異変
毎週水の曜日。ノアと同じ店で待ち合わせをして一緒にごはんを食べた。そのまま数時間話をして柱時計の寂しげな音を合図にお開きとなる。毎回ノアがお金を払ってくれた。それが申し訳なくて今度こそ支払をと思うのに、いつも先回りして支払われてしまう。ある時、店についてすぐに支払をしておこうとおもって店員さんに声をかけたら、絶対にあなたから金を受けとるなと連れの人にきつくいわれていると、素気なく断られてしまった。ノアに支払うといっても俺が支払うからいいんだよ、としかいわない。
ジュリーいわく、甘えておくのもいい女ってものらしい。そうして僕はずるずるとノアにご馳走になっていた。
帰り際、ノアはいつも今度いつ会える?と聞いてくれる。次がある。当たり前みたいにそういってくれるのが嬉しかった。本当は僕ももっと会いたい。なんなら明日も会いたい。でも恋人でも何でもない僕がそんな厚かましいことを言うわけにはいかない。なにより、騎士団不在の影響で王都の守りが思った以上に手薄になってる。僕が抜けるわけにはいかない。
僕は泣く泣くその質問に「また来週」と答えた。
そうして幾度目かの夜。その帰り道に。唐突に僕は自分の体に起こっている異変を知ることになる。
お酒なんて今まで一度も飲んでなかった。飲んだことないならやめとけ、とノアに言われたから。気分が悪くなったり記憶がなくなったりしてノアとの時間が削られるのが嫌だったから。だからお酒なんて一滴も飲んでない。にもかかわらず、僕はその帰り道でいきなり倒れた。心臓が握り潰されるかと思うほど痛く、のたうち回り、そのまま意識を失った。
気がついたのは2日後。自分の部屋の自分のベットの上だった。
多分回収してくれたのは、僕の護衛の人だ。僕はつねに尾行されていた。それにはもちろん気がついていたし、悪意によるものじゃなくて僕の身を心配してのことだと理解していた。
ノアとの時間に水を差されるのは嫌だったけど、自分の立場を考えれば仕方ないと黙認していた。それが思わぬところで助けとなった。
ベットの脇には両親がそれはそれは憔悴しきった顔で僕の顔を覗き込んでいた。
「大丈夫だよ」と。二人の余りの顔色に笑ってそう告げたけど。とっとも大丈夫などではなかったことを、僕は後になって知った。
その日を境に、症状は何度も僕を襲うようになった。時間も場所も関係なく、ある時は弱く、ある時は気を失うほどの激痛となって僕の体に襲いかかる。倒れたことなど一度や二度ではなかった。これは流石におかしい。馬鹿な僕でもそれくらい気づく。愛する両親の憔悴しきった顔を見ればなおさら・・・。
けれど口にするのは怖かった。答えを聞くのが怖かった。最悪の答えが返ってきたら?
そう思うと聞くのもためらわれ、僕は口を噤み続けた。不安は夜ごとに増していき、恐怖で押し潰されそうだった。そんな僕の唯一の支えはノアだった。
不安で押し潰されそうなときは、ノアにもらった花。綺麗にドライフラワーになってくれたそれを眺めて堪えた。怖くて眠れないときは、ノアにしてもらった楽しい話を思い出した。激痛で苦しい時は、次にノアに会えるときのことを考えた。ノアとの時間、ノアの存在だけが僕の心の支えだった。
同時に僕は国を荒らす無法者達を取り締まることに精を出した。部屋に一人でいると不安で落ち着かず、かといって誰かと楽しくおしゃべりする気分でもなかった。なにより僕は何かを残したかった。僕にできること。僕が今まで血を吐くような思いで会得した剣の腕で。少しでも国をよくして、生きやすい世界を作りたかった。僕が生きた証を残したかった。
多分、僕は本能で悟っていた。
自分の命が残り少ないことを・・・。
国の薬師に頼んで、薬を用意してもらいそれを服用して毎週ノアに会いに行った。勿論両親は反対し、部屋で休んでいろと説得されたけれど。僕は頑として譲らなかった。
薬の効果がある時間だけは、僕は今までと同じ元気な姿でいられた。大好きな人が僕に会うために来てくれる。僕の話を楽しげに聞いてくれる。僕に話をするために口を動かしてくれる。それだけで救われた。
副作用で、薬が切れた時は激痛と高熱に襲われたけれど。そんなのノアとの楽しい時間に比べればなんとでも耐えられた。
「いったいどんな仕事をしてるんだ?」
何度目かの夜。ノアが僕にそう尋ねてきた。ノアが僕個人のことを聞いてくれたのは初めてだった。うれしさでただ舞い上がった。僕のことに興味を持ってくれた。少しでも知りたいと思ってくれた。そんなことで僕の心臓はドキドキと高鳴った。
「うーん・・・。・・・・悪人退治、かな?」
今の僕の大事な仕事。ノアに少しでも知ってほしい。
言った瞬間、ビクリとノアの体が一瞬だけ震えた気がする。
「ノア・・・? ・・・・・どうかした?」
どうしたんだろう、いつもと同じようにみえるけれど、どこか元気がないように見える。
顔色が少し、悪い・・・?・・・・・照明が暗いからよくわからないな・・・
「な、なんでもねぇ、大丈夫だ」
そういってノアが笑う。いつもと同じ笑い方。いつもと同じ声音。気のせいだっただろうか?
ノアが踏み込んだ質問をしてくれたのは初めてだ。いつも線引きされてた。それをノアの方から踏み越えて来てくれた。なら僕も聞いてみていいかな。本当はずっと聞いてみたかったんだ。君個人のこと。
「ノアは? どんな仕事してるの?」
びくっとノアの体がまた震えた。いつもキリリしたその瞳が泣きそうなほど揺れた・・・気がした。
「・・・・・・・・・ただのしがない・・・・。・・・・・商人・・・かな・・・」
かすれた声。泣きそうな目。苦しそうな表情に一瞬だけ伏せられた顔。
やっぱり気のせいなんかじゃない。
これ以上踏み込んじゃいけない。
・・・・・愚かな僕はそう判断し、そこで話を終わりにしてしまった。
もしここでちゃんと話を聞いていたなら。
どうしたの、大丈夫?て声をかける勇気があったなら・・・。
僕たちはまた違った未来があったのかな、ノア・・・。
【黒髪の海賊団を討伐せよ】
決定的に僕たち道を別つ王命が下されたのはそのわずか1ヶ月後だった。




