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海の奇跡~海賊の俺とお姫様だった彼女との250日~  作者: テテン
海の奇跡 アリア
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君と一緒に行きたい

 「アリア!!!!」


今度ははっきりと聞こえた。僕の大事な名前を呼ぶ、少し低い誰かの声。僕がその名前を教えたのはこの世界に一人しかいない。

嘘、本当に・・・・?

ツーンと鼻の奥が痛くなり、また視界が涙でにじんだ。

 フードで顔を隠したその人影は、まっすぐに僕の元へと走って来る。常時であれば身の危険を感じてもおかしくないような状況なのだろうけど。僕の心は期待と不安でいっぱいで、動くことなどできずに。ただその人が近づいて来るのを待った。

すごいスピードで駆けてきたその人は、僕の数歩手前で立ち止まると肩で息をしながらもまっすぐに顔を上げた。左手がゆっくりと持ち上がり、フードが下へと下ろされる。

ふわりと揺れる、月明かりを反射する艶やかな黒髪。綺麗な弧を描いた眉。切れ長の涼しげな目元に、美しい空色の瞳。陶器のようにすべらかな白い肌、少し薄い唇。

それは何度も夢に見たノアそのままだった。

「・・・・・・ノア・・・・・・」

うそ、また夢かな・・・。

何度自分に都合のいい夢を見れば気が済むのだろう。馬鹿な自分にほとほと呆れる。

だってあり得ない。

あんな刃物みたいに冷たく僕を睨んでいた瞳が、今穏やかに緩んでる。

嘲るような笑みを浮かべていた口元が、優しげな弧を描いてる。

全身で僕の存在を拒絶してたのに。それらがすべて嘘のようになくなって、ただただ優しく穏やかに僕を見つめてくれる。

かつてあの店でそうであったように。

なんでもないことで二人で笑いあった。

僕のどうでもいい話をいつも楽しげに聞いてくれた。

身振り手振りを加えて、穏やかな口調で話を聞かせてくれた。

あの時のノアがそのままそこにいた。

「ずっと・・・・・あの席で待っていてくれたのか?」

問いかけて来る声もとても穏やかで優しい。そこに怒りや憎しみは少しも感じられない。

状況についていけずに戸惑った。やっぱりこれは夢なのかな。僕はまた倒れて、そして勝手に都合のいい夢を作り上げているのかな。

 夢か現実かわからずに視線がゆらゆらと揺れる。

そこで。

ノアの左手に花が握られているのに気がついた。あの店において来た花。いつも受け取ってもらえず、ごみ箱に捨てられるだけだった花。ノアに贈るために買った花。

ブワリと全身の毛穴が開き、喜びにふるえあがった。

ノアの手に取ってもらえた。捨てられるだけだった僕の想いが。ノアのもとに届いた。

そう思うと、今まで必死に堪えてきたものが激情となって混み上がり目頭が熱くなった。

ノアはあの店に立ち寄ってくれたんだろうか?

何かの用事でこのユグレシアを訪れて。

僕っていう存在がいたことを思い出して、そして気まぐれにでもよってくれたんだろうか?

 

・・・・・僕のことをもう・・・許してくれたんだろうか・・・?


わずかな期待と、大きな不安が胸の中でせめぎ合う。それに反応するように、ズキリと心臓に激痛が走った。

思わず顔は痛みで醜く歪み、右手で胸を押さえた。


・・・いやだ・・・こんな顔見られたくない・・・。


あれほど逢いたかったのに。こんなにやせ細って弱々しい自分を見られたくなかった。

夜も眠れず、くまがひどい。唇はガサガサ。肌も荒れ放題。髪だって以前に比べると、艶がなく傷んでる。

こんな僕じゃあノアに会えない・・・。

心を反映するように、足は無意識に後ろへと下がった。

ノアが顔色を変える。焦ったような声に、泣きそうなほどクシャリと顔を歪めて。僕との距離を詰めて来る。

「なあ、怖がるなよ・・・」

眉尻を思いきり下げて、あやすような、少し悲しそうなノアの声。ズキリとまた胸が痛んだ。

皮肉にもその絶え間無く襲いかかる激痛が、これは夢ではなく現実なのだと僕に教えてくれる。

愛しい人を前に高なる胸。熱を帯びる体。

けれど僕は余りに変わってしまった。胸を打つ鼓動はこれほどに弱々しい。全身を襲う痛みで微笑むこともできない。

でもそれでも・・・。君に会えた。逢いに来てくれた・・・。それだけでここまで堪えた毎日が報われる。

「・・・・・もう・・・逢えないと思ってた・・・」

何度神様にお願いしただろう。もう一度。もう一度だけノアに逢わせてください。許されなくてもいい。憎まれたままでもいい。ただもう一度だけ。初めて、そして最後に好きになったたった一人の人に逢わせてください。

