初恋の君へ
歩くこともままならない僕を、部屋の前でずっと待ていてくれたレオが抱き抱えてくれた。
いったい何時間待っていてくれたのか。
「ごめんね、レオ・・・」
「謝らないでください、姉上。あなたはなにも悪くない」
だけどずっとこうして待っていてくれた。今日も仕事がたくさんたまってるでしょう?ごめんね、こんなお姉ちゃんで・・。
思いつくままに謝罪の言葉を述べれば、レオはくしゃりと顔を歪めた。
「姉上・・・。姉上、大好きです、姉上・・・」
顔を伏せ、震える声で何度も大好きだと告げてくれる最愛の弟の頭を。
僕は数年ぶりに優しく撫でさせてもらった。
宿の真ん前につけられた馬車で、城へと帰る。
城の門前には両親が迎えにでてくれてた。大丈夫かと青ざめた顔で僕に駆け寄ってくれた両親に。今まで勝手をして申し訳なかったこと。これからは療養に全力を尽くすことを約束した。だって、もうあの店に行く必要がないから。
部屋にもどって、なにか欲しいものはないかと問い掛けてくる母に、図鑑を持ってきてほしいと頼んだ。
花の図鑑だ。
お母様はなにかいいたげな顔を一瞬僕に向けたけど。結局なにも聞かずにいてくれた。そしてすぐに花の図鑑を数冊揃えて、自ら届けてくれた。
けだるい体を励まし、図鑑のページをめくる。部屋には今僕一人だけ。そう頼んだから。
パラパラとページがめくれる音だけが静かな室内に響き渡る。
ノアは一輪づつ花を贈ってくれた。毎回頬をほんの少し赤く染めて。恥ずかしそうに視線をうろつかせて。でも最期には僕の反応を見るようにじっと見つめてた。
赤やピンク、紫。綺麗に咲き誇る美しい花。僕は毎週それを笑って受けとった。
その花の奥に、言えない言葉が込められているなんて思いもしなかった。
・・・なんて愚かで無知だったんだろう・・・。
アネモネ、チューリップ、ハナミズキ、ヒヤシンス、リナリア、桔梗。他にもたくさん。
僕は毎回花を受けとった。受け取っただけでなにも気付かず、なにも返さなかった。
君を愛してる、愛の告白、私の想いを受けてください、変わらぬ愛、この恋に気がついて、永遠の愛。
ノアからもらった花は全てが僕に【愛している】と。【この想いに気がついて】と。
慎ましくも強く僕に告げるものばかりだった。
偶然なんかじゃない。
ノアはそういう花を自ら選び、花言葉にいえない想いを乗せて。そして毎週僕に贈ってくれていた。
ようやくそのことに気がついて。
自分のばかさ加減と、そしてノアの想いをようやく知れたことがうれしくて。
僕は声を上げて何時間も泣いた。
泣いて泣いて泣きすぎて。
声もかれ、涙もでなくなった頃。
僕は唐突に思い立った。
そうだ、手紙を書かなければ・・・。
例え届かなくても、捨てるだけのものであっても。
せめて言えなかった言葉を書きたい。
かけてあった毛布を退け、足をベットから下ろした。ブルブルと震えて役に立たない痩せこけた足を励まし、杖を使ってなんとか机までの数歩を歩く。激しい目眩と息切れに、たった数歩の距離が果てしなく遠い。何度もこけそうになり、そのたびになんとか持ちこたえて。僕はそこにたどり着いた。椅子を両手で引きだし、ドサリと重い体をそこに埋める。自分の早すぎる呼吸音に、ヒュウと喉でなる嫌な音が聞こえ、背筋がヒヤリとする。けれど、僕は構わず机の引き出しを開けた。
グラグラと揺れる視界を必死で励まし、数ある便箋の中から最上のものを選んでいく。
ピンク、赤、白。どれもピンと来ない。
最高のものがいい。今までのようなどうでもいい内容じゃない。わがままかもしれないけど、僕の今の気持ちを受け止めてくれる最高の便箋がいい。そう思い、再度便箋の山に目を向ける。
ちらりと、その色が見えた。
瞬間、ドクリと心臓が高鳴りをみせた。
取り出したのは、綺麗な空色の便箋。四隅にきれいな装飾を施された、繊細で堂々とした美しさのある便箋。これだ、これがいい。
胸はドキドキと高鳴り、書き残したい気持ちが次々とあふれてくる。
さっそくペンをとり、インクをつけた。そうして僕は、胸にある気持ちをそこに書き綴る。
ノアへ・・・。
いつものように最初の行にそう書こうとして、やめた。
【 初恋の君へ
ノア、今どこを旅していますか?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・】
そうして僕は、胸にあった大事なその気持ちを。
一度として言えなかったその気持ちを。
その手紙に書き残した。
【ノア・・・大好き。幸せになってね】
これで巻き戻し編は完結になります。
ありがとうございました。




