言って説明すると、「…人体から飛び出す…」と誰もがつぶやいた。


すると天使たちが一斉に、極から飛び出してきたので、誰もが目を見開いた。


「…あはは、長年の謎が解けた…」と極が明るく言うと、さらに誰もが目を見開いていた。


「生物のその生きる力は、その肉体だけではない。

 そこには精神力というものがあって、

 それの出どころが魂。

 その魂に天使たちは飛んだんだ」


「マリーン様が気づかれました!」とランプが眉を下げて言うと、「はは、こりゃマズイね…」と極は言って、天使たちを抱えて夕暮れ迫る空を飛んだ。


「あの子も、わがまま姫にならないかしら…」とオカメが嘆くと、「欲は感じないよ、不思議に思っておられるだけだ」と極は言って、リナ・クーターが浮かんでいる門の下に降りた。


「一体、何があったのですか?!」ととんでもない剣幕で神殿のエントランスでマリーンが叫ぶと、「あっ」とマリーンは言って口をふさいだ。


もちろん、極がここにいたからだ。


「ご機嫌麗しく」と極が頭を下げてあいさつすると、「…本日のお勤め、お疲れさまでした…」とマリーンは言って、天使たちも労った。


「あんた、不安なのはわかるけど慌てすぎ。

 悪いことじゃないんだから」


「…落ち着いて考えるとそうでしたぁー…」とマリーンは大いに反省して懺悔の祈りを捧げた。


「あ、マイクさん!」と極が気さくに声をかけると、マイクは笑みを浮かべて頭を下げた。


「エンジェルリングは透明なほどいいんですよね?」と極がマリーンに聞くと、マリーンはすぐさま両腕で頭を抱え込んだ。


「大丈夫です、透明ですから」と極が眉を下げて言うと、「…自信がありませんでしたぁー…」と言って感謝の祈りを捧げた。


「となると、やはりランプも優秀でした」と極が言うと、マリーンはすぐさまランプに祝福の祈りを捧げた。


「…大いなる喜び… 理解できたわ…」とオカメは言って天使たちを見た。


「ま、ここにいれば言うはずだ。

 私がランプのようになれたはずだ、とね」


「そんなことを言う子が本物になれるはずがないわ…」とオカメが言うと、マリーンもマイクも大いに眉を下げていた。


「…その逆のような種族も確認を終えている…

 そっちに覚醒するかもなぁー…

 まあその道も、簡単じゃないけどね…」


「…それもあるような気がしていました…

 その方がある意味、あの子には楽なのかもしれませんね…」


マリーンの言葉に、「そんな面倒な種族はいらないわ!」とオカメが叫ぶと、「それがね、そうでもないんだよ…」と極が言うと、マリーンも同意した。


「…天使には都合がいい種族…」とオカメはすぐに理解して言った。


「ここの警備には最適なんだ。

 ま、今のままじゃその道も狭いけどね…

 だけど積み重ねを見ていないから…」


極が言ってマリーンを見ると、首を横に振った。


「となると、修練場で鍛えさせるか…」と極が言うと、マリーンは大いに興味を持った。


極がマップにその詳細を表示すると、「私も同行させてください!」とマイクが息せき切って言った。


「…言うと思ったよ…」と極は呆れるように言った。


「天使たちと話をつけておいてください。

 複数人でも、飛べるそうですから」


極は言って、天使の三種の神器をマリーンに献上した。


「…こういうことだったのですか…」とマリーンは涙を流して言って、大いに感謝の祈りを捧げた。


「取扱注意の品ですので、

 マリーン様が認めた人たちにだけ渡してあげてください。

 いつでも、いくつでも作りますから」


極の言葉に、早速ここにいる天使たちの分を造って、マリーンが個別に手渡した。


「マイクさんは没収もありますから、

 気を付けてくださいますよう」


マリーンの言葉に、マイクは大いに眉を下げたが、逆らうわけにはいかないのですぐさま頭を下げた。


「マイクさんはね、天使の中でも特殊な資質があるのですよ。

 本来ならそういった天使は発生しないはずですが、

 マイクさんには、武闘派天使の資質が大いにあるのです」


極の言葉に、「…ありますわ…」とマリーンは眉を下げて言った。


「もちろん、デメリットもあります。

 天使の最高位の出世を認められなくなるのです。

 それは天使にとって愚の骨頂ですが、

 あえてその世界に飛び込む天使もいることは事実なのです。

 力のない天使たちを守るために、

 自ら前に出て戦って天使たちを守る。

 ですが、この星では俺たちが守ることができるので、

 無用だと思っておいてもいいと思います。

 マイクさんはよく考えて答えを出した方がいいでしょう。

 ここには、リナ・クーターが大いに目を見張らせて監視していますから」


「…本当に、今までにないほどの安寧を感じますわ…」とマリーンは言って、リナ・クーターを見上げて感謝の祈りを捧げた。


「お言葉ですが、人が乗っていないロボットですよね?

 本当に守り切っていただけるのかは疑問なのです」


まさに正論をマイクが言うと、「まずは、善悪の区別はつきます」と極が言うと、誰もが目を見開いた。


「そして天使の中でも要注意人物を3人マークしています。

 今は許容範囲のようですけどね。

 そして何かある前に、

 その人物を拘束します。

 必要によっては、被害を被りそうな天使たちに結界を張ります。

 これは、神殿内でも有効です。

 そして、それを試すことができないことが残念です。

 その事態が起きた時、その天使は能力はく奪の上、追放となりますから」


「間違いございません」というマリーンの言葉に、「…まさか…」とマイクが大いに嘆くと、「ミランダさんは危険です」と極は答えた。


「そうなる前に更生する必要があります。

 その判断はマリーン様にあるので、

 私には手出しができませんので。

 …いえ、はっきりと言って、

 じゃじゃ馬相手のお遊びをしている暇はないと言っておきます。

 私はそれほど暇ではありませんので」


「…極様から頂いた恩恵は大きいものばかりです…

 私自らがわがままを言ったこともございます…

 どうか、お許しを…」


「いえ、この星では二名だけ、心からの信頼を向けている方がいます。

 そのおひとりがマリーン様ですので、何も心配はいらないのです」


極の言葉に、マリーンはさらなる感謝の祈りを捧げた。


「もうひとりは、もちろんオカメちゃんです」と極が言うと、小さな小鳥は極の首筋をなでまくった。


「今は正式にはパートナーではありませんが、

 咄嗟の時には今のように寄り添ってくれますので。

 ですので今日のところはこれで帰ります。

 仲間たちが大いに心配していますから。

 その仲間たちにも、心からの信頼を向ける日は近いと思っています」


極は言って、頭を下げてから夜空を飛んで、食堂のある居住エリアに向かった。



極が食堂に出ると、まずは仲間たちが一斉に立ち上がって、「お疲れさまでした!」と言って敬礼した。


極は敬礼を返して、「先に食べていてくれてもいいんだから」と眉を下げて言った。


「ほらね」とトーマが言うと、「トーマも食べてないじゃないか…」と極が言うと、トーマは、「…長い物には巻かれろ…」とつぶやいたので、極はサエを見てから大いに笑った。


「サエ、あまり俺を気にするな。

 自分たちの生活のペースを乱すな。

 いいな?」


極の言葉に、「…一緒に食べたいんだもぉーん…」と大いに甘えて答えた。


「だったらサエだけ我慢して、仲間たちを気遣え、いいな?」


極の言葉に、「…むずかしぃー…」とサエは言って頭を抱え込んだ。


「みんなとは違う場所で待機していればいいだけ。

 間違ってる?」


極がトーマに聞くと、「それが最善だと思った」と答えた。


「さすが俺の参謀だ」と極は言ってトーマの頭を少し乱暴になでた。


「特にトーマは誰よりもサエに怯えているんだ。

 だから大いに気を使う必要があるんだよ。

 その理由をようやく思いついた」


「トーマは純粋に動物だから」とオカメがすぐさま言うと、極は笑みを浮かべてうなづいた。


「…言われて、今気づいたぁー…」とサエは大いに嘆いて、トーマに頭を下げた。


「トーマだけ純粋に動物。

 人型をとっていい許可を出したけど、

 獣人じゃないからね。

 私もすっかり忘れていたほどよ…」


オカメが言うと、極は大いに笑った。


「だからこそ、修行の濃度は濃いんだよ。

 獣人は動物ではなく人間だからね。

 その違いも、きっちりと知っておく必要があるんだ。

 だからこそ、トーマはほぼいつもひとりでいた。

 トーマの仲間は誰もいなかったからだ。

 だけど今は違うから、

 トーマは言うべきことはきちんと言った方がいい」


「…うん… その部分は大反省だよ…」とトーマは眉を下げて答えた。


「さあ! 夕食にしようか!」と極が明るく言うと、獣人たちが大いに吠えた。


まさに、信頼できる集まりの煌小隊が完成した瞬間だった。



極は食事を摂りながら、「…夜の作業は危険だけど、何かできることって…」とつぶやくと、「6番目ってロボットじゃないんだよね?」と燕が聞いた。


「うん、はっきり言って魔力で動くゴーレムだよ。

 もっと正確に言うと、神通力を貯め込んだ部分に、

 機械が制御をして機械が相手を判断して攻撃や防御をする。

 エネルギーが神通力で、制御は機械だけど、

 ゴーレムは岩の塊というユニークなものだから、

 見た目はロボットじゃなくてゴーレムでしかないね」


「…あの子たちも、基本的には、そうやって動いていたのね…」と燕は少し考え込むように言った。


「どこかの星にいたわけだ」


「この場所に宇宙軍ができてすぐのころよ。

 その当時は、余計なことはしなかったわ。

 迎え入れたが最後、

 とんでもないことにでもなったら星の平和どころじゃないもの…

 だからもちろん私だけじゃなく、全員に徹底させたわ。

 …でもね、不幸は訪れるものなのよねー…

 それが何度あっても、何回言っても、人間は欲を止めないのよ…」


「…欲を見破る方法…

 …できれ、拘束できるような…」


極は大いに気合を入れて言うと、「ん? ペガサス?」とつぶやいた。


「…その子には会ったことないぃー…」と燕は残念そうに言った。


「翼のある白馬… 種類的にはリナ・クーターのような…

 まあ、形は全然違うけどね…」


「…現れてくれないかしら…」


「…条件の悪い星には現れそうだ…

 そういった欲が大いに沸くような、

 まさにこの星も含めてね…」


「天使たちが聞いたら嘆いちゃう…」と燕は眉を下げて言った。


「そのペガサスの能力で、

 強い欲を感じた時に相手を拘束するんだけど、

 改心しないと解けない。

 しかもその術はただの切欠で、

 消費する魔力や体力や精神力はかけられた者から供給されるから、

 何人にかけても魔力消費はほとんどないという優れた術だよ。

 そんな術はないし、

 今の俺では、多分構築もできそうにないなぁー…

 まだまだ経験不足だと判断するから、

 焦らずに修行を積んでその日を待とう」


「それがあれば、本当に安心だわ」と燕は笑みを浮かべて言った。


「かけたい人は何人かいるよ」と極は言って少し笑った。


「…私も時々かけられそうで嫌だわ…」と燕は眉を下げて言った。



「ところで野暮なことを聞くけど」と極は言ってサエを見た。


サエは大いに戸惑って、「…何でしょうかぁー… ご主人様ぁー…」と言って困惑の目を極に向けた。


「学校って行ったの?」と極が聞くと、まずは燕が大いに笑った。


「…もうわかったよ…」と極は言って眉を下げた。


「…辛抱がなくってごめんなさいぃー…」とサエは言って頭を下げた。


「じゃあ、ここにいるメンバーとだったらどうだろうか?

 学力的には、該当者はいないようだけど…

 ちなみにトーマはハイエイジは卒業したよね?」


極の言葉に、「はい、試練だと思って何とか卒業できました」と言って頭を下げた。


「サエにはその覚悟がなかった。

 もちろん、トーマができたからサエもできるはずだなんて言わない。

 まずサエは、何が嫌で学校に行かなくなったの?」


「…考えてもわからないから恥ずかしくて…」と言ってうなだれた。


「恥ずかしいから考えられないんじゃないの?」という極の言葉に、トーマと燕がすぐにうなづいた。


「…あ… ああ… ああー…

 多分そうかもしれないと思ってしまいましたぁー…」


サエは言ってうなだれた。


「じゃあさ、ある程度学力がついたら学校に行ってみたいと思わない?

 学校はね、勉強するだけの場所じゃないんだ。

 小さな社会。

 生物とコミュニケーションを取る場所なんだよ」


「そうね…

 お勉強よりもそっちの方の記憶が多いわ」


燕の言葉に、「…あー… 先生、いいなぁー…」とサエはつぶやくように言った。


「…燕さんは授業なんて聞いてないじゃないか…

 先生の至らないところを指摘してただけだよ…

 でもね、そういったのもコミュニケーションだよ。

 個人授業も考えたけど、

 ここは燕先生にサエの引率を頼もうかなぁー…」


「ほかの大人が考えなかったことを考えたんだから、

 その実証実験をするわ」


燕が胸を張って言うと、「…先生が一緒なら…」とサエは言って燕に笑みを向けた。


「じゃ、夕食後は解散でいいよ。

 サエの学力を燕先生と一緒に確認したいから。

 でも、何かあったら何でも言ってくれていいから。

 それに、明日から学校に行けなんて言わないから」


「…はいぃー… 極様ぁー…」とサエはようやく、安堵の笑みを浮かべて答えた。


「さらに度胸がついたら、

 トラの獣人の姿で授業を受けたっていいんだ。

 その場に自然体でいられたら、

 学校イベントはクリアでも構わない」


燕は眉を下げたが、ここは思い直して、「自然に溶け込めたと判断するいい定規だと思うわ」と言った。


「もちろん、無意識にうならないことも重要だから。

 かなりハードルは高いからね」


「…なんだか、すっごく自分のことがよくわかってきたような気がしますぅー」とサエは比較的明るく言った。


「伊達に1年8カ月もひとりっきりでこもってなかったから。

 あ、そうだ、いい機会だからみんなも体験するかい?

