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閃光の極―KIWAMI―  作者: 木下源影
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第一話 軍属と王室



第一話 軍属と王室



きわみは進路を考えあぐねていた。


まだ14才なのだが、特別待遇の多い軍に所属しようか、などとと考えあぐねていた。


しかしできれば平和な職に就きたいと思い、趣味でもあるロボットの模型に手を触れた。


しいて言えば立派な、『オタク』という人種でもある。


もっともこの一週間は、まさにオタクでしかなく、この自室から一歩も出ていない。


―― 出所不明の逸品、ねぇー… ――


極は白い機体に翼を持っているリナ・クーターと名前がついているこの模型が好きだ。


この機体のデザインや作者は一切不祥なのだが、模型仲間の間でこれが正しいとされる噂話が流れた。


『…大神殿の天使長マリーン様が企画されたそうだ…』


このラステリアには人間のほかに獣人、そして天使が生息している。


比率としては人間が8、獣人と天使が1だ。


人口としては、それほど過密ではなく、人類すべてで一億人ほどがこの星に住んでいる。


しかし人間の中にだけ、時折能力者として成長を遂げる者がいる。


極もそのひとりで、ハイエイジクラスの学校からの誘いが後を絶たない。


こういった情報はすべて公開されるので、特に軍は放ってはおかない。


しかし、最終的な決断は本人に託されるので、決して無理強いはしないのだが、極はできればこの家を出たいと思っているので、軍属になることにそれほど否定的ではない。


この家を出たい理由はただひとつで、姉の冴羅さえらがその大きな原因だ。


極が能力者と認定されてから一週間が経つが、まるでストーカーのように付きまとい始めた。


もちろん親にも言いつけたのだが、「結婚すれば?」と両親ともが笑みを浮かべて言う。


よってできれば、今すぐにでもこの家を出たいと思っている。


極は今すぐにでも家を出ようかと考えたのだが、この板張りの10平方メートルの部屋ですべてがこた足りたので問題は何もなかった。


―― まさかだったなぁー… ―― と極は思って苦笑いを浮かべた。



その能力検査の時に、「君って里子にとられたんだね?」と検査官に聞かれたのだ。


極は寝耳に水で、両親と姉を地の繋がっている本当の家族だとばかり思っていた。


「…あ、知らなかったわけだ…

 ここではね、知らせることが唯一の良心だと思っているんだ」


「…はい… その実例は、テレビの報道とかで…」と極はショックはあったが、検査官の答えに同意した。


ごく平凡な家が貴族にのし上がれる唯一が、この里子制度なのだ。


もちろん、里子に能力者と認められた者が家の誰かと婚姻する必要がある。


しかし、能力者と認定されただけで、今までの養育費として多額のカネが支払われる。


だが、それを認定されるのはほんの一握りで、詐欺や虚偽申請が後を絶たない。


この検査機関に来れば一目で判断できるので、何をやっても通用しないのだが、金目当てで一部の貴族が係わっていたりすることもあるのだ。


「しかし、君はノーマークだから、黙っておいてもいいと思うけど?」


検査官の言葉に、極は大いに戸惑った。


その駆け込み寺のような場所が軍施設となるわけだ。


―― あの人たち、変わるんだろうなぁー… ―― と極はすぐさま他人行儀に考えた。


このドライな性格も能力者の能力のようなものだ。


もうひとつの逃げ道は、警察官になること。


軍と警察は強い力のために明るく門扉を開いてはいるものの、ここでもまれに不正は行われるので、用心に越したことはない。


よって能力者のほとんどはパートナーを手に入れる。


まさに能力者の道しるべとなる強い味方でもある。


「君の適正はどっちでもいいよ」と検査官は言って、極に具体的な対象者リストを手渡した。


―― …うっわ、怖そー… ―― とまず1ページ目から、極は眉をひそめた。


そこには4人の獣人の顔写真とプロフィールがあった。


獣人とは出くわしたことがないので、ほぼUMA扱いだ。


極はまるで噛まれそうなどと思ったようで、用紙の角を小さめに指でつかんでページをめくると、妙にかわいらしい獣人と天使が3人が現れた。


そしてひとりだけ妙に光っていると思い、鳥の獣人に目が行ったと同時に、その光が収まった。


今は、ごく普通に印刷物だ。


「この、オカメ・インコさんを」と極が言うと、「おっ! もうご神託が出たようだね」と検査官は明るく言った。


「人間から言うと、アタリはこの人」


検査官は天使に指をさして、それはなんとラステリア王室第三王女のミランダだった。


検査官は極を見抜いていた。


ご神託と言ったのも、プロフィールを全く読んでいないと判断したからだ。


「…めんどくさそうなのでお断りしますね…」と極が小声で言うと、「…大きな声では言えないが、もっともだ…」と検査官は小声で言った。


「…だけどね、君を連れて来いって言ってくるよ…

 彼女にも同じようにこれ、渡してあるから…」


検査官の言葉に、極は大いに苦笑いを浮かべたが、「ありのままに説明するまでですから…」と眉を下げて言うと、検査官は納得の笑みを浮かべて何度もうなづいた。


「あとね、オカメちゃんはもう何人もパートナーを替えている、

 ある意味エキスパートだよ」


極はプロフィールを見て、「…皆さんと、桁が違う…」と大いに眉を下げて言った。


「この検査はいろんな意味を持つんだ。

 オカメちゃんはようやく安住できると、

 ボクは確信できたよ」


極はオカメ・インコのこっけいな顔写真を見て笑みを浮かべて検査官に頭を下げた。


そして極はこの検査官である、『閃光』と書かれているネームプレートの男に再び会うことになる。



ふと窓の外を見ると、向いの家の高い木にクリーム色の小鳥が止まっていた。


極はすぐに窓を開けた。


どこにでもいる小鳥ではないことはわかっていたし、今回目にしたのは二度目だった。


遠目だと同種であれば同じように見えるはずだが、極は見た目だけでは判断していない。


これも、能力者のひとつの力でもある。


すると小鳥はすぐに飛び上がって、開いた窓から部屋に侵入して、ふわりと床に降りて、振り返って極を見てから小首をかしげた。


「…はは、かわいいなぁー…」と極が言うと、小さな小鳥は一挙に巨大化したが、身長は幼児ほどだった。


「身長85センチ…」と極が眉を下げて言うと、「チビで悪かったわね!」とオカメ・インコは悪態をついた。


「…いや、プロフィールに書いてたから…」と極が言うと、オカメは桃色だったホホを朱に染めた。


「…も… もし、困ってるんだったら、

 軍の施設だったら就職とは別で保護できるわよ…」


オカメは妙に恥ずかしそうに言った。


「…その件でね、相談に乗ってくれない?」


「人間なんてみんな同じよ。

 欲の塊でしかないわ」


オカメは言って腕組みをしてそっぽを向いた。


「今指導できるのは、嫌ならここを出る。

 そうでもないのなら留まるってことだけよ。

 特に軍属に染まるのなら、すぐに決めた方がよくてよ。

 一度の戸惑いが、また何度もやってくるものだから。

 今すぐに、体ひとつで軍施設に飛び込めば、

 全て面倒見てくれるわ。

 特にあんたは優秀だから。

 私がリストに載ることの方が珍しいほどなんだから」


「…はあ… 優秀で、厳しいんだなぁー…」と極が言うと、オカメは腰に手を当ててこれ見よがしに胸を張った。


極はオカメのあまりにも豊満な胸からすぐに目をそらした。


「…あら、若いわね…

 あ、14才だもんね…

 私、2万2532才」


「…えっ…」と極は言って目を見いた。


「この星一番の長生きよ」とオカメは言って、「ほっほっほ」と少し上品に笑った。


「…そういえば、プロフィールには書いてなかった…」


「…年齢だけ極秘だからね…」とオカメは言って極をにらみつけた。


「あとはどうとでもするから、

 育ててもらった恩を言葉にして家を出ればいいだけ。

 その前に、必要なものだけ持って、この部屋を出る」


「…はあ… どうやらそれが簡単にできるんだ…」と極は眉を下げて言った。


「まずは、パートナーの力を見せてあげるから」


極は大いに納得して、お気に入りの模型だけをバッグに詰めて、「さあ、行こう」と言って歩き出した。


「…うふふ、素晴らしいわ…」とオカメはほくそ笑んでから、極の後を追った。



「お父さん、お母さん、姉ちゃん。

 長い間お世話になりました。

 ボクはこれから軍属となります。

 みなさん、どうかお元気で」


極は言って頭を下げた。


「さ、いこいこ」とオカメは急かすように言った。


「…固まっているけど、解けるの?」と極は大いに心配をしたが、「あと2分ね」とオカメは答えた。


「話し出すとここに留まることにもなるかもよ。

 面倒だから、出直したくないの」


オカメの言葉に、「…うん、わかった…」と極は答えて、動かず固まっている三人に頭を下げた。


「軍から使者が来るから、

 あんたは何も心配することはないの」


極はオカメの力強い言葉を聞いて廊下に出て、玄関を出て、家の前に立った。


「遠いから飛ぶわよ」とオカメが言うと、もうすでに極の体は宙に浮いていた。


「え? え―――っ!!」と極は叫び声を残して、東に向かって飛んでいた。



まさにオカメは軍施設の長のようで、どこに行っても誰もがすぐさままっすぐに立って敬礼をする。


もちろん極もその真似をして敬礼をする。


よって、極の部屋に案内された時には、すっかりと敬礼の姿が板についていた。


「私は向いの部屋だけど、同居してもいいわ」


オカメの言葉に、極はついついオカメの胸に目が行ってしまった。


「…見たい?」とオカメが挑発すると、極は問いには答えずにすぐにそっぽを向いた。


「二万年も生きてるとね、こんなこともできるの」とオカメは言って、極と同じほどの身長になって敬礼をした。


極もすぐに倣った。


オカメは軍服を着ていて、しかも今は人間にしか見えない。


階級は大佐で、ネームプレートには、『閃光燕』と書かれていた。


「…オカメ・インコじゃないんだ…」と極が言うと、「あら、この名前はあとでつけた人間用よ」と燕は笑みを浮かべて言った。


「…閃光って…」と極は言って、検査官の男性を思い出して、燕の顔をまじまじと見た。


「髪の毛を束ねて」と燕が言ってポニーテールにすると、「…あの、検査官の人だったぁー…」と言って、大いに苦笑いを浮かべた。


「あんたは少々特殊だったから、

 検査官を代わってもらったの。

 だけど、この星の法律があってね、すぐには従軍できないから。

 だけど、修練は積めるわ。

 もちろん、勉強だってしてもらうから。

 あと半年だけ、この軍施設内のミドルクラスで勉強してもらうことになるわ。

 希望があれば、ハイエイジでも勉強してもらえるけど、

 ミドルを卒業する前に決めてもらってもいいわ。

 だけどパートナーが私なのは変わらない。

 だから軍に所属した時点で上司と部下だから、

 その辺りはわきまえてもらいたいのよねぇー…」


「はっ! 大佐殿!!」と極は真剣な顔をして言った。


「…閉鎖した区画内ではタメ口でいいの…」と燕が眉を下げて言うと、「…胸、ないね?」と極がいきなり軽口を言うと、「だからなに?!」と燕は大いに怒って叫んだ。


「オカメちゃんの方が魅力的」と極が言うと、「…オカメは、軍属じゃないぃー…」と燕は大いに嘆いたが、ここは魅力的な方に変身した。


「変身には決められた形があるんだね」と極は言って、オカメを抱きしめた。


まさにかわいい獣人をかわいがっているだけの感情しかない。


もちろんオカメもわかっているので、拒否しなかった。


「…妹と姉ちゃんを同時に手に入れた気分…」と極がつぶやくと、「…結婚相手じゃないのね…」とオカメは大いにうなだれて言った。


「この先、どうなるんだろうなぁー…」と極は言って、勉強机の椅子に座って、オカメを正面にあるベッドに座らせた。


「…あのさ…」と極が言うと、オカメは体を震わせて身をねじって、「…な、なに?」と聞いた。


「安心したら、腹減ったんだけど…」と極が言うと、「…身構えて損した…」とオカメは言って、ベッドから降りた。


「食事は決められた時間じゃなくていいから。

 食堂、行くわよ」



食堂までの道中に、簡単に軍施設の説明を受けた。


その間中、オカメも極もずっと敬礼をしていたようなものだった。


食堂に行くと、誰もが一斉に立ち上がってオカメに敬礼をした。


まさに壮観で、極は5割増しで胸を張って敬礼した。


「何だいオカメ、今度はかなり若いな」とカウンターの中にいる割烹着を着た女性がオカメに言った。


「…私のオアシス…」とオカメがホホを真っ赤にして言うと、「…こりゃ、たまげた…」と女性は言って極を見入った。


「…私にゃ、記憶がねえ…」と女性が言うと、「…私もぉー…」とオカメは言って、特S定食をふたつ注文した。


「さすが大佐殿だ!」と女性は調子よく言って、すぐに配膳の準備を始めた。


そしてオカメは誰もいない席に極を誘った。


「ほら、数人だけど、同年代もいるわ」とオカメは言って、窓際の席を見た。


軍服ではなく学校の制服のようなのでその存在はよくわかった。


「…ま、事情はあんたとほぼ同じよ…」とオカメが言うと、「…みんなと仲良くできそうだ…」と笑みを浮かべて言った。


もちろん、学生服の年長者もいる。


今はティーブレイクとしゃれこんでいるようだ。


そして必ずと言っていいほどパートナーが寄り添っている。


ほとんどが獣人だが、ふたりだけ天使がいる。


「…ほかのパートナーも、今の姿は軍属じゃない…」


「ええ、そうよ。

 だけど、大尉以上はいないから」


オカメは自慢するように言った。


「だけど、オカメちゃんは長生きなんだから、

 もっと上でもいいんじゃ…」


極の言葉に、「もっともな意見ね…」とオカメはため息交じりに言った。


「…ん? 出世させてくれない…

 現場は、大佐まで…」


「…さすがね、恐れ入ったわ…」とオカメは言って、右を見て笑みを浮かべた。


「さあ! たんと食べとくれ!」と女性は言って、とんでもない量の料理を置いて行った。


「彼女は牧田幸恵。

 階級は准将」


極は目を見開いて、幸恵の後ろ姿を見入った。


「…ここでは食堂のおばちゃんだから、敬礼は省略…」とオカメが言うと、極はゆっくりとうなづいた。


「…食欲なくなったけど…」と極は言ったが、猛然たるスピードで料理に食らいついた。


本当に腹が減っていたので、一旦エンジンがかかるともう止まらない。


「はい、おかわりおかわり!」と幸恵は陽気に言って、どんぶり飯ちゃんこが始まった。


「大成したも同然だ!」と幸恵は機嫌よく言って、空になった炊飯器ときれいさっぱり空になった料理のトレイをもって厨房に歩いて行った。


「…食後のドリンク一式と、デザート一式ですぅー…」と気弱そうな少女が言って、素早く配膳して、ほとんど顔を上げることなく厨房に走って行った。


極はパートナーリストを思い出していた。


「…うわぁー… トラの人だぁー…」と大いに嘆くと、「…さすがね…」とオカメは言って、アイスティーをストローで飲んだ。


「別に臨時で雇ってもいいの。

 メインは私というだけで、特に取り決めはないから。

 できれば、いろんなパートナーを巻き込んだ方がお得よ。

 だけどできれば、私を解雇しないで欲しいものだわ…」


「あ、それはないと思う」と極がごく自然に言うと、「あ、そ」とオカメは言って笑みを浮かべていた。



食後の腹ごなしとして、軍施設の説明と、さらには射撃訓練場に足を運んだ。


極は今までにないほどの真剣な顔をして、施設内を見まわした。


パートナー以外は全員が軍服を着ているので、学生はひとりもいないことがすぐにわかった。


極は素早く辺りを見回して、「はあ、なるほど…」とつぶやいた。


死角がないほどに監視カメラが仕掛けられている。


「きちんと監視しているから。

 あんたはもうすでに有名人」


オカメは言ってブースのひとつに極を誘った。


「あ、訓練の前に…」とオカメは言って、極にネームプレートを渡した。


「IDにもなっているから。

 軍施設すべてに有効よ」


極は特に苗字を見入っていた。


ネームプレートには、『煌極』と書かれている。


「…ボクの、本名…」と極は言って、感慨深く思ってネームプレートを見入っている。


「ま、あとは…

 誘惑も多いし、

 もう伝えたけど、王族も来るわよ」


「うん、わかった」と極は言って、気合を入れて胸にネームプレートをつけた。


「…うっそぉー…」とオカメが大いに嘆くと、『訓練中止!!』と放送が入った。


そして数秒置いて、『煌極が八階級昇進して中尉となった』と放送があった。


「…うう… 法律で守られてんじゃないの?」と極が大いに嘆くと、「…産まれた時期、ごまかされてたのかもね…」とオカメが言った。


「…かなり後で出生届を出したんだ…」と極が眉を下げて言うと、「…これは聞かされてなかったわ… 再確認しとかないと…」とオカメは言って眉を下げた。


「…そうか… 正確な年齢を言い当てる能力者もいるわけだ…」


「…探知系は、天使が得意よ…」とオカメはさらに小声で言った。


「…あんたは注目株だから、徹底的に調べられたわね…

 まあ、純な少年だから、

 これ以上の秘密はないと思うけどね…」


「…となると、一五才以上ということで、結婚もできるわけだ…

 これは要注意だ…」


「そのために、私がいるの!」とここはオカメは大いに声を張って言った。


もうすでに、ブースの外には女性ちが殺到していたが、『訓練に戻れ!』と放送があったので、一瞬にして誰もいなくなった。


「…基本的には、廊下などでの立ち話は懲戒だから。

 それ以外の場所では気をつけないとね…

 特に食堂…」


「准将に守っていただきます!」と極が機嫌よく言うと、「…その壁があったわ…」とオカメは笑みを浮かべて言った。


そしてオカメはホホを朱に染めて、「…スレンダーな女性は嫌い?」とアピールしたが、「…訓練に来たんじゃないの?」と極に言われて、「…はいはい…」とめんどくさそうに答えた。



極は機器の使い方をひと通り聞いて、全てに納得してからオカメを抱きしめて、右手の手のひらを的に向けた。


「…指じゃダメなの?」と極が言うと、「…さすがね… それでもいいわ…」とオカメはすぐに答えた。


極は指をピストル型にして、「…いや、でかい…」とつぶやいてから、指ではなく爪の先に全神経を集中した。


「…もう今日は終わりでもいいわよ…

 できれば、これほど混雑している時にやらない方がいいわ…」


「…いや、大丈夫…」と極は言って、百ほどの的を一瞬にしてすべて射抜いた。


「…あら、早業…」とオカメは言って笑みを浮かべて極にさらに抱きついた。


「…オカメちゃんがすごいだけじゃん…」と極が眉を下げて言うと、「…あ、その部分はわかってなかったのね…」とオカメは言って、短い講義をした。


「…うう… そういうのもあったわけだ…

 さらには相性…

 できれば、オカメちゃんに従順な方がいい…

 きっと誰もがこれを聞いていたはずなのに、

 みんな忘れちゃうんだ…」


「…早い子で一日で解雇だったわ…

 だから、さっき言ったように、

 パートナーと多く触れ合うことがお得なのよ。

 パートナーもそれを望んでいるからね」


「…ケンカにならない?」と極が言うと、「…ふむ…」とオカメは言って少し考えた。


「…あ、今までにはなかったけどね、

 あんたの場合は起こりそうな気がするわね…」


「…いや、その時はボクが…

 俺がきっちりと断るから」


極は一人称を変えることで、オカメに決意を示した。


「…そう、頼もしいわ…」とオカメは言って、極の体を放した。


「…ねえ、スレンダーな女性は嫌い?」とオカメが全身を真っ赤にして聞くと、「…パートナーチェンジで…」と極が苦笑いを浮かべて言ったので、「今のなしなし!」とオカメは大いに慌てて叫んだ。



