07
アメリカ風ヒップホップのファッションに身を包んだ白人の男たちの後をつけた桐花。
そんな彼らは、チェーン店で購入したフライドチキンの袋を振り回しながら、鶏の鳴き声を真似している。
前屈みになり、両手を羽にして、首をカクカクとリズミカルに動かしながら実に楽しそうだ。
通りをすれ違う人たちは、そんな姿を見て怪訝な顔をしているが、彼らは気にせずに続けている。
たまに若いカップルがすれ違うと、まるで相手を威嚇する鶏のようにコココ、コケッと大声を出して笑っている。
相手が怯むのを見て、自分たちが偉くなったつもりなのだろうか。
桐花には、一体白人の男たちが何が面白くてそんなことをするのか、まったく理解できないでいた。
それからメイン通りから路地裏へと入り、しばらく進むと、彼らはたくさんのスクーターが停めてあるパブへと入って行く。
そこは、看板や外装を見る限り、ちゃんと営業しているのかも怪しい店だった。
周りにも人気がなく、ずいぶんと廃れた雰囲気のところだ。
桐花は店の裏へと回り、店内の様子を窓から覗き込む。
どうもパブは営業しているようで、白人の男たち以外にも数人の客が入っていた。
大学生くらいの若い男女たちだ。
だが男たちは彼らがいることなどお構いなく、まるで自宅にいるかのようにイギリスのビール――ロンドンプライドを勝手に冷蔵庫からだしてテーブルへと運ぶ。
そして、さっそく買ってきたチキンを貪るように食べ始めた。
口いっぱいに頬張ったままペチャクチャと喋り、そのせいで食べカスが辺りに飛び散っている。
それから煙草に火をつけて、ビールをグビッと飲んで、煙と一緒にゲフッとゲップを口から吐き出す。
その食べ方を見て、桐花は見ていて気分が悪くなった。
まだ野良犬や野良猫のほうが行儀よく食べると、内心で思う。
「何? 文句あんのか?」
他の客がジロジロと見てきたせいか、白人の男たちは大学生たちに絡み始める。
「なんとか言ってみろよ。黙ったままでわかってくれんのはママだけだぜ」
彼らは相手がやり返さないのを見越しているのだろう、一方的におちょくり始めた。
火の付いたままの煙草を投げつけたり、女性の顔を見てブスだなんだと大声で言っている。
そんな彼らを、その店にいる店員は注意などせずに、やる気なさそうにカウンター内にあるノートパソコンの画面をボ―と眺めていた。
大学生たちが店からそそくさと出てていくと、その背中に「じゃあな灰皿ども」と言葉をぶつける。
桐花は見ているのも吐き気がするほど嫌だったが、少しでもココの手がかりがありそうな彼らを放ってはおけず、我慢することに。
店内にはココの姿がなさそうだったので、次に隣の部屋の窓を覗き込む。
そこには、この店には似合わない知的な雰囲気の男と、結束バンドで拘束されたココの姿があった。
桐花は、内心で「ビンゴ!」と叫ぶと、ポケットからスマートフォンを出して操作を始めようとしたが――。
「おい、何してんだよ」
急に後ろから声をかけられた。
先ほど店内にいた白人の男たちの一人だ。
その後、桐花も拘束され、先ほどのココの居た部屋へと連れ込まれる。
「桐花!? どうしてあなたが!?」
ココが桐花の姿を見て、驚愕の表情で大声をあげた。
そして、彼女はすぐに桐花が何故ここへ連れて来られたのかを理解した。
自分のことを捜したため、連中に捕まってしまったのだと。
ココは桐花を巻き込んでしまったと思い、声を出さずに涙を流し始めている。
「ココ。大丈夫……大丈夫だからね」
だが、こんな状況だというのに桐花は彼女に微笑んで見せる。
そんな桐花を見たココは、不安な状況は何一つ変わらないというのに、少しだけ安心している自分がいた。
その傍で、白人の男たちはチキンを頬張りながら、ボスであろう知的な雰囲気の男――ロト·ウォーターウッドに桐花のことを報告し始めた。
理由はよくわからないが、この子供がずっと後をつけてきていたと。
それを聞いたロトは苛立った表情になる。
何故理由がわからないんだと、内心で毒づく。
着ている制服を見て気がつかないのか?