 時間が進まない部屋を。

 そうすれば、ずっと一緒の時間を過ごせるから」


すると仲間たちは一斉に同意したので、夕食後に早速その体験をすることにした。



極たちは秘密基地に行って、できたばかりの会議室に入った。


「さて、手品を披露するよ」と極が言ったとたんに、計器がついた黒い重厚な扉が現れた。


「今日のところは三時間でいいか…」と極は言って、さらにモニターを見てから確認作業を行った。


「うん、三日間は安全だ。

 さあ、みんな、行くよ」


極が言って扉を開けると、そこは黒い空間だったが床はあった。


そして、大きな積み木のようなものまである。


「体も鍛えたからね。

 ランニング用のスロープだよ。

 体を動かしたかったら、使ってくれていいよ。

 ダンベルやらマシンもあるから」


まさにスポーツジムのように整然と機械類も並んでいた。


そして極はサエと燕、そしてトーマも仲間に加えて勉強机の椅子に座った。


「…体を動かしたいぃー…」とサエはジムの方に興味が沸いていた。


「最後の一時間はそっちに行ってもいいから、まずは学力検査をするよ」


極の言葉に、「…はいぃー… 極様ぁー…」とサエは眉を下げて答えた。


すると果林がやって来たので、「あんたもお勉強」と燕は言って、果林を逃がさないように抱き締めた。


「…えー…」と果林は大いにクレームを言ったが、「今はあんたの先生だから」と燕は言って、果林の教科書を出した。



極は簡単にひと通り試験などをして、「果林と同じクラスでいいな」と明るい笑みを浮かべて言った。


「あら? ある意味よかったわ」と燕も明るく言った。


燕はたびたびオカメに変身して、果林の教室にも行っていたからだ。


「トーマ先生の感想は?」と極が聞くと、「この状況だとごく普通に頭に入っていると思います」とはっきりと答えた。


「俺も同意するよ」と極が言うと、「…よかったぁー…」とサエは安堵の笑みを浮かべた。


「だから勉強はできると判断した。

 問題は誰とでも仲良くすることにかかっているんだ。

 そして大勢いても孤独を感じないこと。

 サエは自分の殻に閉じこもりがちだから、

 学校にいることを食堂でしている仕事に置き換えればいい。

 ウエイトレスのサエは、始めとは違って大いに変わったからね。

 いきなりそれをやれなんて言わない。

 今日から少しずつ考えていってもらいたいんだ」


「…はいぃー… 極先生ぇー…」とサエは言って頭を下げた。


「じゃ、ストレス解消のために、少し暴れるか!」と極は言って、重量のありそうなベンチプレスに寝転んだ。


サエもトーマも気に入ったマシンに乗って、大いにストレス解消を行った。


「教室に置いておいてもいいか…

 ま、許可をもらってからだけど…」


極の言葉に、「…パートナーたちは喜びそうだからいいんじゃない?」と燕は極の顔を覗き込んで言った。


「果林は寝たね」と極は果林を見ることなく言った。


「宿題をやって、すぐに眠そうにして、

 復習をしてから予習をする前に寝ちゃったわ。

 勉強はそれほど楽しくないみたいね」


「教科別にはそれはあったなぁー…

 まあこの部屋である程度は好き嫌いを克服したけどね。

 もちろん、苦手な教科は時間がかかったよ。

 天才ってわけじゃないから、

 時間をかけないと解決できないんだ」


極は言ってバーベルをフックに戻して上半身を上げた。


「ある程度は目標を持たないと、

 勉強は嫌いなままなのかもね」


「…うふふ、そうね…」と燕は言って極を抱き締めようとしたが、素早く走ってきたトラ獣人が燕の首根っこを押さえつけて持ち上げた。


「…うう… ちょーっと、無謀なことだったわぁー…」というと、トラの獣人は何も言わずに燕を床に降ろした。


「…ふーん… うならなかったな…

 先生だったからか?」


極の言葉に、トラの獣人は目を見開いてサエに戻った。


「…阻止しようと必死でしたぁー…

 …怒りはありましたけど、報復が怖かったのでぇー…」


サエの言葉に、「中和されたようだね」と極は言って笑みを浮かべた。


「色々と体験して、色々と考えればいい。

 特に根を詰めて考えなくていい。

 その時が来たら理解できることもあるはずだから」


「…はいぃー… 極先生ぇー…」とサエは言ってまたトラの獣人に戻って、マシンの前に立った。


「燕さんと結婚しようものならどうなることか…

 まずはサエを説得してからだろうなぁー…」


極の言葉に、燕は固まっていたが、極は少し笑って何も言わなかった。


「…ミドルの教師となるのも手か…」と極が考えながら言うと、「大人気の先生になりそうですね」とトーマが言いながらやってきた。


「その合理的なことを考えてみるか…

 ハイエイジの勉強をここでしてしまおう。

 まあ、自己診断の卒業試験はパスしたけどね。

 教えることはまた違ったスキルが必要だ。

 果林のように寝てしまう生徒を出すわけにはいかないからね」


「パトリシア先生はそのスキルに長けていると思います」とトーマが言うと、「…確かに… まずはそのコピーだな…」と極はつぶやいて何度もうなづいた。


「それに、みんなと一緒にいると、知らなかったことがよくわかる。

 食後はみんなでここに来ることにしようか」


「はい、賛成です」とトーマは明るい笑みを浮かべて答えた。



時間が来たので、黒い部屋は消えて、元あった会議室に戻っていた。


「…はは、時間が進んでない…」とトーマは時計を見ながら言った。


「三時間得したね」と極は言って、トーマの頭をなでた。


すると極の携帯端末が鳴った。


相手は復活を遂げたミカエルだった。


「お体はよろしいのですか?」と極がすぐに言うと、『生まれ変わったよ!』と陽気な声で言った。


「ですがまだご無理をなさらない方がいいです。

 しばらくは休養されることを進言しておきます」


『実務は秘書官に頼んだんだ。

 君にしっかりと礼を言っておかないと気が済まなかったのでね。

 本当にありがとう』


「いえ、私ができることをやったまでですので。

 これからは定期的に探らせていただきますので」


『ああ、診察を受けるよりは百倍いいさ。

 ところで君、さらに忙しくなるよ。

 口止めはしたけどね、まあ、安心はできないだろう。

 特に君はもうすでに神扱いだ。

 願いが叶わなかったら、逆切れする者も多く現れるはずだ。

 その対策は?』


「何もしないで神ではないと言うだけですね。

 まだ未成年の私にどこまで望んでいるのか、

 その時々の状況で反論したいと思っています。

 さらにすべてを請け負うとして、

 それでいいのかという問題も大きいです。

 さらには優先順位も大いに関係してきます」


『超正論だ。

 この軍などそれが覿面にある。

 ただひとりのヒーローが、

 軍を弱体化させることもある。

 力のない者が成長しないからだ。

 よって、君が企画した修練場は大歓迎さ』


「はっ ありがとうございます」


『君を守るために軍が動く。

 少しだけ安心しておいて欲しい』


「はっ お気遣い感謝いたします!」と極が声を張って答えると、電話は切れた。


「ま、準備だけしておくか…」と極は言って、緑色のキャップのペットボトルを出して笑みを浮かべた。


「統合幕僚長ね」と燕が聞くと、「色々と心配してくださってね」と極はごく自然に答えた。


「この効能は?」と燕が言ってペットボトルを見ると、「バン」と極が言うと、「はっ!」とバンは言って敬礼した。


「古傷が痛むよね?」


「はっ 天候によっては少々痛む日もありますが、

 気力でカバーしております!」


「うん、それでもいいんだけど、

 仲間にした責任が俺にはある」


極は言って、バンの体に密着しているTシャツの裾をめくって、緑のペットボトルのキャップを外して手に垂らしてからすり込んだ。


その水はみるみるうちに、バンの皮膚に浸透した。


「こりゃすごいね…

 俺の手のだるさすら取れた」


「お、おお… うおおおおおおっ!!」とバンは叫んで、両腕を高く上げてスクワットを始めた。


「…完治した…」と燕は目を見開いて言った。


「ほぼ完治、だろうね。

 だけど鍛え方次第で完治すると思う。

 バンはさらに強くなる」


「そうね、まずは仲間から強くしないと、

 極がいつまで経っても楽にならないわ」


「もし、無理難題を吹っかけてきたら、

 一旦不幸をリセットしようと思ってね。

 まあこれは、最終手段だけどね。

 一度してしまうと二度三度とする必要があるから。

 だからこの水は、そう簡単には外に出せないんだ。

 さらには、医師の仕事を取ってしまうことにもなるからね」


「いえるわね」と燕は言ってくすりと笑った。


「トーマ、犬」と極が言うと、トーマはすぐさま中型犬に変身した。


そして足を中心にして、さらには尾の付け根に緑のキャップの水を浸透させた。


犬は飛び跳ねるようにして喜んで、極に抱きついていた。


「…さらに、身軽になったぁー…」と燕は言って目を見開いた。


「ガタの来る年齢だから。

 今は成犬になる前の若い犬といったところだね。

 身のこなしが全然違う」


犬はトーマに戻って、「…マスター、ありがとうございましたぁー…」と言って、大いに泣いた。


「調子に乗って怪我をしないでくれよ」と極は言いながら、仲間たちの問題がある部分に水を浸透させた。


そしてサエとオカメには全く必要がなかったことをふたりは悲しんだ。



就寝までに何をしようかと考えていると、今度はマリから電話があって、宝石商が面会したいといってきた。


自由時間は満喫したので、秘密基地に来てもらうことになった。


極は貴金属と宝石の原石だけを出して簡単に土や石などを除去して軽く拭いただけで、その素晴らしさがよくわかった。


「…マリは目利きね…」と燕は言って、大きな赤い宝石をまじまじと見た。


「今日採掘した分だとこれが一番きれいだね。

 だけど価値とは別物だろう。

 あとは、科学技術にも使える宝石もある。

 特にビーム用にね。

 俺の場合は、攻撃ではなく防御として考えているけどね。

 さすがに、

 閃光部隊が必要なくなるほどの威力が出せないことはわかっているから」


極の言葉に、燕は大いに胸を張っていた。



宝石商は92番めの姉で、名前をプティー・マイヤーという。


「まさか仕事でまた会えるとは思ってもいなかったわ!」とプティーは陽気に言って、極に抱きついた。


「仕事なんだから抱きついてんじゃないわよ」と燕が言うと、トラの獣人がプティーの首根っこを押さえつけて持ち上げた。


「…うう… 調子に乗ってごめんなさいぃー…」とプティーが言うと、―― 調子に乗っては、この人と同じで泣きを見る… ―― と、特に獣人たちは大いに感じていた。


「悪い手本がいて助かった」と極は言って、仲間たちに笑みを向けた。


そして軍側には、107番めの姉の、総務部経理課の課長、大門十和子少尉が目を光らせていた。


そしてかなり起用で、極にだけは人懐っこい笑みを向けた。


「…見事に少女ですね…」と極が小声で言うと、「…うふふ…」と機嫌よく笑ったが、「さあ、お姉様、始めてください」と少し厳し口調で言った。


「…相変わらず怖いのね…」とプティーは言って、「規格外、大きすぎるわ…」と嘆いたのだが、目は笑っていた。


「客寄せの展示用で、大きいものがひとつ。

 あとは鉱石の状態から、こういった感じで磨き上げられるでしょう。

 くずは引き取って、工業用に流用します」


極が言って一枚の紙を出すと、「…百点…」とプティーは目を見開いて言った。


「ここで磨きまでを行って、完成品の取引でも構いません。

 その工作機械の準備はもうできていますので。

 その方がさらにお高く、倍から三倍、

 出来栄えによっては5倍以上の価格で取引できますので」


極の言葉に、「ちょっと、待って待って!」とプティーは言って大いに考え込んで、電卓を出して計算を始めた。


「…できちゃうのね…」と十和子が小声で極に聞くと、「さすがに三日ほどかかりますけど、全自動ですから面倒はありません」と極が答えた。


よって加工の工賃など、お抱えの研磨士の仕事がなくなってしまうことを考慮して、パティーは電卓をたたき始めたのだ。


「…原石で売ってぇー…」とパティーは泣きついた。


「では、取引先チェンジで」と十和子が言うと、パティーは大いにうなだれた。


女性同士の戦いは続き、細かい磨きのものだけをここで研磨することに決まって折り合いがついた。


「さらには、このブルーダイヤ」と極が言って、小さいものだが透明度の高いダイヤの原石を出すと、「最上級…」とパティーは言って、うなだれた。


まさに、極は凄腕ブローカーだったので、言いなりになるしかないと思ったようだ。


さらには十和子の交渉術にも舌を巻いていた。


わずか一時間で、この中央司令部の年間の予算を獲得していた。


極は研磨機を出して、柔らかい宝石の研磨をして、見本としてパティーに渡した。


「硬度5といってもこんなにも早く… それに、素晴らしい輝き…」と安物の宝石に、パティーは感動していた。


「…研磨機は、おいくらかしらぁー…」とパティーが言うと、「姉さんごめんなさい、非売品ですから」と極が答えると、十和子と燕がくすくすと笑った。


「…悟さんはこんな厳しいこと言ってなかったぁー…」


「取引条件が全く違いますから」と極は言って少し笑った。


「里崎コーポレーションとは個人との取引。

 パティージュエリーとは軍との取引。

 その差ですわ」


十和子の言葉に、パティーはうなだれるしかなかった。


「…欲じゃないことがすごいね… まさに取引のゲームのようなものだ…」


極が小声で言うと、「…だけど、命のやり取りにも見えていたわ…」と燕は言って眉を下げた。


「どっちの姉ちゃんもかなりのものだね」と極は嬉しそうに言った。



商談が終わった極たちは食堂で寛ぐことにした。


そして数名の者が奥の壁に磔になっていたことに、極たちは目を見開いた。


「…若返りの水を盗もうとした愚か者たち…」と大きな紙に書かれている文字を燕が読んで、けらけらと笑った。


「…いい見せしめだよ…」と極は言って眉を下げた。


「…クビ覚悟だったのかなぁー…」とサエが眉を下げて言うと、「今まで、甘い実例でもあったんじゃないの?」と極が言うと、「聞いたことないけど、あったのかなぁー…」とサエは考えながら言った。


「厳しいところは厳しい。

 甘いところは甘い。

 それがこの中央だったの。

 だけど、極が決めたことを破れば、

 厳しい罰則が与えられることに決まったようね。

 もしも、笑い話のような面白いエピソードだったら、

 極は笑って許すかもしれないけどね」


燕の言葉に、「ま、血縁者向けに持ち帰ろうとしただけだと思うけどね」と極は答えた。


「事情聴取をしないとそれはわからないわ。

 半分ほどは転売目的だと思うし。

 だけど外に出回って色々と起これば、軍が叩かれるからね」


「結婚の詐称とか起こりそうだよね。

 実は30も年上だったとか…

 ま、二万才以上よりは若者だけどね」


極の言葉に、「…もー…」と燕は言ってふくれっ面を見せたが、すぐに笑みを浮かべた。


「…デート、どこがいいかなぁー…

 若者向けの遊園地でもいいかなぁー…」


燕が陽気に言うと、「遊園地…」と極は言って頭を押さえつけた。


「…そうだ、足りないと思っていた…

 …これも、必要だったんだ…」


極は言ってすぐに平常心に戻って、「遊園地のアトラクションを追加で建てるから」と陽気に言った。


「修練に関係するアトラクションのようね?」と燕はふざけることなく言った。


「危機感が薄いと思っていたんだ。

 特に突発的な危機回避能力…

 絶体絶命の境地…

 それが一気に沸いて出た。

 どうやらその世界でも、

 すぐには思い至らなかったようだよ。

 もちろん修練場は肉体を鍛え上げるだけではない」


極の言葉に、「極の言葉、きちんと理解できた人」と燕が言うと、自信なさげにトーマが手を上げただけだ。


「トーマ、それが正解だ。

 個人的にレクチャーしていって構わないから」


「はい、ありがとうございます、マスター」とトーマは仕事をもらって大いに喜んでいる。


「…この程度のことで、極は指導しないわけね…

 じゃあ、極はさらに何を狙ってるのかしら?」


「やる気だよ」と極が明るく言うと、「…それが一番難しい問題ね… やり過ぎても毒に転ずる…」と燕は言った。


「意地になってはいけない。

 抑え込むのもいけない。

 だから肉体とは別の部分に訴える。

 そういった画期的な指導を考え出したい。

 気合を入れると、怪我をすることはない、

 などと無謀なことを言う者もいるけど、

 その気合の入れ方に大問題があると思う。

 まだ見えない答えを導きだしたいね。

 だけどまずは体力的に、俺はみんなに追いつくことが先だ。

 今日の様子を見て、俺はバンの半分ほどしかもっていない。

 先日のゲリラ戦でもよくわかったつもりだ。

 まずは俺自身を実験台にして、

 色々と考えたいんだ。

 母ちゃんにぶん殴られても平気でいられる俺でいたいもんだ」


「…そんな生物の方が少ないけどね…」と燕は言った。


「それからね、燕先生にも試練を考えてあるんだ。

 そしてこれはバンにも等しくね」


極は言って、四本の魔法の水が入ったペットボトルを出した。


「この水を生み出した者。

 それは神でもある竜だ」


極の言葉に、誰もが目を見開いた。


「まさに神が生みだした水だ。

 燕先生とバンには竜になってもらいたい。

 今は俺のただの願いだけど、

 ふたりとも本気で考えておいてもらいたい。

 その手掛かり足掛かりが見えた時、

 逐一指導を入れるから」


「…何も見えないが、やる気だけは沸いてきたぁー…」とバンがうなるように言うと、「今はその程度で構わないさ」と極は気さくに言った。


「…竜になれ、とはね…

 できないとでも思ってたの?」


燕が鋭い視線を極に向けた。


「ううん、なれるかもしれないって思ってたよ。

 オカメちゃんが我を忘れた時に、

 妙なものが見え隠れしていたからね。

 だからわざわざ言ったんだ。

 今までは必要ないから変身しなかっただけだってね」


「やっぱり、極しかいなかった」と言って、燕は極の右腕を抱きしめた。


「…はあ、なるほどね…

 積み重ねは二万年程度じゃないね。

 その百倍以上だと感じるね…

 だからこそ、俺がさらに小さく感じ始めたよ…」


極が嘆くように言うと、「…うわぁー… 逆効果だったかぁー…」と燕が大いに嘆くと、「…さらに鍛え上げないとな…」と極は鋭い目をして言った。


「…うふふ、よかったぁー…」と機嫌よく燕が言ってさらに体を密着させると、トラの獣人が、『ウー ウー』とうなったが、燕を引きはがすことはなかった。


「サエちゃん、いつでも戦うわよ」と燕が言って目だけが異様な威厳を持っていた。


トラの獣人は、頭を抱えるようにして床にうずくまった。


「…やり過ぎだ…」と極は言って、トラの獣人を抱え上げて、椅子に座らせた。


「ごめんね、強過ぎて。

 でもね、修行を終えた私を見たら孤独になっちゃうもの…」


「ああ、そうなるだろうね。

 だけど、俺は孤独にはさせてやらないからな」


「やせ我慢でもうれしいわ。

 …うふふ…」


燕の言葉に、「ま、ある意味、麻痺したね」と極が言うと、「竜じゃない私を超えたんだもの、今のままの極でも構わないわ」と燕は少し甘えるように言った。


「…まずは、本当にみんながついてこられるのかが大いに疑問だけどね…

 ま、動物のトーマだけは、どこ吹く風のようだけどね」


「…いえ、やせ我慢してます…」とトーマは眉を下げて言った。


「三人と、あとは天使たちだけでも問題はないさ。

 天使たちは竜を畏れずに寄り添うはずだ」


「強い人大好きだからね。

 ほんと、要領がいいわ」


「どうだい、夜の散歩でも。

 ドラゴンライダーとして乗せてくれないか?」


極の言葉に、燕は目を見開いた。


「資格、ないわよ?」


「あ、それは残念だった…」と極は言って笑みを浮かべて立ち上がった。



極と燕は外に出た。


極は燕を抱いて、一気にくらやみの戦闘訓練場の中央まで飛んだ。


「…驚いたわ… 沸いて出てたの?」と燕が聞くと、「ドラゴンライダー、ドラゴンバスター、ドラゴンスレーヤー」と極が言うと、「具体的に言わなくていいの!」と燕は嫌うように言った。


「鼻で笑うかと思ってた」と極が言うと、燕が消えた。


そして巨大な鼻が、極の額をついていた。


「…デジャブ…」と極は言って少し笑った。


「…ちびらないわね…」と黒いシルエットの竜が言うと、「ある意味慣れたし、度胸もついたから?」と極は答えた。


「神の水に関しては何とでもするわ。

 雨として降らせてもいい」


「どの竜なの?