すると、ブースのドアをノックした音が聞こえたので、極はすぐに振り返って、すぐさま姿勢を正して敬礼した。


―― 大将… キリル・マルカス様… ―― と極はすぐさま階級章とネームプレート見て確認した。


「軍服を持ってきただけだ。

 できれば、閃光大佐とは、全てのパートナーとして、

 付き合ってもらいたいものだな。

 あ、決して命令ではない。

 命令の場合は文書で言い渡すが、

 恋愛に関しては個人の自由。

 この件では、上官に歯向かっても構わんからな」


「はっ! ありがとうございます!」と極は声を張って答えた。


「俺は君よりもかなり上だが、

 閃光の上司だ。

 何かあれば、言ってきていいぞ」


「はっ! ありがとうございます!」と極は硬さを抜いて笑みを浮かべて答えた。


マルカスは満足そうにうなづいて、軍服を極に渡してブースの外に出て歩いて行った。


「…おかしいよね?」と極がオカメに聞くと、「…まず、ないわね…」とすぐに答えた。


どう考えても、部下の軍服を上官が持ってくるはずがないのだ。


「…まあ、少しだけでも話したかったんじゃない?」とオカメが言うと、「…ああ、そういった理由かぁー…」と極は言って、この場で軍服に着替え始めた。


「…ちょっとちょっと!」とオカメは言いながらも、しっかりと極の着替えを見ている。


そしてネームプレートをつけて、極は胸を張ってオカメに向けて敬礼をした。


オカメは、「…はぁー…」とため息を漏らして、燕に変身して敬礼をした。


「楽にしろ」と燕の言葉に、極は手を下ろして足を肩幅に広げて両手を後ろで組んだ。


「…結婚してぇー…」と燕が小声で言うと、極は笑いをこらえていた。


「…この件だけは、上官命令が使えないぃー…」と燕は言って大いに嘆いた。


「…マルカス大将にご報告を」と極が言うと、「…別にいいんだけどね…」と燕は眉を下げて言った。


「納得できましたら、プロポーズさせてください」


極の言葉に、燕は目を見開いた。


「…そうか…

 その間に、誰かとお付き合いするわけね…」


燕は言って極をにらみつけた。


「ごく一般的に、コミュニケーションを取るだけですから。

 その時に閃光大佐が私の妻だと、誰も近づいてくれませし、

 偽装を施した本人しか見せてくれませんから」


「…うう… もっともな話だわ…」と燕は言って眉を下げた。


「もちろん、それなり以上に仲が良くなることも考えられます」


極の言葉に、燕は頭を抱え込んだ。


「…パートナーで、よかったのか悪かったのか…」と燕は言って、その姿をオカメに変えた。



今日のところはパートナーとして様々な場所を訪れたが、まさにオカメは極の邪魔ばかりをして、男性であろうが女性であろうが、極が話をする相手すべてをにらみつける。


「…うーん…」と極は大いに苦笑いを浮かべてオカメを見た。


「…私、悪くないもぉーん…」とオカメは言ってそっぽを向いた。


「じゃあさ、逆に聞きたいんだけど、

 オカメちゃんが心を許せる人に会わせて欲しいんだけど…」


「いない!」とオカメが豪語したので、「…はあ…」と極は大いにため息をついて、「…退役、しよ…」と言い始めたのでオカメは大いに慌てた。


「まずは全寮制の企業に拾ってもらって、そこで勉強して社会に出よう。

 そうだそうしよう!」


「わかったわかったわかった!」とオカメは大いに叫んで、極を食堂に連れて行った。



「なるほどね…」と幸恵は大いに眉を下げて、極に同情心を向けた。


幸恵はオカメを見て、「あんた、命令するよ?」と言うと、オカメはさらに焦っていた。


「なんなら、キリルちゃんに判断してもらおうかい?」と幸恵はオカメの顔を覗き込んで言うと、「…大人しい女でいますぅー…」とオカメが言うと、極は腹を抱えて笑った。


「いや、だけどこの子は本気だねぇー…

 今回は今までとまるで逆だよ。

 オカメがパートナーにした子でオカメから離れようとしたのは極だけだ。

 あのキリルちゃんですら、ずっと直立不動だったんだから」


「…長く生きてるだけありますね…」と極はオカメに尊敬の念を向けて言った。


「私だってこの子に押し上げてもらったんだ。

 軍上層部のほとんどのたたき上げは、オカメの弟子だったんだ」


極はさらにキラキラした目でオカメを見た。


「…尊敬するよりも結婚してぇー…」とオカメが言うと、幸恵も極も大いに眉を下げた。


「いえ、今は考えられませんよ、先生」と極が言うと、今度はオカメが眉を下げる番だった。


「ああ、それでいいんじゃないのかい?」と幸恵がにやりと笑うと、オカメは大いに困惑して燕に変身した。


「あんた、それで抵抗したつもりかい?」と幸恵が言って、軍服を身にまとうと、燕は大いに焦った。


「…牧田准将…」と極が眉を下げて言って辺りを見回した。


「…はあ… 良くないね…」と幸恵は言ってかっぽう着姿に戻ると、燕もオカメに戻った。


誰もが席を立って、幸恵に敬礼していたからだ。


「この子が出世できない理由はふたつあるんだ」


幸恵の言葉に、「本人が望んでいないことだけではないのですね?」と極が聞くと、幸恵は何度もうなづいて、「上がったとしても私のひとつ上だろうね」と答えた。


「だったら大佐のままだったら威厳も残せて現場で働ける今を取ったのさ。

 この子はちゃんとわかってるんだ。

 結局はこの星の王になるしか道はない。

 だが知っての通り、オカメはブースターでしかない。

 だからこそ、王になろうと極から離れないんじゃないのかい?」


「…大正解ぃー…」とオカメは言って大いに眉を下げると、極も眉を下げていたが、幸恵は大いに笑った。


「先生、相手のことは気にしないで、俺だけを信じてもらえないかな?」と極は気さくに言って、オカメの頭をなでた。


「…誘惑されちゃうもぉーん…」とオカメは悲しそうに言ってうなだれた。


「そんな友はいらないよ」と極が堂々と言うと、「オカメ、観念しな」と幸恵は言って席を立って厨房に戻って、「これから30分、半額だ!」と幸恵が叫ぶと、誰もがカウンターに並び始めた。



「…ご… ご注文をどうぞ…」と人間の皮を着たトラが極の席に注文を聞きに来た。


ネームプレートには、『サエ・アンナ・ロアーズ』とある。


「正体を見せてくれませんか?」と極が注文すると、「えー…」とサエは言って大いに戸惑ってオカメを見入った。


「私、あんたの上司じゃないわ…」とオカメは言ってそっぽを向いた。


「…私、自分の本当の姿が嫌いですぅー…」とサエは言って涙を流した。


「いや、俺はそうは思わなかった。

 まあ、かなり怖いけどね。

 だけど、嫌わないと約束するから」


「本当だな?!」とサエが叫んだ途端、まるで極を食らわんばかりに、その巨大な頭を極の額にぶつけてきた。


「…はは… ちびりそうだったぁー…」と極が苦笑いを浮かべて言うと、「…サエが認めたわ…」とオカメは言って眉を下げた。


「…余計なことを言うなぁー…

 焼き鳥にして食うぞぉー…」


サエは姿を変えることなく、額を極にぶつけたままうなった。


「ところでロアーズ中尉、

 みんなが怯えていますけど、

 いいんですか?」


「…おまえが認めたからいいんだぁー…」


「あ、俺も中尉だった」と極が言うと、「…うう、もう、そうなったんだぁー…」とトラの獣人は大いに嘆いて半歩引いた。


そして今更ながらに、極の階級章を見て、「…ペアルック…」とつぶやいて、トラの獣人は恥ずかしそうにして身をねじった。


「…まあ、そういえばそうなるよね…」と極は言って大いに眉を下げた。


「じゃあ、本来の注文を」と極が言うと、トラの獣人は気弱なウェイトレスに戻ったが、背筋を伸ばして極に笑みを向けた。


「その方が千倍いいよ」と極が気さくに言うと、「…ああ、同僚のお友達ができたぁー…」とサエは感極まって言ってワンワンと泣きだし始めた。


「今は仕事中」と極が言うと、「…うん、そうだったわ…」とサエはすぐに泣き止んで涙を拭いてから、「ご注文をどうぞ!」と明るく聞いた。


厨房の中では、幸恵が笑みを浮かべてうなづいていた。



サエが注文の品を持ってくると、空いている極の左隣の席に座った。


「幸恵さんが自由時間だって言って…」とサエは恥ずかしそうに言って極を上目づかいで見た。


極はサエの手元を見て、「ミルク、好きなの?」と聞くと、「…う、うん…」と戸惑いながらだがすぐに答えた。


「…ビアジョッキ…」と極が言うと、「飲む時だけ、本体に戻るから…」と恥ずかしそうに言って腰を揺らした。


「今の姿に自信がないんだ。

 なんとなくだけどわかったような気がするよ。

 それに、人間にあわせる必要がある。

 公の場所だと、大いに抑え込む必要があるからね」


「…うん、そう…」とサエは言ってトラの獣人になってジョッキのミルクを半分ほど飲んですぐに元に戻った。


「パートナーリスト、きちんと見た?」とオカメが極に聞くと、「部隊名の記述が控えめにあったね」と極はすぐに答えた。


「見逃してないのね…」とオカメは言って目尻を下げた。


「サエさんは俊足剛力と書いてあった。

 オカメちゃんは閃光。

 まるっきり別の部隊のようだから、

 オカメちゃんが階級上位だけど、

 サエさんとは上司部下じゃない」


「だけどね、先生」とサエは笑みを浮かべて言って、オカメを見た。


「…まあ… それはあるわね…」とオカメは照れくさそうに言った。


「俊足剛力は陸戦部隊。

 上官の指示で、チェインジング特例がある」


「…あるわね…」とオカメは興味がなさそうに言って、ティーカップにくちばしを近づけた。


「閃光は全部隊共通部隊だから、

 陸戦部隊の俊足剛力部隊にも所属可能…」


「…うう… あんた、もうそこまで…」とオカメは大いに嘆いた。


「一週間もあったんだ。

 一般人から見てわかる範囲は全て調べたさ」


「…合格ぅー…」とオカメは眉を下げて言うと、サエは極に拍手をしていた。


「サエさん、訓練に協力してくれない?」と極が聞くと、サエはすぐさま立ち上がって、「はい! 喜んで!」と叫んだ。


「体力には少々自信があるんだ。

 もちろん、トラに勝てるほどはないけどね」


サエは少し落ち着いて椅子に座って、「もっと実戦的なのは、肉弾先行部隊、かなぁー…」とつぶやいた。


「ああ、リストにはゾウの人がいたね」と極が言うと、サエは笑みを浮かべてうなづいた。


「王女様以外はみんな好き…」とサエが言うと、極は大いに眉を下げた。


「…あんた、めったなこと言うんじゃないわよ…

 ここは公共の場なんだから」


オカメが言うと、「そんなの対策済みだよ」と極は言って笑みを浮かべた。


「…ここでも結界…」とオカメは言って大いに眉を下げた。


「ああ、特Aクラス以上…」とサエは手を組んで言って、羨望の眼差しを極に向けた。


よって極は射撃訓練場のブース内で結界を張って、堂々と着替えをしたのだ。


「時間制限があるわ。

 治安維持のため」


オカメの言葉に、「対策済みの結界だよ」と極は明るく言った。


「外の音、聞こえるよね?」と極が言うと、「…一方向性… 特S…」とオカメは言って大いに目を見開いた。


「S級になると、まさに神扱い。

 基本的には現場で働く者は大尉以上」


「…あんた、たった一週間で何やったのよぉー…」とオカメは大いに眉を下げて聞いた。


「家族との隔離と別世界への移行」


「…もう、化け物級ね…」とオカメは大いに嘆いていた。


「現状に甘んじるわけにはいかなかった。

 もちろん軍属になることは視野に入れていたから、

 できることをやったまでだよ。

 俺にとって、時間はほぼ無限にあるから」


「…別世界では結婚しましょう…」とオカメが言うと、極は大いに笑ってオカメの頭をなでた。


「…側室でもいいので…」とサエが言うと、極は大いに眉を下げた。


「…パートナーとしては、ふたりとも不合格」と極が投げやり言うと、「前言撤回します!」とオカメとサエは同時に言ってうなだれた。


「やっぱ、斥候部隊の犬の人がいいかもなぁー…」と極が言うと、「…お目が高いぃー…」とオカメは言って眉を下げた。


「理由は、唯一男だったから」と極が言うと、「…そうだった…」とオカメは言って大いにうなだれた。



『緊急連絡!』と館内放送が鳴り響いた。


極は身支度をして素早く立ち上がった。


『…うふふ… 訓練でしたぁー…』という放送に、極は大いに笑った。


「…上がったわね…」とオカメは言って極を見上げた。


『あ、緊急じゃないけど連絡ぅー…

 煌極大尉は貴賓室まで。

 あ、急ぐことないからね』


放送は終始気さくに言って終わった。


「…王女と謁見か…」と極が苦笑いを浮かべて言うと、「サエも行きな!」と幸恵が叫ぶと、サエは巨大なトラの獣人となって、極の斜め後ろに立った。


「あ、軍人はダメだけど、パートナーは一心同体…」


「…そういうこと…」とトラの獣人は小声で言った。


「…この場合、でかい方がいいぃー…」とオカメが嘆くと、「いや、逆にさらに小さくなれば?」と極が笑みを浮かべて言うと、オカメはすぐに小鳥に変身して、極の肩に止まって、首筋にほうずりをした。


「…先生、うらやまし過ぎます…」とトラの獣人は眉を下げて言った。


「いや、そうでもないさ」と極は言ってトラの獣人の逞しい手首を握った。


そして見えない速度で10メートル移動した。


「今はこれだけで十分」と極は言って、「…使って、もらえたぁー…」とトラの獣人は言って、ウオウウオウと泣き叫び始めた。


そして食堂にいる誰もが肩をすぼめて耳をふさいでいる。


「…このまま謁見してもいいか…」と極は言って歩き出すと、トラの獣人は号泣しながらすぐに追いかけた。


「戻ってきたら、少佐だな」と幸恵はにやりと笑って言った。



「煌極です!」と応接間の巨大な扉の前で極が敬礼して言い放つと、「…予想はしていたと思うけどね…」と屈強な衛兵二名の真ん中にいた女性が気さくに言った。


「…ん? たった二人?」とオカメが言うと、「はい先生」と女性は含みのあるような笑みを浮かべて言った。


「…やはりか…」と極は言ってから、納得の笑みを浮かべた。


「騒ぎになると思います」と極が言うと、余裕の笑みを浮かべていた女性が大いに緊張した顔になった。


「王女の隣にいる奥の男は非戦闘員。

 手前にいる男が護衛…」


極の言葉に、「非戦闘員は執事のはずだから、非戦闘員じゃないわよ?」とオカメが言った。


「じゃ、戦闘員だけど弱っちいヤツ」と極が言うと、オカメはけらけらと笑い始めた。


「だけどね、問題は強さじゃないよ。

 弱くても、爆弾を仕掛ければ強くなれるさ」


極の言葉に、女性は、「緊急事態です!」と叫んで大扉を開けて部屋に入った。


「…ボディーチェック免除ですか?」と極が左にいた衛兵に聞くと、「は、本日は必要ないと」とすぐさま答えた。


「あなたの上司もグルですね」と極は言って、ゆっくりと歩を進めた。


「衛兵には、王族の者がいるわ」とオカメが言うと、極は真剣な眼をしてうなづいた。



室内はまさに騒然としていた。


軍の衛兵二名はマルカス大将の前に立って盾を構えて、その中央に女性が仁王立ちしている。


第三王女のミランダは、まさに王女然として貴賓席に座っているが目を見開いている。


執事は王女の隣右斜め後ろに立っているのだが、やけに離れている。


そして大問題のSPだが、なんとソファーに腰かけていたのだ。


「とんだSPがいたもんだ。

 おっと、動くと爆発するかもよ?

 なんなら、今爆発させてもいいんですよ」


極の言葉に、SPは悔しそうな顔をして極をにらんだ。


「マルカス大将、賊の狙いは王女の暗殺です」


極の言葉に、「わかるように説明してくれ」とマルカスが言うと、極は素早く頭を下げた。


「まずはこのSPは王女によって身分詐称をしています。

 王家が雇っているSPではなく外部のものです。

 軍本部に出向く時は、王族には王家お抱えのSPをつける習わしがあります。

 しかもこのSPは、第二王子の傀儡でもあります。

 どす黒いつながりが二本見えますので、

 どちらも悪だくみです。

 よってここで王女暗殺を企てた場合、

 軍が大いに疑われます。

 このSPは生き残って、その証言をするのだろうと容易に考えられます。

 しかも、今までの能力者に、

 ここまで察する能力がなかったことがまず悲しいことですね」


「こんなことできるのあんただけだから」とオカメは言って、『ピー』と機嫌よく一声鳴いた。


「…初めて、鳴き声を…」とマルカスは言って体を震わせた。


まさに大いに感動しているようだ。


「…ああ、生きててよかったぁー…」とマルカスの前にいる女性も感慨深く言って涙を流した。


極はこの件はあとで聞くことにして、苦笑いを浮かべた。


「さて、実はまだあるのですよ。

 SPの持っている起爆装置は張りぼて」


「何だとっ!」とSPは叫んで、上着のポケットからリモコンらしきものを出した。


「全く繋がってませんよ」と極は言って鼻で笑った。


「出したらよくわかったわぁー…

 子供のおもちゃのようだわ!」


オカメは言ってけらけらと陽気に笑った。


「そして後ろに控えている執事が本物のボタンを押す。

 でも、動けませんから」


極は女性に向けて言うと、すぐにボディーチェックをして、「これでしょうか?!」と叫んで右手にとって上げた。


「あんた、興奮してるとボタン押しちゃうわよ」とオカメが言うと、女性は危うくリモコンを落としそうになったが、ほっと溜息をついてから、静々と極に渡しに来た。


「王室は、第三王女はいらないと判断したのでしょうね。

 今回落第してしまったので、

 首を切るよりも都合よく抹殺しようともくろんだ。

 もちろん、王室は軍部を攻め立てたことでしょう。

 よって軍は、王室の傀儡になるしか道はなくなってしまうはずだったのです」


マルカスは何度もうなづいて、「…マルティー… いや、煌少佐は早急に報告書を」と伝えると、「はい、了解しました」と極は頭を下げてすぐに報告書をマルカスに手渡した。


マルカスは驚くことなく、素早く報告書を読んだ。


「マルティー中佐。

 この報告書通り、関係者の拘束だ」


マルティーは報告書を受け取って、「了解しました」と落ち着いた声で言って部屋の外に出て行った。


「…うふふ… もう少佐になったわ…」とオカメは機嫌よく言った。


「煌少佐は、数々の能力上昇と功績も上げた特別昇格だ。

 だが、ここは少年らしく、心行くまで学校で生活してくれていい。

 少々無理難題を頼むかもしれないが、

 基本学生で構わない」


「はっ! ありがとうございます!」と極は笑みを浮かべて答えた。


「…ところで、危険じゃないの?」とマルカスがSPを見て言うと、「結界を張ってありますので、内部以外は安全です」と極はすぐさま答えた。


「こんな能力者、俺は知らない…」とマルカスは言って立ち上がって、SPに近づいた。


「一方向性ですので、外から中に干渉はできますが、

 中から外には干渉はできません。

 あと半歩近づいていただいて手を伸ばして手を広げると抜けなくなります」


マルカスは極が言った通りに手を伸ばして手を広げると、まさにその通りになり、手をすぼめると手が抜けた。


「…器用な結界だな…

 だが、大いに使えるわけだ」


「結界を解くことが困難な状況に出くわした場合は大いに使えます」


「こういった能力も沸いて出たわけだ」とマルカスが言うと、「いえ、自分で構築したのです」と極が答えると、マルカスは大いに眉を下げた。


「俺の息子になんない?」とマルカスが言うと、「ありがたき幸せですが…」と極が言うと、「ヘタレだからやめた方がいい」とオカメは言って、マルカスをにらみつけた。


「…心の父ということで…」とマルカスは言って椅子に座った。


まだ本題が終わっていないからだ。



極は執事とSPの拘束と爆弾の処理をして、マルカスに勧められてソファーに座って、ミランダを見た。


「どういったご用件でしょうか?」と極が聞くと、「パートナーになりなさい!」とミランダは命令した。


「まずは大神殿に入って修行を積んでください。

 話は大神殿を出られた時にでも」


「…ま、その時はもうお婆ちゃん…」とオカメは言って、『ケケケケケ』と鳥の声で愉快そうに鳴いた。


「挑発すんなよ…」と極は言って、オカメの体をやさしくなでた。


「では、納得のいく話を」と極は言って、8名のプロフィールが載っている冊子を出して、滾々と説明した。


「よって、あなたの能力は全く役にたたないのです。

 ですからあと5人とは私から接触します。

 あなただけは低次元だと言っておきましょう」


「…私を、使ってもないくせに…」とミランダは火の出るような目をして極をにらむと、「敵対するようなパートナーはありえません」と極はさも当然のように言った。


「話は終わりです。

 姫、お引き取りを」


マルカスが言うと、ミランダは今度はマルカスをにらみつけて席を立った。


「護衛して差し上げろ」とマルカスが衛兵に言うと、「結構よ!!」とミランダは大いに憤慨して言って部屋を出て行った。


「…家なき子だよなぁー、多分…」と極が眉を下げて言うと、「マリーン様に連絡しておく」とマルカスは眉を下げて言った。


「あ、ひとつお願いがあるのです」と極がマルカスに言うと、「できることなら叶えよう」と機嫌よく答えると、極は願い事をした。



極の願いは簡単に叶って、今は大神殿の入り口に立っている。


『ウオー… ウオー…』とトラの獣人は小さな声でうなっている。


「あのさ、変身解いてもいいよ?」と極が言うと、「…あ…」とトラの獣人は言って、その姿をサエに戻した。


「必要だと思った時は変身してよ」と極が言うと、「…はいぃー… 旦那様ぁー…」とパートナーではなくお付きのメイドのように言った。


今はこれでいいようで、極はサエに笑みを向けた。


「じゃ、引率者」とオカメは言って、鳥の姿から一気に燕に変身した。


「マリーン様との付き合いって長いの?」と極が気さくに聞くと、「私の娘」と燕は言って顎を上げてにやりと笑った。


「…それは知らなかったぁー…」と極は言って、燕に頭を下げた。


「色々と使える私ってすごいでしょ?」と燕は言って極の顔を覗き込んだ。


「大佐殿ですから」と極がお堅く答えると、「…旦那様が一番すごいですぅー…」とサエは笑みを浮かべて言った。


「…少佐まで落としてもらおうかしら…」と燕は眉を下げて言った。


すると白装束のひとりの天使が走ってやってきて、「お母様ぁー!!」と叫んで燕に抱きついた。


あまりにもマリーンが気さくなので、極もサエも大いに目を見開いた。


「…あら、砕け過ぎちゃったわ…」とマリーンは言って少し舌を出しておどけた。


「それでもいいのよ。

 ああ、紹介するわ」


燕は言って、極とサエを紹介した。


「…今日入隊して、もう少佐…

 とんでもなく優秀ですのね…」


マリーンは言って、手を組んで祈りを捧げた。


「…あ… まさかそういうことか…」と極がつぶやくと、「あんたは生き急いだといっていいんじゃないの?」と燕がさも当然のように言うと、「…たぶん、その通りだと… だから実年齢は14才でいいはずです」と極が言うと、「14才よ」とマリーンが気さくに言った。


