約束の日
「時間が経つのが遅い!!」
3年ぶりに戻った、ユグレシアの自室。僕の趣味に彩られた居心地のいい部屋でくつろぎながらも、僕は思い切り不機嫌だ。そりゃあもう、侍女のメアリが気を使って大好物のスイーツを無言で出してくれるくらいに
は。
怒りの矛先は、数日前の自分。そうして自分が言い放った言葉に対して。
「じゃあ、毎週水の曜日、ユグレシアの水月亭ってお店でどうかな?」
なにが、水の曜日だよ。それは曜日と場所が間違えて伝わらないように水で縛っただけで、直接約束をとりつけれるならもっとノアの来やすい場所と、そしてなるべく近い日にちを選ぶべきだった。ノアの滞在先を聞いてない。もしかしたらすごく遠い場所を指定しちゃったかもしれない。面倒になってきてくれなかったらどうしよう。
しかも毎週って何だよ、僕!これじゃあ最初から会うのは週に一回だって限定してるようなものじゃないか!
・・・ああ、ノアに会いたい。昨日別れたばかりなのに、もう会いたい。
まだ水の曜日まで3日もある。なぜもっと早めの日にちにしなかったのか。もう少し勇気を振り絞って、毎週、ではなく、毎晩・・・・いやさすがに毎晩は無理だとしても週に一度は少ない。せめて二日おきとか・・。
いやいやでも、いきなり距離を詰めすぎて引かれても困るし、自分の気持ちばかり押し付けてもいけない。
僕は恋人でも何でもないんだから、多くを求めてはいけない。ノアだって忙しいだろうし、もしかしたら・・・恋人だっているかもしれない・・・。
事実ノアだって週に一度という部分にも何も触れずに笑って了承してくれただけだった。だからこれできっと正解なのだ。もう何度繰り返したかわからない押し問答を頭の中で行った結果。いつもと同じ結論にいたり、僕は重いため息をついた。部屋に吊されたカレンダーを何度確認しても約束の日はまだ先。その事実に僕のテンションはだだ下がりだった。
こんな時は・・・・。
とっておきのあの場面を心の中で再生する。船の上、次の約束を取り付けたいけど、嘘をついた手前なかなか言い出せなかった僕に。
「悪いと思ってんなら・・・。もちろんこれからも会ってくれんだろう?」
片方の口角だけがゆっくりと上がっていくのがすごく綺麗だった。僕が言いたくて言えなかった言葉を先にノアが言ってくれた。感動と驚きでまた泣きそうになって、言葉に詰まった僕の手をノアは静かに取って。
なあ?と。答えをせかすように下から顔を覗き込まれた。
はっきり言ってあの顔で、上目遣いはほんとにダメだと思う。自分の顔面の攻撃力をノアはわかっていないんだ。よくときめきすぎて倒れなかったと自分を褒めたい。
「ああ、ほんっとうにかっこかわいかった」
そうして僕は一人で部屋で悶え、またノアに会いたくなる。
約束の日まで後3日。
ようやく日が傾いてきた。この日のために、苦手な書類仕事は猛スピードで終わらせた。まあ、無事に終わったのは側近のグレイとジュリーのおかげだけど。
それにしても、3年ぶりに帰ってきた僕をいきなりこき使いすぎじゃないかな。軍の総指揮官まで任されるし、書類なんて山積みだった。
何かあったのか、父様も母様も最近忙しそうだし、半数以上の騎士団がどこかに行っていない。守りが手薄になったところを僕がカバーするのは当然としても、15件の魔物討伐後に書類仕事はほんとにやめてほしい。
・・・まあそれが毎週外出するための条件っていわれれば喜んでこなすけれども。
目の前においてある大きな姿見でもう一度自分の格好を上から下まで確認する。
「新たな一面をみせるとドキッとさせられるわよ」と。色々と相談に乗ってくれるジュリー(男)の助言に従い少しでも新鮮に見えるように髪をいじってみた。多分ジュリーがいっているのは内面の話であってこういう外見的な話じゃないんだろうけど。恋愛初心者の僕にできるのはせいぜいこれくらいだ。けれど不器用な僕にこった髪型なんてできるわけもなく。何度もチャレンジした末結局一つに結わえるだけにした。それだって3回も結び直してようやく見栄えよくなった。メアリに頼んだら綺麗にアップにしてくれるんだろうけどとにかく自分でやりたかった。服は悩んだ末に派手すぎないのを選んだ。お化粧も得意じゃないのでリップだけ塗ってみた。それだけで少し大人っぽく見える。