 だけどね、匂いと雰囲気で分かったかもね。

 今は黒にしか見えないけど、そうじゃない。

 この濃い緑のにおいは緑竜だろうね」


「…雑草が伸びて来ちゃったわ…

 …やーねー…」


「黒い土、何とかならない?」


「さらに効果的なものがあるの。

 天使ちゃんたちに協力してもらう必要があるから、

 極の言ったことは大正解よ」


「そうか、助かったぁー…

 これで心置きなく、復興の仕事に従事できそうだ」


「この星だけだったら簡単だわ。

 それこそ、人間の欲が左右することになるけどね。

 どうせ5年もすれば元に戻るんだろうけど、

 また仕事をしてもいいし、放っておいてもいわ」


「ここに来て二万ニ千年?」


「ええ、そうよ。

 もー… なんでもわかっちゃってるから詰まんないわ…」


「だったら、振ってくれてもいいさ」


「それは考えられないなぁー…

 もちろん、極よりもすごい人もいたし、

 ドラゴンバスターにも出会ったわ。

 だけどね、みんな必死だった。

 その必死感が陳腐に見えたから、

 魅力はなかったわ」


「俺はまだまだ強くなれる可能性があるわけだ。

 ま、相当に時間がかかりそうだけどな」


「ドラゴンバスターを超える者がいるらしいわ。

 この大宇宙に5人ほど。

 きっとね、極の信託はそこから来ていると思うの。

 その5人は仲間で、まさに多くの星の復興に従事しているようだわ」


「…そうか…

 なんとしてでも追いつこう。

 それに、まだ修練場はできていない。

 ひと通りやってみて、

 俺の底力が見えるかもしれない」


「ええ、急ぐ必要は何もないわ。

 だけどね、大きな仕事が舞い込んでくるわ。

 断ってもいいけど、これも極の試練だわ」


「軍を抜けて、個人事業でも起こそうかなぁー…

 兄ちゃんたちと肩を並べて」


「うふふ、極の場合、この星にいる以上、一般人も軍人も関係ないわよ」


「それはその通りだね。

 抜けても意味がないのなら、

 ここにいた方がよさそうだ。

 マリーン様に迷惑をかけたくないからね」


「あはははは!」と緑竜は陽気に笑い始めた。


「ああ、あの慌てようを思い出したね。

 俺も腹を抱えて笑いたいほどだった」


極は言って竜の顔のホホの辺りをなでた。


「なんだかすごいね…

 でも優しさは感じるし、

 俺が小鳥のオカメになった気分だ」


極は言って、竜の巨大な顔にほうずりをした。


「私はやっぱり、逆の方が好き」


「あ、もういいよ、ありがとう。

 納得できたし、心配はほぼなくなった」


緑竜は燕に変身して、「あら、どういった心配?」と燕が聞くと、「人道上、俺の考えにそぐわない命令」と極は答えた。


「星をぶっ飛ばせ、とかは言いそうね…

 今までは誰もできなかったけど、

 極ならできるから」


「リナ・クーターがいればほぼできそうだね。

 だけど、それだけは避けたいなぁー…

 この星に彗星が突っ込みそうだ、

 ってことならすぐにでもやるけどね」


「今のところはその心配はないわ。

 ほとんどの彗星は、巨大なハンマー星に吸収されてるからね。

 この星は都合よく守られてるの」


「…そうか、回避方法は電磁波と、重力操作によっても可能だ…」


極が考え込みながら言うと、「…ほんと、お勉強大好きね…」と燕は言って笑みを浮かべた。


目が慣れてきたのか、星の瞬きだけでも、お互いの姿を確認できた。


ふたりは見つめあった。


「俺を、燕のものにしろ」と極は言って、燕を抱きしめてキスをした。


燕は何も言わなかった。


そしてじっと極を見ていたが、そのままの表情で膝が折れたので、極がすぐに支えて大いに笑った。


「燕さんの弱点だったか。

 また、時々使おう。

 今日はまだまだ時間がある。

 岩作りだけでもしよう」


極は言って燕を抱き上げて、工事現場に飛んだ。



オカメを肩に乗せて、少し土で汚れた極が食堂に入ってくると、仲間たちが心配そうな顔をしていた。


「証拠を見せてもらった。

 明日誰かが気づいて大騒ぎになるように思うね。

 巨大な獣の足跡が、戦闘訓練場にあるからね」


極の言葉に、肩にいるオカメが、『コケッ!』と叫んでうろうろと始めた。


「何も問題ないさ。

 竜がやってきたんだろうと言っておけばいい。

 姿ははっきりとは見えなかったから、

 何者なのかは誰にもわからない。

 もし、暗視カメラが狙っていても、

 光源がまるでないと無意味だからね。

 それに、意識を俺からそらすこともできる。

 軍は、竜に執着するかもしれない」


「…そこまで考えていたのね…

 ちょっとした騒ぎになることは必至ね…」


オカメは言ってから、うるさいほどに小鳥のさえずりを始めた。


「…先生が、今までにないほどの上機嫌だぁー…」とトーマが笑みを浮かべて言ったが、「え? え?」とトーマは少し驚いて、ゆっくりと極を見てホホを赤らめた。


「鳥の言葉でばらすんじゃない!」と極は叫んで、そっとオカメに触れた。


「うふふ… やっぱりわかったのってトーマだけだったわ…」とオカメは機嫌よく言った。


「とりあえず、言いふらしたかっただけだろ…

 ひとりだけにでも伝われば満足なはずだからな」


「うふふ… 私って控え目なの…」


「…まあね、ある意味それはあるな…」



極は汚れた体を洗うために、男性仲間たちとともに巨大な風呂に行った。


「マスター! 一体なにをすればこうなるのですか?!」とバンが極の胸の辺りを見て吠えるように言った。


「お?! どうしてここまでになったんだ?

 作業効率を上げるために岩を造っただけなんだけど…」


極の胸は、今までの倍ほどに隆起していたのだ。


まさに獣人たちと変わらない程に逞しくなっている。


するとウータが怪訝そうにして、さらに逞しい背筋を見ながら、「マスター、何かが浮き出ているように見えます」と神妙な声で言った。


「え? そうなの?」と極は言って、携帯端末でその写真を撮ってもらった。


それは、絵のような文字のようなものだった。


「昔の象形文字のようにも見えるね…

 分解すると、緑と自然と男に見える…

 どんな意味があるんだ?」


「…いいえ、どこがそうみえるのでしょうか…」とウータが考えながら言うと、極はその文字を分解して示してから、「…たぶん、俺にしか読めない文字…」とつぶやいた。


そして頭を抱え込んでからすぐに復活した。


「ま、これはありがたく受け入れておこうか。

 問題は、誰が俺の親なのかにかかっているような気もする。

 あ、現世の話じゃないよ。

 遠い過去の話だ。

 魂は生まれてからずっと引き継がれるものなんだよ。

 興味があれば、明日の自由時間にでも説明するよ。

 これはこの先、知っておく必要がある授業になるはずだから」


「素晴らしい精神修行になりそうです」とトーマが笑みを浮かべて言うと、獣人たちも大いにうなづいた。


「それと、俺も竜のようなものに変身できると確信したけど、

 きっと修練場で修行を積んでからだろうね。

 今はイメージは見えるけど、変身できる自信がない」


極は言って端末に額を当てて端末の画面を見て、「あ、これこれ」と極が言ってその画像を見せると、「…神様…」と獣人たちは言って目を見開いた。


「リナ・クーターっぽい動物?」とトーマが言うと、「あ、それが一番いい表現だ!」と極は上機嫌で言って、トーマの頭を乱暴になでた。


「リナ・クーターも、俺に必要だったわけだ」と極が鋭い目をして言うと、「…マスター、怖いです…」とトーマが眉を下げて言った。


「あ、ごめんごめん!」と極は明るく言って、仲間たちの背中を押すようにして浴室に入っていった。



翌朝、ちょっとした騒ぎがあって、そとで警笛が鳴り響いた。


その一団は戦闘訓練場の中央にいて取り囲んでいるように見える。


「あ、みんな、やじ馬になっていくよ!」と極は全員集合させて、空を飛んで現場に行った。


そして小鳥のオカメが、『ピッピピ』と機嫌よく鳴き続けている。


まさにその雰囲気が、直径二百メートルほどの円形に生えている緑濃い草がそう感じさせるのだ。


「25.5メートル!」と調査員が叫んで、巨大な足型のサイズを測っている。


「バン、靴脱いで」と極が言うと、「はっ マスター」と言ってバンは靴を脱いで目を見開いた。


「よく似てるね。

 バンの方がスマートで小さいだけだ。

 ありがとう、もういいよ」


「おー… おー…」とバンは興奮気味にうなりながらも靴を履いた。


「種族としては竜は親せきだろうね。

 そしてそのはるか後方。

 あれは尻尾の跡だろう」


「…うう… でかい…」とさすがのバンも大いに眉を下げてその跡を見入った。


極はフィルムマップ装置を出して、「イメージ的にはこう」と言って、バンを巨大化させたグラフィックを出した。


「そして翼があればこう」と言って翼を生えさせると、「うぉ―――!!!」とバンは感動して叫び声を上げた。


「こうするとね、どうしてこれほどに草が生えたのかよくわかると思う。

 竜の肉体が、円形に草を生えさせたと思うんだよね。

 夜なのに、よく成長したもんだ」


極は言って、バンの体を緑に塗り替えた。


「おっ いいねいいね」とミカエルがモニターを覗き込んで言った。


極たちは一斉にミカエルに敬礼して、「おはようございます!」と朝の挨拶をした。


「オカメちゃんが上機嫌だから来てみて正解だ」


そのオカメはまだ機嫌よく鳴き続けている。


「ちょっと君たち! その犯人!」とミカエルは装置をもって陽気に叫ぶと、オカメはピタッと泣き止んだ。


「こらこら、気にし過ぎ、バレるぞ」と極が言うと、オカメは小声で囀り始めた。


「うぉー… まさかこのようなものがここにいたのでありますかぁー…」と検査員の責任者がうなるように言った。


「この辺りは真っ暗闇になるからね。

 サーモは動かしてた?」


ミカエルが言うと、「はっ 特別警戒通りに」と警備班員が言うと、「…しまった…」と極は言って眉を下げた。


しかしオカメはまだ機嫌よくさえずっている。


警備班員はすぐさま現場に記憶媒体を持って来て早送りをしながら再生して、「あっ!」と言って映像を一時停止して少し巻き戻してから再生した。


「ふたり、飛んできた」とミカエルは言って振り返って、「飛んできた方角は生活棟辺りだろうね」と言いながらも映像を見入っている。


「あっ 一名消えました」


「うん、消えたけどもうひとりは場所を替えることなくまだいるよね。

 この時に、ひとりは巨大生物に変身したんだろうね。

 まあ、常識で考えてありえないことだよ。

 そして、体温のない巨大生物と言える。

 この人間の人、見つけたら軍人にしないとね」


「こらミカエル、おまえふざけてるだろ?」と言って巨大な竜が姿を見せて言い放つと、誰もがぼう然としてその場に倒れたりうずくまったりした。


「おまえら弱い弱い弱い!」と緑竜が叫ぶと、「…ごめんなさい…」と腰を抜かしているミカエルは情けない声を上げた。


「開き直っちゃった?」と極が言って竜の長い首に触れると、「極が変わらなきゃ別にかまわん」と鼻息荒く言い放った。


すると天使たちが極から飛び出してきて、山登りをするように竜に懐いていた。


「そして、正義の味方のようだぁー…」とミカエルは言って意識を断たれた。


「長年いてやったんだ、ありがたく思え」と言ったが、起きていたのは仲間たちだけだった。


「…もう… 詰まんないわね…」と緑竜は口調を変えて言ってから、「こらこらあんたたち、変身解くわよ」と緑竜がやさしく言うと、天使たちは、「はーい!」と言って素直に地面に降りた。


そして緑竜が燕に変身すると、天使たちは感謝と祝福の祈りを捧げた。


「マリーン様がご心配されておられましたので、報告に行ってまいります」とランプは明るく言って消えた。


「あの子が自由に出歩けるのはいつになるのかしら…」と燕は眉を下げて言った。


「いろんなものに興味を持たれても困るから…」と極が眉を下げていうと、天使たちも大いに眉を下げていた。


そしてピアニアが極に寄り添って、「あのね、ペンダントをずっと見てた」と少し小声で言うと、「…俺に飛ぼうって考えていたわけだ…」と極が言うと、「うふふ」とピアニアは陽気に笑った。


「言いつけちゃダメよ」と燕が言うと、「そういうわけじゃないさ。悪いことじゃない報告のようなものだから、一般的な世間話さ」と極は言った。


天使たちは悪行などを知っても、それを誰かに話すことはまずない。


回りにいる者が察する必要があるのだ。


そうしないと、言いつけた本人の徳が落ちることにもつながるのだ。


よって今の場合は、親しい相手に会いたいという正の感情の報告をしたにすぎないが、その感情を流した者にとっては、それほどありがたいことではない。


「マリーンが怒っちゃうかもよ?」と燕が言うとピアニアは頭を抱えてすぐに、懺悔と謝罪の祈りを捧げた。


するとそのマリーンが燕から飛び出してきた。


「いいのですお母様…

 みなさま、おはようございます」


マリーンは穏やかに言って笑みを浮かべた。


「ま、ここだと安全だし、みんな寝たし…」と燕は言ってミカエルたちを見た。


「はい、ランプさんから逐一聞いてここに参りました。

 勇気を出すまでもなく飛んでこられました」


「みんな、さらに悔しがるわよ。

 まああんたも竜見物だと思うけどね」


燕は言って緑竜に変身すると、「素晴らしいです! お母様っ!!」とマリーンは叫んで、様々な祈りを捧げた。


そして穏やかな気持ちをもって、緑竜の巨大な顔を抱きしめた。


「また草が伸びてきたぞ」と極が言うと、「せっかく昨日除草したのに悪いことをしたわ」と緑竜は言って燕に戻った。


「いえ、除草しておきましょう」とマリーンが言って右手を上げて指輪をかざすと、この辺りの草は真っ白になって、風に乗って飛ばされた。


「…浄化…」と極は言って苦笑いを浮かべた。


「ちょっと張り切り過ぎ…

 土が砂になっちゃってるわよ…

 別にいいけどね」


燕が言ってまた緑竜に変身すると、砂が土に戻ったところで変身を解いた。


「まさに広範囲のイリュージョン…」


極の言葉に、燕もマリーンも陽気に笑った。


「…うう… マリーン様…」とミカエルがうなりながら体を起こそうとしたが、「ご機嫌麗しゅう。そろそろお暇いたしますわ」とマリーンは穏やかに言って、極に寂しそうな目を向けてから消えた。


「…あの子、本気ね…」と燕が全てを見抜いて言ったのだが、「濁っていなかった」と極は笑みを浮かべて言った。


「あら目ざといのね…

 そこまでは確認できなかったわ…」


「いや、ある意味鈍いのかもしれないよ」


「…うう、それはあるのかもぉー…」と燕は眉を下げて嘆いた。


もちろん、極への思いが恋心と感じていないのかもしれないと極は考えていたのだ。


「ご迷惑でなければ大神殿に行って、天使の夢見に出よう。

 それが唯一の薬のような気もするよ」


「そこでお説教すればなおいいわ…」と燕は自信を持って行った。


「ここの神殿がいいぃー…」とピアニアが懇願すると、「宝物、もうほとんどないよ?」と極が言うと、天使たちは一斉に目を見開いた。


「また今日にでも採掘しておくさ」と極が気さくに言うと、天使たちは感謝の祈りを捧げていた。



極は学校に行ってから、あることに想いを寄せることになっていた。


それは燕のことでもマリーンのことでも仲間のことでもない。


―― 大神殿と暗黒大陸の関係… ――


もちろん、その知識が湧いて出ることはないが、マリーンに話しをしようかと考えたが、ここには生き証人がいる。


授業の小休憩時間に、「暗黒大陸ってどんなとこなの?」と極が燕に聞くと、「…今となって、あの場所がどういうものなのか、ようやく理解できたの」と燕は真剣な眼をして言った。