「積み重ねを見られると、15才を超えているわけだ…」


「勉強や修行も程々よ…」と燕はため息交じりに言った。


「そうね、積み重ねは15年と8カ月…

 えっ?」


マリーンは言って、目を見開いた。


「極はね、ちょっと特殊だから、気にしなくていいわ」


マリーンとしては納得できないのだが、ここは三人をオープンカフェの席に誘った。


そしてティーセットが運ばれてきて、優雅な一瞬を楽しんだ。


「お聞きしたいのは、リナ・クーターについてです」


極の言葉には大いに破壊力があって、マリーンは大いに目を見開いた。


「…まさかの質問に驚いた…」と燕が言うと、「…はいぃー… お母様ぁー…」とマリーンは言ってうなだれた。


「模型仲間からの情報で、

 マリーン様がリナ・クーターを企画されたとお聞きしたのです。

 何かの願いがあって、企画されたのだろうかと疑問に思ったのです」


マリーンは何度もうなづいて、「作られたのは私どもの神、白い竜、白竜様です」と瞳を閉じて言った。


「…白竜様…」と極はつぶやいた。


「わずか一度の天使の夢見でした。

 偶然、白竜様がいらっしゃる世界とつながったのです。

 その時の情報です」


「その白竜様のお姿は…」と極が聞くと、「…ああ、この件は私からお願いしたいのです!」とマリーンは笑みを浮かべて叫んで、極に頭を下げた。


「…叶えてやって…」と燕が穏やかに言うと、「さすがにそのお姿をご自分で再現するわけにはいかないわけですか…」と極は納得して言った。


「では、少し失礼します」と極は言って立ち上がって、目を閉じてから両手のひらを開いて、マリーン向けた。


「はい、わかりました」と極は言って、翼を持っている白い首長竜の模型をマリーンに渡した。


「…ああ、素晴らしい…」とマリーンは言って、模型と極に交互に笑みを向けた。


「ところで、これって何ですか?」と極が言って、白いボールのようなものを出した。


「…まさか、これって…」とマリーンは言って、「ガッシンッ!」と叫ぶと、白いボールのような人形が波を打ってプルプルと震え始めると、四人ともが大いに笑い転げた。


「歩いて」とマリーンが言葉で指示を出すと、白いボールは歩き始めて、「走って!」と叫ぶと走り始めたのだが躓いて転んで、羽をパタパタさせると、四人はさらに笑い転げた。


「…だ、ダメだ… 笑い死にしそうだぁー…」と極が言うと、マリーンは、「リジェクト」と少し落ち着いた声で言った。


するとボールの動きが停止した。


「…助かったぁー…」と極は言ってほっと胸をなでおろしていた。


「…笑えば、平和が訪れる…」と燕が落ち着いた声で言うと、「…はい、お母様…」とマリーンは言って、笑みを浮かべて頭を下げた。



一応は謎が解けたので、極としては納得できたのだが、マリーンは極を帰そうとはせず、今度は神殿に誘った。


そして祭壇に白竜の模型と丸いロボットをお祀りして感謝の祈りを捧げた。


「極様、軍をやめませんか?」


いきなりのマリーンの言葉に、極はその意味を知りたかったのだが、深みにはまると思い、「実は軍属でもあるのですが、軍施設の学校にも通うことになったのです」という極の言葉に、「…ああ、そうだったのですね…」とマリーンは悲しそうな眼をして言った。


「ダメよ。

 極と私は結婚するんだから」


燕の言葉に、マリーンは目を見開いた、


ここは無口な方がお得だろうと思ったので、極は苦笑いだけを浮かべていた。


「…お母様への恩を、あだで返すわけには参りません…」とマリーンは言って、寂しそうに頭を下げた。


「恩を売るようなことはしてないわ。

 欲しければ戦って奪えばいいの。

 極に寄り添おうとする女は多いのよ。

 まだ14才なのにね」


極は少し目を見開いた。


燕も確かに極に求婚はしているが、無謀なことはしない。


実のところは燕も極を息子として付き合おうとして、極を守っているのではないだろうかと考えたのだ。


「閃光大佐、そろそろお暇しませんか?」と極が言うと、燕は小さくうなづいた。


「次はゆっくりと来るよ」と燕は気さくに言ってマリーンをやさしく抱きしめた。



マリーンに見送られて神殿を出たと同時に、数名の天使に誘われているミランダと出くわした。


ミランダは欲と憎悪を持った目で極をにらんだが、一瞬にして白目をむいて倒れた。


「恩人様に何という粗相を!」とマリーンが叫ぶと、数名の天使たちは一気に泣き顔になってマリーンに頭を下げた。


「あんた、徳が落ちるから乱暴なことは控えた方がいいわよ」と燕が言うと、マリーンは一気に平常心に戻って、「…はい、お母様… 私も、まだまだでしたわ…」と悲しそうな眼を倒れているミランダに向けた。


「奇跡でも起これば、大成はできそうだ」と極が言うと、「そんなのみんなそうじゃない…」と燕が言うと、極は笑みを浮かべて小さく首を振った。


「奇跡を起こせる資質というものがあるのですよ。

 マリーン様も閃光大佐もサエちゃんも実は持っているのです」


極は言って、倒れ込んでいるミランダに笑みを向けた。


「…再転生の資質ありと…」とマリーンがつぶやくと、「もちろん、これからの修行と心がけ次第でしょうね」と極は笑みを浮かべて言った。


「…極様に押し付けたいほどですわ…」とマリーンは眉を下げて言って、ミランダの体を宙に浮かべて、「貴重なお時間を割いていただきまして、本当にありがとうございました」とマリーンは感謝の意を極に向けて言って頭を下げた。


極もマリーンに頭を下げて、ふわりと宙に浮いた。


「煌少佐、サエの訓練」と燕が言うと、極はすぐに地面に降りて、サエと手をつないで宙に浮かんだ。


サエは大いに驚いていたが、最終的には極に笑みを向けた。


「じゃ、飛ぶよ」と極が言うと、とんでもないスピードで軍施設に向かって飛んだ。



極は同年代が多いリクレーションルームに足を運んだが、若いとはいえさすがに軍服姿なのはまずいと思って服を着替えた。


サエは食堂の仕事に戻ったが、燕はまた小さな鳥に変身して極の肩に止まっている。


この姿は見慣れていないようで、誰もオカメを気にしなくなった。


しかもその愛らしい姿に誰もが笑みを浮かべる。


もちろん、オカメ・インコであり閃光大佐であるとわかっているのだが、普通に小鳥でしかないので、ごく自然に極と話やゲームなどをする。


極が図書館の話を始めると、「あ、借りたい本があるから一緒に行かない?」と極よりも年少者の、ミドルクラス一年の斎藤果林が笑みを浮かべて言った。


「…えー、勉強かよ…」と同姓の友となった者たちは大いに眉を下げたが、「俺だって学生だから」という極の言葉に、今回は果林の邪魔をしないように、極と果林を見送った。



図書室はリクレーションルームの隣にあるが、「…ここ、隣とは全然違う建築構造だね…」と極は眉を下げて言って、吹き抜けの高い天井を見上げた。


中央にはらせん階段があって、階段の途中や各階に本が並べられている。


「一番上の階だから、いつも大変…」と果林は笑みを浮かべて言って、階段を上り始めた。


ここは急ぐ必要はないと思って、極は辺りを観察しながら登った。


どこにどんな種類の本があるのか確認を始めた。


もちろんその案内はあるのだが、暗記しておいた方が都合はいい。



最上階にたどり着くと、「なるほどね、ここまで来ないと小説を読めない…」と極は大いに納得して言った。


この階の下はほとんどが学術書だったのだ。


比較的ライトな本は、この最上階にあって、趣味などのエリアになっている。


「あっ」と中央の席に座っていた少年が極を見て言うと、「あっ」と極も言って笑みを浮かべて頭を下げた。


しかし少年は少し不貞腐れて、本に目を落とした。


「そんなんじゃ雇ってもらえないわよ」とオカメが言うと、少年は目を見開いて、極の肩にいるオカメを見て体を震わせた。


「…先生が、小鳥に…」と少年は言って涙目になっていた。


「伊達に長く生きてないわ」とオカメが胸を張って言うと、少年は素早く立ち上がって頭を下げた。


「…男子の友達ができるぅー…」と極は小声で言って大いに喜んでいた。


「共同学習室に行かない?」と窓際にある小部屋に指をさすと、「はい、マスター」と少年は機嫌よく言って、机の上を片付けて率先して部屋に入った。


「…今度はマスターかぁー…」と極は嘆いたが、少年の感情はかなり穏やかだったので、今はこれでいいと思ったようだ。


部屋に入ってすぐに、「オカメちゃんには神託があってね、数秒で決めたんだよ」と極が言うと、「はい、当然のことだと思いました」と少年は笑みを浮かべて言った。


「そもそも、オカメちゃんが出しゃばったのが悪いんじゃないの?」と極が言って小鳥をなでると、「今までで最高だったからに決まってるじゃない!」と叫んで、極の小指を甘噛みした。


「順番をつけるとすれば、

 やはり同姓で、斥候部隊所属のトーマ・ファンタス君が二番だったと思うよ」


トーマは目を見開いて、「…よかったぁー…」と言って笑みを浮かべて極を見た。


「もうサエちゃんとは接触して仲間になったんだよ。

 次は君の番だ」


トーマはまた目を見開いて、「…猛獣軍団…」と言って大いに苦笑いを浮かべた。


「ところで、沼田准将も戦場に出るの?」と極がオカメに聞くと、「…ほぼ私と同じ扱いね…」とオカメは言って深いため息をついた。


「ほぼ内勤だけど、力づくの戦いでの出番は多いの。

 能力者としてじゃなく、戦場の軍人としても優秀だし、

 司令官として呼ばれるのよ。

 まあ、駆け上ちゃったキリルちゃんよりはかなり要領はいいわ」


「…踏み潰すだけじゃないですか…」とトーマがクレームがあるように言うと、「俊敏にね」とオカメが言うと、トーマは唇を尖らせていた。


「どこに行ったのかと思っちゃった!」と果林が部屋に入ってきて明るく言って、トーマを見入った。


「…や、やあ…」とトーマが肩をすくめて言うと、果林は戸惑いの目を極に向けた。


「…ああ… 色々とあるようだけど、青春だなぁー…」と極が言うと、オカメは愉快そうに笑った。


「まずは、相手を思いやる気持ちは大切だと思うね。

 そしてできれば控え目に、

 穏便に話を進めるのもいいだろう。

 もちろん、生理的に受け入れられないこともあるだろうけど、

 相手の生い立ちを聞けば納得できることもあるはずだ。

 能力者はね、それがすぐにわかるから、

 比較的、誰とでも仲良くできるんだよ。

 もちろん、八方美人的なことじゃない。

 全員にいい顔を向けるわけじゃないよ」


「…サエちゃん、もう変わってた…」と果林は言って、机に数冊の本を置いて椅子に座った。


「彼女は戸惑いだらけだったけど、

 猛獣だから、みんなへの遠慮もあったんだよ。

 だからこそ、人間の姿に自信がなかったようなんだ。

 だけど、オカメちゃんと沼田准将には、

 家族として接していたようだ」


「いい話だわぁー…」とオカメが言うと、極は愉快そうに笑った。



この席ではまずは果林の生い立ちを聞くことにした。


果林は軍に保護されているだけで能力者ではない。


里子に出た家族が事件に巻き込まれて、果林だけが生き延びたのだ。


よって果林は軍に里子に入ったということになる。


だが親は必要なので、幸恵が母親代わりになっていた。


よって帰る家は幸恵の家だ。


幸恵はこういった子を5人抱えていて、サエもそのひとりだ。


「素顔のサエちゃんも興味あるなぁー…」と極が言うと、「食堂とは全然違って、すっごく優しいお姉さん」と果林は心からの笑みを浮かべて言った。


「極度な人見知りがあるわけだ…」と極は言って何度もうなづいた。


「トラさんも好きなんだけど、

 変身してくれないの…」


果林が悲しそうに言うと、「食堂で変身したよ」と極が言うと、「見に行くぅー…」と果林はまるで極を兄のようにして腕を引っ張った。


「トーマ君、夕食、一緒にどうだい?」


トーマはあまりいい顔はしなかったが、素早く荷物をまとめた。


果林は本の貸し出しの処理をして、スキップを踏んで廊下を歩いた。


「…覚醒、するよ…」と極が小声で言うと、「…ここにいてくれて楽ができたわ…」と小鳥のオカメがため息交じりに言った。



定時の夕食時間なので、食堂は大いに込み合っていたのだが、無駄に広いので、テーブル占有率はまだ5割ほどだ。


しかしここで人を探すにはかなり時間がかかることになるだろう。


「おや?」と幸恵は言って、極と一緒にいる果林とトーマに笑みを向けた。


「兄ちゃんに甘えろ!」と幸恵が機嫌よく叫ぶと、「うん!」と果林は笑みを浮かべて、極の逞しい腕に腕を絡めて恥ずかしそうな顔をした。


「いやぁー… 参ったなぁー…」と極は言って、大いに照れた。


「シェフのおすすめ定食4つ!」と小鳥のオカメが叫ぶと、「やけくそかい?」と幸恵は言って、「おすすめ4つだ! 気合を入れて作りやがれ!」と幸恵は威勢良く叫んだ。


「…おすすめは、食べたことないぃー…」と果林が眉を下げて言うと、「…たっかいもんなぁー…」とトーマが言った。


「今のところは、大佐殿が支払ってくれるから」と極が言うと、「あら、特別給付金を狙ったんだけど?」とオカメが言って、トーマの首筋に体をこすりつけた。


「…いや… 何の特別?」


「階級が上がるほどに特別給付金が出るの」とオカメは言って、IDカードチェッカーに翼を広げてさした。


極は機械の前に立って、『金額参照』ボタンを押すと、信じられない金額を表示した。


「ここまでもらえるのは軍人の1割よ」とオカメが言うと、極は苦笑いを浮かべて空いた席に歩いて行った。


極は6人掛けの席に座って、「本来の昇格は軍属期間とか必要なんじゃないの?」と極が聞くと、「そこは繋ぎ止めるために免除よ」とオカメはふわりと飛んで、燕に変身した。


今は人が多いので、軍服を着たものがひとり増えてもほとんど騒ぎにならないが、周りにいた者は素早く敬礼をする。


極は注文カウンターやら厨房やらを見てと、「混み過ぎなんじゃない?」と言うと、「いつもの二割増しでまだ増えるわ」と燕は言って極を見た。


「…俺を見に来たのかぁー…」と極は言って大いに眉を下げた。


そして、極はまた厨房を見入った。


「…よっし、できることはっけぇーん…」と言って、席を立って、その姿が消えた。


するといきなり人の流れが速くなって、9割が自動的に席についていた。


極は思考を読んで、注文が決まっている者の注文を素早く察知して、レシートも渡していた。


よって誰もが、自分の手に握られているレシートをまじまじと見ている。


まだカウンターにいる者は注文が決まっていない者で、軍人にしては決断力がなく諦めが悪いということになる。


ほとんどが内勤者なので、納得もできた。


「なかなかやるわね…」と燕が言うと、「ボクも行く」とトーマは言って席を立って厨房に入って、とんでもない速さで動いて極ともコミュニケーションをとった。


通常は配膳が滞るのだが、全くそのようなことはなくスムーズに流れ、いつもの三割以上温かい食事を食べられることになった。


「訓練ね、訓練」と燕は言って、苦笑いを浮かべると、「お駄賃もらえちゃうぅー…」と果林は少し悲しそうに言った。


「そうね、十分にもらえそうだわ。

 いつもは幸恵の部下が手伝うんだけど、

 手が出せないようだし…

 早過ぎて…」


「極! トーマ! 交代だ!」と幸恵が叫ぶと、極とトーマはシェフのおすすめ定食をもって席に戻った。


今の厨房はごく普通の穏やかさとなっていた。


「少しは俺のせいだったようだからね」と極が言うと、「若いわね」と燕は言って、うまそうな肉の塊に舌鼓を打った。


「あつ、あつ」と果林は言って、まだまだ温かい料理に笑みを浮かべている。


「出来上がってしばらく経っていたんだけど、

 結界のカバーをしていたから」


極の言葉に、「術の使い方がもったいないけど、まあ、いいことにはつながったわね」と燕は言って極に頭を下げた。


「でも、サラダは冷たい…」とトーマは言って笑みを浮かべている。


「個別に結界を張ったんだよ」と極が答えると、「…はあ、すっげぇー…」とトーマは大いに極を尊敬した。


「実力的には私を超えたと思っていいわ」と燕が胸を張って言うと、周りで聞き耳を立てていた者たちが大いに目を見開いた。


よってもうここで、極は一目置かれるようになった。



「実力は戦場に出てから決まるもんなんだよ!」と誰かが叫ぶと、巨大なトラの獣人と、巨大なゾウの獣人と、巨大なゴリラの獣人と、巨大な恐竜の獣人が一斉に叫んだ者を囲んだ。


「…俺、しーらない…」と極は言って大いに苦笑いを受かべた。


トラの獣人はもちろんサエだが、残りの三人のうちふたりはリストにあったので知っている。


さらには今厨房で仕事をともにした仲間なので、もう気心は知れていたし、サエがその証明をしたようなものでもある。


「…お前程度の代わりはいくらでもいるんだぁー…」とトラの獣人がうなると、「…ひっ… ひぃー…」と言って床にぺたんと座り込んで失禁したが、極がすぐさま結界を張って宙に浮かべて食堂の外に出した。


