王命
非情な行いを繰り返す海賊団がいる。そう報告を受けたのは、朝一で開かれる会議の場だった。
手渡された資料に素早く目を走らせていく。
場所はユグレシアの外れにある港町、アグル。この町は海賊船をも受け入れている。別にそれ自体が悪いことだとは言えない。事実それで町は大きく発展している。だけど、そのつけとしてこうしてよくトラブルが発生する。町も海賊を入れることが危険を伴うことだとわかっているので、それなりの自警団をもっている。国も腕の立つ人間を何名かは派遣している。腕っ節が強い人間が集まっているので、何かあってもだいたいはそこで解決し国まで報告が上がってくることはほとんどない。にもかかわらず、今回こうやってここまで報告があがったということは、自警団だけではとても手に負えない。つまり相当に相手が強い、ということだろう。
海賊団が行ったとされる所業は、目を覆いたくなるほど非情なもので、事細かく報告されているそれを一つ一つ目でおうだけで気分が悪くなってくる。
黒髪・・・・?
その海賊団を率いているのが黒髪をした若い男だと、そう記述がある。
脳裏に腰まである艶やかな髪を一つに結った、ノアの姿が思い浮かぶ。
黒髪、なんてこの世界では随分と珍しい。僕も今まで黒髪の人には数える程しかあったことがない。
黒髪の海賊団の頭領・・・・。
揺れる不安定な船の上で背筋を凛と伸ばし立つ姿。黒いコートを海風にはためかして、愛しげに海を見つめる彼の姿・・・・。
・・・え・・・・・・・・・海賊・・・・・・?
そこまで考えて、なにを馬鹿なと僕は頭を振った。ノアが海賊。それだけならまだしも、こんな人とも思えない残虐な罪を侵すような、そんな人間でないことは僕が一番わかってる。
意外と真面目なことも、周りにいつも気を配っていることも知ってる。彼は決して弱いものを痛め付けて喜ぶような、そんな人間ではない。彼と少しでも接したことがある人間ならわかるはずだ。なによりつい数週間前に彼は商人だってはっきり言っていたではないか。
「では討伐隊を結成する。敵は非常に大きな海賊団だ。町の自警団でも手に負えない。故に・・・」
第一王女、エリーシア。騎士団を率いて、総指揮官として出陣。これを速やかに討伐せよ。
被害を最小限で押さえるために、剣聖の称号をもつ僕にこそ適任のその任が、王より下されるのは至極当然のことだった。
陸から攻めて、海に逃がすわけには行かない。海から攻めれば、港に被害がでる。
なので部隊を二つに分けた。近衛騎士副団長のジュリーには陸から攻めてもらい、海に逃げ込んだところで武装船で取り囲む作戦を立てた。
懸命にも勝てないと判断して、すぐに出港してくれれば港に被害がでず人質を取られる心配もない。けれど、往生際悪く抵抗されればやっかいだ。そうさせないために、あえて前もって攻めるぞ、と情報を流し、大部隊を派手に登場。海へ逃げるように誘導する。その状況で向かってくるとすれば余程の命知らずか、余程の馬鹿だろう。どちらにせよ、仲間の命を預かる船長が下す命令ではない。あの海賊船の船長が、どうかまともでありますように。祈りを込めて、沖に隠れた武装船の一隻から様子を見る。
・・・・・うん、どうやらあの海賊船の船長はまともだったらしい。
状況を正しく理解して逃げに徹するつもりのようだ。凄まじいスピードでこちらに向かってくる。いくら事前に情報を流していたとはいえ、余りに手際がいい。頭領の資質が余程高いのか、統制がよく整っているようだ。
海賊船がこちらに向かってくる。港から充分離れるまで、自軍に待機を命じた。
距離が近づくにつれ、そこに掲げられている旗がはっきりと目視できるようになった。黒と赤を基調とした髑髏のマーク。等しく海賊を表す周知の旗。なのに、そのあまりの格好よさに僕の魂は震え上がった。
海賊旗をみてかっこいい、なんて感情が沸き上がるのは初めてだった。また脳裏に、凛と立つかの人の姿が浮かび上がった。
・・・ちがう、そうじゃない。ノアはあんなひどい海賊なんかじゃない。
頭を振って嫌な考えを追い払った。
なのに、称えようのない不安が心を満たしていく。
海賊船がどんどん近づいてくる。そろそろ進路をふさがないと取り逃がしてしまう。
「エリーシア様!!」
側近のグレンが僕の指示を仰いでくる。僕はなにを迷っているのか。ノアは報告にあるような海賊ではない。
そう確信しているはずなのに。
「全軍、前進。海賊船の進路を塞げ!絶対に取り逃がさないように!!」
逃げてくる海賊船。その進路をふさぐように自軍を展開させる。威嚇するために全ての射窓を開き、海賊船へと標準を合わせた。はたからみても戦力差は歴然。僕の命令一つで無数の大砲が打ち込まれる。いかに操舵の技術が優れていようと、逃げきれる状況ではない。これだけ大きな海賊団の船長なのだ。それくらい理解しているはずだ。それでも捕まれば後がないとなれば、必死で抵抗されるだろう。
なんとか穏便に、怪我人をださずに、速やかな投降を促したい。そう思い、罪状を述べ、て・・・。
僕の言葉は途中で途切れて止まった。呼吸も数秒止まる。ドクリと心臓が嫌な感じで飛び上がり、背筋に冷たいものが滑り落ちていった。
取り囲まれた海賊船の、その船首。そこに彼は立っていた。風になびく長く美しい黒髪。海風にはためく黒いコート。険しい表情で、それでも背筋を曲げることなくまっすぐに立つ彼。
不意に顔があがった。目が合った。やはり見間違いなどではない。
ノア!?
心が全力で悲鳴を上げる。みっともなく取り乱し、いっそ泣き出しそうになるのを懸命に押さえ込んだ。
・・・・・・・どうしてどうしてどうして・・・。
商人だっていってたのに。しがない商人だって言ってたのに・・・。
ぶるぶると体が震える。息が苦しい。
それでも僕は懸命に自分の感情を押し殺した。
僕は今、軍の総指揮としてここに立っている。その立場にふさわしくあらなければいけない。
でも・・・。
いやだいやだいやだ、ノア・・・・。いやだよ・・・。
どうしてそこにいるの?どうして海賊旗を掲げた船にのってるの?
そこは恐ろしいところだよ。子供を殺して、女の人をさらい、悪いことばっかりする人たちがいっぱいのところだよ。黒髪の若い男が頭領を、して・・いる・・・。
「投降はできない」
僕の心を置き去りにして、少し低い落ち着いた声が海に響き渡る。堂々とした怯えなどまるで感じさせない声。
投降を促された。それに答えるのが一般の乗組員であるわけがない。船の動向を決めるのはいつだって船長の役目。つまり、今答えた人物こそ・・・・・・。
バキリ、と。
心で何かが折れた音がする。
ノア、と無意識に呟いた声が風にさらわれて消えていく。