そしてふと極のノートを見て、「これ! これをどこで?!」と燕はノートをひったくって見入った。


「…あ、ああ、俺の背中の紋章、かなぁー…」と極が答えると、燕は素早く極の服をめくり上げて見入ってから固まった。


「…あ、すっげえ照れたようだ…」と極が言うと、男子たちはくすくすと笑って、女子たちは大いにうらやましがっていた。


「あ、ちなみにこの文字のようなものが理解できる人っている?」と極は言って立ち上がって、上半身の服を脱いで学友たちに背中を向けた。


「…いや、なんかすげえ…

 拝みたくなるように神々しくさえも思える…」


学友たちは口々に同じような感想を述べたが、その意味の理解や読むことはなかった。


「あえて、どう読むのは伏せておくから。

 もしも読めたら、煌小隊の一員として迎え入れようと思ってね」


「…うう… いいなぁー…

 部活やめて、修練場の建設に協力しようかなぁー…」


学友たちは次々に、極と行動をともにしたいと思い始めていた。


「…黒い門に…」と燕は言いながら目を覚ました。


「暗黒大陸の入り口に黒い門があってね、

 そこに刻まれている一文字がその紋様よ…」


燕は言ったが、極をまともに見られなかった。


「それ、全部知りたんだけど、出せる?」と極が言うと、燕は頭を差し出した。


極は燕の頭をむんずとつかんで、「…ふむ…」と興味がなさそうに言ってから、みんなが理解できるように表示端末にその門の映像を出した。


「あ、ここだね」と極は言って、極の背中と同じ文様がある場所に指をさした。


それは門の中央の一番高いところにある。


「あー… そういうこと… なるほど納得…」


極は言ってから、「その後、マリーン様にご神託はない」と極が言うと、「うん、ないね」と燕は答えた。


「ひょっとして、もう、暗黒大陸じゃなくなってるかもしれないよ?」


極の言葉に、燕は目を見開いた。


「今は詳しくは話せないけど、

 俺が最後だったそうで、頑張れって書いてあるんだ」


極は言って少し笑うと、「…不気味で誰も近づかないから、その情報すらもない…」と燕は言ってから、「授業バックレて行くよ!」と燕は叫んで窓から外に飛び出して、巨大な緑竜に変身した。


「…ここは燕先生に従うよ…

 悪いけど、バックレたって先生に言っといて…」


極は眉を下げて学友に言って、急かす緑竜の背後を飛んだ。



しかし、暗黒大陸は存在していて、14年2カ月前と何も変わっていないと緑竜は言った。


大陸と言っても、それは少し大きめの島のようなものだった。


極と緑竜は黒い大地の部分に沿って飛んでいるのだが、生物の気配がまるでない。


だが植物は大いに茂っていて、今にもサエのようなトラが飛び出てきてもおかしくないほどのジャングルだった。


「…確かに、地面が妙に黒いね…

 しかも、視界も悪くて黒いもやがかかっているように感じる…

 だけど、悪いものは全く感じない…」


そして建造物といえば、真北に向いている、木製の門だけだった。


「ちょっと門を調べるよ」と極が言うと、「不用意に触れるなよ!」と緑竜は大いに心配して叫んだ。


「…触れるところだった… 俺ってやっぱ、若いよなぁー…」と極は言って大いに反省した。



「俺たちをこの辺りで発見したの?」


極が興味を持って聞くと、「おまえだけは門の真下」と緑竜は興味がなさそうに言った。


「この門の向こうで見つかった人もいるんだよね?」


「ああ、半々だな。

 いた場所はそれほど関係ないと感じる。

 お前以外はな」


緑竜の言葉に、極は何度もうなづいた。


「中に入りたいけど、なぜかやめておけっていうんだよねー…

 俺、ここからどこかに飛ばされるかも…」


極の言葉に、緑竜は目を見開いてから、一旦は燕になったのだが、小さな小鳥のオカメになって、極の肩に止まって、強く服を掴んだ。


「爪が痛い痛い!」と極が言うと、「あ…」とオカメは言って、握力を弱めた。


「逃げようとするからじゃない…」とオカメが言うと、「はいはい、悪かったよ」と極はオカメのペースにあわせて言った。


「じゃ、飛ばされてもいいから、中に入るよ。

 …俺だけ飛ばされたりして…」


「やっぱりダメダメ!!」とオカメは大騒ぎした。


極は中に入る代わりに、小さなリナ・クーターを偵察に出そうかと思ったが、それもやめることにして、心静かに、この黒い場所を感じることにした。


「あ、燕先生が言った意味がわかった。

 ここって、異空間に似ている…

 だから似ているだけで異空間じゃない…

 だったらなんだ?」


極はこの先どうしようかと考えていると、門の辺りから動物の気配を感じた。


そして、黒いヒョウのようなものが現れて、「あっ」と極を見てつぶやいたのだ。


「やあ、ここに住んでるの?

 あ、俺って、この門の下で産まれたそうなんだ」


「ああ、タルタロスか。

 さすが勇者だ。

 ここで生まれた者でここに戻ってきたのは君だけだ。

 ま、戻ってきたら消える人もいるんだけど、

 君は高能力者でこの星に縛られたようなものさ。

 縛ったのはもちろん、ここに住むガイアの生まれ変わりさ」


「そのガイアって人は、大神殿のマリーン様なの?」


極が聞くと、「いや、そこまでは知らないよ」と黒ヒョウは言って、どこからか子供を出した。


「…えー… 俺が最後じゃなかったの?」と極が聞くと、黒ヒョウが固まった。


そして門を見上げて、「…読める人がほんとにいた…」と眼を見開いて言った。


「…じゃあ、この子はいらない子だけど、育てる?」と黒ヒョウが言うと、「君、なかなかクールだね…」と極は眉を下げて言った。


「だからこの子が最後のはずだけど…

 あ、変わった…」


黒ヒョウは言って門を見上げた。


「…ウラノスはクロノスを探せ…

 全く違う… これは使命だ…」


極は言って視線を下げると、黒ヒョウはいなかった。


「…あのヒョウは、ただの使い走りでいいようだね…」と極は言って、柔らかいバスタオルを出して、地面にいる赤ん坊をやさしく包んだ。


「ほら、俺たちの子だよ」と極が言うと、目を見開いていたオカメは、「はっ!」と言ってすぐに、燕になって、赤ん坊を抱き上げた。


そして、「ママとパパよぉー」と明るく言うと、つぶらな瞳をぱっちりと開いて、「キャッキャ」と陽気に笑い始めた。


「うん、普通に人間だ。

 ま、能力者でもそうでなくても別にいい」


極の言葉に、「あっ!」と燕は叫んで、極に申し訳なさそうな顔をした。


「一体、なに?」と極が眉を下げて聞くと、「…欲を出したらからいけなかったんだぁー…」と燕は大いに嘆いた。


「俺を見つけたのは父さん。

 父さんは俺に欲を向けなかったということでいいの?」


「…私がね、今度こそはすごい子に、って言ったらね、

 …師匠、欲を持っていいことなどひとつもありません…

 って言われちゃったのぉー…」


「さすが父さん!」と極は言ってガッツポーズをとった。


「その時だけ、緑竜になっていたら、欲をかかなかったんじゃないの?」


極の言葉に、「…その前に、無関心だから、ここに来なかったかもね…」と燕は眉を下げて言った。


「…あ、それは大いにあるね…」と極は眉を下げて答えた。


極がマリーンに念話をすると、『ノーマークが生れ落ちました!』といきなり言ってきた。


そして今、暗黒大陸にいると極が答えると、マリーンは大いに驚いていた。


土産話は夕方にということになり、極と燕は空を飛んで中央司令部に向かって飛んだ。


「ちなみに法律上では里子に出すんじゃないの?

 ノーマークについては情報が少ないから、

 その部分は調べてなかったけど…」


「…あんたのパパは、本当のパパになりたかったようだけどね…

 私は拒否したの。

 もちろん、自由を奪われるのも嫌だったし。

 私って、嫌になるほど、本当にクールだったわ…

 だからあの子にも修行の邪魔と言って、

 里子に出したのよ…

 もちろん、里子に出すことが通例だけであって、

 法律では決まってないわ」


「…ひっでえ…」と極がいうと、燕は泣きそうな顔をしていた。


「となると、俺たちが育ててもいいわけだ」と極が明るく言うと、「…穏やかなママに…」と燕は優しい笑みを浮かべて、赤ん坊を見た。


「…ウラノスはクロノスを探せ…

 燕先生、この子の背中を見て欲しい。

 あ、結界を張ってるから落とすことはないから」


「…はいはい…」と燕は言ってバスタオルをめくったが、赤ん坊の背中には何もなかった。


そして体中を探ったが、紋様のようなものはどこにもない。


「なけりゃなくていいんだ。

 俺だけは別口だということだ」


「…竜の化身、古い神の一族…」と燕がつぶやくと、「それほど、古い神の一族はいないそうだから」と極は笑みを浮かべて言って、授業中の教室に飛び込んだ。



「どこで子づくりをしてきたのですか?!」


パトリシアの第一声はこれだった。


そして、「…うらやましい…」と悔しがると、極も燕も大いに笑った。


「みんなの知っている常識で言えば、俺の弟に当たります」


極が落ち着いて言うと、教室にいる者たちに、『??』が浮かんでいた。


「あ、ミルクミルク!

 おむつもしておかないとねぇー…」


燕はまさに母のやさしさをもって、赤ん坊を抱いたまま窓から飛んで出て行った。


「暗黒大陸に行ってきたのです。

 妙な胸騒ぎがあったので。

 学校を抜け出して申し訳ありませんでした」


極が謝って頭を下げると、「…ああ、私に里子に…」とパトリシアが言うと、極は愉快そうに笑った。


極が赤ん坊の里子について話をすると、「…さすがに、先生に楯突くわけには参りません…」とパトリシアは渋々言ってから授業を再開した。



ノーマークの赤ん坊が現れたことは、昼休みになる前にすでに報道されていた。


優秀に育つことは決まったレールのようなものなので、星中がお祭り騒ぎとなった。


しかも15年振りのことだったので、成人している者たちはまさに踊らんばかりに大歓迎した。


そして里子の件は、中央司令部預かりとなったことも伝えられたので、誰もが大きなため息をついた。


この件は、まさに燕の考えひとつで変わってしまうことだった。


しかも、またノーマーク会が開催されることになった。


もちろん、極と燕が育てることも知っていたので、末席の弟が生まれた誕生会のようなものだ。


警備については今回は会員たちが雇うことにして、時間がある者から順にノーマーク会会場に集合した。


そして誰もが空を見上げて、「…リナ・クーターが守ってくれていた…」と誰もが気づいた。


大型が二機あることで、こういったことも簡単にできた。


さすがに冗談でも会員を狙うような事態が起こることはなく、会場に現れた修練場建設を終えた少し土で汚れた極を見つけて誰もが駆け寄ってきた。


そのあとから静々と燕が赤ん坊を抱いてやってきた。


もちろんマリーンも招待されていて、燕の隣を歩いていた。


「…利発そうな子だ…」と会員たちは赤ん坊に満面の笑みを浮かべていた。


極は弟発見までの経緯を話して、さらにはこの赤ん坊には使命があることまで伝えた。


よってこの赤ん坊は、この星で暮らす可能性が低いことも説明した。


さらなる説明として極が暗黒大陸の門の二枚の映像を出した。


「何を記しているのかわかる方はおられませんか?」と極が聞くと、誰もが首をひねるばかりだ。


実は食堂にもこの写真を公表して、読める者を探している最中だ。


もし読めた場合は、煌部隊所属になれることも記していたので、誰もが見入るが、誰も読むことはできなかった。


「俺だけ仲間外れ」と極が言うと、半数ほどの会員は愉快そうに笑った。


時間的にも夕食時なので、ここは煌部隊一同が心を込めてもてなした。


もちろん、長引くと思っていたのだが、「会が終わったら、5時間ほどこもって勉強です」という極の何気ない日常的会話に、長男が大いに気を利かせて、ほんの二時間で会は終了した。


極は全員が邸宅に帰り着いたことを確認してから、仲間たちとともに異空間部屋に入った。



「嘘はつかない、なかなか素晴らしい戦術ね」と燕が機嫌よく言うと、「多少の罪悪感は沸くけどね」と極は眉を下げて言った。


「じゃ、ようやく落ち着けたので、この子の名前だ」と極が言うと、「あら? あの名前でいいんじゃないの?」と燕が言うと、「俺たちの思いが重要だから」と極が言うと、「そうだった…」と燕は答えて反省した。


「何かピンときた人!」と極が言って手を上げると、果林が真っ先に手を上げた。


「はい、果林ちゃん!」


「お婿さんにする!」と宣言したので、極は大いに眉を下げた。


「いや、今はこの子の名前の募集だから…」と極が眉を下げて言うと、「お名前、ないの?」と果林が聞いた。


「ん?」と極が言ってすぐに、「名前、もうあるの?」と果林に聞き返すと、「暗黒宇宙君!」とかなりの勢いで言った。


「…宇宙はいいが、暗黒はどうだろうか…

 まあ、一目置かれそうな苗字だが…」


「宇宙クーン…」と燕は陽気に言って、赤ん坊をあやし始めた。


「嫌がってないからいいんじゃない?