そうして・・・・。
腰元に下がったそれを見て眉を寄せた。帯剣ベルトにさがった、それ。どうしてもそれだけ浮いている。
動くたびにカチャカチャと金属音がする。ひたすら違和感があり、ただただ物々しい。正直置いていってしまいたい。
しかし帯剣するのが外出の最低条件だといわれてしまえば従うしかない。それだって駄目だと難色を示す両親に何時間も粘ってようやく提示された打開策だ。約束を守らなければ、どれほどのお説教を喰らうか。
そしてもう外出を許してもらえない。であればここはどれほど不格好だろが、物々しかろうが帯剣していくのが正解だろう。
ちらりと時計に目をやった。時計の針はすでに5時を示している。ここから店まで歩いて20分ほど。待ち合わせは6時だからまだ十分余裕がある。けれどどうしてもまちきれなくて。意気揚々と部屋の扉を開けた。
店の入口、邪魔にならないところでノアが来るのを待った。そわそわと体がせわしなく揺れる。何人もの人たち楽しげに店の中に入っていく。一人で入口に立っている僕を哀れんだのか。何度か一緒に飲まないかと心優しい人たちが声をかけてくれたけど丁重に断った。
誰かが近づいて来る気配がするたび期待に満ちた目をむけてはみたけど、あの艶やかな黒髪は見当たらない。
ノアはまだ来ない。今何時だろう。結構待った気がする。緊張しすぎて手汗がひどい。ちょっと洗ってこようかな。でもその間にノアが来てくれるかもしれない。うう、なんだかお腹まで痛くなってきた気がする。
そう思ったとき。
ボーンボーンと店の中から音が聞こえた。多分壁掛け時計の音だ。
ボーンボーンと、それは計6回鳴り響き、約束の時間が来たことを僕に教えてくれる。
顔を上げて周りを見渡してみる。ほんのり暗くなった道を歩く人はたくさんいるけれど、そこにあの艶やかな黒は一切見つけられない。
ノアが来ない。来てくれない・・・。
まだ約束の時間になったばかりなのに、嫌な考えで頭がいっぱいになる。
そうだ、もしかしたら中にいるかもしれない。
そうは思ったものの、店についたときに一応中は確認している。ざっとみただけだったけど、いくらなんでもあの時間から来ているはずがない。それでも一応確認してみるか、と入口のドアを開けた。
ふわりと広がるご飯とお酒の匂い。耳に届く楽しげな笑い声。みんな一日の仕事を終えて「お疲れ」といいあってそれはそれは陽気に飲んだり食べたりしている。
ゆっくりと店内を確認していく。緊張と不安で足が震える。お客さん一人一人に視線を向けて見たけれど。
やっぱり来てない・・・。
そう思ったとき。
「いらっしゃいまで、何名様ですか?」
店員さんに声をかけられた。よほど忙し動き回っていたのか。頬を赤く染めながら、僕を見てにこっと笑ってくれた。とっても愛想のいい店員さんだった。その様子に少しだけ緊張が解れた僕は、その若い店員さんに向き直った。もしかしたらノアからなにか伝言があるかもしれない。
「あの、人を・・・」
待ってるんです。そう続く僕の言葉は少し低い美声に遮られた。
「アリア、こっちだ!!」
喧騒の中響いた声はまっすぐに僕の耳に届いた。瞬間ドクンとまた心臓が飛び上がった。自分の心音が耳の裏でうるさい。全身が喜びで震え上がり、足に力が入らない。
「ノア!!」
気がつけば僕は引くほどの声でノアの名前を呼んでいた。
「よかった、来てくれないんじゃないかと思ってた」
羽織っていた外套を脱ぎ、丸めて椅子に放り投げた。何だか無性に緊張する。ノアとはすごく話が会うし、楽しいし、すっかり打ち解けたはずなのに。こうして時間をおくと整いすぎた綺麗な顔や、切れ長のきりっとした目元が格好良すぎて目のやり場に困る。ずっと会いたかったのに、いざあってみると恥ずかしくて直視できない。それでも上ずった声で早口に色々質問をする。恥ずかしさを悟られないように笑った。ノアは僕のぎこちない様子を頬杖をついたままじっと見ていたけど。その形のいい眉がわずかに寄った。端正なその顔が警戒するようにしかまった。
え・・・・?
