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海の奇跡

 ハッと目を開けた。晴々とした青い空が見えた。・・・・・青い空・・・?

先ほど日が暮れ始めていたはず。気を失っていたのか。半日か、一日か、それとももっと、か。

どちらにしても俺には対した問題じゃない。

 とにかく状況を確認しないと、とギシギシと軋む体をなんとか起こして周りを見渡した。

いつもの愛船の上。周りには異常なくらい白く輝く砂浜が見えた。

「・・・どこだ・・・?」

どこかの島に流れ着いたのだろうが、こんな場所は今まで来たことがない。世界中を見て回ったつもりだったが、まだこんな場所があったなんて。

 ごくっと無意識に喉がなった。ここは明らかに異質だ。物音が一つもしない。足元を見れば、波が確かに打ち寄せているのにその音すらしない。なにより流れる空気が全然違う。ぴんと張り詰めていて痛いくらいだ。

長年培ってきった俺の直感が、普通じゃない、はやくここから離れろと警報を鳴らしている。

けれど、同じくらい大きな期待を持って俺の心を打ち鳴らす。

 荷物を担いで慎重に船から下りた。魔物の気配は感じないが、万が一と言うこともある。いつでも刀を抜けるように手を添えて、足音を殺して歩いた。

 バシャリ。

突然後ろから音が聞こえた。何かを水で弾くような音。魂を奮えあがらすような静寂に、その音はひどく懐かしく温かみを感じた。

 急いで振り返った。海から連なる大きな岩場がそこにあった。音はそこから聞こえたらしい。身を低くして慎重に歩を進める。すると・・・。

「こんにちは~」

声が聞こえた。こちらをまるで警戒していない明るくすんだ声。場違い過ぎるほどの声にびくっと俺の方が怯んでしまったくらいだ。

反射的に腰から刀を引き抜いて、急いで声の方に顔を向けた。

心臓が一際高く鳴った。

 長く豊かに波打つ髪を綺麗に結った女が岩場に座っていた。いくつもの宝石を頭につけ、胸元を淡い色の貝殻で隠して。くびれた腰元には布一枚つけていない。ずいぶんとそそられる格好だがあいにくと下半身は鱗に覆われたそれだった。つまり、俗にいう。

「人魚!?」

驚いた俺の顔が相当におかしかったのか、その人魚はおかしそうにころころと笑った。

「はい~。人魚をみるのは初めてですかぁ~?」

随分とのんびりとした物言いで親しげに話し出した人魚に、俺はポカンと口を開けたままその場に立ち尽くした。

初めても初めてだ。伝説やお伽話ではなんども登場する有名人(魚?)だが、実際に人魚にお目にかかった人間なんてそういやしない。ってか、俺はそんな噂話すら聞いたことがない。

・・・・・・っマジか、人魚ってほんとにいるのか・・・。

まだまだ海は謎だらけだな・・・。

「ようやくお会いできて嬉しいんですけどぉ。あまり時間がありませんねぇ?」

人魚はニコニコと穏やかに笑いながらも、俺を見て僅かに同情するように目を細めた。

「・・・・・・・・・どういう意味だ・・・?」

警戒心で僅かに声が低くなる。訳知り顔と態度が妙に癇にさわった。

いや、それよりも・・・・。またずきずきと体が痛みだしている。この頻度、明らかにおかしい。

じわりといいようのない焦燥感が心の中をはい上がって来る。けれどここで弱みを見せれば、どう付け込まれるかわかったものではない。

苦痛を隠し、平気なふりをして。口角をあげて笑って見せる。

「・・・・・・・言葉のままの意味ですがぁ?ご自身が一番良く理解されているのではないですかぁ?」

俺が?一番わかってる?何を言っている・・・?・・・さっきこの人魚はなんていった・・?

時間がない。確かそういった。

だれの・・・?・・・・俺の・・・?・・・・ばかいえ、俺には時間なんて無限に・・・・。

そう思ったところで、思考は停止した。

突然、体が爆発したかと思うほどの激痛が襲った。内蔵が、燃えるように熱くて痛い。

「・・・・・な・・んだよ、これ・・・」

歯を食いしばって、なんとか悲鳴を押し殺す。痛みには慣れている。今までだってそうだった。なのに、今回のそれは明らかに今までと違う。確かに今までもひどい痛みだったが、こんな。体が内側から爆発するようなこれほどの痛みではなかった。

「もう残り時間も少ないですねぇ?すこぉしだけお助けしますね」

人魚がパシリと尾鰭で水面を叩いた。すると、俺の中の痛みが嘘のようにすっと消えた。

何か恐ろしいものから解放された瞬間、俺はその場に膝をついた。痛みと恐怖と焦燥感で足に力が入らない。

立っていられない。はあはあと荒い呼吸と、自分の馬鹿でかい心音が耳の裏で響く。喉がカラカラだ。

・・・・・・・・・喉がカラカラ・・・・・?