何度も何度も願いをかけて。それがようやく叶った。何度も何度も同じ願いをかける僕に、神様がきっと根負けして。ノアをここに連れて来てくれた。

・・・・でもこれがきっと・・。本当に最後になる・・・。

「でも最後に・・・・逢えてよかった・・・」

思わずでてしまった呟きにノアの顔色が変わる。

「・・・・・・・は?」

僕の真意を問うような、明らかにトーンが一段階落ちた声。探るように、フードで隠れた僕の顔を覗き込んで来る。戸惑いと不安と、そして僕に対する気遣いを含んだ綺麗な空色の瞳。大好きだった、ノアの瞳。

せつなさで胸がいっぱいで、泣いてしまいそうだよ、ノア・・・。

でも僕は意地でなんとか押しとどめ、必死で口角をあげた。

女の子はどんなときでも笑顔が一番だって。そう本に書いてあったから。だからせめて笑わないと。

「僕・・・もうすぐ遠いところに行くんだ・・・。 だからもう、逢えない・・・」

死期は近い・・。それは僕だけじゃなく、多分周りのみんなが気がついてる。口にも態度にも決してださず、いつもと同じように陽気に話しかけてくれるし、優しく笑ってくれるけど。

誰の目にもそれは明らかだと思う・・。


だから・・・・。


「最後にノアに逢えてよかった・・・」


ノア・・・。僕のことを少しでも思い出してくれてありがとう。花を受け取ってくれてありがとう。

僕なんかのためにあんなに息を切らして走ってきてくれてありがとう。

ここに来てくれて・・・ありがとう、うれしかった、うれしかったよ・・・。

「ふざけんなっ!!!」

静かな路地に、怒りを存分に含んだ声が響き渡る。ビクリと無意識に体が跳ね上がる。脳裏に僕のことを冷たく睨みつけてきたあのノアが蘇り、底知れぬ恐怖で体が震えた。

・・・嫌だ、ノア。 ・・・嫌いにならないで・・・。

心臓が、呪いとは違う理由でぎゅっと締め付けられた。震える体は正直で。衝動から逃げるようにまた一歩ノアから距離を取った。 

 ノアの体が動いた。なにをされるのか、なにを言われるのか。恐怖心は広がり、ビクッとまた体が反応する。

 僕の目の前で、ノアの左手がゆっくりと上がっていく。やがてくるりと手の甲は返され、まっすぐに僕へと伸ばされた。

何かを求めるように差し出された手。けれどノアがなにを望んでいるのかわからず、フードを目深にかぶった顔を上げた。

真剣な表情のノアがそこに立っていた。

今まで見たことがない、強く何かを求める熱のこもった瞳。真一文字に引き結ばれた口元。わずかに赤く染まった頬。その姿が月明かりの下、余りにも美しく輝いて見えて。僕はまたノアに見惚れた。


「なあ、頼む。俺と一緒にこい」                         

告げられた言葉に息が止まった。衝撃が体中を駆け回る。バクンと。弱々しくも心臓は高鳴り、かなりの速度で打ちはじめる。

ノア・・。 今、なんて・・・・?

そう問いかけるより早く、ノアの言葉は続く。


「俺に攫われてくれ!!」


それは何度も願った言葉だった。あの時。遠ざかってく船を見送ったとき。何度も何度も連れていってと願った。

だから、僕の答なんか決まってる。

攫って!!

そう口が動く前に、微かな疑問が頭を過ぎた。

・・・過ぎってしまった。

でも、どうして?・・・と。

あんなに憎まれていたのに、どうして?・・・・と。

そうしてああそうか、とすぐに答はでた。きっと僕がこの国の王女だとどこかで知ったんだ。

それで何かの役に立つと、ノアはきっとそう思った。

心が急速に落ちていったけど、それでもいいと思った。どうせ後数日しか持たない命だ。

こんな僕が何かの役に立つとは思えないけど、それでも僕はノアと一緒にいられる。もしかしたら多少の受け渡し金が国から支払われるかもしれないし、死にかけの僕にそんな価値もなく見捨てられたとしても、今身につけている何かが多少お金になるかもしれない。


「愛してる!」


一緒に行く。

そう言おうとした言葉はノアの言葉に遮られた。またバクリと心臓が高鳴り、体中が熱を帯びる。

全く想像していなかった言葉になかなか理解が追いつかない。聞き間違い?そう思ったとほぼ同時に。

もう一度。今度はさきほどよりもゆっくりと。ぼくの反応を確かめるように静かに。


「アリア。お前を愛している」


やっぱり夢じゃないかな・・・・。だってこんな都合のいいことそうそうないよね・・?

多分今日が最後だった。体力的にも、心情的にも、僕はもう限界で。来週には多分動けなくなってた。

ボロボロの僕が訪れた、最後の日に。ノアが店に来てくれて。こうして僕が厚かましくも一番言ってほしかった言葉を言ってくれる。

確かな熱と慈愛のこもった目が、それらが嘘じゃないと僕に教えてくれる。

 これが夢じゃないなら。本当に現実なら。僕は確かに今人生で一番の幸せを迎えている。それが死ぬ直前だったとしても。先のない未来だったとしても。幸せだと胸を張って言える。