「…どこに… ああ、トイレ…」と燕は言って大いに眉を下げていた。


「衛生上問題あるから」と極はなんでもないことのように言った。



すると数名の天使がやって来て、極のいる隣のテーブルをくっつけて席に座った。


「なかなか自由な子たち…」と極は言って大いに苦笑いを浮かべたが5人のうちのふたりはリストに載っていた。


「大神殿のマリーン様は俺は14才だと言ったよ?」と極が言うと、天使たちは一斉に目を見開いた。


すると天使5人は相談を始めて、リストにあった天使ピアニアが笑みを浮かべて極を見た。


「ピアニアちゃんは正解だったのかな?」と極が言うと、ピアニアは身をねじって、「…能力者…」とつぶやいて眉を下げると、「能力者だから」と極は言って大いに笑った。


「協議の末、大きい方を取りました。

 前例のないことでしたので…」


この天使もリストにあったので知っていた。


「14才2カ月と、15年8カ月でいいの?」と極が言うと、ピアニアはもろ手を上げて喜んだ。


「…才と年…」と天使ランプは言って何度もうなづいた。


「…タイムトラベル?」と別の天使が言うと、「そのような技術の確認はされていません」と天使ランプは瞳を閉じて言った。


「時間を止められる部屋があるとすれば可能だよね?」と極が言うと、誰もが目を見開いた。


「そこで本を読みたいから連れてって!」とランプが立ち上がって叫ぶと、「ああ、そのうちな」と極は気さくに言った。


「…ああ、言ってみるものだわぁー…」とランプはゆっくりと座って手を組んで、極に感謝の祈りを捧げ始めた。


「向上心は大いに認めるよ。

 大佐殿のような欲は却下」


極の言葉に、「…ばらさないでぇー…」と燕は大いに嘆いた。


「…お兄ちゃんと時間を忘れてデート…」と果林が眉を下げて言うと、「…欲をもってごめんなさい…」と燕はうつむいたまま言った。


「…すっごく、お勉強してるんだぁー…」と果林は尊敬の目を天使ランプに向けた。


「お仲間でいいですよ、果林様」とランプは穏やかに言った。


「…あんたたちがここに来ることって初めてよね?」と燕が言うと、「欲を持ってまいりました」とランプが正直に言うと、天使たちはすぐさまうなだれて、懺悔の祈りを捧げた。


「あ、なるほどなぁー…」と極は言って術を放つと、天使たちが白く輝き始めた。


「人間たちの欲が、服を汚していた」と極が言うと、天使5人は感謝の祈りを捧げた。


「…この白さは、マリーンと同じ…」と燕が言うと、天使たちはさらに喜んだ。


「ここの方が修行としてはいいけど、

 天使としては曲がるかもしれない。

 誰かが保護する必要があるけど、

 どうなの?」


「小さな神殿に住んでるわ…」と燕は言うと、極は納得の笑みを浮かべた。


「まあ、最高の修行場だろう。

 大神殿には?」


極がランプに聞くと、「お休みの日はずっと」と言って頭を下げた。


「大神殿で暮らせばいいんじゃないの?」と極が言うと、天使たちは一斉に顔を曇らせた。


「この子たちはノラよ…」と燕が眉を下げて言うと、「元王女と同じか…」と極は言って笑みを浮かべた。


「俺がタクシーでいいかい?」と極が言うと、「畏れ多いです!」とピアニアはすぐに叫んで感謝の祈りを捧げた。


「2分もかからないさ。

 歩くと2時間はかかるけどね。

 それほど面倒じゃないから気にしなくていいよ。

 それに、ピアニアとランプは俺のパートナー候補だったんだ。

 試験の末に仲間に加えたいから」


「ああ! 神よ!!」とランプは叫んで、感謝の祈りを捧げると、天使たちも祝福の祈りを捧げた。


「だからこそ、仲間同士もできれば仲良くして欲しい」と極が言うと、「はっ 絶対に守りたいです」とランプは言って頭を下げた。


「なかなか素晴らしい表現だ。

 その確率的には99パーセントといった感じだよね?」


「はっ そこを狙ってお伝えいたしました」


「…1パーセントほどは守れない場合もある…」と燕は言って何度もうなづいた。


「絶対になんて言い切っちゃいけない。

 まずそれはないだろうし、

 特に天使の場合は大いに考えるべきだ」


極が笑みを浮かべて言うと、ランプは笑みを浮かべて感謝の祈りを捧げ、ほかの4人は懺悔の祈りを捧げた。


「だからこそ、ランプはここにいられない、かなぁー…」と極が言うと、ランプは大いに目を見開いた。


「…あ、悪いことじゃない。

 マリーン様が側近に迎えられると思ったからだよ。

 今日会った側近の方々とそれほど変わらないから。

 しかも俺というパイプも得たから、

 さらにランプに精進してもらいたいと思うはずなんだよ。

 ちょっとしたマリーン様の欲だね」


「…ありがたいことですぅー…」とランプは大いに眉を下げて言った。


「だからこそ、さらなる光明もあるんだ」


極の言葉に、ランプはさらに期待した。


「次に謁見する前に、マリーン様を超えるか肩を並べる」


極の言葉に、誰もが目を見開いた。


しかし、「極なら可能よ」と燕が堂々と言うと、ランプはすぐさま笑みを浮かべて、感謝の祈りを捧げた。


そして4人の天使たちは祝福と、そして懺悔の祈りを捧げた。


懺悔の理由は、もちろんランプに対する嫉妬だ。


「さて、ここで質問」と極が言うと、天使たちは大いに目を見開いた。


「神のお告げでもあった?」と極が聞くと、「はい! ありました! 何ごとにも謙虚に! 感謝、祝福、懺悔を片時も忘れるなと!」とランプが叫ぶと、「こんな声だったかぁー…」と極が声色を使って言うと、天使たちは大いに目を見開いて何度もうなづいた。


『念話です』と極が念話を使って気さくに燕に言うと、燕は大いに目を見開いた。


「俺からの修行は終わりだよ。

 君たちも食事にすれば?

 なんなら、君たち用に俺が作って来てもいい。

 俺もまた食べるから」


「…修行の続き、ですかぁー…」とピアニアが笑みを浮かべて言うと、「そういった意味もあるよ」と極は笑みを浮かべて言った。


極は今ある食事を平らげてから厨房に行った。


そして幸恵に許可を得て、天使用の食事を作り上げた。


「見事なもんだなぁー…」と幸恵が言うと、獣人4人も集まって来て何度もうなづいている。


まさに子供用の食事なのだが、かなり陽気になる夕食だ。


基本的には肉類は省いているが、栄養価はそれほど変わらない。


植物性の良性たんぱく質が大いに含まれているからだ。


極は5つのトレイを宙に浮かべて席に戻った。


「うわぁー… かわいいー…」と天使たちは一斉に叫んだ。


「さあ、食べてくれ」と極が言うと、天使たちは感謝の祈りを捧げて、子供用のかわいらしいフォークを使って陽気に食事を摂り始めた。


すると幸恵が作った天使食を極にも配膳した獣人たちも席についた。


「幸恵さんも、ほんとすごい」と極は言って、笑みを浮かべて天使食を食べた。


「…お母さん、息子にするって…」とサエが眉を下げて言うと、「マルカス大将のように心の母で」と極が答えると、燕は陽気に身をそらせてけらけらと笑った。



獣人たちの今の姿は人型だが、サエ以外はそれほど猛獣と変わらず逞しい。


恐竜人だけデータがないので、極は率先して、バン・トルネ軍曹と話をした。


するとゾウのパオ・イタ上等兵とゴリラのウータ・デリ准尉が大いにバンに嫉妬した。


極がパートナーリストを出すと、「…そうだった…」とウータが大いに苦笑いを浮かべて極に頭を下げた。


「…自己紹介は必要ないほどでした…」とパオは言って、極に笑みを向けた。


「サエちゃんが一番怖い人だってよくわかったよ」と極が軽口を言うと、バン、パオ、ウータは笑うことなくしんみりとした顔をしてうなづいた。


「…笑えないほど怖いわけだね…」と極が言うと、「いえ、少尉は大いに変わられました」とパオは笑みを浮かべて極に言った。



「ところで兄ちゃんって、どこの出身なの?」とトーマはごく自然に聞いたのだが、燕が目を見開いた。


「いや、俺はノーマークだよ」


「なんと!!」と獣人たちは叫んで一斉に立ち上がった。


「騒がない」と燕が獣人たちをにらむと、「申し訳ございません!!」と獣人たちはすぐさま敬礼して謝った。


「…無印の能力者は知らないぃー…」とトーマは小声で言って、この幸運を神に感謝した。


「…ふんっ! 私が見つけたんだから!」と燕が胸を張って言うと、「…ああ、お母さんがここに…」と極が冗談で言って燕にすがると、「違う違う! うそうそ!!」と燕は大いに慌てた。


「…見つけたのはキリルよぉー…」と燕は眉を下げて言った。


「…心の父以上だね…」と極は幸せそうな顔をして言った。


「今度会った時に父上って呼ぼう」


「…絶対に喜ぶわ…」と燕は苦笑いを浮かべて言った。


「だから、心の母はマリーンなの。

 マリーンの予言が的中したんだからね」


「…ママって言えばよかった…」と極はにやりと笑って言うと、「…私、他人でよかったわ…」と燕は言って笑みを浮かべた。



マリーンの予言によって連れてこられた子も、ほかの子供たちと同じように一般人と生活させる。


そして今までに能力を開花した者はいないのだが、この星を支える力となっている。


性格は極とよく似ていて、実直で誠実だ。


よって肉体的なものと頭脳が大いに優れている者が多い。


まさに外れがない天使の予言でもあった。


「…マリーンは気付いていないのかしら…」と燕が言うと、極は大いに眉を下げた。


しかも、マリーンが予言する場所は、この地から遥か南にある暗黒大陸にある。


この百年で、約30名のノーマークが発見されていて、極の兄と言える人物とは10ほど年が離れていて、現在は若くして警察の幹部として従事している。


よって極は大当たりと言ったところだ。



「ノーマーク会からも呼び出しがあると思うわよ。

 生きているのは現在百名ほど」


燕の言葉に、「それ、調べたんだけどなかったんだよねぇー…」と極が言うと、「…警備が大変なの…」と燕が眉をひそめて言うと、「あ、そういう理由…」と極はすぐに納得してうなづいた。


もちろん、様々な世界の重鎮が多いからだ。


「…殺しても死なないほど、みんな元気なのよねぇー…」と燕が言うと、極は大いに苦笑いを浮かべた。


「最高齢は258才と聞いています」とトーマが言うと、「…人間の世界記録だから、さすがに公表してるの…」と燕は眉を下げて言った。


「普通の人間の寿命って、どれほど長生きでも120ほどだからなぁー…」と極は言って、何度もうなづいている。


「あ、だったら、俺が手伝ってもいいのかなぁー…」と極が言うと、「その時はパートナーとして」と燕は言って笑みを浮かべた。


「あー… だったら急がなきゃ…」と極は言って、このテーブルにいる獣人と天使たちを見まわした。


「そうね、それがいいわ」と燕は笑みを浮かべて同意した。


「…うわー… ノーマーク会に出られるんだぁー…」とトーマは感慨深く言ったが、サエは早速緊張を始めていて、人間とトラの姿に高速で切り替えていた。


「就寝までの時間、みんなで射撃訓練場に行くよ」と極が言うと、獣人たちは一斉にガッツポーズをとって、天使たちは大いに感謝していた。


「特にトーマとサエは出番は多いよ。

 その逆に…」


極は言って燕を見ると、「…出番、全くないかもしれない…」と言ってうなだれた。


「ぶっ放すと危険だからね。

 まあ、対策はあるけどね」


極の言葉に、「…もう、結婚してぇー…」と燕は言って小鳥に変身して極の肩に止まって体ごと首筋をなで回った。



極は有言実行で、全員とコミュニケーションをとった。


獣人たちも天使たちも今は夢見心地で、床に倒れて眠っている。


そしてオカメとの訓練が異様に長い。


だが、極は納得の笑みを浮かべて、疲れ果てたオカメを抱いてブースから出た。


「…さすが先生、すごいよね…」とトーマは眠そうな目をして言った。


「先生でも得手不得手があるけど、

 さすが先生で十分に使えるから、何も問題なくなったよ」


「…はあ… やっぱ先生、すごいなぁー…」とトーマは言ってまた寝転んだ。


極は、パートナー資質を持っていない三人の天使に目を向けて、「ランプだけ癒して欲しい」と言うと、天使たちは出番があったと思い、「はぁーい」と穏やかに言って、ランプをゆっくりと回復させた。


ランプはぱっちりと眼を開けて、「今日最後の訓練だよ」と極は言って、ランプと手をつないだ。


「お役に立てて光栄です」とランプは笑みを浮かべて言った。


そして極は倒れている者たちを見回してから、全員に一気に癒しを放出した。


「…訓練の成果がありましたぁー…」とランプは言って笑みを浮かべた。


一番に目覚めたのはやはりオカメで、『コケッ!』と両手と翼を広げて鳴いたので、極は腹を抱えて笑った。


天使たちもここは控え目に笑っている。


「…うわぁー… 鉛の鎧が解けたぁー…」とトーマは言ってゆっくりと体を起こした。


「6人全員合格だ」と極が言うと、トーマは満面の笑みを浮かべた。


「ちょっとあんた!」とオカメが大いに乱暴に言うと、「オカメは元々パートナーじゃないか…」と極が眉を下げて言うと、「…自信がなかった…」とオカメは言ってうなだれたが、ここは胸を張って喜んでいた。


「使う使わないは関係ない。

 重鎮警護などの仕事は、できれば全員集合して欲しい。

 軍の仕事としては、ちょっと無理は言えないけどね…」


「常識的範疇で進言するから任せておいて」とオカメが言うと、6人は大いに喜んでいる。


「最低でもトーマとランプは常にともにいて欲しい。

 どんな状況でも、ふたりがいると心強いから」


「そうね、それは最低条件としては言えることだわ。

 どれほど回りくどくても、

 ふたりがいればどんなことでもクリアできるはずだから。

 肉体的には、極が大いに辛くなるけどね」



極はまだ眠っている恐竜のバンと笑みを浮かべて極を見上げている果林を見て、「問題はこのふたりだな…」と言うと、「バンは今一歩のようね」とオカメは陽気に言った。


「果林ちゃんは何か気付いたことってない?」と極が言うと、「お兄ちゃんすごい!」と果林は極を絶賛した。


「うん、ありがとう。

 本当にうれしいよ。

 じゃあ、それ以外で」


「オカメちゃんがほんとすごくてかわいいぃー…」と果林が言うと、『ケケケケケ』とオカメは大いに上機嫌で鳴き声を上げた。



極はこのようにして果林と会話をしたが、ついにこの時がやってきた。


「この中で、一番仲良くしたいのは?」と極が聞くと、果林は満面の笑みを浮かべて、「バン兄ちゃん!」と叫んだ。


「恐竜、好きなの?」と極が聞くと、「最初は、すっごく怖かったの…」と果林は不思議そうに言った。


「そういうこともあるさ。

 そしてみんな、仲良しの友達になった」


「うんっ! そうなのっ!!」と果林が陽気に叫んだ途端に、極はガッツポーズをとった。


「…うまいわぁー…」とオカメは大いに感心していた。


「急ぐ必要はなかったからね。

 特に果林の年齢にあわせたから」


「…幸恵も気付くだろうけど伝えておくわ…」とオカメは言って、燕に変身してポケットから通信端末を出して電話を始めた。


すると、通信端末を耳に当てている幸恵が射撃訓練場に飛び込んできて、すぐさま果林を抱きしめた。


「…いたずら電話だって思ってたぁー…」と幸恵が言って涙を流すと、「…冗談でもそんなことするわけないじゃない…」と燕は眉を下げて言った。


すると、マルカス大将もやって来たので、極と燕はすぐに敬礼した。


「…もっと先だと思ってたが、早ければ早い方がいい…」とマルカスは言って笑みを浮かべた。


「…だけど、果林ちゃんの場合はただひとり…」とトーマは少し気合を入れて言った。


「俺が特殊だからね」と極は眉を下げて言った。


「ま、決められないって嘆くと思うよ」


「…兄ちゃんから見てどうなの?」とトーマは大いに気にして聞くと、「俺の希望は、もちろんトーマかランプだよ」と極は明るく言った。


「…ランプちゃんになりそうだけど…」とトーマは言って、バンを見た。


「可能性はかなりあると思うな」と極は言って、トーマの頭をなでた。


「…えっ? どっち?」とトーマは大いに戸惑って聞くと、「かわいい犬の方が、現実的で好きなんじゃないのかなぁー…」と極が言うと、「…犬で、よかったぁー…」とトーマは感慨深げに言った。


「だけど、バンさんは兄のようなものだから、

 大いに悩むと思うんだ。

 まだ年少者と言っていいから、

 それほど期待しない方がいいぞ」


「…うん、わかった…

 出番はあるってもう知ったから、

 妙な欲だけは出さないから」


トーマが真剣な顔をして言うと、「…いい顔になったわ…」と燕は笑みを浮かべてトーマに言った。


「だけどさすがに果林とはチームを組むことになると思うから、

 できれば俺とともにいて欲しいね」


「兄であるお前がしばらくは面倒を見ろ。

 いいな極」


マルカスの言葉に、極はすぐさま敬礼して、「はっ! 了解しました!」と笑みを浮かべて答えた。


「極と言ったぞ」とマルカスが苦笑いを浮かべて言うと、「はい、わかりました父上」と極は破顔して答えた。


マルカスは満足そうに笑みを浮かべて何度もうなづいて、部屋を出て行った。


「…催促してきたわね…」と燕は大いに眉を下げて言った。


「どやされそうだから、きちんと判断しよ…」と極は言って大いに苦笑いを浮かべた。


「今の場合は公私混同だから、私がクレームを言うからいいの」


燕が堂々と言うと、「さすが姉ちゃん」という極の言葉に燕は目を見開いて、「違う!」と憤慨して叫んだ。


「…もう、ここは既成事実を作るしか…」と燕がかなり危険なことを言い始めると、「年齢の件、どうなったんだろ…」と極が言うと、「罪人になるかもぉ―――?!」と燕は叫んで頭を抱え込んだ。


「中途半端なうちは何もしない方がいいよ。

 あと10か月…」


極の言葉に、燕は大いにうなだれた。



仲間たちはそれぞれの寝床に戻って行ったが、極はふと考えて、天使たちの寝床である小さな神殿に行った。


天使たちはまだ起きていて、極を大歓迎した。


「興味があったのは天使の夢見なんだ」と極は言って、かなり低い天井を見上げながら言った。


天使たちは小人族と言っていいほど身長が低く、マリーンとお付きの数名以外はほぼ幼児だ。


しかしそれには理由があるのだ。


まさに、天使たちを守る鎧と言っても過言ではない。


「あ、ですが、極様のお布団が…」とランプが眉を下げて言うと、「これなんてどうだい?」と極は言ってすぐに、純白の柔らかいマットレスとブランケットを出すと、天使たちはマットレスを愛撫するようにして寝転んだ。


「…いや、俺の布団なんだけど…」と極は言ったが、もう二人も眠ってしまったので、極も横になって瞳を閉じた。



「…マリーンちゃん、かわいすぎるぅー…」と極は言って目覚めた。


今までにないほどの清々しい朝だった。


しかし外から、『ヒューヒュー』という音が聞こえ、風が強いのだろうかと思って極が窓から外を見ると、声が枯れてしまったオカメの鳴き声だったことに大笑いした。


どうやらかなりの剣幕で極を起こそうと鳴き続けていたようだ。


「先生、何やってるんですか」と極が少し笑いながら言うと、「不順異性交遊!!」とオカメはしゃがれた声で叫んだ。


「天使たち相手にそんな感情すら向けられませんから。

 俺って、能力者なんですよ?」


「うー…」とオカメはうなることしかできずに、極の後ろから覗き込んで、陽気に朝の挨拶を始めた天使たちを見て、大いにうらやましく思った。


「俺が興味があったのは天使の夢見です」と極が言うと、「…そ… そういうのもあったわね…」とやけに動揺して言った。


「ちなみに、ミランダさんはいませんでした」と極が言って少し笑うと、―― 見抜かれた… ―― とオカメは思ってうなだれた。



少々残念だったのだが、今日と明日は学校が休みなので、いい教師がいないかとオカメに聞くと、「私が個人授業を…」と恥ずかしそうに言うと、極が妙なテキストをオカメに見せた。


「…あんた、どれほど勉強が好きなのよぉー…」とオカメは大いに嘆いた。


分類としては科学の、宇宙での推進力についてのテキストだった。


もちろん物理と化学も含んでいるので、初見の者では意味がわかるわけがない。


「さらには、永久機関は本当に実現不可能なのか」


「…鞭があれば可能…」というオカメの回答に、極は大いに笑った。


「それほどのお勉強となると、この軍施設にはいないわ。

 近くだと、航空科学博物館と研究所に併設している、

 モルタカレッジね。

 知り合いがいるから、連絡してもいいわよ」


「さすが先生、顔が広いね」と極は調子よく言った。


オカメは燕に変身して通信機を耳に当て、「おいこら、私だ私…」と、かなり乱暴な言葉で話を始めた。


「いつでもいいんだな」と燕が言って極を見ると、「一時間後に」と極は答えた。


「ありがたく思え、時間指定してやろう」と燕が言うと、「…どれほど高飛車なんだ…」と極は眉を下げて言った。


燕が電話を切ると、「うるさいヤツだ」とまず言った。


「どこからか、あんたの情報が漏れた。

 いろいろとね…」


燕の言葉に、「父さんと母さんが何とかしてくれます」と極が笑みを浮かべて言うと、「…さすがお坊ちゃま…」と燕は言って苦笑いを浮かべた。


しかし燕は仕事になった。


もちろん、果林の件だ。


極はお付きを誰にしようかと思ったが、まずはトーマに声をかけると大いに喜んで極に抱きついた。


まさに出番があったと喜んだのだ。


すると、「…お母さんが行けって…」とサエが眉を下げて言ってきた。


無碍に断るわけにはいかず、極はふたりと手をつないで空を飛んで、あっという間にモルタカレッジについた。


受付で、「菊田相馬教授に面会をお願いします」と言うと、「あっ! オレオレ!」と警備員の背後から叫び声が聞こえた。


「…うわぁー… 奇跡の人だぁー…」と菊田は感慨深く言って、警備員がパスを渡そうとしたが、「あ、それいらないから」と菊田は言って、極のネームプレートに指をさした。


「ここも軍施設だから」と菊田が言うと、極は大いに納得した。


「しかも、パートナーがふたりも…

 驚いた…

 あ、おばちゃんは?」


菊田の言葉に、極は大声で笑った。


さすがに二万才を超えているので、おばちゃんどころかお婆ちゃんでもおかしくない。


別件で仕事が入ったと極が説明すると、菊田はほっと胸をなでおろしていた。


施設に入る前に、「ノーマーク会だけど、一週間後らしいから」と菊田は陽気に言った。


「あ、菊田先生もですか?!」と極が声のトーンを上げて聞くと、「長兄の長老から連絡があってね」と笑みを浮かべて言った。


―― そういうこと… ―― と極は考えてすぐさま納得した。


「会の警備の一端を担うことにもなると思います」


「ああ、だったらいつもよりも盛会になることだろうね!」と菊田は大いに喜んで言って、極と肩を組んだ。


「その確認も昨日終えたのです」と極は笑みを浮かべてサエとトーマを見た。


「さらに驚いたのは、サエちゃんが大いに変わったことだ。

 さすが最強最大の能力者だよ…」


サエは何も言わないが、大いにホホを赤らめて極を見上げた。


「トーマ君とは初見だけど、もちろん顔と名前は知っていたよ。

 この星での一番の功労者は、トーマ君だとボクは思っているからね」


「はい! ありがとうございます!