俺が・・・?水を必要としない俺の体が・・・・?


・・・・・・時間がない・・・・・・。


・・・・・・なんの・・・・。


・・・俺の・・・・?


俺の残り時間が・・・・・・。


【・・・・・・・・・・俺が飲んだ薬の効果は一体いつまでもつんだ・・・・・?】



ここ数ヶ月は明らかにおかしかった。それはなぜ・・・?

思い至った瞬間、俺は悲鳴を上げてその場にうずくまった。

いやだ、まだだ、まってくれ。

まだ死ねない!!

涙がみっともなくあふれてくる。けれどそんなこと気にする余裕なんてあるわけもなく。俺はその場で悲鳴を上げて泣きつづけた。

せめて、巻き戻しを・・・。懐から赤い小瓶を出して、そこで思い止まる。

だめだ、それではアリアを救えない・・・・。

・・・・でもせめて、一目だけでも彼女にあいたい。

だけど二度と失うのは嫌だ。あんな思いはもうしたくない・・・・。


「少し落ち着いてくださぁい」


パシャリとまた音がして。そこから何か不思議な感覚が広がっていく。その不思議な何かが俺を包み込んで。

今度は悲鳴を上げていた俺の心が落ち着きを取り戻した。

・・・なんなんだ、これ・・・。まるで物語にでもある癒しの魔法みたいな・・・?

「・・・癒し・・・・?」

海で絶世の美女にあった。その美女に願いを叶えてもらった。

何度そういう記述を読んだだろう。

目の前の人魚は、確かに絶世の美女だ。好みはあるだろうが、普通の美的感覚を持っていれば、10人いれば10人が美しいというだろう。そして、先ほど俺の体の、そして心の痛みをあれほど簡単に治めて見せた。

「・・・あんた・・・。・・・・【海の奇跡】・・・・?」

気がついたらそう口にしていた。声がかすれる。緊張で心臓が痛い。血が逆流するんじゃないかと思うくらい息が苦しい。

答は・・・・?答はどっちだ・・・?

この人魚が言うように確かに俺にはもう時間がないのだろう。であれば、これが俺のラストチャンスになる。人魚の唇がゆっくりと動いた。まるでスローモーションだ。

「はいぃ、正解でぇす」 

ごく短い返事だった。どくっと心臓が一際高くなった。

【海の奇跡】

やっと見つけた。アリアの呪いを解ける可能性。俺が見付けたアリアを救える希望。

「じゃあ・・・」

ごくっと喉がなった。心臓が口から出てきそうだ。

「ワーグナーがかけた呪いを・・・。」

解呪できるか・・・・?

ゆっくりと、一語一句伝わるように静かに問い掛けた。魔物の名前を間違えられても困るし、変な聞き間違いをされても困る。

「できますよぉ」

「・・・・・・・・・・・・・・みつ・・・け、た・・・・」

言葉を理解した瞬間、俺の目から涙が流れ落ちた。両の目から、止まることなくボロボロと。

できる。

あの人魚は確かにそういった。呪いは解ける。これでアリアは救える。《時の砂≫で時間を巻き戻して、アリアをここに連れて来れば。救ってやれる。一人で逝かせてしまったあいつを。やり直せる。何度も懺悔したあの日を。

「でも、問題がたくさんありますぅ」

困ったように眉根を下げて。こちらを伺うように人魚がいう。

問題。

いや、この際なんだろうとなんとかしてみせる。

「聞かせてくれ」

ぐいっと涙を吹き上げて。まっすぐに顔を上げた俺に人魚は満足そうに頷いた。


問題は3つあった。

一つは呪いを解くための代償がいること。そうしてそれは勿論人界の金や宝石なんかじゃなくて。

俺が今差し出せるものの中で一番大切なものを渡さなければいけないらしい。人魚から物の指定はない。

ただニコニコと穏やかに笑いながら俺の答を待っている。

これは試されているんだと思った。ここで返答を間違えれば、きっとこの話はしまいになる。きちんとした対価がいる。そうしてそれは人魚が言ったように俺が今ここで差し出せる物の中で一番大切なもの。