・・・・・でもだからこそ・・・・。


「手放したくないんだ! だから・・・・」

「やだなぁ、何いってんの、ノアは・・・」

クククと。なるべく明るく、そして軽薄に見えるように肩を揺らす。震える口元に力を入れ、口角を必死であげた。

「冗談でしょ?君と僕とじゃなにもかも違いすぎるよ」

できる限り冷たい声音をだし、馬鹿にしたようにふふふと笑う。

心が引き裂かれるようだった。涙が込み上がり、必死で押し止めても唇がどうしても震え。

それを隠すために口元に手を当ててまた軽薄に冷たく笑った。

「冗談じゃねぇ。本気だ」

これほどひどい態度をとっているのに。なのにノアは一歩も引かず、僕との距離を詰めてくる。落ち着いた、少し低い覚悟をきめた声。まっすぐに向かって来る熱のある視線。それらに耐え切れず僕はフードの中で視線を落とした。

 もしノアが欲したのが宝石やお金なら。僕はノアの手を取ってた。僕はノアとの時間、ノアは僕の持つ宝石。どちらも利があり、これは正当な取引だと割り切ることができた。でもノアが求めてくれてるのが僕自身なら・・・。僕は決してこの手をとることはできない。僕に残された時間は後少し。のたうちまわって、苦しんで、呻き、そして後は死んで行くだけ。ノアになにもしてあげられない。だから・・・。


「俺と一緒にこい!!」


力強く、愛情深く、すべての悩みを吹き飛ばすように。その声はまっすぐに僕の耳に届き、そうして僕の体を奮わせた。全身が歓喜で包まれる。

行きたい!!

ただ願いのままにそう言いかけて。しかし絶え間無く襲う痛みがそれを押し止めた。

行きたい行きたい君と一緒にいたい。ずっと一緒に・・・・。


「行けない・・・・・」


言葉にした瞬間、心に大きくひびが入った。そんな気がした。

「・・・・な・・・んで・・?」

かすれたノアの声がひどく遠くに聞こえる。

一緒に行きたい。一緒にいたい。ノア、ノア、ノア・・・僕は・・・。

心が辛くて、体が辛くて、悲しくて寂しくて。

手をさし述べてくれるノアにすがってしまいたい。

助けて、一緒にいてと。みっともなく倒れ込んでしまいたい。


・・・でもそれではダメだ・・・。


僕はノアになにもしてあげられない。もう笑うことも話すこともできない。ノアが好きになってくれた僕はもう、いない・・・。

 顔を上げ、最後にもう一度。大好きなその人の姿を目に焼き付けた。

切れ長の、美しい空色の瞳。陶器のような白い頬。綺麗な弧を描く眉。艶やかな黒い髪。

全てが大好きだった。

楽しそうに喉の奥をならして笑う姿も。呆れたように眉を下げる姿も。

以外と真面目なところも、気配り上手なところも。

何度も見惚れた。会う度に好きになった。

話した会話全て。過ごした時間全て。全てが僕の宝物になった。

 涙で景色がにじむ。

やだな、これが最後だからもっとノアのカッコイイ姿を見ていたいのに・・・。

胸がいたい。目眩がひどい。足にもう力が入らない。

どうやらもう時間はないらしい。

せっかちだよね、もう少しだけ待ってくれてもいいのに・・・。

振り切るように僕はノアに背を向けた。

「さよなら、ノア・・・」

自分勝手に別れを告げて、返事も聞かずに歩き出す。足元がふらつき倒れそうになったけど、なんとか堪えて一歩、一歩と足を出す。

ノアとの距離がだんだん広がっていく。自分から遠ざかっていくのに、心が引きちぎられそうだった。

 

 その時、不意に風が動いた。同時に後ろから強烈な圧が飛んで来る。

・・・・・・・ノア・・?

驚いて振り返ったその先で、ノアの体が素早く動くのが見えた。一瞬で距離を詰められる。ギラリとした目が僕をまっすぐ見据え、左腕が僕の溝落ちに伸びてくる。

こんな状態なのに、僕の体はとっさに防御体制をとった。体は強張り、拳を避けようと身を引く。

いや、引こうとして・・・。


一緒にいたい・・・。 あとほんの少し、もう少しだけ・・・。 ノアと一緒にいたい・・・。


強烈な願いに、初動が遅れ。

避けきれなかった拳は僕の溝落ちに深く食い込んだ。ぐふっと呼吸が止まる。

ノアが目を細めて愛おしそうに優しく笑い、倒れかかる僕の体を迎え入れるように腕を広げてくれる。

「・・・・ノア・・・」

体はそのままノアの腕の中に力無く倒れ込み、僕の魂は喜びにふるえあがった。


 倒れる瞬間、人影が見えた。建物の影から、こちらに飛び出してくる人影。

血相を変えて、腰に下がった剣に手をかけている。

あれは・・・。

外套を被り、顔を隠しているけど、誰かなんてすぐわかる。だって最愛の弟だから。

・・・・レオ、待って・・・。

言葉は喉の奥につまってでてなんかこない。だからゆっくりと暗転していくその意識の中、必死で視線だけを送った。

お願い、レオ・・・。お願いだから・・・。 このままノアと一緒にいさせて・・・。

そう強く願ったまま、僕の体はノアに抱き留められ、意識は闇の中へと落ちていった。

 



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