 この子、きちんと理解してるようよ。

 なんとなくみたいだけど」


「…燕先生がそういうのなら…」と極は言って、赤ん坊の名前は暗黒宇宙に決まった。


そしてオンラインで出生届を出して、極はほっと胸をなでおろした。


もちろん父母は極と燕で、法的な適応は、極が15才になってからになる。


ノーマーク会がらみは特例が適応されるので、それほど面倒はない。


もちろん、極と燕は入籍していないが、これも特例で、それぞれの里子になったという意味になる。


「…特例って書いてるとこいらないぃー…」と燕が言うと、『ウー…』とトラの獣人がうなり始めた。


「ほら、勉強勉強」と極が煽ると、トラの獣人は机に目を落として頭を抱え始めた。



今日はかなりしっかりと勉強をしたので、学生はふらふらになり、大人は肉体強化にふらふらになりながらも入浴した。


しかし極は元気で、厨房に入って二度目の夕食を造り始めた。


幸恵の料理とそれほど差がないはずなのだが、「どういうこと?!」と味見をした幸恵が目を剥いて極を見た。


「ちょいと神託があってね、

 違いは塩だけなんだ。

 この星で一番きれいな深層水から塩を造った。

 暗黒大陸に行く手前に見つけたから、

 そこから抽出したんだよ。

 もちろんあく抜きにも使ったから、

 かなりピュアでナチュラルなうまさが出たんだよ」


すると幸恵が笑みを浮かべて、『バンッ!!』と思いっきり極の背中を叩いた。


するとサエが血相を変えてやってきて、「お母さん!!」とかなり怒って言うと、幸恵は肩をすぼめて眉を下げた。


「いや、全然平気。

 被害は靴が壊れた程度だよ」


極の言葉に、サエと幸恵が極の足元を見ると、靴底が倍ほどの大きさになっていて裂けていた。


極はすぐに新しい靴を出して履き替えてから、「ここまでなるには数トンの力がかかってたんだろうね」と極は他人事のように言った。


しかしサエは天使たちに極の診断をさせた。


「…今回は皮膚が赤くなってるだけですぅー…」とランプが眉を下げて答えた。


天使たちはくっきりとついている手形を見て大いに苦笑いを浮かべていた。


「夫が壊れないようにすることも、妻の務めよ」と燕が言うと、極もサエも目を見開いた。


「まさか、肉体強化?」と極が聞くと、「結果的にそうなっただけで、切欠を与えただけだから」と燕は胸を張って言った。


「今日の作業で、能力者のみんな、驚いてたでしょ?」と燕が言うと、「…岩をあんなに造っていたとは思わなかった…」と極は眉を下げて言った。


よって、三日先の仕事を今日だけでこなしてしまったのだ。


まさに燕が言った通り、デートは来週の土曜日になりそうだった。


「…確かにあの日、風呂で俺の体を見てみんなが驚いてた…」


「緑のオーラは万能なのよ」と燕が言うと、サエは大いにうなだれて涙をこぼした。


さすがに極は、サエにかける言葉がなかった。


しかし放っておくわけいもいかず、こっそりとトーマに監視するように伝えた。


その行動で、効果的な何かを見つけようと考えたのだ。


だが極は頭を抱え込んで、そしてすぐにサエを見た。


「また驚かされた…

 サエが気に入る男がいた。

 ま、サエが素直になれば、いい男になるんだろうけど、

 変わらなければ、ただの変哲のない男でしかないようだけどな」


極の言葉に、サエは顔を上げたが大いに戸惑った。


「あれ? ひょっとして知ってるのかなぁー…

 係わりは多少あったはずだけど…

 剛力部隊の黒崎虎次郎さん、黒いトラのブラックナイト」


するとサエはみるみるうちに顔を赤らめていた。


「…俊足じゃないんだね?」と極が燕に聞くと、「その力ごと剛力に変えちゃったの」と燕は笑みを浮かべて言った。


「だけど、俊足剛力でいいほどの俊足よ。

 だから問題も多いのよねぇー…」


「…はは、マスターが大変だ…」と極が言うと、燕は大いに苦笑いを浮かべた。


「…ある意味、主従逆ね…」


「同格ならまだよかったんだけどね…」


燕も極も大いに嘆くように言った。


「今は仕事に行ってるようだね。

 だけど残務処理で、明日か明後日帰ってくるようだけど…

 すごい人にもきちんと会っておかないとね」


「マスターを放り出すことも考えられるわよ」と燕が言うと、「いや、そのマスターを何とかすればいいだけだから」と極は笑みを浮かべて言った。


「第一と第二だけ明日仕上げて、早速修練を始めるから。

 もちろん、第一メインで鍛え上げれば、

 それなり以上に強くなれる」


「ま、第二は根性試しだけど、

 獣人は比較的不得意だわ」


「防具をつけさせるから大丈夫」と極は胸を張って言った。


そして極はサエを見て、「ブラックナイトさんが好きなの?」と聞くと、サエはそっぽを向いていた。


「あ、はい」とトーマが手を上げると、「お! いい話のようだね!」と極が勢い勇んで叫んでトーマを見た。


「一度話したことがあって…

 その時にサエちゃんのことを聞かれたんですけど、

 付き合いはそれほどなかったので、

 ボクの見た目だけを話したことがあります。

 どうやらサエちゃんは、

 ブラックさんを振ったようだと感じたのです」


「…ああ、思い違い行き違いがあったね…」と燕が大いに興味を持ったが、極力自然に言った。


「…頭突き、しちゃいましたぁー…」とサエが告白すると、「…その気持ち、俺にならわかる…」と極は言って何度もうなづいた。


「…ケンカを売られたと思っちゃったんだぁー…

 ただの照れ隠しだったのに…」


トーマの言葉に、誰もが納得していた。


「ま、次回はそれほど感情的にならないように。

 勉強したことや今の日常を思い出せ」


「はいぃー… 極様ぁー…」とサエは眉を下げて答えた。


「獣人の場合、近い同種がお似合いよ」という燕の言葉に、少し意地になっていたサエの心は動いていた。


もちろん、極が竜を持っていることも知っているので、この部分は同種と考えたからだ。



極たちは知らなかったのだが、能力者のマスター金城沙月がケガをしたことで、戦場からラステリアに強制送還されていた。


黒崎虎次郎も付き添って帰ってきたので、大いに暇になって、できれば出かけなくなかったのだが食堂に足を向けた。


もちろん、仲間内でも話題に上がっていた煌極少佐のことも気になっていた。


しかもあのオカメ・インコがパートナーなので、気にならないパートナーは誰もいない。


情報がどうあれ、自分の目で見ないと黒崎は納得しない性分だ。


―― なんだ、この威圧感… ――


もちろん、黒崎はブラックナイトという名の黒いトラの獣人だが、その獣人ごとに感じる野生は違う。


まさにブラックナイトの目指す先にはサエがいた。


俊足剛力のトップを欲しいままにした幸恵のことも大いに気になっていた。


サエが幸恵のパートナーをやめたことも知っていたからだ。


その威圧感を放っている者の背中が見えた。


―― あのお方がそうだったか… ―― と黒崎はまるで気に当てられたようにふらついて、近くにあった椅子に座った。


―― 深く入り過ぎた… なんてことだ… ―― と黒崎は嘆きながらも、笑みを浮かべていた。


「あんた、さっさとあいさつに来なさいよ」と小鳥のオカメインコが言うと、「先生!」と黒崎は叫んですぐさま立ち上がって敬礼した。


「なに? 早退したの?」とオカメが聞くと、黒崎は事情を話した。


「…あの子、もう限界かなぁー…

 だけどね、極が何とかするそうだから、

 あまり先々考えない方がいいわよ。

 優秀なマスターを欲してるパートナーがさらに増えたから」


オカメの言葉に、黒崎は辺りを見回して、「…バンのヤツ…」とうなった。


「極のお気に入りだから。

 今は半パートナーってとこね。

 さらに幸恵のパートナーに決まるはずよ。

 ちなみに私は別の子のパートナーになって、

 極の今の正式なパートナーはトーマよ」


「…英雄トーマですか…」と黒崎は言ってすぐさまうなだれた。


「…一度だけ話しかけたことがあります…

 まさに冷静沈着は、見習うべきことかと…」


「そのほかは?

 あ、別にいいわ、さっさと来なさい」


オカメは言って、素早く飛んで、極の肩の上で陽気に歌った。


「…先生の歌声…

 やはり、それほどなのか…」


黒崎は一旦椅子に座って、何とかリフレッシュしてから立ち上がって、本来の姿の黒いトラのブラックナイトに身を入れ替えたところで倒れ込んでしまった。


―― ダメだ… 俺は怯えている… ―― とブラックナイトは考えて、人型に戻った。


―― これならなんとか… ―― と黒崎は思って、立ち上がってからゆっくりと歩いた。


そして極の後ろに立って、「黒崎虎次郎中尉です!」と敬礼して言った。


極は立ち上がって笑みを浮かべて、「煌極少佐です」と穏やかに言って敬礼した。


「能力が高いのも考えものですけど、

 少々不器用なのはいただけませんね。

 あなたの邪魔をしているのは、過剰な警戒心です」


「おー…」とバンたち猛獣のパートナーは今納得したようにうなり声を上げた。


「あっ あ、はい… 先生にお聞きしていたはずなのに…」と黒崎は言って肩を落とした。


「お! やっぱり先生は優秀だよね!」と極が気さくに言うと、オカメは胸を張っていた。


「だけど、多少は警戒しておかないと、また頭突きを食らいますよ」


すると黄色いトラの獣人が、黒崎に頭突きをした。


「おまえ、いつまで経っても不器用だな」と黄色いトラの獣人が言うと、極は少し笑ったが何も言わなかった。


黒崎は何とか堪えて、黄色いトラの獣人に対抗するようにブラックナイトに変身した。


「とんでもなく上がったもんだ、エリザベス…」とブラックナイトが言うと、「前よりはマシなようだ」と黄色いトラの獣人は言ってからサエに変身して、顔を真っ赤にして椅子に座った。


「サエはブラックナイトに好意を持ってるから」という極の言葉に、ブラックナイトは息をのんでいた。


「不器用なのはお互い様だからね。

 ゆっくりとお互いを知ることが重要だよ」


「はっ ありがとうございます」とブラックナイトが答えると、極は席を勧めた。


「サエ、お見合いでもいいんだよ」と極が言うと、サエは顔を上げずに両手をひらひらと降って拒否した。


「エリザベス…」と極が言うと、黄色いトラの獣人に変身したサエは今度は極に頭突きを食らわしたが、跳ね返されたので、サエに戻って、「…獣人以上のマスターって信じられないぃー…」と大いに泣きごとを言って、痛んでいないが額をなでた。



「ところでマスターの容態はいかがなものですか?」


極が聞くと、「…病室を追い出されてしまったのです…」と黒崎は言ってうなだれた。


「ん? 怪我の原因を知らないのですか…

 ああ、そういこと…」


極の言葉に、「極には説明はいらないのね…」とオカメはあきれ返って言った。


「軍の統計で、俊足剛力部隊と剛力部隊のマスターの怪我の原因で一番多いのは、

 戦場で起こったことではないのです。

 これ、知ってました?」


黒崎は目を見開いて何も言えず、首を横に振っていた。


「戦場ではパートナーに守られるので、

 怪我は軽いものしかないそうで、

 何と80パーセント以上は、

 就寝して起きた朝に起こっているのです。

 その原因はぎっくり腰です」


「…うう…」とバンたちは一斉にうなった。


その状況に直面したことがあるのだろう。


「この情けない状況を、説明するマスターはいないでしょうね。

 俺だって、恥ずかしくて言えたものではありません。

 よってまずは、マスターは肉体の強化を心掛けなくてはならないのです。

 まさに、沼田准将のように」


「お母さんは叩いて極様にケガさせたぁー…」とサエがつぶやくと、「なんと?!」と黒崎は大いに目を見開いて叫んだ。


「今日も叩かれましたが、手形だけで済みました」と極は笑みを浮かべて言った。


「…生きていられる人間がいるとは思えません…」と黒崎は大いに苦笑いを浮かべた。


「…まさに化け物級…

 ですが、剛力部隊に所属した以上、

 それなり以上に鍛え上げることは必要でしょう。

 その提案も、パートナーがするべきだろうと俺は思っているのです。

 これも、マスターを守るためのひとつの手段です」


「はっ 怠っておりました。

 ですがこの件は、先生からお聞きした覚えはございません…」


尻すぼみの黒崎の言葉に、「…伝えてなくって悪かったわね…」とオカメが言ってにらむと、黒崎は肩をすくめた。


「…先生に頼り過ぎです…

 少しはご自分で考えることも重要ですよ…」


極がオカメの援護をすると、オカメは上機嫌で首筋に愛撫して機嫌よく歌い始めた。


「もちろん、そうさせようとマスターもきちんと考える必要があります。

 威張ってばかりのマスターが多いことは否めませんから。

 まあ、能力者というプライドがそれを許さないのですけどね…

 何百人もいるわけではないので…

 だから余計に、

 日常生活での怪我は許されないと自覚することが重要なのですよ。

 ですので、ストイックに鍛え上げることを推奨したいと思って、

 今回、修練場を企画して現在建設中です」


極の言葉に、「…ここに来られて数日でそこまで…」と黒崎は目を見開いて言った。


「ここに足りないものを提案して許可を得たので。

 ただそれだけのことです。

 さらには過酷な登山ランニングコースも現在設計中ですから、

 ここで大いにスタミナも付けられることでしょう。

 体力、スタミナ、そして精神力を養うために絶対に必要だったのです。

 時間の比率で言えば、戦場1、修練9がベストでしょう。

 さらには戦場でもできれば鍛えておいた方がいいでしょう。

 その方が体もよく動きます。

 まあ、それができない戦場では我慢することも必要です。

 よって精神力も重要な修練ポイントなのです。

 今よりも一秒先の自分自身が強くなったと思える自信もそのひとつです」


「…それは、伝えた方がよかったかぁー…」とオカメが嘆くように言った。


すると、「うー…」とバンたちが大いにうなり始めた。


「問題は、飴と鞭を使っての厳しい修練だけでいのかという不安が俺にはあります。

 それ以外で、何かいい方法がないかと考えている最中です。

 もちろん、支援魔法をかけるという手もありますが、

 さすがに無碍な底上げは、自信を無くす原因にもなりますし、

 迷ってしまうことも考えられますので、

 これはすぐさま却下しました」


「ミランダはそれが武器だったからね…

 その術は、確かに希少だけど、

 長い目で見ると、軍人を弱くしそうだわ…」


「リバウンドを考えると使わない方がいいと思う。

 朝起きて、ぎっくり腰多数なんて目も当てられないよ。

 過剰に体を動かすことにもなるからね、

 その可能性がさらに上がるから。

 まあ、そうなった時の特効薬はあるけどね」


極は言って、オカメをやさしくなでた。


「…首、治してあげて欲しいぃー…」とサエが照れ臭そうに言うと、「ああ、いいよ」と極は言って立ち上がって、緑色のキャップの付いたペットボトルを出した。


すると黒崎は大いに目を見開いた。


「手品です」と極が言うと、仲間たちは大いに笑った。


「ちょっと失礼」と極は言って、水を手に取って、「あ、首だけじゃない、多分トラの方も同じだろう」と言って首、脇、腰に水を浸透させて、まずは人間の方の体の確認をしてもらうと、黒崎は目を見開いた。


「生まれた当時の体に戻った…」と黒崎は言って極に笑みを向けた。


そしてブラックナイトに変身させて、極は水を塗りまくった。


「うぉ―――っ!! 生き返ったぁ―――っ!!」とブラックナイトが叫ぶと、「静かにしな!」と厨房から幸恵が怒号を放ったので、ブラックナイトはすぐさま頭を下げた。


「ですが、これで治してもまた怪我をします。

 それの繰り返しでは大成しないのです。

 ではどうすればいいのか。

 それは癖を治すことにあるのです」


極の言葉に、「うー…」とまた獣人たちがうなった。


「その指導も俺とトーマでしていくから。

 みんなも覚悟しておいた方がいいよ」


「はっ」と、獣人たちは敬礼をしたが、その眼は大いに泳いでいた。


「利き手利き足を両方にする。

 そうすれば、妙な癖は出ないはずです。

 俺はここに来る前にそれを克服したのです。

 もちろん博学のトーマもそれを終えているのです」


極の言葉に、トーマは恥ずかしそうな顔をしていた。


「…心がけが違うわぁー」とオカメは機嫌よく言った。


「修正困難な背筋のゆがみも、

 これで治ることは知り合いの医学博士に確認済みです。

 その博士が兄だった事実に驚きましたけどね」


「ノーマーク会の会員の事実を公表してない子もいるからね…」とオカメは言った。


「…素晴らしいマスターのはずです…」とブラックナイトは言ってうなだれた。


「黒崎さんはマスターとともに、俊足剛力を目指してください。

 マスターが少し華奢な女性なので、その方がいいような気がしますね。

 これは体格上仕方のないことでしょうし、

 黒崎さんの持ち味は足にあると体に触れてよくわかったつもりです。

 黒崎さんのマスターに会いに行きましょう。

 まずは腰を治します。

 そして今と同じ話をしましょう。

 できれば、素直になってもらいたいのですが、

 ま、このメンバーで行けば、ひねくれ者でも更生できそうです」


「番号なしの一般のヘタレよ」とオカメはさも当然のように言うと、極は大いに眉を下げていた。



極たちは病院に行って金城沙月に面会した。


まさかの大人数に加えて極と燕がいたことに、沙月は大いに戸惑った。


そしてすぐさま施術を行い、医師に確認してもらって退院の手続きを取った。


医師には施術を見せなかったので、どんな処置をしたのか大いに気になったが、さすがに極には聞けないので、何事もなく病院を出て、ここから近い秘密基地に行った。


「…こんな施設がいつの間に…」と沙月は言って辺りを見回した。


「勝手に作りましたが叱られませんでした」と極が言うと、誰もが大いに笑った。


そして会議室に行って、異空間部屋に入り、食堂でした話をもう一度ここでした。


ここに来て数日で多くの大業を果たした極の言葉だからこそ、沙月は素直になっていた。


英雄トーマまでいるし、やはり燕が怖かった。


その燕が完全に極を信頼していたので、沙月は自分自身を大いに恥ずかしく、そしてうらやましくも思っていた。


「皆さんが沙月さんのようであれば、この軍は安泰ですし、

 少数ですが、ほかの支局の方々はかなりめんどくさいように感じます。

 何があってもいいように、支局には最低でも二組は能力者がいるようですが、

 ここに戻ってきて使い物になるのかは未知ですね。

 統合幕僚長もその杞憂を持っていると思っています。

 この先は、任期はさらに短くなるような気もします」


「…数名は知り合いがいますが、

 仲が悪いライバルのようなものですわ…

 …ですが、そのライバルがいることこそ、

 奮起できていた部分もあると思います…

 ですが今回の件は、本当に不甲斐なく思ってしまいました…」


沙月は眉を下げて言ってからうなだれた。


「誰も言えないのですよ。

 ほとんどの人が沙月さんと同じ道を歩んでいると

 思っておいてもらっても構いません」


極の言葉に、沙月は安堵の笑みを浮かべて少し笑った。


「治してくださった手が温かかった…」と沙月がホホを赤らめて言うと、「極のわけないじゃない」と燕が言うと、沙月は大いに目を見開いた。


「…喜んでたままの方がよかったぁー…」と沙月が言うと、極は愉快そうに大いに笑った。


「まあしかし、美女と野獣だよねぇー…

 その美女にも、野獣になってもらう必要がありますけどね」


「はい、どうかご指導の程、よろしくお願いします」と沙月は期待する目を極に向けた。


「俺がいる時は指導もできますが、あいにくまだ学生なので、

 ご一緒できるのは夕方だと思います。

 軍事教練メニューによると、その時間はほとんどの方は教卓訓練のようですね」


極の言葉に、沙月は大いにうなだれた。


「ですがそのメニューに修練場が加わるので、

 時間割の変更もあるでしょう。

 修練場に朝行くと、

 昼からはまともに動けないと思いますので、

 夕方ごろが一番都合がいいと思います。

 倒れたとしても、

 ほぼ一日修練を積んだことになりますので、無駄が少なくなりますから」


「…口調は優しいのに、言ってることは鬼教官ですぅー…」と沙月は眉を下げて言った。


「みんなが強くなるのであれば、鬼にでもなりましょう」


極の本気の言葉に、誰もが一斉に敬礼した。


しかしまだ指導方針が何も浮かんでこないが、修練場を体験しないとわからないはずだと思い、極は焦らないことにした。



ここからは解散としたが、極が修練場に行くというと、みんなついてきた。


ポータブルのサーチライトを照らして、ある設備の電源を入れると、『ブーン』という音がしてすぐに、辺りが昼間になっていた。


「あら、素晴らしいわね。

 作業するの?」


「沙月さんと黒崎さんの実力を見たいだけ」と極が言うと、沙月とブラックナイトは大いに気合を入れていた。


「じゃ、これを造ってください」と極は言って、厚さ100ミリの鉄板を組み合わせた機械に一定量の砂や土を入れ込んで、上から押さえつけた。


そして前後左右の鉄板に力を込めて圧縮して、ふたを開けると、砂や土が岩になって、水蒸気を上げていた。


「剛力部隊でしたら簡単でしょ?」と極が言うと、沙月もブラックナイトも大いに苦笑いを浮かべていた。


「俺の友人たち、

 ここで働く学生の半数は俺と同じことができますから」


「…即戦力だと思いますぅー…」と沙月は言って大いに眉を下げていた。


「力を持つ者の第一の修練なのです」と極が少し気合を入れて言うと、沙月は頭を下げて、ブラックナイトと協力して、何とか極と同じ岩を作り上げて笑みを浮かべていた。


「言っとくけど、極はパートナーを使っていなかったの」


燕の言葉に、「…獣人でも、そう簡単には…」とブラックナイトは言ったが、バンたちはひとりで簡単にそれをこなしていたことに、ブラックナイトは大いに目を見開いた。


「…俺は、大いに甘かった…」とブラックナイトは目を光らせて、今は沙月と協力して岩を作りまくった。



「予定数終了だよ!