それを見極め、惜し気もなく差し出さなければ望みは叶わない。

俺が今持っているものの中で一番大切なもの・・・・。

そんなもの考えるまでもなかった。ずっと俺を支えてくれた物。何度も俺の心を救ってくれた俺の宝物。

 俺は懐からそれを取りだし、一度だけ指先でなぞった。いつもの、カサリと乾いた音がする。

アリアからの手紙の束。俺の命より大事な物。

今差し出せるものの中で一番大切なものはこれしかない。

 身を切るような思いで、それを人魚に差し出した。人魚は俺が差し出した手紙をじっと見て。

やがて納得したように大きく一つ頷いて俺から手紙の束を受けとった。

手から消えたその重みに、ズキリと心が痛んだが。唇を噛み締めてなんとかその痛みをやり過ごす。

 二つ目は・・・・。これは主に『解呪』への問題ではなく、俺の計画そのものへの問題だった。

≪時の砂≫は使えば確かに時間が巻き戻せる。しかし世界の時間が巻き戻るわけではなく、俺の意識だけが過去へと飛ぶ、という感覚らしい。そうして飛んだ俺の意識から今の記憶が消えうせる。それはつまりアリアの呪いの解き方まで忘れてしまうということだ。なんでだよ、それじゃあ意味がない。

でもいまさら別の方法を探す時間はきっと俺にはない。この方法を試す以外方法はないのに・・・。

そこまで思って、ふと大切なことに気がついた。

「まてよ・・・。じゃあ、あんたの今の記憶をもってねぇんじゃねぇの?」

せったく対価を払ったのに。なんとかアリアを連れていけたとして、そこで知らないと言われてしまってはかなわない。

「だいじょうぶですよぉ。この入江は時の支配を受けませんからぁ」

「・・・・・・・・・は?」

意味がわからねぇ。が、ここは重要な問題だ。顔をしかめて説明を求める俺に人魚は「だいじょうぶですぅ」ともう一度同じことを言った。・・・・多分説明するのが面倒なんだろうな、とにこやかに笑うその笑みを見て思った。

「それで、解決方法ですがぁ」

「あるのか!!」

なんだよ、方法があるなら先にそれを言ってくれよ!!

くい気味に言葉を被せる俺に、人魚は慌てたように首を横にふった。

「絶対じゃないですぅ。もしかしたらうまくいいかないかもしれないし、うまくいってもすこぉしの時間しかもたないかもですぅ」

それでもその言葉は俺にとっては希望だった。

すべてを一気に忘れることなく、ほんの少しだけでも覚えていられたなら。十分とは言えないが、それでも対策は取れる。

 方法は、時に支配されないこの入江の水を飲むこと。なんだよ、そんな簡単なことでいいのかよ。

いままでのことを思えば、なんて簡単な・・・・。

しかし、俺は世の中そんなに甘くないと改めて思い知る。

「でもでもぉ、≪時の砂≫を使うと、その代償としてすべてを忘れた後に大事な思いが反転しますぅ」

「・・・・・・・・は?」

思いが反転?

意味がわからず眉をひそめて問い返す。人魚のどこまでも俺に同情し、憐れむような目がまっすぐに向けられた。

そうして少しだけ躊躇するような様子を見せた後、億劫そうに口を開いた。

「ええっと・・。この場合だと、手紙の彼女ですね。・・・のことが、めっっっちゃ嫌いになります」

それもあなたの思いが強ければ強いほど。

「・・・・・・・・は?・・・・・・なんだよそれ・・・・」

「その魔法具は、強い思いを糧に発動しますぅ。発動が完了した時点で、思いは消えて、尽きる」

そして、マイナスになる。

なんでだよ、せめてゼロでいいじゃねぇか。なんでマイナスにまで行くんだよ。

そう思ったが、声が喉から出てこない。

先程から、いや数分前からもうずっと。体がいたくて仕方がない。

時間がない。

嫌でもそれを思い知る。もうきっと文句をいう時間どころか、迷っている時間もない。

「どうしますぅ?」

穏やかに人魚が問うてくる。

もしあなたが望むなら、ただの人に戻すこともできますよ、と。

答など、決まっている。

たとえ、すべてを忘れたとしても。マイナスからの感情だとしても。

出会いさえすれば俺は絶対にまたアリアに惹かれる。それだけは自信を持って言えた。

「やるに決まってる」

俺の即答に、人魚は一瞬だけ驚いたように目を見開いた後満足げに微笑んだ。

  

 教えられるままに、海水に手を浸して掬って飲んだ。塩っからくて飲めたもんじゃなかったが、量も関係するといけないので、5杯は飲んだ。

 そうして俺は、≪時の砂≫を懐から取り出して。赤い便の蓋をこじ開ける。


・・・・・・待っていろ、アリア。必ず迎えに行く。

たとえ俺がその時どんな状態であろうと。必ず迎えに行くから。


     ・・・・・そうしたら今度こそ一緒に旅にでような・・・。


時の砂がキラキラと舞う中、俺は静かに目を閉じた。





閑話を挟んで、次回でノアさんの巻き戻しは完了です。

読んでくださってありがとうございます。

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