 この先は、さらに精進させていただきます!」


トーマは叫ぶように答えて頭を下げた。


「さらに本領発揮して、

 今までよりも簡単に攻略できるんだろうね」


菊田が陽気に言うと、トーマは満面の笑みを浮かべて胸を張っていた。



雑談はこの辺りにして、早速菊田教授の授業が始まった。


生徒は極とトーマだけでなく、菊田が認めた学生が5人いた。


もちろん、極の紹介はしたが、口止めもしている。


誰もが大いに興味を持ったが、ここは大いに我慢して授業に集中した。


宇宙空間での推進力については、機器としては小型化は可能だが、そのシステムの進化は望めないと菊田は説明した。


よって新たな機関の発明をするしかないのだが、今は研究段階のものすらなく、頭打ちの状態だ。


さらには乱暴な機関もあるのだが、爆弾を積んで宇宙を飛び回ることになるので、実用的ではない。


「…レアメタル…

 反発力と吸引力…

 …あ…」


極がつぶやくと、「えっ?! なになに?!」と菊田が目ざとく極に聞いた。


「…あー… まずは理論だけ…

 そのあとに模型を作ります」


極は能力者の能力としての説明をしてから、三つのレアメタルを作り出して、そのみっつの反発力と吸引力を利用した、永久機関の説明を行った。


もちろん、レアメタルからは有害物質が発生せず、レアメタル同士が接触しても問題がないことも説明した。


「この事象は、この宇宙のどこかにある技術のようです。

 その出どころは今の私では判断できません」


「…すべては、その模型にかかっているね…」と菊田は真剣な眼をして言った。


「これがそのエンジンを搭載した、リナ・クーターです」と極は言って、手のひらにロボットの模型を出すと、「えっ?!」と誰もが驚きの声を上げた。


「私は能力者ですから」と極が言うと、「…いや… こんなことができる能力者は知らないよ…」と菊田は言って苦笑いを浮かべた。


そして、菊田は様々な装置をセットして、極はリモコンを使ってリナ・クーターを縦横無尽に操作した。


「…なんてことだ… なんというデータだ…」と菊田は言って、大いに興奮していた。


「では、宇宙に向けて飛ばします」と極が言うと、「ああ! やってくれ!」と菊田は機嫌よく言って、モニターの電源を入れた。


極はさらに二機のリナ・クーターを作り上げていた。


もちろん、映像や音声、そしてリモートコントロールの通信の中継用だ。


三機の小さな模型は宇宙目指して飛んで、大気圏を飛び出す前に一機が宙に浮いたまま停止した。


そして二機が大気圏を飛び出して、一機が停止した。


そして残る一機が、通信可能圏内を飛び回ると、菊田は踊るようにして大いに喜んでいる。


「…光速を超えた…」と学生のひとりが言うと、「そんなもの序の口序の口」と菊田は言ってまた踊り始めた。


通信圏内はかなりの範囲があって、最高速で光速の千倍をトーマして、このラステリアでの最高速を軽く更新した。


「…論文、提出して…」と菊田が極に眉を下げて言うと、「じゃ、これを」と極は言って、百科事典三冊分ほどの論文を菊田に手渡した。


菊田が大いに喜んでいる間に、極はリナ・クーターを回収した。


「…宇宙に、行ってたんだぁー…」とトーマは笑みを浮かべて言って、三機のリナ・クーターを見入っている。


「すべてに問題も故障も劣化もなしだ」と極は機嫌よく言って、まるで手品のようにして、リナ・クーターを消した。


「はい、夢でした」と極が言うと、トーマは大いに笑ったが、学生たちは大いに眉を下げていた。


「すべては兄ちゃんの技術だから。

 論文だけでは実現化はできないから。

 兄ちゃんだけが、最高速の宇宙船を造れることが、

 平和だって思わない?」


子供にしか見えないトーマの言葉に、学生たちは大いに考え込んだ。


菊田は論文に熱中していたので、極は書置きだけを残して、モルタカレッジを後にした。



「…トーマ君がすっごく大人ぁー…」とサエが言うと、トーマは大いに照れていた。


「いろんなことを見てきたトーマは、誰よりも大人だから。

 ある意味、先生よりも使えるかもね。

 先生の能力は、破壊工作員でしかないから」


「…いえ、先生の代わりとして発言させていただきましたぁー…」とトーマは眉を下げて言った。


「…あ… そういえば、その通りかも…」と極は言ったが、大いにトーマをほめた。


「先生に免許皆伝をもらってもいいじゃない?」と極が陽気に言うと、トーマは大いに照れていた。


「じゃ、不本意かもしれないけど、

 トーマは正式に俺のパートナーとして登録するから。

 それでいいかな?」


極の言葉に、トーマは固まって、そして涙を流し始めた。


「今日は正式に俺のパートナーだった。

 ずっとそばにいてもいいが、

 もちろん自由時間もあるから、何でも言って欲しいんだ。

 あとは果林が誰をパートナーにするかにかかっているけど、

 先生でいいのかもな…

 攻撃的だけど…

 まあ、ランクアップしたから問題はないと思うし…

 あとは、果林の詳しい能力だけだね。

 相性が大いに左右するけど、

 先生は誰にでも合わせられると思うし…」


「…やっぱ、先生は先生だよ… すごいって思うぅー…」とトーマは言ってうなだれた。


「ああ、ほんとすごいよな」と極は言って、トーマの頭をなでた。



すると陽気な果林が、燕と手をつないでやってきたのだが、その燕の表情が暗い。


「何かイヤなことでも?」と極は言って椅子を引いた。


「…果林ちゃん、私がいいって…

 もちろん、オカメちゃん…」


燕はため息交じりに言って、「…どっこいしょ…」と言って椅子に座った。


「…おばちゃんだぁー…」と極が言うと、トーマはすぐに後ろを向いて大いに笑っていた。


もちろん、菊田の言葉を思い出したからだ。


極が今日あった話と今の話をすると、「…能力で捻じ曲げた…」と燕が言うと、「その時点で俺は王だよ」と極は眉を下げて言った。


「…よねぇー…」と燕は言って、果林の頭をなでた。


「ちょっと! 大変だよ!」と幸恵がテレビを見ながら叫んだ。


そして極たちがモニターを見上げると、空飛ぶリナ・クーターの映像が流れた。


もちろん宇宙で飛び回る姿も映っていて、詳細な情報もテロップとしてはめ込まれていた。


「軍からの命令があるけど、

 俺とは部署違いだし、

 パパが守ってくれるだろう…」


「…守り切れるかしら…」と燕は言ってため息をついた。


もちろん、極も映っていて、当事者としては種明かしを終えたようなものだ。


『極君! リナ・クーター、頂戴!』とテレビの中の菊田が叫ぶと、極は大いに笑い転げた。


「じゃ、ママにお願いしよう」と極が言うと、「…そっちの方が堅実ね…」と燕は言って、大神殿に電話をした。


もちろんマリーンもこの件については知っていて、できる限り極を守ると宣言した。


「あ、あんたの予言の子だから、あんたがママだから」と燕が伝えると、『…一番最後の子…』とマリーンは感慨深げに言った。


『気づかなかったぁ―――っ!!』と、マリーンが叫ぶと、燕はけらけらと笑った。


「極はさらに企んでるわよ。

 この話は、あんたとしてはあまり歓迎できないと思うわ」


『…うう… 何かしらぁー…』とマリーンは大いに不安になっていた。


「昨日の最終確認で、ほぼ対等だと思うよ」と極が言うと、「あんた、癒しを飛ばせる?」と燕が聞くと、返答が返ってこない。


『…ランプが、できるようになったのね…』とマリーンはようやく答えた。


「一度に8人」と燕が言うと、『…極様だけの能力じゃない…』と嘆くように言った。


「極にはランプも必要だから、大神殿に閉じ込めないで欲しいの」と燕は言った。


『…極様のためにも、それはお約束します…』とマリーンは言った。


「だけど、これからは極が毎日大神殿に送り迎えをするそうだから。

 悪い話ばかりじゃないわよ」


『…ああ、ありがたいことです…』とマリーンは心を込めて感謝した。


「…先生はやっぱり先生です…」とトーマが眉を下げて言うと、「…その部分は年の功だよ…」と極は小声でこっそりと答えた。


「誰が年寄りだってっ?!」と燕が叫ぶと、トーマも極も大いに肩をすくめた。


燕は、「こっちの話」と言ってから、マリーンに礼を言って電話を切った。


「オカメちゃん!」と果林が叫ぶと、「はいはい」と燕は言って、小鳥になって果林を見上げた。


「うふふ、かわいいぃー…」と果林は言って、オカメをやさしくなでた。


「うん、いい感じだ」と極は言って笑みを浮かべた。


「かなり穏やかだ。

 徐々に積み上げれば、何も問題ないと思う…」


トーマの言葉に、極も賛成した。



するとやはり、眉を下げてマルカスがやってきた。


誰もが大いに緊張して敬礼をする。


マルカスが食堂に来ることの方が珍しいのだ。


よって、大いに慌てていると言っていい。


「呼び出すよりも来た方が早いからな」とマルカスは落ち着き払って、敬礼をしている極に言った。


「いえ、そうでもありませんから。

 一瞬にして指定した場所に飛ぶことが可能です」


極の言葉に、マルカスは目を見開いたが、「放送係に呼び出しを頼むまでもないか」とマルカスは言って笑みを浮かべた。


「話は直接菊田に聞いた。

 肝心の証拠品は極が抑えている。

 それに、夢だと言ったそうだな?」


マルカスは言って大いに笑うと、極も大いに笑った。


「上がどういった判断をするのかは未知だ。

 ここで極のへそを曲げられるのも困るといった感じだ。

 俺の予想だが、極はリナ・クーターという模型を

 飛ばしたかっただけだと思ったんだが?」


「はい、ほとんどの理由はその通りです。

 ですが、菊田教授の講義を聞いて、

 能力者としての知識が沸いて出たことも事実です。

 私の造ったリナ・クーターと同じ技術は、

 宇宙のどこかで使われているはずですから。

 ですので私は、まだまだ勉学に勤しむ必要があるはずなのです」


マルカスはできのいい息子を見るように笑みを浮かべてうなづいた。


「わかった。

 ああそれから、年齢の件は14才2カ月となった。

 よって法で守られるから、残り10カ月は学生として学べばいい」


「はっ! ありがとうございます!」


正確には、マルカスが極を発見した日が、今から14年と2カ月前だったので、この年齢が採用されたのだ。


「じゃあ、俺の執務室に飛んでくれないか?」


「はっ 喜んで!」と極は答えて、極とマルカスは消えた。


「…はは、すっげぇー…」とトーマは言って笑みを浮かべた。



「おっ」とマルカスは言って、辺りを見回した。


極のテレポテーションによって執務室に誘われたのだ。


「とんでもないな…

 なあ、マルティー」


マルカスの言葉に、マルティーは夢を見ているような顔をして、マルカスと極を見つめている。


「父上にお聞きしたいことがあるのです」と極が言うと、マルカスはマルティーに自慢げな笑みを向けて、椅子に座って、「何でも答えるぞ」と機嫌よく言った。


「極という名前についてです」と極が聞くと、「俺の願い… 叶ったけどな」とマルカスは言って、まさに父親の笑みを極に向けた。


「そうでしたか…

 素晴らしい名前をありがとうございました!」


極は言って素早く頭を下げた。


「そして名字の煌も不思議に思っています」


「まさに、極を発見した時に煌いていたからだよ。

 だから煌極と名付けた」


極は笑みを浮かべてうなづいた。


「オカメちゃんの写真が煌いていました。

 あ、ほかにもまだあるのです」


ここからは親子として、極も椅子に座って、親子の長い話をした。



極は聞きたいこと話したいことをすべてマルカスに伝えて食堂に戻ると、大勢の屈強な兵士たちが極を待ち構えていた。


「おまえだったか!」とマクベス・リー軍曹が叫ぶと、「はは、マリーさん…」と極が言うと、「ハンドルネームを明かすな!」とマクベスは叫んでから、大声で豪胆に笑った。


「みなさん、お仲間のようですね。

 色と教えていただいてありがとうございました」


極は愛想よく頭を下げたが、その視線の先にはオカメがいたのでそっと触れた。


その一瞬で、極はすべての理解を終えていた。


「…まあ、ネットの中の話だけどね…

 まあ、オフ会もいいだろうと思って、

 判明していた者だけを誘ったんだ」


満田ランガード少尉の言葉に、「お会いできて光栄ですよ」と極が言うとほとんどの者が、「それはこっちのセリフだ!」と叫んで大いに笑った。


「皆さんはやはり、地上勤務の方が多いようですね」


「9割は技術者だね」と満田は笑みを浮かべた。


「…あの映像、感動したぁー…

 宇宙に飛んで行って、最高速記録…

 実際にこの目で見たかったけど、

 宇宙に飛べば、肉眼では見られないから同じだと思い直した」


マクベスの言葉に、「ですがいい体験ができましたよ」と極は笑みを浮かべて言った。


「宇宙に飛ばすことはないんだけど、

 あの小ささで動けることがすごいと思ってね。

 あの報道の模型を作りたいと思ったんだけど、

 何とかならないかな?」


満田の言葉に、「ええ、可能ですよ」と極は言って、プラモデルのような箱を出した。


極が箱を開けると、「…うわ… 組み立てキットかぁー…」と技術者たちは大いに興味を持った。


「そう簡単には組み上げられませんから、

 十分に楽しめるはずです。

 部品数は千を超えていて、

 宇宙に飛び出した機体とほぼ同じものです。

 動力は、ごく一般的ですが、

 軽量化したハイトルクモーターですけどね。

 エンジンは、申し訳ありませんが公表できないのです」


「ああ、学者様がお願いするほどだから、

 そこまでは望んでねえよ」


マクベスは言って、キットを眺めて何度もうなづいている。


「ガレージキットとして持って帰ってください」と極は言って、仲間と同数の箱をわらわらと出して配った。


極のオタク仲間たちは上機嫌でプラモデルをもって帰って行った。


「…本物見せろって言わなかったわね…」とオカメが言うと、「半数ほどは言いたかったようだけどね」と極は眉を下げて言った。


「まあ、スパイのような人が数人いたことはもう突き止めて、

 部署も判明したから。

 パパに言いつけてやろ」


極が楽しそうに言うと、「楽しそうだから私がしたいぃー…」とオカメが言うと、極は大いに眉を下げていた。


「…まあ、どれほど偉い人でも知らない人はいないと思うからね…」


「…うふふ… 楽しくなりそうだわぁー…」とオカメは言って燕に変身すると同時に、極はそのリストを渡した。


「まあ詰まんない… 小物ばかりだわ…」と燕は言ったが、妙に陽気な気分で通信機に手を伸ばした。



全ての関係者に電話を終えた燕は、軍の王である大本営の統合幕僚長に電話をして、半分以上脅していた。


極は大いに眉を下げていたが、燕の表情はどこ吹く風だった。


燕は電話を切って、「もう、王になった気分だわ」と言うと、「それはあるよなぁー…」と極は言って否定しなかった。


しばらくして、燕に電話がかかってきたが、今はオカメになって果林とコミュニケーションをとっていた。


「極、出ていいわよ!」とオカメが叫んだので、極は端末の画面を見て、「あ、パパからだ」と陽気に言って電話に出た。


『さすが先生です』というマルカスの高揚した声が聞こえた。


「代行して電話を取った煌です」と極が言うと、『…機嫌よく遊んでるわけだ…』とマルカスはトーンを下げてバツが悪そうにして言った。


「パートナーとしては拒否できませんから」と極は言ってから笑った。


もちろん、事を起こしたのは極なので、直接聞いた方が早かった。


マルカスはすべてに納得して電話を切った。



就寝する少し前に、極はオカメと果林とともに、天使を引き連れて夜空を飛んだ。


ランプたちは大いにはしゃいでいたが、あっという間に大神殿に到着した。


「みなさん、お帰りなさい」とマリーンが大神殿の門の前に出迎えて言うと、天使たちは極に感謝の祈りを捧げてから、「ただいま戻りました!」と陽気にマリーンに挨拶をした。


「みんな、おやすみ!」と極が手を振って笑みを浮かべて言うと、天使たちは名残惜しそうな顔をして極たちに就寝の挨拶をして、大神殿に入って行った。


「…純白…」とマリーンがつぶやくと、「少し前に漂白しておきました」と極が言うと、マリーンはすぐさま頭を下げた。


「夜だと、輝いて見えるのね…」とオカメは感慨深げに言った。


「では、マリーン様、おやすみなさい」と極が言うと、「…ああ…」とマリーンがまさに名残惜しそうに言うと、「明日の朝、少し早めに迎えに来ますから」と極が言うと、「お待ちしております」とマリーンは落ちついて言った。


極は果林を抱き上げて、夜空を飛んだ。


「お母さんの家でいいのかい?」と極が聞くと、「お兄ちゃんも泊って欲しいぃー…」と果林が言ったが、「色々と問題がありそうだけどなぁー…」と言うと、「…お兄ちゃんたち、騒ぎそう…」と果林は言ってうなだれた。