 あとは組み上げれば終わりだけど、

 ここからが大いに試練だから!」


極の明るい言葉に、仲間たちは、「ウォー!」と雄たけびを上げたが、沙月とブラックナイトは疲れ果てて声も出なかった。


予定よりも早く終わったので、極は平たんな場所に100メートルのランニング直線コースを作り上げ、さらには登山用のランニングコースの出発点まで造り上げてから、今夜の作業を終了した。


照明を切るとまた暗闇が訪れたが、ポータブルライトのおかげで足元は良く見えた。


「早く山を駆け回りたいです!」


トーマの明るい言葉に、「…絶対厳しい…」と一番の巨体のゾウの獣人のパオが眉を下げてつぶやいた。


「ああ、まずは一緒に走ろう!

 きちんと整備する前に、試しに走ってもいいよ。

 早くて来週の頭には、そこまでできそうだから」


トーマは犬に変身して飛び上がって、喜びを全身で表現している。


「…こういった高揚感が必要なんだぁー…」と一番の学者でもあるゴリラの獣人のウータがうなるように言った。


「誰にでも好き嫌いや得意不得意や可能不可能もある。

 特に力も体重もないトーマが、

 第6と第9をどうやってクリアするかに俺は期待しているんだ。

 ま、クリアしなくても常識的に日々進歩の努力さえ見せてくれたら合格だ」


「実は、秘策があるのです!」と人型に戻ったトーマが笑みを浮かべて言うと、「お! いいねぇー…」と極は大いに喜んでトーマの頭をなでた。


「…英雄は最大級の試練を乗り越えるかもしれない…」と設計図の確認を終えているブラックナイトが苦笑いを浮かべて言ったが、その心内はふつふつと燃え上がっていた。



沙月はその足で戦場に戻ると上官に進言したが、宇宙船の燃料費が高くつくということで却下された。


もちろん、完治したわけではないので、また怪我をされても大問題でもあるからだ。


この話を聞いた極は、リナ・クーターで戦地に戻ってもらってもいいと進言すると、沙月の上司は最敬礼して極に任せた。


「じゃ、時間はまだ早いから、今から行くよ」と極が気さくに沙月に言うと、「…それほどに早いのですね…」と目を見開いて言った。


「しかも、仲間以外を乗せるのは初めてだから、もう仲間で」


極の言葉に、誰もが笑みを浮かべてうなづいて、沙月と黒崎は極に大いに礼を言った。


リナ・クーターに乗り込んだ極はエンジンの状態を見た。


「よっし! 今までの倍の出力が出る!」と胸を張って言って大いに笑った。


「極様! 宇宙服は着ないのでしょうか?!」と沙月が慌てて叫ぶと、「あ、そんなのいらないいらない」と異様に気さくに言ったので、沙月も黒崎も目を見開いた。


「あ、帰りの宇宙服が必要だね」と言って、ふたりに透明の保護スーツを渡した。


「50Gまでなら簡単に耐えられるから」


「…10Gで意識をかられますぅー…」と沙月は眉を下げて言った。


「それにね、

 このリナ・クーターは宇宙に飛び出しても無重力にならないから」


極の非常識な言葉に、沙月も黒崎も言葉が出なかった。


「往復、30分ってところだね」と極が言うと、「一番早い小型高速艇で30時間ほどかかりました…」と黒崎は眉を下げて言った。


「これがたくさんあるとね、軍人たちは悲鳴を上げちゃうから、

 量産はしないよ」


極は気さくに言ってすぐに、一気に始動させてもう宇宙空間にいた。


「テレポッ?!」と沙月が叫ぶと、「ま、人によってはテレポよりも早かったかもね」と極は機嫌よく言って、目的地のワーニング星に飛んだ。


リナ・クーターは大歓迎を受けたが、それほど留まることなく、予定通り、わずか三十分で中央司令部に戻ってきた。


「今回は近くで助かった」と極が言うと、「エンジンに最後の石をもう組み込んだのね」とオカメが言った。


「試運転は重鎮警護で終えていたからね。

 自信はあったんだ。

 さあ寛ごう」


極は言ってリナ・クーターを格納庫に収納して、たまり場になっている食堂に歩いて行った。



「おや?」と極は人だかりがある場所に行って目を見開いた。


注目されていたのは極が掲示した二枚の写真があるポスターだ。


そこには極だけが読める文字でメッセージが書かれていたのだ。


「参ったね、相手も警戒してるようだよ…

 だけど、誰なのかはよくわかったから、

 こっそりと会うことにするよ。

 しかもこの人も能力者のはずなのに、

 ここでは一般兵だ。

 できれば、見られたくなかったのか、

 ここに来てから覚醒したのか…」


極は言って幸恵を見た。


「書いている姿は誰も見ていないと思うんだ。

 かなり急いで書いても、30秒以上はかかるから大いに目立つ」


「ああ、見た者はいなかったはずだよ」と幸恵は眉を下げて答えた。


「監視カメラの映像…

 どう考えてもこの正面辺りに座っていたはずだから。

 母ちゃん、その部分は公表しないようにして欲しい。

 これは信頼を得るために必要だから。

 もし騒ぎになっても、俺が守るからいいけどね」


「…お、おう… 秘密は厳守する…」と幸恵は大いに困惑して言った。


その相手がもうわかったからだ。


しかし、どう考えても彼女ではないと幸恵には自信があった。


彼女は内勤者で、しかも障害者採用枠で従事しているのだ。


極ほどではないが明るく、友人も多い。


幸恵は常に気にかけていたので、極が話したことが切欠ですべてが頭に思い浮かんだ。


「なんだ、それなりに懇意な知り合いだったんだ」と極が言うと、「参ったねぇー…」と幸恵は言って厨房の奥に消えた。


「さて、どうやって密会するかなぁー…」と極が楽しそうに言うと、「任せて」とオカメが言って、「私の部屋に呼び寄せたから」とオカメは胸を張って言った。


「はは、すごいね…

 だけど、入浴中じゃなかったの?」


「もちろん、その確認をして呼び寄せたわ。

 あ、部屋を出ちゃダメよ」


オカメは相手に念話を送って伝えた。


「オカメ・インコ。

 人間名閃光燕。

 極の依頼で私の部屋に誘ったの。

 …それほど驚くことじゃないじゃない…」


オカメは機嫌よくけらけらと笑った。


「秘密を厳守したかったから私が誘っただけ。

 だけど、幸恵だけは見破っちゃったようよ。

 あ、幸恵じゃわからないわね、沼田准将。

 かなりのえらいさんだから、気にする必要はないわ。

 それに私たちの家族だから。

 あんたもそうなればいいわね。

 …うふふ… それでいいわ…

 すぐに極を連れて行くから」


「実は演技で、俺を部屋に連れ込む作戦…」


極の言葉に、「そんなことしないわよ!」とオカメは叫んで大いに憤慨した。


「…それに、急ぐことって、なにもなくなったしぃー…」とオカメは燕に変身して身をねじって言った。


「そういやそうだね」と極は言って燕の手を取って、素早く走った。



十分に警戒して燕だけが部屋に入った。


そしてすぐに扉が開いて、「いいわよ」と燕は言って極を部屋に招き入れた。


極が扉を閉めると、「着席のまま失礼します!」と車いすに座った女性が敬礼した。


「いや、立てるんじゃないのですか?

 ご自分の肉体を治す能力を持っていないのでしょうか?」


女性は手製だろうか、天使の人形を握りしめて、頼りなげな笑みを浮かべた。


「ちょっと失礼…」と極が言って両手のひらを女性に向けると、「…臭いわね…」と燕が言った。


「そうだね、匂いにすれば大いに臭いかもしれない…

 呪いがかかっているから」


女性のネームレートには、『万有静香』と書かれていて、階級は軍曹だ。


「ちょっと時間がかかりそうだけど、

 ま、相手ももう死んでるからすぐに切ってもいいんだけどね」


「生きてても切っちゃえばいいのよ」と燕が厳しい口調で言うと、「問題が起こるんだよ… いろいろな方面へのリバウンド」と極がため息交じりに言った。


「…うう… なんだかやっと、納得できた気がするぅー…」と燕は大いに嘆いた。


容易に切ったことで、散々な目に遭ったことが何度かあったからだ。


「学習しようよ…」


「…はい、ごめんなさい…」


ふたりのやり取りを、静香はうらやましそうに見ていた。


「相手は転生を終えているけど、まだ切れてないが…

 転生したことでリバウンドは起こらない。

 こっちの術の解体をしても、リバウンドはなさそうに見えるが…」


「…なかなかずるいヤツね…

 まあ、能力者同士の恋のいざこざ…」


燕の言葉に、「…ま、陰湿だね…」と極は言って、術を使って静香の両足をゆっくりと伸ばした。


「あっ 痛くない…」と静香は言って膝を見てから極を見た。


「まだまだ…」と極が言うと、静香は顔を引き締めた。


「呪いカスが出るけど、結界に封じ込めればいいか…

 ここは慎重に精神統一…」


極は言って瞳を閉じて、深呼吸をした。


そして、「はっ!!」ととんでもない気合を入れると、丸く黒い球が宙に浮かんでいた。


「うおぉー…」と極は大いに気合をれると、結界が一気に小さくなって、黒い物体が赤く燃え上がった。


そしてさらに結界をすぼめて火は消えた。


しかし結界内には金属製の何かがあった。


「良質なエネルギーに変換された。

 もちろん超高温で処理したので無害。

 いいものが手に入ったよ」


「…理屈は理解できたけど、できるとは思わなかったぁー…」と燕は大いに嘆いた。


「呪いはエネルギーの集合体だ。

 その点術は、術者の意識とともにあるから、

 簡単に途切れて分散する。

 だからこそ、高エネルギー体の呪いを、

 良質なエネルギー体に変換させることは可能。

 圧力を加えて核融合させただけ。

 もちろん、UVカットをしていたから、それほど明るくならなかっただけ」


「…ここに、太陽があったのね…」と燕は結界に包まれている物質を見入った。


「術で、初めて気合を入れたね。

 今までにはなかったことだ。

 これは肉体と精神状態が大いに関与していたといっていいよ。

 今までにない力を出せた気分だ」


極は言って床に座り込んだ。


「もう、あなたったらすごいわぁー…」と燕は言って、極に抱きつこうとしたが、「来客中」と極が言うと、「いいのいいの」と言ったが、極が押し戻した。


「ぜーんぶリセット」「ごめんなさい」


ふたりのやり取りに、静香は腹の底から笑っていた。


「そろそろ宇宙を引き取りに行かないと」と極が言うと、燕は目を見開いて真っ先に部屋を出て行った。


面倒を見てくれて信頼の厚い者は大勢いるので、仕事などの場合は心おきなく宇宙を誰かに預けているのだ。


仕事を受ける方も、ノーマークの子に大いに興味があるので断ることは確実にないし、燕と極の願いを断る者はまずいない。



「さすがにまだ歩くのは困難でしょう」と極は言ってから、静香の背後に回って車いすを押した。


「はい、楽に動かせますけど、立ち上がれそうにはありません…」と静香は申し訳なさそうに言った。


「通常なら半年ほどリハリビが必要でしょうが、

 能力者であればそれほど必要ではないでしょう」


「実は、その点についてはよくわからないのです…」


「いえ、あなたは間違いなく天使ですから。

 マリーン様が大いに喜ばれますよ。

 ほら、エンジェルリングも浮き出ました」


「…あ、ああ…」と静香は言って感謝の祈りを捧げてふわりと宙に浮かんだ。


「まだ障害者には違いありませんから、

 無理はしない方がいいですよ。

 精神力や魔力が切れると、

 あなたはうごけなくなるんですから」


極の言葉に、静香は大いに反省して、車いすに戻って、懺悔の祈りを捧げた。


極は今夜のところは静香の部屋に送り届けた。


極たちが食堂にたむろしていることは有名なのでいつでも会えし、その生活パターンも熟知していた。


静香は快く極に就寝の挨拶をして、部屋の扉を閉めた。


「…見たわよ、少佐ぁー…」と女性士官たちが、じりじりと極に迫ったが、『第81通路のやつら、解散しろ!』とすぐさま放送があって、女性たちは大いに慌てて自分たちの部屋の戻ったので、極は大いに笑った。


極は監視カメラに敬礼してから食堂に戻った。



「…宇宙君天使…」と言ったのは燕ではない。


「…姉ちゃん…」と極は眉を下げフランクに言って十和子を見た。


「…気持ちはわかるけど、宇宙を返して…」と燕が言うと、「…除隊して育てるぅー…」と十和子はついに言い始めた。


「…宇宙はどうしたいんだ…」と極が呆れた声で言うと、「キャッキャ」と笑って、極に両腕を延ばした。


「父も強し」と極は言って、十和子から宇宙を取り上げた。


「次は?」と極が聞くと、宇宙は燕に手を伸ばして、「…マーマ…」とつぶやくように言うと、「もう誰にも預けないからぁ―――!!!」と大声で叫んでワンワンと泣いて宇宙を抱きしめた。