どう見てもココ·グラッドスト―ンの関係者だろうと。
白人の男たちは勘は良いが、相変わらず頭が悪いとロトは辟易としていた。
ロトは呆れた様子で、桐花が後をつけてきた理由を白人の男たちに説明した。
「あっそう。それよりロト、チキン食うか?」
だが、白人の男たちはまったく興味がなさそうだ。
その返事を聞いたロトは大きくため息をつくと、白人の男たちに部屋を出て行くように言った。
部屋には、手を拘束された桐花とココ、そしてロトだけとなる。
「あなたがリーダー?」
桐花はまったく臆すことなく、ロトへと声をかける。
「ココを攫った目的は何なの? お金? それとも別の……?」
ロトは、言葉を続ける桐花のことを、物凄い形相で睨みつける。
ココは彼の顔を見て、恐怖で震えている。
桐花はそんな彼女を庇う様に前に出て、睨み返した。
「そいつの姉……クロエ·グラッドスト―ンは俺の学生時代の同級生だったんだ」
激しく視線を交わしながら、ロトは桐花に語りかけるように話を始めた。
ロト·ウォーターウッドの話によると、ココの姉であるクロエ·グラッドスト―ンは、彼の学生時代の同級生だったようだ。
それはまだ彼が今のようにスクーターギャング――犯罪者グループに落ちぶれる前の話だ。
当時中流階級だったロトは、ロンドン内でもかなりレベルの高い学校に通っていて、そこでは成績が良く、おまけにスポーツも万能。
さらには、その知的な雰囲気とルックスもあって、学校ではかなりの人気者だった。
常に男子生徒の取り巻きがいて、女子生徒はロトが何かするたびに黄色い声をあげるような、そんな学校生活。
思えば、それが彼の人生で絶頂の時だったと言える。
そんなスクールカースト最高位だったロトには、密かに思いを寄せる女性がいた。
それがクラスメイトであり、ココの姉であるクロエ·グラッドスト―ンだ。
クロエはクラスの中でも特に目立つ方ではなく、どちらかと言えば親しい友人もいないような女子生徒だった。
かといってイジメられたり、からかわれているわけでもなく、ただ静かに授業を受けるような大人しいタイプ。
それでも、清涼感のあるミディアムブロンドの髪や整った顔、そして何よりも寂しげな彼女の雰囲気は一部の男子生徒の間では絶大な人気があった。
ロトはある日の放課後に、クロエを呼び出して告白をした。
「なあ、俺と付き合ってくれないか? 君も俺が相手なら文句はないだろう?」
ロトは、当然うまくいくと思っていた。
断られるなんて思っていなかった。
「ごめんなさい。私はあなたとは付き合えません。……ところで、あなた誰でしたっけ?」
だが、クロエはクラスメイトであり、学校内で人気者の彼の名前すら覚えていなかった。
それでもロトは食い下がった。
プライドを捨てて、必死にどうして自分ではダメなんだと声を張り上げて訊いた。
何が気に入らないんだ?
自分はこの学校で誰からも認められている男だ。
教師も男子生徒も女子生徒も誰もが自分と関わりを持ちたがっている、そんな男なんだぞと。
自分以上の男性なんていない――。
ロトは、言葉を変えながら何度もクロエにそう言った。
そのときの彼は、今までの人生の中で一番他人に自分を受け入れてもらおうとしていた。
それはこれまでのロトは、ここまで言葉を重ねなくても、相手が勝手に受け入れてくれたからだった。
だが、それでも彼女は冷たく呟くように言葉を返した。
その上から目線の言葉が愛する人に向ける態度なのか? と。
そしてロトに背を向けて、そのまま去っていってしまう。
「すべては愛、愛なのよ……」
去り際に言ったクロエの言葉が何なのか、ロトには理解できなかった。
だが、彼はこの時に初めて誰もが体験することを味わったと理解する。
そう――。
失敗や挫折という苦い体験を知ったのだった。
「思えばあの後だったな、親父やお袋が仕事を失ったのも……」
まるで何かに打ちのめされた表情をしたロトは、それから俯いたまま黙ってしまった。
突然彼と姉の昔話を聞かされたココは、何も言わずにただ震えている。
だが桐花は違った。
手を結束バンドで縛られたまま、俯いて黙ったままのロトの前に立つ。
「なに? 昔フラれた腹いせにココを攫ったの? でも、そういうこともあるかもね。……人を好きになるって自分が思っている以上に狂気的になるものだものね。あたしもコントロールできない時期があったわ」
桐花はココとは対照的に、まったく恐れることなくはっきりと言葉を繋いでいく。
傍で見ているココは、彼女がどうしてこんなに落ち着いているのかと驚いていた。
桐花はこういう場面に慣れているのだろうか――とても自分と同級生の女の子とは思えない、という表情になっていた。
「でも、それでも人生の前半戦でピークを終えたと思っているなんてカッコ悪いわよ。今からでも遅くない。過去と戦うか逃げるかして自分の現実と向き合ったらどう?」
桐花の言葉を聞いたロトは、ゆっくりと顔をあげる。
その表情は酷く虚ろだ。
彼の持っていた知的な雰囲気が消し飛んでしまうくらいに。
「……お前に何がわかる」
ポツリと呟いたロトは、桐花へとその手を伸ばしていった。