「ママが叱るからいいんじゃない?」とオカメが言うと、「…それもかわいそうだから…」と果林は言ってうなだれた。



空の上から眺めた沼田家は、まさに城の威厳があるほどの建築物だった。


「はは、すっげぇー…」と極は大いに感動して言った。


「ハイレベルな子が多いからね。

 警備も雇ってるからそれなりのものだし、

 キリルちゃんも下宿してるから」


「はは、そうだったんだ…」と極は少し笑ってから、敷地の外の通用門前に降りた。


「目覚まし、鳴らしてやればよかったのよ」とオカメが言うと、「それはさすがにできないから…」と極は言って眉を下げた。


許可なく敷地内に入ると、警報が鳴る仕組みになっていることは一目瞭然だったのだ。


極は通用門の衛兵に挨拶をして、「煌少佐?!」と衛兵が叫んで最敬礼した。


「果林ちゃんを送りに来ました」と極が言うと、「はっ! お疲れ様でございます! ありがとうございます!」と衛兵は極たちの顔を見ることなく真正面を見て叫んだ。


「…玄関先でお暇した方がよさそうだ…」と極は言って、果林を連れて衛兵の案内で玄関に行った。


広大な玄関には家族全員と下宿人が待ち構えていて、極をさらに驚かせた。


「悪いんだけど、寝る前に少しやっておきたいことがあるんだ。

 ボクの趣味、なんだけどね…」


極の家族と言っていい者たちは一斉に眉を下げた。


「まだ未成年なのに極は忙しい。

 その程度の時間がないと壊れてしまいそうだからな」


マルカスの正論の言葉に、誰もが従うしかなかった。


「トーマがまだ起きてるから、彼をパートナーにするから」


極の言葉に、オカメさえさらに納得するしかなかった。


「ああ、トーマも大いに喜ぶだろうし、同性だからさらにいいだろう」


マルカスの言葉に、オカメは大いにマルカスをにらみつけた。


「…王家をつぶして軍のトップになってやるぅー…」というオカメの言葉に、「…もうなりました…」とマルカスは言って眉を下げた。


まさに影の王として君臨したも同然だった。


「だけど、今の部屋でいいのかい?」と幸恵が極に聞くと、「ここで暮らした方がよさそうだね」と極が答えると、獣人たちが大いに喜んで、大声でうなり始めた。


「やっぱ、大騒ぎになった」と極が言うと、獣人たちは口を閉ざして、極に敬礼した。


「部屋はいくらでもある。

 遅くなってもいいから、トーマも連れて帰ってきな。

 衛兵にも伝えて案内させる」


幸恵の言葉に、「わかったよ、母ちゃん」と極が気さくに言うと、幸恵は満面の笑みを浮かべた。


「大神殿長もママなのよ?」とオカメが言いつけるように言うと、「…当り前じゃないか…」と幸恵は眉を下げて言った。


「あの無印の長老ですら頭が上がんないんだから…

 私なんて能力者であってもただの人間だから格違いだよ」


「あ、おやすみのあいさつの前に素朴な質問」と極が言うと、誰もが極に注目した。


「ノーマーク会にはマリーン様も出席されるの?」


「畏れ多くて呼べるもんかい…」とマルカスは眉を下げて言った。


「今回は呼ばないといけないと思うよ。

 だから会場は特別じゃなきゃいけない」


「…うう… 確かに…」とマルカスは極の父として大いに考え始めた。


「それ、ボクが何とかするから。

 もちろん、長老とも面会するからね。

 もちろん、オカメちゃんもサエちゃんたちにも手伝ってもらうから」


「よっしゃぁ―――!!」と獣人たちは大いに叫んで気合を入れた。


極は穏やかにおやすみを言って、夜空に向かって飛んだ。



トーマの部屋を訪ねると、起きていて本を読んでいたが、極を大歓迎した。


「かなりハードだけど手伝って欲しい。

 俺の秘密基地を造るから」


「もちろん、ご同行いたします!」とトーマは大いに陽気に叫んで、すぐさま極に寄り添った。


「じゃ、近いから走って行こうか」と極が言うと、トーマは満面の笑みを浮かべて犬の姿に変身した。


そしてふたりは外に出て、とんでもないスピードで天使の寝床の小さな神殿めがけて走り始めた。



一時間後、かなりハードだったが、極の望んだ秘密基地は完成して、そのメインとなるリナ・クーターを見上げた。


試運転はまた後日として、眠ってしまったトーマを抱き上げて、極は夜空を飛んで沼田家の城を目指した。



「何やったのよぉー…」と翌朝、オカメは城の食堂で上機嫌のトーマを見て言った。


「そうだなぁー… 今日の夕食の後に、みんなにも見てもらった方がいいかもね」


極は言って、うまそうなおかずを見ながら飯を食らった。


「…今日も、忙しくなりそうね…」とオカメが嘆くと、「まずはノーマークの長老に会いたいんだ」と極が言うと、「…はいはい…」とオカメは言って、燕に変身して電話を始めた。


『オカメ様! それは真実なのですかっ?!』というとんでもな声が電話から漏れてきた。


「…元気だ…」と極はつぶやいて眉を下げた。


「…今回は本当だから…」と燕が眉を下げて言うと、「…今までに、からかったりしてたんだな…」と極は言ってさらに眉を下げた。


どれだけ長生きでも能力者ではないので、オカメの遊び相手でしかなかったようだ。


「それに、あんたの一番下の弟なんだから。

 電話代ろうか?」


『いえ、すぐにでも会いに来てくださるようですから。

 会話はその時でよさそうですし、

 心の準備をしておかないと、昇天してしまいそうです』


長老の言葉に、燕はけらけらと笑った。


「軍服で行くからそれなりの準備をしておいてね。

 一番の身分証明になるし、

 まず攻撃されないから」


『はい、お待ち申しております』


燕が笑みを浮かべて電話を切ると、「攻撃ってどういうこと?」と極が聞くと、「金持ちに付きまとう悪いヤツらよ…」と燕は言って、オカメに変身した。


「まずは腹ごなしのそれをつぶそうか。

 上の兄ちゃんに連絡して、情報をもらって欲しい」


「警察とのコラボも面白いわね…

 動かぬ証拠も十分に突き付けられそうだし。

 武器がなければ何もできないんだから」


「報道で、軍から流れてるって聞いてるよ?」と極が聞くと、「ここじゃなくほかの地域のね…」とオカメは眉を下げて言った。


「…ふむ…」と極は言って少し考えて、「やっぱり、勝手に検挙してから、警察に出張ってもらおう」と言うと、「うふふ、面白そうだわ」とオカメが言って笑うと、家族は全員眉を下げていた。


「サエも必要だ」と極が言うと、「はい! 極様!」とサエはすぐさま立ち上がって頭を下げた。


「万が一を考えて、できれば天使もいた方がいいけど…」と極が言うと、「ランプを連れて行くわ」とオカメはすぐさま答えた。


「…おいおい、大丈夫なのか?」とマルカスが眉を下げて言うと、「ランプが必要なのは攻撃してくる側だよ」と極が気さくに言うと、「…そうだった…」とマルカスは言って納得していた。


「基本的な作戦は…」と極が大まかな作戦内容を語ると、オカメはけらけらと笑って、「それ! いいいい!!」と大いに陽気に叫んだ。


「…ぐうの音も出んな…」とマルカスは言って眉を下げた。


「長老の屋敷を巡回するだけで、かなり検挙できると思う。

 だけど数が多いと、さすがに俺とオカメだけでは対応できないから。

 パートナー7人と護衛として特別にバンさんも雇いたいんだけど…」


極が懇願の目を幸恵に向けると、「協力してこい!」と幸恵が叫ぶと、バンは素早く立ち上がって、「おう!」と叫んで気合を入れた。


「トーマの上司にも伝えておく。

 今回のこの件は、市街地での極秘特別作戦だと。

 しかも武器は、元はといえば軍のものでもあるはずだからな」


マルカスの言葉に、「はい! 了解しました!」とトーマと極は機嫌よく答えると、トーマは極を見上げて満面の笑みを浮かべた。



「さて、大人数で行く場合、

 こちらの存在を知られて大銃撃戦になるかもしれない」


極の言葉に、誰もが背筋を震わせた。


「よって、ここは隠密性を維持するために、スーツを造った」


極は言って、透明のスーツをサエに渡した。


「これを着れば無敵状態で、しかも空を飛べる」


「えっ?!」と誰もが目を見開いて一斉に声を上げた。


「じゃあサエ、試して欲しい」


「はい! 極様!」とサエは笑みを浮かべて答えて、つなぎのようなスーツを着込んだ。


「…あ、あ…」とサエは言って大いに戸惑って極を見たが、「落ち着いて考えれば簡単にわかるから」という言葉に、「はい! 極様!」とまた笑みを浮かべて言って、ほんのわずかだが宙に浮かんで、狭い範囲で移動を始めた。


「うん、いいね。

 なかでも、サエの精神状態が一番いい」


極の言葉に、ほかの獣人たちは大いに眉を下げた。


まさにサエのように落ち着いていられるのか疑問だからだ。


「この防具も、未知の世界からの送りものだから。

 絶対に敵に渡してはならない!」


極が気合を入れて叫ぶと。「はい! 極様!!」とパートナーたちは一斉に叫んだ。


「ちなみに、昨夜はトーマが乗って、天井に頭をぶつけた」


極の言葉に、トーマは大いに眉を下げて頭を下げた。


「冷静沈着なトーマが喜ぶほどだから、

 サエには慎重に注意したんだよ。

 だからみんなも落ち着いて飛んで欲しい」


極は言って、パートナーたちにスーツを渡した。


個人差はあるが、極は何度もうなづいてパートナーたちに笑みを向けている。


「サエは隊長としてパートナーたちに指示を出せ。

 メインのアタッカーは俺だから、

 俺の心を読め」


「はい! 極様!」とサエははっきりと答えたが、大粒の喜びの涙を流していた。


「薄い膜のようなものだが、

 実弾は通さない。

 しかもレーザーを消失させる優れものだ。

 昨晩、そのテストは済ませてあるが、

 銃口の前に立たずに速やかに処理しろ、いいな?」


「はい! 極様!!」とパートナーたちは答えて、とんでもない高揚感で膨れ上がっていた。



一行は試運転とばかり大神殿に飛んで、天使たちをさらうようにして連れ帰った。


もちろん、何かあると察したマリーンは何も言わなかったが、かなり残念に思ったようだ。


「…まさか、戦場に…」とお付きの天使が眉を下げて言うと、「戦場ではない戦場でしょう…」とマリーンは穏やかに言って、安全と平和だけを祈った。



「全軍停止」と減速していた極が言うと、全員が速やかに止まった。


「…予想の三倍いた…」と極が大いに苦笑いを浮かべて、作戦マップ装置を広げると、武器を装備したよからぬ者たちが、長老の屋敷近辺の二キロ圏内に3百人以上いた。


しかも相手はふたりから4人でグループを組んでいて、小隊を100ほど拘束する必要がある。


「だが作戦は変えない。

 先ほど説明した通り、

 俺とトーマ、そしてバンの三人で意識をかるから、

 残りはすぐさまこのワイヤーで敵を拘束してあとに続け。

 そしてまずは、ビルの屋上にいる3チームを始末する。

 高い場所からだと、悟られる危険性があるからな。

 あとは、屋敷から遠い順に円を描くように倒していくから、遅れるなよ」


極の言葉に、パートナーたちは敬礼をしただけで無言だ。


まさに戦場の緊張感が、この小隊には漂っていた。



しかし玄人と素人の戦いなので、作戦は30分で終了して、燕が警察に一報を入れた。


まさかの大量検挙に、長老邸の近隣は大騒ぎとなっていた。


捕まった者たちの罪状は、銃刀法違反。


小さな組織であれば、簡単に壊滅させられるほどに検挙をしたことになる。



「何が起こっている!」とノーマーク会の長老の畑田甘英が叫ぶと、「警察に包囲されたように見えます」と執事が報告すると、「煌様一行が到着されました!」とメイド長が報告に来た。


「土産話を聞くことにしようか」と畑田は好々爺に戻って、笑みを浮かべてソファーに座った。


極たちはすぐさま姿を見せて、ここは名刺交換が始まった。


「そちらの名刺は古いものですが、10か月後には本物になるはずです」と極が言うと、「…年齢的にはあいまいだからね…」と畑田は言って眉を下げた。


「まずは少々お騒がせした件についてですが…」と極は言って捕り物があったことをつぶさに説明した。


「…そうか… 一週間後の会の件が漏れたのか…」と畑田は言ってうなだれた。


「ある程度は予想していたのですが、

 ちょっとしたゲリラ戦のようになっていました。

 さらにはパートナーたちの動きの確認ができて、

 いい機会になりました。

 またさらに、

 戦場にも出ていない者がデカい顔をするななどと言われていましたので、

 まさに好都合でした」


「軍施設での一件は閃光様にお聞きした」と畑田は言って、今は軍服姿の燕に頭を下げた。


「…余計なことを言ったヤツは世間的に抹消してやろうかぁー…」と畑田がうなると、「もう罰は受けて、大人しくなったはずです」と極は言って、今は人型の獣人たちを見た。


「…出過ぎたことを言った…」と畑は言って極に頭を下げた。



「本日、こちらに訪問させていただいた要件ですが」と極が言うと、「会はやる!」と畑田は言って腕組みをした。


「いえ、中止を進言に来たわけではありません」という極の言葉に、「…はあ… 重ね重ね申し訳ない…」と畑田は言ってまた頭を下げた。


「さらに、尻込みするようなことですが、お話しした方がいいと思いまして」


極の言葉に、畑田は大いに怯えて、「…な、なにかな?」と眉を下げて聞いた。


「実は大神殿長のマリーン様に大いに気に入られてしまいました」


極の言葉に、畑田は目を見開き、そして口も開いたまま固まった。


「ショック死しないでくださいね」と極が眉を下げて言うと、「…心の臓が一瞬止まった…」と畑田は言ってうなだれた。


「来賓としてお迎えしないわけにはいかないの思うのです。

 しかも、会員は全員、マリーン様に見つけていただいたのですから。

 できれば大神殿とも、友好的にお付き合いしたいのです」


「…その件は… 任せてもいい?」と畑田が言うと、「はい、もちろんです」と極は胸を張って言った。


「…もう、でかい顔はできんなぁー…」と畑田は言って、また好々爺に戻った。


「よって、会場ですが、大神殿の近くに用意します。

 これから建設しますが、明日には出来上がるはずですので」


「…よ… よきにはからえ…」と畑田は言って燕を見ると、燕はクスクスと愉快そうに笑った。


「あとは、私たちが責任をもってみなさんのお出迎えをしますので、

 ご自宅で待機なさっていて欲しいのです。

 それが一番安全ですので」


極の言葉に、畑田は何も言わずに頭を下げた。


「では、早速仕事にかかります。

 明日は学校がありますので、少々急ぎたいのです」


「…う、うん… わかったよ、極君…」と畑田はかなり残念そうに言って、極たち一行を見送った。



軍施設に戻ると、極たちは最敬礼して出迎えられた。


しかし極たちはその足で大神殿に行くと、マリーンが満面の笑みで出迎えた。


まさに、テレビの中にいたヒーローを出迎えているようで、少し高揚感が増しすぎていた。


「実はこれから、軍管理の空き地にノーマーク会の会場を建てます。

 できましたら、マリーン様にも出席していただきたいのです」


極の言葉に、マリーンは満面の笑みを浮かべて、「もちろん! 喜んで!」と叫んで、極と両手で握手をした。


―― あ、これは… ―― と極は思って、気づいた件は誰にも言わないことにした。


極たちは早々に大神殿を出て、早速更地の整地を始めた。


まさに重戦車ぞろいなので、整地も建物の組み立ても簡単に終わって、内装はトーマが一手に引き受けた。


資材などはまるでイリュージョンのように極が出したので、昼食前にはほぼ完成していた。


「…白亜の御殿…」と極が建物に向けて笑みを浮かべて言うと、「どうせ結界を張るんだから張りぼてでいいのに…」と燕が眉を下げて言った。


「高級感あふれるものじゃないとダメなんだよ。

 それなりの人たちばかりだし、

 マリーン様もご招待するんだから…

 あとは外に庭造りだね。

 トーマ、内装の方、手伝おうか?」


「はい、できればお願いします!」とトーマは比較的気さくに極を頼った。


「だけど、まずは腹ごしらえに行こうか」と極は陽気に言って、仲間たちとともに空を飛んだ。



食堂で、ようやく俗世間のヒーローと対面できたのだが、まさに屈強な兵士が周りにいるので誰も近づけない。


「警察の仕事を取るんじゃないよ!」と幸恵が上機嫌で言って、注文していないのだが全員にシェフのおすすめランチを配膳した。


「警察の手伝いをしただけですよ」と極は穏やかに言って、うまい料理をほうばった。


「ここに、警察のトップが来そうだけどね…

 もちろん、王族もついてくるだろうけどね…

 今回は、第一王女が確実に来るよ」


「あー… 会いたかった人のひとりだぁー…」と極が少し視線を上げて言うと、燕が極を大いに睨んだ。


「あ、悪い噂とかあるの?

 テレビで見たまんまの人?」


極が立て板に水で聞くと、「知らない!」と燕は叫んでそっぽを向いた。


「なるほどね… 非の打ちどころがないんだ…

 となると、極悪人かもしれないね…」


極のまさかの言葉に、燕ですら眼を見開いた。


「そんな成人君主は、マリーン様だけだと思ってるから。

 オカメちゃんだったら、気づいたことすべてを言ったはずだよ。

 それがないこと自体がおかしいんだ」


「…うう… わかんないけど、それが正しいように感じてきたぁー…」と燕は言って、ここは元気を出して料理をほうばった。


「トーマ、俺から離れるな」と極が命令すると、「はい! マスター!」とトーマは満面の笑みを浮かべて叫んだ。


「ということで、またマリーン様に面会に行くよ。

 もちろん、悪口などを聞き出すつもりはないけど、

 雰囲気で十分にわかると思うんだ」


「考えられるのは、天然悪です」とトーマが言うと、極は感慨深くうなづいた。


「…一番質が悪いじゃない…」と燕が言うと、「そういう人いに出会ったことあるよね?