「ま、産まれたばかりじゃないから、

 話すことは可能だったんだろうな…

 だけど、ごく普通に人間の赤ん坊なのは変わらない」


「術を使って操った…」と十和子が言うと、「するわけがない」と極はすぐさま答えた。


エリザベスがにらんだので、十和子はさすがに怖くなったようだ。


「…私、お姉さんなのにぃー…」と十和子は悲しそうに言った。


「咄嗟の時は、職業保育士に預けることに決めたよ…

 ま、果林でもいいんだけどね」


極の言葉に、果林は大いに喜んで、燕に寄り添った。


「サエも頼んだよ」と極が言うと、エリザベスはサエに戻って、「お任せください極様」と笑みを浮かべて言った。


すると十和子は幸恵に向かって走って行って、「娘にして!」と叫んだので、誰もが大いに苦笑いを浮かべていた。


宇宙は家族の誰かが面倒を見ることになったが、さすがに獣人たちは大いに眉をひそめた。


「宇宙はバンたちのことを嫌わないさ」と極が言うと、バン、ウータ、パオは満面の笑みを浮かべていた。


「ほらほら、抱いて抱いて」と燕が明るく言うと、バンは大いに戸惑っていたが、宇宙に笑みを向けていた。


中でもパオを気に入ったようで、「パーオ、パーオ」と陽気に言い始めたが、その中には、「パーパ」もあったので極は笑みを浮かべていた。


もちろんパオの存在感もあるが、どうやら発音が気に入ったようだ。


「…感無量…」とパオは言って天井を見上げて涙を流した。


「ワンワン!」と、宇宙はついに色々と話し始めた。


トーマは犬に変身して、宇宙を覗き込んだ。


「ほらほら、犬だけどお馬さん」と燕が明るく言って、宇宙を犬の背中に乗せた。


宇宙は大いに陽気になって、「キャッキャ」と喜んだ。


しかししばらくして遊び疲れたのか眠ってしまった。


「…静かになった…

 じゃ、帰ろうか…」


極の言葉に、誰もが立ち上がって食堂を出て沼田城に戻った。



翌日の夕食中に、ミカエルがやってきたので、食堂内は騒然とした。


ミカエルは両手を何度も上下させて控えるように指示を出した。


「散歩に来ただけなんだが…

 美味そうだな…」


ミカエルは言って、極たちの夕食を覗き込んだ。


「もし、必要でしたらみなさんのお食事もご用意できます」と極は言いながら敬礼の手を下した。


「いきなりキャンセルできないから、またの機会に…」とミカエルは言いながらも残念そうに言って眉を下げた。


「いえ、統合幕僚長。

 今回はキャンセルしていただいても構いません」


衛兵でもある、お付きのキース・マカエル大佐がすぐさま言うと、「あ、そうなの?」と明るく言うと、極の前の席にいたトーマが気を利かせて席を譲った。


「英雄に席を譲ってもらった」とミカエルは陽気に言って、トーマに頭を下げて椅子に座った。


「あ、調理にかかってもらう前にこれ」とミカエルは言って、極に紙を渡した。


極は素早く読んで、「謹んでお受けいたします、ありがとうございます」と清々しい笑みを浮かべて快く言った。


極に役職の指示があり、総合修練場の主任管理官に任命されたのだ。


よって副主任もいて、それがお付きのキースだ。


「キース君は極君の補佐として、

 極君がいない時に管理してもらうから。

 だからまずはキース君も鍛え上げて欲しんだ。

 君の肉体は、まさに無駄のない、芸術品のように仕上がっている」


「はっ! 了解しました。

 明日から一部修練場を完成させて体験することにいたしましたので、

 明日からお受けできます」


ミカエルは何度もうなづいて、「さすがに仕事が早いねぇー…」とミカエルは言って、燕を見た。


「デート、楽しみだわぁー…」と燕が言うと、ミカエルは愉快そうに笑った。


「閃光大佐は公私混同が過ぎる」とキースが厳しい口調で言うと、「イジメちゃうぅー…」と燕は言い返した。


「まあまあ、固い話は抜きでいいよ」とミカエルが気さくに言うと、キースは素早く頭を下げた。


「それに、色々とトラウマが残るイジメになりそうだからね」とミカエルが言うと、キースはわずかに苦笑いを浮かべた。


「いえ、生意気なようですが、

 まさに軍人らしい軍人でいらっしゃいます。

 私は大いに好感を持ちました」


極の言葉に、キースは極に笑みを浮かべてから燕をにらみつけた。


「…にらまれたぁー…」と燕が甘えた声で言うと、「いちいち言いつけなくていいんだよ…」と極は眉を下げて言った。


「それ、ボクも褒めてくれたわけだよね?」とミカエルが催促すると、「もちろんです」と極は短い言葉を使って笑みを浮かべて言った。


「ほら、もう大人だろ?」とミカエルがキースを見て言うと、「同僚たちを全員連れて来たいほどです」とキースはすぐさま答えた。


「マカエル大佐は、

 父になっていただいたマルカス大将と同じ雰囲気を感じます。

 ですので、少々厳しく鍛えていただきたいと思っています」


極の言葉に、「気に入られたからこそだね」とミカエルが笑みを浮かべて言うと、キースは大いに苦笑いを浮かべていた。


「はい、もちろん仲間たちには厳しいと思っていますから」


「…うう… それは大いに言える…」とキースは言って、特に獣人たちと眼を合わせた。


「みんなさらに立派になってボクは嬉しいよ」とミカエルは獣人たちを見ながら言った。


「サエ君… エリザベスはさすがに怖いけどね…」とミカエルは大いに眉を下げて言った。


「…恋する乙女は無敵です…」と極が小声で言うと、「…いや、うまくいってよかったよかった…」とミカエルは安堵の笑みを浮かべて小声で言った。


「何か策略でもあったのか?!」とエリザベスが極の額に額をぶつけて言うと、「あるわけないよ」と極は気さくに答えた。


「…うう…」とエリザベスは小さくうなってからサエに戻って、「…疑ってごめんなさい…」と言って頭を下げた。


「…うう、すっげえー…」とキースは小声でつぶやいて体を震わせた。


今のをやられて慌てない者はいないとキースは感じていた。


「ま、こういったのも実力の披露さ。

 打ち合わせがあったとしても、怖いものは怖いからね」


「…あんた、みんなが疑うからいらんことをそれほど言わない…」


燕の言葉に、「…ボクの悪い癖がまた出た…」とミカエルは言って、極と燕に頭を下げた。


「ま、信じる信じないはここに常に来る人だったら良く知ってるさ。

 だけど今日、少々面倒な能力者が帰って来てね。

 そしてさらに面倒になった」


ミカエルの言葉に、「金城大尉とブラックナイトの件ですね?」と極が言うと、「君、ほんとに詰まんないね…」とミカエルは言って眉を下げたが、キースは笑みを浮かべてうなづいていた。


キースは尊敬するマカエルと同じと言われて大いに機嫌がよくなっていた。


「ここに駆け込んでくると思ったけど来ないね…

 ま、黒崎君が阻止してるんだろうけど…

 問題児のジャックのパートナーのフランクは黒崎君に頭が上がらないから」


「…ああ、牛の獣人の方ですね。

 穏やかそうで俺は好きですね」


極の言葉に、「もっと穏やかに穏やかに…」とサエが呪文のようにつぶやき始めたので、極とミカエルは大いに笑った。


「フランクさんの資料を見て、草原で寝転んで話をしたい気分になりました」


「さすが、優秀なマスターだよ」とミカエルは笑みを浮かべて言った。


「もちろん、修練場にそういったスペースも設けます。

 それぞれの獣人にあった場所を提供したいと思いましたので。

 それが飴です」


極の言葉に、ミカエルは何度もうなづいて、「非の打ちどころがないね」と答えると、「そろそろお食事のご用意をいたします」と極は言って席を立って厨房に入った。


「…息子にしたいぃー… 弟でもいいけどぉー…」とミカエルが言うと、「私は兄にして頂いたと思っています」とキースが胸を張って言うと、ミカエルは珍しくキースをにらみつけた。


「敵が増えるからあまり懐かない」と燕が厳しい口調で言うと、ミカエルとキースは首をすくめた。


「だけど、将軍のみんながいつもいつもここに来ようと画策してるんだよ?」


「常に幸恵がいるから来なくていいの」と燕は言って、宇宙に笑みを向けてあやした。


「…そうだった…

 あ、だが、彼女にもそろそろ外に出てもらうから」


ミカエルは言って、懐から指示書を見せた。


「バン君のパートナーを認めたから。

 そして准将のままではまずいと思って昇格」


「…極の命令のようなものだからね…」と燕は眉を下げて言った。


「…やっぱり、誰にでも厳しいんだね、彼…」とミカエルが眉を下げて言うと、「マリーンにすらそれなりに厳しいわ、もちろん私にもね」と燕は機嫌よく言った。


「…実力者は、常にそうあってもらいたいものだよ…」とミカエルは言ってうなだれた。


「あんた、またがん細胞が沸くわよ」と燕が言うと、「…安心しちゃダメだ… 今度はボクが極君に叱られる…」とミカエルは大いに眉を下げて言った。


「…その現場に立ち会いたかったです…」とキースが言うと、「彼、信じられないほど穏やかで、信じられないほど怒ってたと思う」とミカエルが答えた。


「黙っているからです」とキースが言うと、ミカエルは大いに苦笑いを浮かべていた。


「まだまだ働いてもらうって言われたからいいんだよ!」とミカエルは大いに抵抗した。


「それに、ひどいことをしようとしているとも言ったそうですね、本当にやさしい子です」とキースは言って、厨房にいる極に笑みを向けた。


「引退させないといったに等しいからね。

 だけど、ボクに生きる力をさらにくれたんだ。

 だから懐いて何が悪いの?」


ミカエルの言葉に、「ここにはあんまくんな、みんなに迷惑だ」と燕が言うと、「…ま、くつろぎスペースだから、大いに考えるよ…」とミカエルは言って燕に頭を下げた。


キースはマカエルの弁護はせず、呆れた顔をして小さく首を横に振った。



穏やかに会食をしていると、ついに不穏な空気が食堂に漂ってきた。


「ソラ大尉! 無謀なことはおやめください!」と沙月は大いに叫んでいた。


「…あー… 来てしまったようですねぇー…

 でも大人しくなりましたので、

 気づかなかった振りをして食事を続けましょう」


「…うう… 何やったの?」とミカエルは極に聞いて眉を下げた。


「ジャック・ソラ大尉を結界で包みました。

 何をしても外に出られませんから」


するとそのジャックを転がしながら黒崎が歩いてきて、入り口にジャックを放置して、極に向かって速足で歩いてきた。


「お騒がせして申し訳ございません。

 素晴らしいお料理を台無しにしてしましました」


黒崎はミカエルに頭を下げて言った。


「大丈夫大丈夫、気にしなくていいよ」とミカエルは幸せそうな顔をして料理に笑みを向けて答えた。


「さあ、沙月さんも座って!」と極は言って、沙月と黒崎に席を勧めた。


すると視界に、牛の獣人がいたと極は察知して、「フランクさんもどうぞ!」と少し高い声で叫んだ。


「…うう、本当に気に入ってるんだ…」とミカエルが極の様子から察して言った。


しかしフランクはジャックを見つめたまま入り口で立ち尽くしていたので、極が素早く歩いてフランクの前に立った。


「あなたはこの人の所有物でも僕でもありません。

 仲間のはずなのです。

 迫害までは受けてはいないでしょうが、

 この人はそれに近い行いをしていると感じました。

 目に余る場合は、マスターを切り捨てても構わないのです。

 まずはあなたの未来を見るべきなのですよ」


フランクは大いに戸惑いながら、「…ですが…」とだけつぶやいて困惑の目で極を見た。


「では、具体的な話をしましょう。

 あなたは上官に申し出て、マスターのチェンジを伝える。

 もちろんその理由は必要でしょう。

 そして、軍人としてひとりで勤務できるなのらそれでもよし。

 もしマスターが必要ならば、

 私の学校の友人たちのパートナーでも構いませんし、

 気が合わないと思ったら、私が一旦雇います。

 そして気に入ったマスターがいれば、

 パートトナーとして働けばいいだけです。

 それほど難しいことではありませんよ?」


フランクはさらに戸惑ったが、極の階級章を見て、「少佐殿!!」と叫んで敬礼をした。


「子供の私を、大人が認めてくれたのですよ。

 私にもそれなりに権限がありますし、

 大役を授かったところです。

 ここに大きな修練場ができます。

 少佐以上であれば、施設の管理官が可能です。

 そこの主任管理官に任命されたのです。

 ですので、私の言葉を信用していただきたいのです」


「…自分は、今まで何をしていたのだろう…」とフランクは男泣きに泣いた。


「さあさあ、うまい食事が待っていますよ」と極がやさしく言うと、フランクは笑みを浮かべて極に寄り添って歩いた。



フランクは、「うっ!」とうなって、まずは統合幕僚長に敬礼して、その姿のまま見まわした。


「敬礼は一秒程度でいいんですよ」と極が言うと、「もっともだ!」とミカエルは愉快そうに言って大いに笑った。


「久しぶりだね。

 しっかりと食いな」


幸恵が言って配膳をすると、「将軍様、申し訳ございません」とフランクが言うと、「食堂のおばちゃん」と幸恵はフランクの顔を見入って言った。


「…うう… は、はい… 本当にありがとうございます…」とフランクは大いに恐縮して言った。


「俺たちもでかいことは言えんが、

 少し控え目に仲間だと思っておいていいんだよ」


ウータの言葉に、「…はあ… 仲間からそう言ってもらえて、やっと楽になった…」とフランクは言って、ようやく本来の笑みを浮かべて、「うまそうだ」と言って、もりもりと食事を摂り始めた。


「…同僚相手の方が素直だった…」と極は言って大いに眉を下げた。


「その切欠を与えたのは極君だから、

 胸を張っておけばいいんだよ」


ミカエルの言葉に、極は眉を下げていたが、燕が胸を張っていた。


「彼は律儀だ。

 あの短時間でここに来るとは思ってもいなかった。

 具体的に話したことが功を奏したね」


「はっ ありがとうございます」と極が言うと、「ユキちゃん、指令書」とミカエルは言って、懐から書面を出した。


「…いい予感がしないねぇー…」と幸恵は言って書類を受け取ってから、一瞬敬礼をして厨房に戻って行った。



食事を終えて、極はすぐさまジャックのもとに行くと、立ち上がってから大いに敵意の目を向けていた。


ここではまずいと思ったのか、「外に出てケンカでもしよう」と極は言って結界を転がすと、ジャックは転んで、結界の中で回転した。


「あ、誰も来ちゃダメだよ。

 色々と難癖をつけられそうだから、

 それを言わせないためにタイマンを張るんだよ」


極の言葉に、仲間たちは動くことができなかった。


まさに極の言った通りで、仲間が近くにいることでジャックであればそれを理由に逃げようとするからだ。


特に燕は大いに眉を下げていた。


「あ、そうだ」と極は言ってから振り返ると、誰もが期待した。


「工事現場の明かりをともすから、望遠だったら十分に観戦できるから」


極は言って、カメラとモニターを出してカウンターの上に置いた。


「観戦しよ」とミカエルは言ってキースに指示を出した。



極は修練場にやって来て明かりをともした。


そして結界を解くと、ジャックは少し頭が冷えたようで、ゆっくりと立ち上がった。


「監視はされてるが、声は聞こえない。

 何を話そうが、咎めるのは俺だけ。

 喚きたいのなら喚いたってかまわない。

 しかもパートナーはひとりもいない。

 いい条件だろ?」


「…この小僧が…」とジャックがうなると、「だから何?」と極が言うと、ジャックは大いに頭に血が上っていた。


「その程度しか悪態がつけないんだ。

 あんた、大したことないね。

 みんなに言いふらしてやる。

 腕力でも術でも何でも放ってこい!

 その代わり、ただで済むとは思うなよぉー…」


極が大いに気合を入れて言うと、ジャックの足が崩れ落ちかけた。


「よっわ」と極は言って少し笑った。


「戦場から帰って来たばかりだなんて言って言い訳するかい?

 だったら、沙月さんと黒崎さんにした施術をして万全にしてもいいんだぜ?」


極の言葉に、ジャックの目が躍った。


まさにその件で、極にケンカを売りに来たのだ。


「沙月さんもそうだが、満身創痍でいることが悪いんだよ。

 普段の修練を怠けるから、体にぼろが出るんだ。

 疲れて休むのも重要だが、

 怪我をしないように鍛え上げた方が、

 人間にとっては一番いいんだよ。

 特に俺たち能力者は、普通の人間よりもその能力にも長けているんだ。

 まさかあんた、その程度のことも知らないで

 軍に所属して戦場に行ってたんじゃないだろうな?」


ジャックは何も言えなかった。


能力者にそんな能力まであるとは知らなかったのだ。


「ま、いい…」と極は言ってテーブルを出して、緑のキャップのペットボトルを出した。


「少し時間をやるから、体に塗ったり飲んだりしてみろ。

 毒を入れるような卑怯な真似はしてないからな。

 どうせあんたはまた難癖をつけるはずだから、

 今夜寝る前までに決着をつけてやる。

 俺はあんたほど暇じゃないんでな。

 お子様の相手なんてしてられないんだ」


「くっそっ! くっそっ! くっそっ!!」と叫んでジャックは極に殴りかかったが、紙一重でよけて、足を払うと、ジャックは勢い良く転がった。


「疲れているとしても弱すぎる…

 あんた、どれほどフランクさんを盾にしたんだ?