どこかおかしいところある? やっぱり髪がボサボサだった?
服が地味すぎ?それとも、改めてみるとこいつこんなに不細工だったか、って思われてる・・・?
「・・・な、なに・・・?」
ゴクリと唾を飲み込んで、覚悟を決めて聞いてみた。体に力が入る。恐る恐る空色の美しい瞳を覗き込めばハッとしたようにノアは表情を和らげてくれた。
「いや、別に。随分と似合わないもんぶら下げてるな、と思って」
・・・・・・・・・・・・・・・ああ、うん、そうだよね。ほらやっぱりそうだよ。だから持ってきたくなかったんだ。待ち合わせに帯剣してくる女ってどうなんだよ。どんだけ乱暴ものなんだって話だよ。
引いてるよ、ノアが。ドン引きしてるよ!!
「・・・・・・帯剣するのが外出の条件なんだ・・・。 物々しくてごめんね・・・」
ドーンと地の底まで落ちていく思いだった。
「持ってても扱えないんじゃ意味ねぇんじゃねぇのか?」
・・・ん? あれ、これはどういう意味? ご飯食べるのに帯剣してきた僕を避難しているってわけじゃなさそうだよね。むしろ、それでお前は大丈夫なのか、って心配してくれてるように聞こえる。帯剣しているだけで身を守れるのか、って。
「え、僕剣扱えるよ? しかも結構強いんだよ?」
僕の数少ない取り柄だからね。
ノアがドン引きしていないことに気を大きくして、えへんを胸を張る。
本当に、剣の才能だけは、あるって何度褒められたことか。
・・・・・・剣の才能、だけだけどね・・・。
僕の言葉を受けてノアがおかしそうに肩を揺らして笑ってる。眉がさがり、目元が優しく細まって。くしゃりと目尻にシワができる。その笑顔がめちゃめちゃにかわいくて、僕の心臓はときめきすぎて爆発寸前だ。
頬が熱い。余りの眩しさに、うろうろと僕の視線が揺れて。そこで、机の上に花が一輪置かれているのに気がついた。花びらが鮮やかな赤で、中心に行くほど薄いピンクに変わる。女のくせに花に疎い僕にはなんていう花かなんて見当もつかないけれど。とても綺麗な花で一瞬見惚れた。店の趣向かと周りのテーブルを無意識で探って見たけれど他の机には花など置かれていない。
・・・・・・・・うん・・・? ・・・・・ということは・・・?
「あ~・・・・。たまたま安売りしてたから」
僕の食い入るような視線に気がついたのか。ほんの少しかすれたノアの声が目の前から聞こえる。
そこまで言われれば鈍い僕でもさすがに察しがついた。目線をあげれば、ノアがすごく照れ臭そうに顔を背けながらその花を僕に差し出してくれる。
「あ、ありがとう」
花なんてもらったの初めてだ。感動で胸がいっぱいになる。ぶわりと全身の毛穴が開いて、頬がこれまで以上に熱くなる。そっぽむいたままのノアの頬も赤い。耳まで真っ赤だ。いったいどんな顔をしてこの花を選んでくれたんだろう。安売りしてた、なんて言ってたけど多分そうじゃない。だってこの花はとっても綺麗で少しも萎れてなんかいない。ラッピングもすごく凝ってるし、なによりノアのあの顔は・・・。
フツフツとお腹の下から喜びに似たこそばゆさが混み上がってくる。
ノア・・・。僕ノアのことが・・・。
勢いのままに言いかけた言葉は、料理を運んでくれた店員さんの登場で僕の口から出てくることはなかった。
・・・・・・・僕は、花に疎かったから・・・。
僕がきちんとした女性だったら、その花に込められた言葉もきちんと受けとることができたのに・・。
毎週一輪づつ違う花を。でも同じ気持ちを伝えるための花を僕にわたしてくれたよね。
反応を伺うようにノアは僕を見てた。ごめんね、知らなかったんだ。花にも言葉があるなんて・・・。