」と極が聞くと、「みんな、逃げられたわ… 死を背負ってね…」と燕は悔しそうに言った。


「見破られそうになったら、

 とんでもない最後っ屁を放って逃げるわけだ…

 大神殿の警護を頑強にしておかなきゃね。

 軍人は巻き込まれることも仕事だから守らない」


「…それほど守り切れないものね…」と燕は言って肩を落とした。


「オカメちゃんは小さい方で肩の上にいて欲しい。

 一番小さくて一番正確だから」


「…そうするわ…」と燕は言って、手早く食事を済ませて、機嫌よく小鳥になって、『ピピピ、ピピピ』と機嫌よく鳴いた。


「…うう… 先生がすっごくかわいい…」とトーマは言って満面の笑みを浮かべた。


「魔除け」と極が言うと、オカメは極の耳を甘噛みした。


「元第三王女が傀儡じゃなきゃいいけど…」と極は言って手早く食事を済ませて、また仲間たちとともに大神殿に飛んだ。



「あ、大丈夫だ、問題なし。

 この近隣での工事は?」


極がオカメに聞くと、「聞いてないけど、やってるわね…」と言って、かなり南の方を見て言った。


極はトーマを抱えて低空で素早く飛んだ。


距離としては5キロほどあり、大きなビルでも建てるようで、巨大な足場が組まれている。


「施主はワルキューレコーポレーション…

 武器商人の総元締め…

 ここが一般建設の境界線か…

 今すぐに、ここから攻撃はできないだろうけど、

 色々と考えておこうか」


極は言って、いきなり大神殿と工事現場の間に真っ白な高い塀を築いた。


「…むっ! 極、大正解!」とオカメが言うと、「うん、俺も気づいた」と極は言って、その人物の経歴を追って行った。


「ノラの貴族だけど、それなりに金持ち。

 王家のつながりも当然ある。

 さて、王族がいつ、これを知るかな?」


すると、マリーンのお付きの天使たちが飛んできて、「あら、きれい」と言って壁を見つめたので極は大いに笑った。


「マリーン様は何かに敏感になられていませんでしたか?」


極が聞くと、「あ、はい… この先の工事現場をたいそう気にしておられました」と天使は答えた。


「よからぬ予感、でしょうね」と極が言うと、「それを察知されたのですね」と天使は言って手を組んで感謝の祈りを捧げた。


「こちらを気にしていたからこそ、見に来られたわけですね?」


「はい、できればマリーン様がお越しになりたかったようです」と天使は眉を下げて言った。


「では、早々に出向きます」と極は言って、大神殿に向かって猛然とダッシュした。


トーマは犬に変身してすぐさま極に追いついた。


「…訓練かしら…」と天使たちは小首をかしげて言った。



極は大神殿の門を見上げて、「増員するか…」と言ってにやりと笑った。


「ああ、もう…」と人型に戻ったトーマがまさにうれしそうに言った。


「リナ・クーター! こい!!」と叫ぶと、わずか5秒で、体高3メートルのリナ・クーターが門の真上に浮かんだ。


「今のところはこれで十分だろう」と極は満足そうに言った。


「ああ! 神よ!!」と背後で叫び声が上がった。


極たちは振り替えって、祈りを捧げているマリーンを見た。


「いえ、警備員です」と極が言うと、マリーンは愉快そうに笑った。


「でしたら、極様が神ですわ」とマリーンは気さくに言って、極たちをオープンカフェに誘った。


「必要になると思って創っておいたのですが、

 もう出番が来ました」


極がリナ・クーターを見上げて言うと、「やはり予感、でしょうか?」とマリーンが聞いた。


「ノーマーク会の件もありましたから。

 さらに王室の件やいろいろと…

 急いだ方がいいという予感です。

 なんなら、十機ほど並べてもいいほどです。

 ですが、この大神殿は全方向に結界を張りましたので、

 安全地帯になりました」


「…まあ…」とマリーンは眉を下げて言った。


「何かが浮き出た時、軍も黙ってはいませんから。

 今は軍ではなく私のお節介です」


「…いえ、ありがたいことですわ…」とマリーンは言って笑みを浮かべて感謝の祈りをささげた。


「ああ! 神様!!」と今度はマリーンのお付きの天使たちが叫んで、リナ・クーターに祈りを捧げた。


「少々失礼して確認だけ…」と極は言ってこの近隣のマップを広げた。


「…ん? 正体不明の鉄の塊…

 分解して保管してるのか…

 警察に通報…」


極の言葉に、オカメは燕に変身して、通信機を手に取って、「なんだか怪しげなものがあるからすぐに調べて頂戴」と堂々と言った。


「土地の持ち主はノラの貴族、ひとつじゃない、か…

 まずはノラ貴族制度をつぶした方がいいか…

 まあ、とんでもない大砲でも備え付けようとしていたようだし…

 しかも、方角としては、軍施設にも向いているといっていい場所だ。

 軍からも出張ってもらった方がいいかもね」


「連絡、したわよ」と燕は自慢げに言った。


すると燕に電話があり、数秒で切った。


「警察幹部と第一王女が来ることになったんだけどね、

 その一分後に中止になったわ」


「尻尾が見えたかもね」と極は言って少し笑った。


「ま、小者だね。

 大物だったら、全く気にせずに、軍を訪れたはずだから。

 リナ・クーターに乗って、中止の事情を聞きに行こうかなぁー…」


極の言葉に、燕は愉快そうに笑った。


「そもそも、王室に呼びつければいいのにね。

 ここに来ることが、そもそもの作戦のような気もしてきたね。

 襲ってもいないのに襲われたなどと叫ぶだけで、

 誰もが疑うものだから」


「いいわ、ずっとそばにいるから」と燕は言って、小鳥に変身して、極の肩に止まって、『ピー、ピピピ』と機嫌よく鳴いた。


「…お母様の鳴き声…」とマリーンが言って目を見開いて涙を流した。


「…どうやら、かなり貴重で重要なことのようだね…」と極は言ってトーマを見た。


「二度も、お聞きできるなんて…」とトーマは涙を流して言った。


「みんな意識し過ぎ!」とオカメが言うと、極は少し笑った。



すると、『ドォーン!!!』という耳をつんざくような音が聞こえたので、極はすぐにマップを開いた。


「塊がひとつ消えたね…

 ここで俺が現場に行けば、

 罠にはまるかもしれないから、

 ここにいよう」


極の言葉に、「それでいいわ」とオカメは機嫌よく言った。


「極様」とトーマが真剣な眼をして言うと、「気楽に見てきて」と極が言うと、「はっ すぐに戻ってまいります」とトーマは言って犬に変身してから消えた。


「さすがに早いね、もう現場についた」


「…消えた、よね?」とオカメが目を見開いて言うと、「スーツの隠形機能だよ」と極は笑みを浮かべて言った。


「トーマの本来の仕事だから、本当にすぐに帰ってくるだろうね」


すると消防のサイレンがかすかに聞こえてきた。


煙は治まっているのだが、誰かが通報したのだろう。


「逆に火をつけて証拠隠滅」と極が言うと、「特殊装甲車が出たわ」とオカメは言って南東の方角を見た。


「ま、トーマが阻止するだろうから、

 ちょっと長めに居座るかもね。

 王室に武器は?」


極が聞くと、「大きなものはないけど、装甲車程度はあるわ」とオカメが言うと、「…身を守るものだけ…」と極は言って考え始めた。


「トーマと夜のお散歩にでも出かけようか」と極は笑みを浮かべて機嫌よく言った。


「…うー… 一緒に行きたいぃー…」とオカメが悔しそうに言うと、「果林ちゃんのパートナーの代わりをサエに頼むよ」と極が言うと、オカメは飛び跳ねて喜んで、『チチチチチ』と機嫌よく鳴いた。



トーマが犬の姿で眉を下げて姿を現してから人型になった。


「消防車の貯水タンクにガソリンが入っていました」


トーマの報告に、「やっぱりね…」と極は言って何度もうなづいた。


「油断していたようで…」とトーマは言って、ビニール袋に入っている、薄い冊子を出した。


極はビニール手袋をつけて、冊子を出して扉を開いた。


「念書だね」と言ってオカメに見せると、すぐさま燕に変身して、通信機を手に取った。


「ミサワちゃん、久しいわね」と燕は機嫌よく言った。


「あら、珍しく機嫌が悪いのね。

 妙に声が低いわよ。

 あんたもそこで、爆死して死んじゃうの?

 こっちは極が結界を張ってるから、

 何を撃ち込んでも無駄よ」


燕の言葉に、マリーンは手を組んで慈悲の祈りを捧げた。


「実はね、あんたの名前が入った書付けを見つけたのよ。

 爆発があった、ノラ貴族の敷地内なんだけどね。

 証拠になるものがあるかもしれないと思って、

 火をつけようとしたのよね?

 え? 知らないの?

 書付を読み上げてもいいのよ?

 …あら、電波の状態が悪いのかしら、切れたわ…」


燕は言って、通信機を切った。


「最大の武器を奪われた時に、何に当たり散らすのかなぁー…

 ま、ここは無差別攻撃だろうと思うけどね」


極は言って、地図を開いて尺度を上げた。


「…はは、戦争でもしそうなほど武器を抱えてるね…」


その場所は王城だった。


極はリナ・クーターを見上げて左手を延ばした。


すると、リナ・クーターから細いロープのようなものが出てきた。


「おっ よく見える」と極は言って術を放った。


「よっし、一般人は大丈夫だ」


「一体、何をしたの?」と燕が聞くと、「王城に結界を張り巡らせた。そのエネルギーはリナ・クーターから」と言うと、「…八人目はロボットだったのね…」と燕は眉を下げて言った。


「妙なことばかり考えてるから、誰もが狂ったんだ。

 できれば助けたかったけど、

 巻き込まれるのはごめんだ。

 だけど、運が良ければ、何人かは生き残るだろうね。

 ここは悪運が作用して、第一王女が生き残ったりして」


「…よくある話だわ…」


すると、戦闘ヘリ部隊が基地を出て行って、すぐさま燕に電話がかかってきた。


「呼び出しかぁー…」と燕は言って電話に出た。


「あ、大丈夫大丈夫。

 王城は結界で囲んだから。

 …もちろん、あんたの息子に決まってるじゃない…

 詰まんないこと聞いてんじゃないわよぉー…

 今はね、マリーンちゃんの警護中。

 おせっかいだけどね。

 ほかにもまだ何かあるかもしれないからね」


「ミランダさんは生かされた。

 きっと、意味があると思うんです」


極の言葉に、「その想いを大切にして育てます」とマリーンは言って、感謝の祈りを捧げた。



マルカスの指示で燕は引き続きマリーンの護衛につくことに決まった。


もちろん、極には指示を出せないので、自由に過ごすことができる。


極とトーマは、ノーマーク会の会場と庭を仕上げて、最終確認をして大神殿に戻ってから、マリーンとともに穏やかに語り合った。


燕はすべての顛末をマルカスから聞いていたが、ここでは話さなかった。


第一王女のミサワは自暴自棄となって、軍に向けてミサイルを放ったのだが、目の前で大爆発が起こった。


そのあおりを食ったミサワは、ミサイルの破片で首を切り落とされて絶命した。


数名のけが人が出たが、命を絶たれたのはミサワだけだった。


この不祥事を王室は重きに感じて、病床の床に伏していた王は、王室の解体を命令した。


このラステリアの王政は終わりを告げて、民主主義に移行することに決まり、まずは各自治体での会議が始まったのだが、その大半をノーマーク会のメンバーが引き受けることになり、王室がノーマーク会に乗っ取られたような形になった。


まさに、威厳のあるリーダーたちなので、世界中の民衆の信頼はかなり厚かった。


軍と警察機構はそのまま残され、何も変わることはなかった。


しかし、ノーマーク会はその代表者を、満場一致で何と極に決めたのだ。


「…うふふ… 王になったわ…」とオカメは機嫌よく言ったが、極は頭を抱えていた。


自由な時間はあと10カ月しかないのだ。


「…マリーン様に願い事を…

 代表でなくなりますように…」


極は願ったが叶うことはなかった。


しかし学生ではいられたので、少々やけくそ気味に日々を過ごした。


学友たちもできればその件には触れないようにして、快く極と付き合った。


ノーマーク会に付きまとう者たちも警察と軍の監視や謙虚や組織解体によって、ほとんどいなくなっていた。


しかし極は初志貫徹で、108名のメンバーの送迎を請け負った。


もちろんこの時間は必要だったのだ。


極とふたりっきりで向き合って話ができる唯一だったからだ。


よって、108名もの姉や兄ができて、極としてはほぼ喜んでいた。


よって歓迎できないこともある。


それは養子縁組であったり、見合いであったりした。


しかし主賓であるマリーンを目の当たりにして、その少数も心を入れ替えて、すべてを極の意志に託すことになったが、見合いの話は多くある。


もちろん、ノーマーク会のメンバーの妻や子も参加しているので、会場がまさに見合いの席となっていた。


極は軍の世話になることは決まっていたので、常にパートナーとともにあることも伝えた。


よってよくしゃべるオカメインコと目つきが鋭い犬ともコミュニケーションを取る必要がある。


さらには屈強な獣人もそばにいることで、ほとんどの子女たちは大いに眉を下げていた。


最後に残ったのは長老の血縁者の野桜茜だ。


畑田甘英とはかなりの開きはあるが、間違いなくもちろん血縁者だ。


年齢は15才で、ほぼ極の一才年上だ。


茜は特に結婚についてではなく、極に大いに興味を持っていただけだ。


「お姉さん、持ち時間終わりだよ」とトーマが言うと、「お菓子あげるからぁー…」と茜は甘えた声を上げて言うと、「僕ね、お姉さんよりも年上だから」とトーマが言うと、極は今更ながらに納得していた。


「ほかの人たちに示しがつかないから、

 快く席を立ってもらいたいんだけどね」


「…会えるのは、また来年なのぉー…

 軍施設だと、おいそれとは来られないし…」


茜が眉を下げて言うと、「メールアドレスです」と極は言って名刺を渡した。


「…さすがね… 電話番号は書いてないわ…」と茜は目ざとく言ったが、拝むようにして名刺を受け取った。


「お返事をすることも困難になるような気がしますけどね」と極は言って辺りを見回した。


「…気に入ったり、気になった人だけに連絡する…

 私だって、そうするわ…

 これだけ大勢いたら…」


「終わりだって言ったよ?」とトーマが催促すると、「ご迷惑をおかけしました!」と茜は言って、トーマに舌を出して退席した。


「さて、困ったね…

 茜さんとはまた会うことになりそうだ…」


「…本当に、まさかでした…

 あ、先生が接触されました」


すると畑田も目ざとく気づいて、「でかした!」と叫んでから考え込んで、「えーと…」と言うと、「野桜茜!」と茜が叫ぶと、「そうだ、そうだった茜だ!」と畑田は上機嫌で茜の両肩を叩いた。


「今日来ているだけで、ひ孫以下80名だから、さすがに覚えられないかもね…」と極は言って畑田に同情した。


「うるさいわよ、もうろくジジイ!」


燕に一喝に、畑田は大いにうなだれた。


今までになく大盛会だったようで、誰もが納得して会は終わったのだが、最後も極が全員を邸宅まで送り届けた。


結果的には会のリーダーがホストを務めたことになった。



この一週間で世間は大いに変わり、一般人からの貴族制度は終わりを告げた。


もちろん、王がいてこその貴族なので、王がいなくなれば、貴族も消えることになる。


よって星の資産が大いに膨れ上がり、無駄遣いなどをして経済破綻しないために、ノーマーク会がすぐさま尽力して、まずは甘い汁を吸わせるようにして、給付金などの支給を始めた。


申請しないともらえないので、誰もがこぞって役所に出かける。


経費節減のため、郵送での連絡はしないので、役所に出向く必要があるのだ。


もしくはインターネットでの受付も可能なので、若年層は小遣い稼ぎとばかり、受けられる給付金の請求をした。


そして王室に武器を提供していた者たちは、統合幕僚長の命によって一新された。


それは極が住むデヤシキ中央作戦本部のほぼ真裏にあるタオンガ支局で、半数以上の将軍が更迭された。


中央は、この星の防衛と宇宙の安寧のための施設だが、タオンガは星の防衛だけだ。


よって誰もが中央に来ることだけを願って日々厳しい修練を積んでいる。


そして、幕僚長に任命された者が拒否をした。


幕僚長になれば、中央に配属される近道のはずなのだが、ここは少し騒いでアピールして別の者を幕僚長にしてもらうことが狙いだと、極が進言した。


もちろんできれば、燕のように、ランクダウンしてでも中央で働きたいという意思があるのではとも語った。


「父上が幕僚長になったりして…」と極がにやりと笑って言うと、「…やめてくれ…」とマルカスは大いに眉をひそめて言った。


「出世するのが悪いのさ」と幸恵が言うと、「…手厳しい…」とマルカスは苦笑いを浮かべて首を横に振った。


幸恵は宇宙の防衛部署専任職に当たるので、この中央から出ていくことはまずないが、さすがに大将ともなれば、各地の幕僚長に任命されることも大いにある。


そして極は目ざとく違和感を見つけた。


極の肩の上にいる小鳥のオカメが何も言わないことが大いに不自然なのだ。


「その人って、オカメちゃんの元恋人?」と極が聞くと、オカメは翼を広げて、「違うわよ!」と大いに慌てて言った。


「…先生にも、そのような恋の話があったとは…」とマルカスが感慨深く言うと、「違うって言ったわ!」とオカメは言って、マルカスの頭に向かって飛んで、くちばしで突き始めた。


「じゃあ、オカメちゃんにとってかわいい子供のような人なわけだ」


極の言葉に、「…うう…」とうなって、マルカスの頭の上でうなだれた。


「あの子ってね、意地になってるの…

 あ、名前は全豪勇。

 勇は、第一希望のパートナーに振られて、

 ちょっと変わっちゃったの…」


「ふーん… そのパートナーがここにいるんだよね?」と極が言うと、オカメは目を見開いた。


そして首を振って、「…話せば話すほど極のペースだわ…」とオカメは言って、果林と遊んでいる機嫌のいいサエを見た。


「…人見知り大王…」と極が苦笑いを浮かべて言うと、まずは幸恵が笑い転げた。


「そもそもサエは、誰かのパートナーになったことってないよね?」


「もちろん、私のパートナーでもあったさ。

 だけど、サエに言われて解雇した。

 お母さんだからパートナーはもう無理だと言われてね」


幸恵は少し寂しそうに言ったが、その気持ちは極にはよくわかった。


「じゃあ、後釜はまさかいないの?」と極が聞くと、「そこが要領さ」と幸恵は言って、にやりと笑って胸を張った。


「…ずるい大人の考えだよ…」と極が眉を下げて言うと、今度はマルカスが陽気に笑い始めた。


「バン!」と極が叫ぶと、バンは獣人仲間から飛び出して、すぐさま極の背後で敬礼した。


「沼田准将のパートナーになれ」と極が命令した。


「はっ! ありがとうございます!」とバンはマジメ腐った顔をして言った。


「護衛だよ」と極が笑みを浮かべて幸恵に言うと、「…参ったねぇー…」と言って諦めていた。


そして極はマルカスを見た。


「ここにも恥ずかしがり屋がいるわけだ」と極は言って、マルカスの首筋辺りを見ている。


「オカメちゃんが肩に止まらなかったからね。

 多分、いるんだろうと思ってた」


「かわいいぞ?」とマルカスは言って自慢げに笑みを浮かべた。


「諜報系?」


「閃光と両方だ」とマルカスはさらに自慢げに言った。


「じゃ、オカメちゃんとチェンジで」と極が言うと、誰もが大いに眉を下げていた。


「こんなヘタレのパートナーは嫌!」とオカメが騒ぐと、マルカスは大いに申し訳なさそうな顔をした。


「だからこそ、閃光と諜報を持ったパートナーが必要だったわけだ…

 大いに納得…

 一度はふたり雇ったよね?」


極の言葉に、「どうなったのかは、想像に任せよう…」とマルカスは大いに苦笑いを浮かべた。


「父さんよりもパートナーの方が器用でハイレベル…

 俺、たくさん抱え込めてラッキーだったよ…」


「その部分はお前の方がおかしい」とマルカスがクレームがあるように言うと、「そこは欲のない自信を持った信頼の切り替えが必要さ」と極が言うと、「…その通りだ、すまん…」とマルカスは言ってうなだれた。


「だがな、貴賓室での一件で落ち込んでしまった…」とマルカスが寂しそうに言うと、「そこはマスターの資質の差だよ、俺は大いに特殊だそうだから」と極が胸を張って言うと、オカメは機嫌よく何度もうなづいた。