 情けないマスターだ、まったく…」


極の言葉に、ジャックはテーブルの上にあるペットボトルを見た。


まさに沙月から聞いたペットボトルと同じだった。


ジャックは素早く回り込んで、ペットボトルを手に取って、まずは浴びるようにして頭から振りかけて、残りをすべて飲み干した。


「おっ おおっ! おおおおおおっ!!」とジャックは吠えた。


まさに体が羽のように軽い。


ジャックは大人の体で生まれ変わった気分を満喫していた。


「…てめえ、ただじゃあ済まさん…」


「やってみろよ、ヘタレ」と極は言って素早くジャックに近づいて、額にデコピンを食らわすと、ジャックの体が後ろに一回転して、仰向けに転がった。


「よっわ!」と極は言って大いに笑って、またペットボトルを出した。


「ほらほら、復活してまた来いよ、虫けら野郎」


「くそ! くそ! くっそぉ―――っ!!」とジャックは言って腰の銃を抜いたが、トリガーがなかった。


「危険なおもちゃは潰しておいた。

 ケンカとは言え武器を使えばどうなるのか、

 あんたならよく知っていたはずだ。

 だけど、次はナイフでもいいぞ。

 だが、そろそろさらに地獄を見てもらおうか…

 あんたの場合、時間をかけて倒さないと、

 まず改心しないからな。

 ま、そんなことはせずに、能力を消して放り出すだけだがな」


するとジャックは腰からナイフを抜いたはずだが、持っていなかった。


「探し物はこれかい?」と極は言ってナイフの柄を指で挟んて持ち上げた。


そして、逆の手で刃をもって、一気に折った。


「必要なら弁償するぞ」と極が言うと、「…化け物め…」とジャックがうなると、「だから何?」と極は言って少し笑った。


「これが本物の能力者だ」という極の言葉に、ジャックは大いに戸惑った。


まさに、今の極の姿が、夢にまで見たジャックなりの能力者だった。


―― 何とかなるかも… ―― と極はようやく考えたが、油断はしていない。


「能力者なら、術のひとつも放ってみろよ。

 弱すぎて人間にはかからないんだろうけどな。

 ま、かけられてやってもいいんだぜ。

 多分かからんけど」


「弱い術でも、かかれば勝ちだ!」とジャックは叫んで、極の右足に拘束の術をかけた。


そしてジャックは右に回り込んですぐに、ローの回し蹴りを放ったが、極の右手でつかまれて、そのまま振り回されて、地面にたたきつけられた。


「ぐお!」とジャックはうなって、その場でうずくまった。


極はペットボトルを出して、ジャックにかけた。


「術、せっかくかかったのに解けたぞ」と極は言って少し笑った。


ジャックの全身の鈍痛はすぐに和らいだ。


そして、少しだけボディーチェックをして立ち上がった。


だが、目が回っていることに気付いて、ふらついてから腰を落とした。


「目が回ることは治らない。

 怪我じゃないからな。

 いいデータが取れた」


極は言って少し笑った。


「お情けで待ってやろう。

 戦えるようになったら立ち上がってこい」


「…もういい…」


「よくない。

 お前はまた同じことをすることはわかっているからな。

 立ち直れないほど痛めつけてやるから、

 さっさと立ち上がってこい」


「脳力を消せるなんて聞いたことがない!!」


「あ、そ」と極は言って、素早くジャックに寄り添って肩を突いた。


「ほら、もう使えない。

 しかも、パートナーを使うこともできないはずだ」


「なっ?

 うそだっ!

 うそだっ!

 これは夢だぁ―――っ!!」


ジャックは大いに嘆いた。


「夢じゃないさ。

 能力者はこういった芸当も簡単にできるんだよ。

 だからここにいる者たちは下級の能力者。

 なんでも上級は勇者と呼ばれるようになるらしいぞ。

 ま、本当か嘘かは知らんけど、

 暗黒大陸に行って聞いてきた。

 俺の発見された場所だからな。

 そして新たに弟も得た。

 本当についてた」


「…なぜ俺が、お前じゃないんだぁ―――っ!!!」と、ジャックは腹立たしい想いを言霊に込めた。


「そんなない物ねだりのわがままを言ってもどうしようもないだろ…

 あんたの場合、能力が沸かない方がよかったようだ。

 どこの世界に行っても、悪者確定だ。

 今のように、討伐されることがオチだ」


「…もういい、殺してくれ…」とジャックは涙を流しながら言って極を見たが、すぐにうなだれた。


「俺に殺人者になれって?

 そんなことするわけないだろ。

 だからお前のようなヤツは面倒なんだ。

 まずは人の迷惑を考えてものを言え」


「…おまえが仲間だったら…」


「やなこった」と極は言って鼻で笑った。


「…俺… まさか能力者になれるなんて夢にも思っていなかった…」


―― よし、ようやくたどり着いた… ―― と極は思って笑みを浮かべたが、顔を引き締めた。


「俺、有頂天になって家族に言うと、

 母さんと姉さんと妹に言い寄られたんだ…

 里子のことも聞かされた…

 そして、三人とも関係を持った…

 そんなもの、一時の快楽だった…

 母さんたちは俺を奪い合って、

 姉さんだけが生き残って、今は刑務所…」


「ああ、ニュースで見たよ。

 だけどそれほど珍しいことじゃなかったね。

 俺だって、姉さんに言い寄られ、

 両親には縁談を勧められたさ。

 だから、過分な能力を授かった俺は、

 軍から迎えが来るまでに、

 家族を近づけないようにしてすべてを大いに鍛え上げた。

 あんたもそうすれば、俺のようになっていたのかもな」


ジャックは何も言わずに、地面の土を握りしめた。


「…聞きたかったことを先に言うな…」


「やかましい!」と極は叫んで大いに笑った。


ジャックは立ち上がって、「ジャック・ソラ大尉です!」と極に敬礼した。


「煌極少佐です」と極は言って敬礼を返した。


「…これをやるのも今日限りだ…」とジャックは言ってうなだれた。


「調査にはきちんと答えた方がいい。

 救う神もいるかもしれない。

 だけど、パートナーを粗末にしたことを俺は許せない。

 どんな事情があったとしてもだ」


「…あいつ、言いなりになり過ぎ…

 そういうあいつに腹が立っていた俺がいた…」


「まるで、本来の自分自身を見ているようだった」


極の言葉に、ジャックは顔を上げて、「…先々、いうな…」と言って涙を流した。


「だけど、そういうフランクさんだからパートナーにしたんだろ?

 少々荒んではいたが、心機一転頑張ってみようと。

 だけど、そううまくはいかなかった。

 できる限りの努力はした?」


「…やってねえ…

 だがあいつは、まじめにやってたがな…

 何度も誘われたが、逆切れしてた…

 全く、情けねえよなぁー…」


「もしクビにならなかったら、鍛え上げてもいいぞ」


極の言葉に、「…うう、怖ええ…」とジャックは言って大いに眉を下げた。


「怖いなんて甘いものじゃない。

 俺の訓練は地獄に落とされたも同然だ」


ジャックは息をのんで、「…訓練で殺してくれ…」とジャックが苦笑いを浮かべて言うと、「生かさず殺さずをキープしてやろう」と極は鼻で笑って言った。


「…ひっで…」とジャックは言って少し笑った。


「…さあ、行こうか…」と極は言って歩こうとしたが立ち止まった。


ジャックは怪訝そうにして極を見た。


「斥候部隊が近くで見張っていたようだ。

 余計なことを…」


極は言って暗闇を見入った。


「統合幕僚長にもデコピンだな…」と極は真剣な目をしてうなった。


「…俺には全く… あ、能力が…」とジャックは言って、極に笑みを向けた。


極は何も言わずに、暗闇に術を放った。


そして現れた5個の丸い結界全てを蹴り飛ばした。


「今頃統合幕僚長は頭を抱えて逃げたと思うね」


「…沙月のヤツが言っていた…

 あんたは誰にでも厳しいと…

 その通りだけど、そんなことは関係ねえ…

 俺は、あんたとともに戦いたい…」


ジャックは言って頭を下げた。


「身体的には諜報部がよさそうだ。

 なんなら、英雄トーマをつけてもいい。

 なかなか、厳しいぜぇー…」


「…うう…」とジャックはうなっただけで、返答ができなかった。


「完全に信用したわけじゃないからこそ、

 トーマをつけるんだ」


「…わかってるよ、そんなこと…」とジャックは棘を抜いた言葉で言った。


「殺そうとしたやつを、

 どうして仲間になんてしようとするんだ!

 お前、馬鹿じゃないのか?!」


「能力者はそれほどに貴重だからだ」


真剣な眼をした極の言葉に、「…ちっせえなぁー…」とジャックは言ってうなだれた。


「ああ、小さいな。

 だからこそ、実直に素直になって、大きくなればいいだけだ。

 きっと息切れする者もいるんだろうけど、

 心から信頼できる大勢の仲間がいれば、それほど苦じゃないと思うね」


極の言葉に、ジャックは何も言わなかった。


「あ、あんたを拘束する者がいなくなったけど、

 ま、いっかぁー…

 ま、俺も、何らかの懲罰はあるだろうけどな…

 だが、鬼教官のデモンストレーションと思ってもらってもいいと思うし、

 まだ学生だし、気にすることはないか…」


「…さらに情けねえ…」とジャックは言ってうなだれた.


そして、「…まだ、素直になれねえ… やっぱ悔しいから…」とジャックがつぶやくように言うと、「数分前にここに来た時よりはかなりマシだよ」と極は言って少し笑った。


「銃とナイフを壊した弁償ぐらいなんじゃねえの?

 軍の備品だから」


「あ、それはあるだろうな!」と極は言って、大いに笑った。


「能力者には、携行する必要のないものだ」と極が言うと、ジャックは極の腰の装備を確認したが何も持っていない。


「…俺はただの卑怯者だった…」とジャックは大いに嘆いた。


「武器が必要ないほどに鍛え上げればいいだけだよ」


「…やっぱ、怖え…」とジャックはつぶやいた。


するとキースが部下を連れて来て、罪状を読み上げてジャックを拘束した。


「私の処分もあると思うのですが」と極が言うと、「できるわけないだろ…」とキースは比較的小声で言った。


「平等じゃないのはいただけませんね。

 あ、あれかぁー…

 俺がノーマーク会の会長だから…」


「それもあるし、マリーン様が怖いじゃないか…」


「それが軍の甘さですね…」と極は言ってキースに敬礼した。


「俺は上官のあんたに叱られただけだ」とジャックは笑みを浮かべて極に言って、連行されていった。



極が眉を下げて食堂に戻ると、ここに住むすべての軍人が集まっているかのように、考えられないほど大勢の者がいた。


「教官! よろしくお願いします!」と誰もが口々に言って、極に敬礼した。


極は大いに苦笑いを浮かべて敬礼した。


「やめろって言ったのにぃー…」と燕が言った。


もちろん、斥候部隊が隠れていた件だ。


「トーマは断ったのかい?」と極が聞くと、「命令ではありませんでした。行って欲しいなぁー… と言われただけですので、マスターの指示で動けませんとお答えしました」とトーマはお堅く答えた。


「能力者やパートナーがいては、

 改心できるものもできないからね。

 斥候部隊には参ったよ全く…」


「音声を拾っていたんだけどね、

 絶対に気付かれない距離を取れって命令があったようよ」


「あ、その件は進言して、あの距離を指示したのです」


「さっすがトーマだ、よくわかってる」と極は言ってトーマの頭をなでた。


「ですが、まさかすぐに気づかれるとは思ってもいませんでした。

 まさにギリギリだったようで…」


「もちろん、辺りも気にしていたからだよ。

 だけど、除隊にするわけにもいかないだろうし、

 拘束を続けるわけにもいかない。

 ま、ある程度は素直になったようだから、

 教育係と監視を兼ねて、

 トーマに任せることにした。

 軍がどう判断するのかは、少々疑問だけどな」


「修行として、お引き受けします」とトーマは渋々だが答えた。


「だから、全てを晒す必要はないんだ。

 半分以下にセーブすれば、

 誰にでも簡単に扱えるはずだ。

 トーマとバン、ウータは能力者にあわせてその調整ができるはずだ」


「…うう… 働いてる気がしなくなるかも…」とトーマは大いに嘆いた。


「身体的パートナーだけでもいいんだよ。

 そして至らない時は噛みついてやればいいんだ。

 能力者とパートナーは比較的主従関係と見られているが、

 それほど甘いパートナーはいないはずだからな」


「…さらに器用になれるように、修練を積みますぅー…」とトーマは今にも泣きそうな顔をして言った。


「まだ決まってないが、次のパートナーは、誰にしようかなぁー…」と極が楽しそうに言ったので、特にトーマは大いに眉を下げていた。



ジャックの処分が決まるまでは、極はフランクをパートナーにすることにした。


もちろん一時的なものだといって、多少のコミュニケーションだけ取ったが、フランクが常に本気の目になっていた。


「…フランクさん… 今の心理状態でいいと思っているのですか?」


極の言葉に、フランクは一気に目が覚め、「申し訳ございません!」と腰を直角に折って頭を下げた。


「いえ、反省できてよかったと思っています。

 俺は少々特殊なので、

 パートナーを何人抱えてもいいようなんです。

 燕先生もトーマも、嫌ったりしたわけではありません。

 必要な場所で勤務してもらうようにしただけです。

 パートナーにも、少々器用になってもらおうと思っているだけなので」


「…どうなることかと思った…」とバンが言うと、「…面目次第もない…」とフランクは涙目になってバンに言った。


「穏やかさが消えていた。

 元々乱暴な俺たちよりも怖かったぞ…」


ウータの言葉に、「…うう… さらに反省しとこ…」とフランクは言ってちらりちらりとエリザベスを見ている。


「俺はまだパートナーになってないんだがな…」とエリザベスが極を見てうなると、フランクは大いに怯えていた。


―― 調子に乗ったらこういった罰があるんだぁー… ―― とフランクは正しく理解して背筋を伸ばした。


「じゃあさ、エリザベスは訓練の時だけ、俺のパートナーで。

 みんな、震えあがるんだろうなぁー…」


極が笑みを浮かべて天井を見上げて言うと、―― やっぱ、甘くなかったぁー… ―― と獣人たちは同じことを考えていた。


エリザベスは、「本当だろうな?!」と叫んで極に頭突きを食らわしたが、また跳ね返されて、「…悪かった…」と謝ってからサエに戻って頭をさすっていた。


「冗談でもサエに嘘はつかないさ。

 もしその状況になったとしても、そうしないように努力する。

 だからサエも、もう少し警戒心を解いた方がいい」


「…はいぃー… 極様ぁー…」とサエは大いに眉を下げて頭を下げて謝った。



週明け三日目の夕方に、修練場の全貌が明かされて、早速翌日から使用することに決まった。


もちろん極たちはその夜に、実力と検査を兼ねて、修練場で大いに鍛え上げた。


ここでさらに仲間たちの実力や性格がよくわかった。


第一修練場の長距離のクライミングはさておき、第二修練場の滝つぼ飛び込みを獣人たち全員が拒絶したのだ。


「すっごいスリルがあるのにー」とトーマは言ってまた飛び込んだ。


トーマは犬と人間の体で交互で様々なシチュエーションで滝つぼに飛び込んでいて、ただただ遊んでいるだけに見えた。


「…ふむ… じゃあさ、低い場所だったらできそう?」と極が言うと、その低い場所から飛び込んで遊んでいる果林と燕を見た。


獣人たちは同意して、果林とともにまずは水遊びに乗じた。


「…水は怖いし火も怖い…」と燕が眉を下げて言うと、「…まずはそれから克服しようか…」と極は言ってから、「だけど戦場では問題ないんだよね?」と聞いた。


「水の場合は得意な者に便乗。

 火の場合は遠回り」


「…ふむ、それもどうだろうか…」と極は言って、かなり安全な場所に作った組み手場の隣の地面を少し掘って、窪んでいる広いスペースを作り上げて、煙が出ない油をまいて火をつけた。


「はっ!」と極は気合を入れて、ゆっくりと焼けた岩の上を歩いた。


獣人たちは一斉にやって来て、「マスター! なんて無謀な!」と叫んだが、「あ、全然大丈夫だから!」というかなり軽い陽気な返事に、誰もが目を見開いていた。


「最高の能力者で、最高のマスターだからこそね」と燕が言うと、獣人たちは真剣な眼をして、一斉に滝つぼの頂上に走って、無心で飛び込んだ。


「…まさかこれもやれって…」とトーマが泣きそうな顔をして言うと、「いうわけないわよ!」と燕が叫んで大いに笑った。


「…俺も、免除だよね?」と数日で大いに逞しくなったキースが眉を下げて言うと、「能力者だったらよかったのにぃー…」と燕が残念そうに眉を下げて言うと、「…普通の人間で助かったぁー…」とキースは大いに安どのため息をこぼしながら言った。


「あ、普通の人間でもできるよ」と戻ってきた極が言うと、キースは大いに眉を下げていた。


「心頭を滅却すれば火もまた涼し」と極が言うと、誰もが眉を下げていた。


「なんてことあるわけないさ!」と極が言って大声で笑った。


「ではどうすればいいのか?

 防具ではない防具を身にまとう。

 そしてまずは呼吸を維持する必要がある。

 ゆっくり歩いて一分はかかるからね。

 よって、体中の毛穴から、

 空気を放出するように瞑想に近い状態になって幕を造る。

 そして汗の調整もして皮膚を冷やす。

 これが、気功術の基本だよ」


「ついに来たわね、気功術」と燕が陽気に言うと、「じゃ、タンデムで」と極が言って燕の手首を握ると、大いに足踏ん張って拒否した。


「やってたのを見てきただけよ!」と燕は大いに叫んで拒絶した。


「今の燕先生も人間」と極が言うと、燕は緑竜に変身して、燃え盛る炎の窯に足を突っ込んで火を消してしまった。


「…ふー、消えた…」と緑竜が言うと、極は大いに笑い転げた。


「…いや… どっちにしてもすげえ…」とキースがつぶやくと、トーマも目を見開いて同意していた。


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