「ま、ここは休暇でも取って、大自然に囲まれて生活するのも一興だ」と極が言うと、「いいのっ?!」というかわいい叫び声が聞こえた。


「ここは学業を中断して、父ちゃんの代わりをしてもいいんだ。

 特別命令を出してくれてもいいよ」


極の言葉に、オカメは機嫌よく、『ピッピピー』と鳴いて、極の肩に飛んで、首筋をなで回った。


「俺の席、あるだろうな…」とマルカスは大いに眉を下げて言った。


「意地でも明け渡すから、何も問題ないよ。

 学生をやめる気持ちはさらさらないから。

 パートナーにも心の安寧が必要だ。

 それは召し抱えることもそうだし、

 休養も大切だと思っているんだ。

 俺から幕僚長と統合幕僚長に進言するよ。

 この先のこともあるから、実例は重要だと思う」


「だったらその前に、ひとつ問題があってな…

 他星での作戦行動…」


「無条件で受けるに決まってるさ。

 パートナーのためにね。

 さらには、戦場に出て実績を残した方がいいとさらに思った。

 あ、リナ・クーターをもう一機創っておこう。

 もちろん兵器ではなくパートナーとしてね。

 リナ・クーターは平和の使者だから。

 マリーン様にお願いして、祝福だけお願いしておこう」


「機嫌よく受けるわよ」とオカメは歌うように言った。


「その前に、戦闘訓練場でデモンストレーションをするから。

 有無を言わさずに、統合幕僚長の首を縦に振らせる」


「…お前にぞっこんだからその必要はないけど、

 盾つく者がいなくなるからそれがいい…」


マルカスは苦笑いを浮かべて言った。


「…司令官、受けよ…」と幸恵が機嫌よく言うと、「家族総出で、戦場にピクニックだ…」と極は真剣な眼をして言うと、誰もが背筋を震わせていた。


「オカメちゃん、軍事行動の詳細情報」と極が言うと、「はいはい」とオカメは機嫌よく言って燕に変わった。


極は何も表示していないマップを出すと、燕が触れて、立体マップが現れた。


「作戦の趣旨は報復行動。

 現在、大本営の指示で、諜報と剛力部隊が包囲しているの。

 諜報にトーマが加われば勝ったも同然よ。

 今回はあんたのパートナー候補になったから、

 出撃を見合わせていたの」


「その点もラッキーだった」と極は言って、トーマの頭をなでた。


「困ったのは、星の住人を盾に取っていること。

 住人の気持ちはこちら側に向いている人が多いの。

 だけどその証明は終わっていないから、

 感情としては半々ね」


「まずは物資を住人に提供したいけど、もうやったの?」


「ええ、その効果があって半々よ。

 ほとんどを敵軍が持ち去ったから」


「…賢くないね…」と極はあきれ返って行った。


「騒ぎにはならなかったわ。

 毒が入っていたなどと言いふらされることはなかった。

 できれば、甘い汁をこの先も吸いたいから、

 悪い噂を流さなかったと判断するわ」


「住人の年齢別グラフ」と極が言うと、「…戦場には興味ないのね…」と燕は言って笑みを浮かべた。


「どっちが正しいのか、知らしめるだけだから。

 感情的にこっち向きも大勢いるということは、

 自星の軍が悪者という理解もしているんだ。

 だから一気にそこを懐柔して、

 一気に攻め込む。

 うまくいけば数時間で終わるよ。

 …子供が多いね…

 だとすれば、武器はこれ」


極は言ってあるものを出すと、「もらっていい?!」と果林が目の色を変えていきなり叫んだ。


「ああ、いいよ」と極が言うと、果林は箱を大事そうに持って笑みを浮かべて、サエと遊び始めた。


「…もう勝った…」とマルカスがつぶやくと、「勝ったわね…」と燕も機嫌よく答えて、トーマを見た。


「トーマも遊んでいいよ」と極が言うと、「やったぁー!! すっげぇー!!」と言って大喜びした。


「作戦本部に行ってくる。

 いや、極も沼田准将も来てくれ」


マルカスは大将の威厳をもって言うと、家族たちは軍属となって、笑みを浮かべて敬礼した。



その数時間後に、極はリナ・クーターに乗って試運転がてら宇宙を飛んでいた。


同行した巡洋宇宙船の速度に合わせて飛んでいるので、出力は十分の一ほどしか出していない。


ここは訓練として、リナ・クーターからビームワイヤーを出して巡洋艦を結界で包み込んで、高速航行した。


あっという間に報復相手の、緑濃いグリーン星が目の前にあった。


「宇宙船を買って、海賊家業をしてたわけだ…

 なかなか悪いヤツら…」


極は巡洋艦を切り離して、作戦区域である星のほぼ中央にある高台を目指して飛んだ。


戦場にはもう知らされていて、大勢の仲間たちがリナ・クーターを見上げて大歓声を送っている。


リナ・クーターは宙に浮いたまま、『ボスン』という音とともに、救援物資を敵陣に撃ち込んだ。


水色の旗がついたパラシュートが開いて、ゆっくりと地面に降下している。


旗の色は救援物資を意味するものだ。


「さて、まずはどんな反応があるかなぁー…

 素直な子が多ければさらにラッキー…」


その数分後、敵陣のふもとで騒ぎが起こり、大勢の住人たちがふもとから逃げるように走ってきた。


もちろん、敵陣から発砲したが、弾が届かない。


当然のように、リナ・クーターから結界が張られていたので、急いで助けに行く必要はない。


しかしここはトーマたちが大活躍して、住人全てを避難させ、リナ・クーターが戦場の中央に立った時点で発砲があったが、すぐさま観念した。


「…あっけなかったぁー…」と極が言うと、「さ! 帰ろ帰ろ!」とオカメは極の肩の上で騒いでいた。


後片付けは駐屯軍に任せたのだが、極は帰ることなく、条件のいい場所に大きな村を作り上げた。


農地も作ったが、さすがにすぐには収穫できないので、救援物資を提供した。


極は植物の苗を見て、「早く、成長してくれよ」と笑みを浮かべて言ってからすぐに頭を抱え込んだ。


「…そんな、事までできるのか…

 やはり、その場面に直面しないと、俺は使えないんだな…」


極は嘆いたが、知りえた事実の証明をするために十分すぎるほどの準備を行った。


「…この黒い土、なんだ?」と極は言った。


肥料であることはわかっているのだが、独特の妙な臭いにおいはない。


極は怪訝に想いながらも、オカメを抱いて術を放った。


「…うっわ、マジかぁー…」と極は言って、するすると伸びていく植物たちを見ていた。


花が咲いたと同時に、たわわに実が生った。


「さ、毒見毒見」と極はもう驚くことなく陽気に言って、仲間たちとともにピクニック気分を味わってから、農地全てを一気に成長させた。


もちろん、住人たちは極を神として崇めて、神とともに収穫を喜んだ。


「…第一の武器がなければ、こうも簡単にはいかなかったわ…」とオカメは感慨深げに言って、着せ替え人形遊びをしている女の子たちに笑みを向けた。


男子はリナ・クーターのおもちゃをリモコンで操って大いに陽気になっている。


「85番めの兄ちゃんに売りつける」と極が言うと、「いい収入源になりそうね」とオカメは機嫌よく言った。


もちろん、このグリーン星の様子はラステリアでも放送されて、極は誰もが認めるラステリアの頼れる王となった。



実績を積んで、さらには効率的な術まで沸いて出た極は、まさに救世主となり、ラステリアに戻って早々に、食糧難にある土地に飛んでは広大な農地を作り上げる。


もちろん収穫も同時にして、現地の食料源や輸出をして外貨も稼ぎ出す。


星中の誰もが欲を持ったが、極は必要以上のことはせず、グリーン星から戻って来て二週間後に、マルカスは二週間の休暇を取った。


しかし後釜に極が据わることなく、幕僚長が兼任したのはいいのだが、学校に関係のない時間に、毎日のように呼び出しがかかる。


さらには面倒になったのか、学校に来ることまであった。


「…あの子は何が狙いなのかしら…」とオカメが怪訝そうに言うと、「…欲は感じるんだけどね… さすがに幕僚長だけあって隠すのがうまいよ…」と極は言って、まるで優しい母のようなマリ・タスマニアンの顔を思い浮かべていた。


「あんたを子供に、とかじゃないのよね?」


「それもあるんだけどね、そうでもなさそうなんだ。

 だけど寂しさは感じるから、まさかだけど…

 でもね、

 パートナーとしての場合はボディーダッチがありそうなんだけど、

 知っての通り何もない。

 恥ずかしいから口に出せない。

 そして、俺を正確に知っているような気がする。

 俺から沸き上がる新しい技術に期待している。

 だけど具体的には話したくない。

 妙齢の女性…」


極は言ってからすぐに、「…若返り…」と極が言うと、「…それがあれば、すべてを手に入れられるかもしれない…」とオカメはほぼ断定して言った。


「…むっ…」と極はうなって頭を抑え込んだ。


そして、「う… あの肥料… そういうことだったのか…」と極は大いに納得して、いきなり三本のペットボトルを出した。


それぞれのふたは、赤、茶、緑で色分けされている。


「…若返りの水…」とオカメは言って、ペットボトルをまじまじと見ながら燕に変身した。


「赤は比較的安全。

 飲む?」


すると学友たちの集まって来て、何が始まるのか大いに期待した。


極は小さなコップを出して、赤いキャップを外して注いだ。


さらにはハンカチに水を垂らして、燕の手の甲を拭いた。


「おっ! 見るからに変わった!」と極が言うと、燕は目を見開いて、右手と左手を見比べた。


「…拭いた方、赤ちゃん肌…」と燕は言ってコップの水を飲んだ。


そして極は服から出ている肌の部分をハンカチで拭くと、燕は学生でいいほどの年齢に若返っていた。


「…私もここで、お勉強するわぁー…」と燕がうなるように言うと、誰もが拍手して歓迎した。


「残りのふたつはかなり強烈だから。

 特にこの水色のペットボトルは薄めないと腹を壊した上に太るそうだ」


「…また出したのね…」と燕は言って眉を下げた。


「なぜだかタイムラグがあった」と極は言って、ペットボトルを机に置いた。


すると始業の前に、担任教師のまさに妙齢のパトリシア・トリスが教室に入ってきた。


「先生! 実は提案があるんです!」という極の明るい言葉に、「あら、何かしら…」とパトリシアは大いに興味を持って、妙に自慢げな燕を見て目を見開いた。


「…若返ってらっしゃる…」とパトリシアは言って、目を見開いた。


「うふふ… さっすが、長年のお友達ね…」


「お友達ではございません、閃光様が私をいじめていただけですわ」


「じゃあ先生、そのお詫びとして」と極が言うと、あとは燕が一手に引き受けて、パトリシアを学生の同級生に若返らせていた。


「ホームルームは自習です!」とパトリシアは叫んで、教室を出て行った。


「みんなに自慢?」と極が言うと、「教頭よ、教頭」と燕は言って苦笑いを浮かべた。


「いや、授業を放り投げたら普通叱られるだろ…」


「教頭が教え子という強みもあるの」という燕の言葉に、誰もが大いに呆れていた。


しかし女子は興味深々で燕とペットボトルを見た。


「妙に怒りじわが多い東郷さん」と極が言うと、「ひとこと多いのよ君は」と東郷美佐江は言ったが、すぐさまペットボトルを見入った。


「生まれ変わったら、あまり怒りませんように…」と燕が願いをかけながら顔を拭くと、美佐江は可憐な少女に変身した。


「…話しかけないで…」と美佐江は小声で言ってから、鏡を見て笑みを浮かべていた。


「若返ったわけじゃない。

 効果はたったの一週間だから。

 だけど使い続ければ、さらにその期間は伸びるそうだ。

 それに個人差もあるそうだ。

 この水には、人間には無害な術がかかっている。

 まさにこの星に生命が宿る原動力でもある、

 マントルから湧き出る神通力というパワーだよ。

 だから一週間も効果があるんだ。

 このパワーを知ることも、俺たち能力者の使命だと思うんだ」


「…パトリシアだけには、渡し続ける必要があるわよ…」と燕は言って眉を下げると、「…あははは… それは平和のために何とかするよ…」と極は答えて眉を下げた。


「…最新情報…」と極が穏やかに言うと、誰もが極に注目した。


「この水がある世界では、この水を使ったスパがあるそうだ」と言うと、特に女性たちを恍惚とした表情になった。


「…これも、平和のひとつね… 特に女性…」と燕が言うと、「…平和にならないわけがないわ…」と美佐江は笑みを浮かべて言ったので、大いに説得力があった。


「東郷さんの真実の顔だよ!

 付き合いたい男子!」


極が叫ぶと、数名の男子が大いに照れていたが、何人も陽気に声を上げた。


「おまえら! 何を騒いでいる!」と隣の教室のハイエイジクラスの担任の東郷がやってくると、「私の皺が取れたお祝い」と美佐江は堂々と言った。


「…それは無理だといわれていたのに、おまえ…」と東郷教諭は涙を浮かべて言って、「よかったよかった」と言って愛娘を抱きしめた。


「ほら、ひとつ平和が訪れた」


燕の言葉に、まさにそれを直視した生徒たちは大いに勉強になっていた。


「…さすが煌だ…

 ところでパトリシア先生は?」


今度は怒ることなく言った東郷の言葉に、「若返って喜んで自習と言って出て行かれました」と極が答えると、東郷は大いに渋い顔をしたが、「…気持ちはわかるよなぁー…」と言って、幸せそうな笑みを浮かべている愛娘に笑みを向けた。


「おまえら全員能力者なんだから、

 煌のマネをしろ」


東郷の厳しい言葉に、誰もが眉を下げていた。


「ま、見習うためにも、ここは煌が教壇に立って、

 ありがたい話でもしてやれ」


東郷は言って、笑顔で愛娘をしっかりと抱きしめてから、教室を出て行った。


「…まあ、話したいことは色々とあるけどね…」と極は言って教壇に立った。


「今までに知った事実で聞きたいことがある人」と極が言って手を上げると、5本の腕が素早く上がった。


「…燕さんは生徒じゃないんだけど…

 当てないと後で怒るから燕さん…」


「はい!」と燕は笑みを浮かべて答えて立ち上がって、「私との出会いの説明をしてあげて欲しい…」と恥ずかしそうに言うと、クラスメイトたちが一斉に拍手をした。


「簡単なことだ。

 でもね、燕さんが知らなかった事実も実はあるんだよ。

 ここは均等に、みんなに驚いてもらおうと思いながら話すよ」


極の約三分間の長いような短い話に、燕は涙を流すほどに感動していた。


そして学友たちはふたりの間には入り込めないと思ったが、この素晴らしいパートナーに拍手を送っていた。


「よって、幻覚のようだと感じていたあの煌きは、

 俺の予言や予感だと感じ始めたんだ。

 ここに来て今のところはあの煌きは出ないんだけど、

 この先きっとまた湧いて出て、

 考えさせてくれると思う」


極が頭を下げると、学友たちは必死になって拍手をした。


「いい話だったわ…」とパトリシアは言って教室の後ろのドアから入ってきた。


そして教壇を極と交代してから、「私は振られたけどね!」とパトリシアが陽気に叫ぶと、誰もが大いに苦笑いを浮かべた。


「…でもね、ようやく言えたことがうれしかった…

 もう、悔いはないわ…」


パトリシアの穏やかな言葉に、燕は感情移入して涙を流していた。


「…教頭先生、考え直したりして…」と極が言うと、「…希望が湧いてきた!」とパトリシアは大いに高揚感を上げてから、必要な連絡事項の話を始めた。



極はしっかりと学業に専念して、放課後は様々なクラブ活動に顔を出して、まさに陽気な気分で夕食の席に着いた。


すると極の正面にマイク・ミットガン伍長が座って、極をにらみつけた。


「あなたとは初見ですし、恨まれるようなことをした覚えはありません」


極はマイクが女性と思ったがそうではなくれっきとした男性だと察した。


だがそれと同時に、マイクの秘密も知った。


そして面差しが、知っている人物に似ていると感じていた。


「妹に対する冒とくを責めに来た?」と極が言って果林と遊んでいるオカメを見て言うと、「今忙しいのぉー…」とオカメは答えたので、きちんと極たちの話は聞いていた。


「先生、話したのですか?」とマイクが口調を変えて言うと、「必要なこと以外話すわけないじゃない」とオカメは少し厳しい口調で言うと、マイクは首をすくめた。


「まあ、ひと言で言えばノラ天使」と極は言ってから、マイクの頭を見た。


「誰のことを言っている。

 俺は男だから天使の資格はねえんだよ」


「誰が決めたんです?」と極が言うと、マイクも、そして近くにいる者たちも目を見開いたが、オカメだけはけらけらと笑っていた。


「しかも、あなたはもうノラ天使でもない。

 天使としては妹さんよりも優秀だったというわけですね」


「…な… …ど… どういうことだ…」とマイクが言うと、「マリーン様に祝福を受けたはずですが…」と極が言うと、「…大神殿に行ってねえ…」とマイクは申し訳なさそうにうなだれて言った。


「そしてすべての話し口調はお芝居というところがすごいですね。

 できれば、本来の感情と言葉を一致させて話していただけると光栄です」


「…うー…」とマイクはうなって、上目づかいで極を見た。


「少女のようです。

 ですが男性なのはもう探って知っています。

 あなたは、そんな自分が嫌いだったので、

 一日中お芝居をしながら懺悔もなさっていた。

 それが長年続いて、あなたは知らないうちに、

 本来の天使として覚醒したのです。

 今すぐに、大神殿に行ってきてください。

 もしも夜勤でしたら、私が代わっても構いません」


「…い、いえ… 上官に話してから、大神殿に行ってまいります…」とマイクはかなり大人しそうな声で言って、極に頭を下げて、慌てて食堂を出て行った。


「…男天使…

 まさに変わった人ですね」


「前例、ないよ」とオカメは機嫌よく言った。


「妹を守るため…

 うーん… 違うかなぁー…

 その場合、SPの方が現実的…

 …あ、あ、そういうこと…」


極は言って笑みを浮かべた。


「それ、知りたいんだけど?」とオカメは極を見上げて小首をかしげて聞いた。


「ミランダさんが違うと拒否した」と極が自信をもって言うと、「…そこまでは聞いてなかったぁー…」とオカメは言ってから納得していた。


もちろんノラ天使なのでその証明は不可能に近い。


「軍人なら、全てにおいて有利に働く場合もある。

 屈強な肉体も簡単に手に入るし、

 そのあとにSPに転向してもいい。

 いいお兄さんです」


「その無垢なる想いが叶ったのね…」とオカメは感慨深く言った。


「並み大抵の努力ではないと思います。

 まさに天使の鏡です。

 マリーン様は手放しで喜んで、側近に抱えるはずで、さらに都合はいい。

 あとはマイクさんの気持ち次第ですね」


「本来の天使は一割だからね…」とオカメは眉を下げて言った。



ノラ天使は、誰もが必ずと言っていいほど、大神殿の門の下で生まれ落ちた者のことを言う。


まさに大神殿の七不思議のひとつだ。


だが、天使であって天使でないことも事実で、人間と天使の混血のようなもので、寿命は青天井ではなく一般的な人間と同じだ。


よってランプも半人間半天使で、年齢は45才だ。


しかし、対する相手などの様々な欲などを抑制させる衣がある。


それが天使の鎧で、天使服と言われるものだ。


よって軍で働く天使たちは天使服を着て従事している。


ちなみに、天使服を着ると、誰もが幼児化する魔法道具でもある。


「しかも、拭去の術を使いっぱなしだったんじゃない?」と極が聞くと、「…それも、大いなる修行だと思うわ…」とオカメは眉を下げて言った。


マイクは天使服を着ていなかったからだ。


「できれば、いい方向に向かってくれたらいいなぁー…」と極が言うと、オカメは眉を下げていた。


「…ミランダはいらない子なんでしょ?」とオカメが聞くと、「パートナーとしてはね」と極は笑みを浮かべて言った。


「だけど、どれほど嫌いでも、

 多少は縁があったわけだから、

 みんな幸せになってもらいたいんだよ」


「…あんたが一番天使だわ…」とオカメは呆れるように言った。


「嫌いだって言ったよ?」と極が言うと、「…聞き逃してた…」とオカメはバツが悪そうに言った。


「極様は誰にでも優し過ぎます」とサエが少し怒ったように言って、今夜のスペシャルディナーを配膳した。


「そういった差別化はしたくないんだよね。

 俺自身が自然体でいたいから。

 特にサエはどうなることかと思ったほどだ」


極の言葉に、サエは顔を真っ赤にして、走って厨房に戻った。


「いきなりトラの顔で頭突きはないわぁー…」とオカメが嘆くように言うと、極は愉快そうに大いに笑った。



すると、珍しく一般人がやってきたが、ノーマーク会のひとりだ。


個人で雇っているSPもいる。


男性は妙に穏やかで、笑みを浮かべているように見える。


「あ、夕食中だったんだ!

 あ、お姉さん!

 この席と同じもの5つ!」


ノーマーク会の85番めの極の兄である、里崎悟が陽気に叫んだ。


「…い、いえ会長…

 こちらのお料理はあまりにも…」


SPのひとりが言うと、「外食の場合は気にするなって言ったよ」と里崎は陽気に気さくに言って、SPたちを座らせた。


「ここは極君が守ってくれるから休憩だ」


「ええ、もちろんですよ、兄さん」と極が明るく言うと、「おっ! うれしいねぇ―――!!」と里崎は大いに喜んだ。


「ついさっき別口で、リナ・クーターのガレージキットも発見したんだ。

 できればすべて、わが社で販売したいんだよ。

 おっ! 本物発見…」


里崎は言って人形を見つめながら食事をしている果林を見て言った。


「じゃ、これをどうぞ」と極は言って、とんでもない分量の十数冊の本を机の上に置いた。


「…うう… 企画書やら製造一式…」と里崎は言って眉をひそめた。


「かなりの時間短縮だと思います。

 特に人形の場合は手触りが重要ですので、

 配合は慎重にした方がいいと思います」


「…肝に銘じた…」と里崎は言って、かなりのスピードでページをめくっている。


能力者ではないが、さすがにノーマーク会の一員なので、人間の数倍の処理ができるようだと極は感じていた。


「…ガレージキットは比較的薄いね…

 ま、プラモデルだからね…

 製造側にそれほど人手がかからない…」


里崎は納得しながら、今度はリナ・クーターのラジコンロボットの書類に目を通し始めた。


「ごく一般的なラジコンですし、

 本来でしたら、マリーン様にもお話しておく必要があります」


「うん、先に行ってきた」と里崎は書類を読みながら言った。


「…ボスが上機嫌だ…」とSPたちがつぶやくと、「普段はどんな感じなのでしょうか?」と極は興味を持って聞いた。


「思った通り伝えてよ」と里崎が言うと、「…集中されているので、お返事が返ってくることはございません…」とSPが答えた。


「そこは能力者としてタイミングを見計らったんですよ」


「…はあ… やっぱり、すごい…」とSPが嘆くと、「誰にもできないさ」と里崎は言って、資料を閉じた。


「明細は後日送付するから。

 その前に、IDに送金したから確認だけしておいて。

 不満だったらさらに上乗せするから」


「いえ、必要ありませんから。

 その分、安く販売していただきたいのです」


「…欲がないといおうとしたが、ちんけで陳腐な言葉だった…

 送金した分は何なりと使って欲しい…

 兄からの小遣いということで構わないから」


里崎は言って極に頭を下げた。


「はい、ありがたくいただいておきますよ、兄さん」


「…いくらほど、なのかしらぁー…」と燕が眉を下げて聞くと、「…三回ほど目を剥くほどだよ…」と極が小声で言うと、里崎は笑みを浮かべてうなづいていた。


「企画開発をすべて吹っ飛ばしたんだ。

 どんなに小さなものでも、

 開発費には一千万単位でかかるからね。

 だからそれなりだから」


「…最低でも一千万がみっつ…」と燕は言って上目遣いで極を見た。


「使い切れないほど持ってるだろ…」


「…おごってもらえることがうれしいのぉー…」と燕はまさに正論を言った。


「じゃあ、デートの時はそうするよ」と極が言うと、燕に石化魔法がかかった。


「あ、喜びを通り越して固まった」と極は言って、陽気に笑った。


「…閃光様がこれほどに気さくとは…」と里崎は言って、極を拝み始めた。


「しばらくしたら小鳥が囀ります」と極が言うと、里崎は目を見開いて固まった。


「…俺って何者?」と極が言うと、SPたちはくすくすと笑った。


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