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漂流

 何日も、何十日も、何ヶ月も閉じこもり、ひたすらに本を読み込んでいく。

【海の奇跡】の記述を探し、それに近い、それっぽい情報を全て紙に起こしていく。

どこかの時代の、どこかの海賊や海兵が書き記したんだろう航海日誌をみつけ、見落としがないように読み込む。魔物に襲われ、生存が絶望しされた人間が、ある日ひょっこりと近くの港で発見された、という記事を何度か見かけた。セレナの時と状況がよく似ている。

 海に関する物は幼児向けの絵物語に至るまで全て読んだ。興味深かったのは、嵐に見舞われ、船から投げ出された先で、この世のものとは思えないほど美しい女に会う。女はどんな願いも叶えてくれるといい、そこで心の綺麗な主人公が病の母親の回復を願った、という話だ。

子供に読み聞かせる話としてはありがちだが、これも関係があるのかもしれない。

 後は、医療向けの本も読んだ。不治の病、と医者にも匙を投げられた病人が突然に治ったという記述が、数十年に一回ほど出てくる。それが関係あるのかどうかはわからないが、それらの事案も全て書き起こした。


そうして、数ヶ月に及ぶ考察の結果俺が導き出した結論は。


【海の奇跡】は、おそらく美しい女の姿をしていて海にいる。

会おうとしても意図的に会うことはできず、偶然にそこを訪れた強運な持ち主の願い、主に治癒系のものを叶えてくれる。

【海の奇跡】にあったとされる記述を全て整理し、その時の季節、そいつの出身国、そして潮の流れを調べ、おおよそそこから難破すれば流れ着くであろう海域を絞ることもできた。


・・・・・後は、そいつに会えるまで海を漂流するだけだ。


大丈夫だ、俺なら何日漂流しても死ぬことはない。食料も水も必要ない。それだけの体を俺は持っている。


そうして俺は実に数ヶ月ぶりに古代図書館の外に足を踏み出した。



 もう十数年の付き合いになる小さな船で海へでた。たとえ嵐が来て転覆しようが、俺のこの体ならさして問題はない。なのに、不思議なことに今まで一度としてそれほどの嵐に見舞われたことがなかった。

 目的地の海域について、けれどなにをするわけもなく何日も海を漂流した。食料も水も必要としないこの体でなければとっくに干からびて死んでいただろうが。それでも遮るもののない太陽光と、たたき付ける波には手を焼いた。 

 そういう時期なのか、それともなにか原因があるのか。最近特に体を襲う激痛がひどい。何度も意識を飛ばし、起きてはまた激痛に襲われる。今まで酔ったことなどなかったのに、船酔いがひどくてなんども吐いた。

もう精神的にも肉体的にも限界なのかも知れない。

 また体を激痛が襲った。その前から熱もではじめている。今回のは一段とひどい。早く意識が飛べばいいのに。なのに今日に限って少しも意識が途切れない。

痛い、苦しい、熱い。

小さな船を転げ回った。がたがたと頼りなく船が揺れ、その揺れでまた吐いた。

《・・・・・・ノア》

ふいに声が聞こえた。顔を上げれば、そこにアリアがまた渋い顔をして立っていた。

俺の顔をものすごく心配そうな目をして覗き込んで来る。

「・・・なんだよ、アリア・・・。・・・お前どこにいたんだよ・・・」

探したんだぞ、といつものように問い掛けた。返事がないのはわかっていた。俺のこの問いにアリアはいつも渋い顔をするだけ。きっと今日も返事なんかない。

なのに、今日は違った。

アリアは思い切り眉尻を下げて、俺の頬にそっと触った。感触も温もりも何もなかったが、それでも幸福感に心が奮えた。

《・・・もういいよ、ノア。もうこんな無茶しないで・・・》

震える声で心から懇願するようにアリアが言う。お願い、と僅かに目が伏せられる。

《幸せになってほしい・・・。なんどもそう言ってる》

アリアの目からボロボロと涙がこぼれ落ちていく。キラキラと輝くそれはどんな宝石よりも美しかった。

「無茶言うなよ・・。お前がいなくてどうやって幸せになれっていうんだよ・・・」

ははっと笑って見せれば、またアリアが悲しそうに眉を寄せた。

《こんなつらい目にあわせたかったんじゃない。一人にさせたかったんじゃないのに》

こんなことなら出会わなければよかった。そういってアリアはまた泣いた。

「馬鹿言うなよ・・。俺の一生の宝物を奪うつもりかよ・・・?」

瞳を閉じれば楽しかった思い出があふれて来る。短い時間でも俺には一生分の幸せだった。

「待っていろ、アリア。絶対に迎えに行く。今度こそ一緒に旅に出よう」


愛してる・・・。


噛み締めるように、一字一句心を込めてそうつぶやいた。あの日言えなかった言葉。伝えられなかった思い。

その全てを言葉にのせた。

アリアは少しだけ複雑そうな顔をして。そのあとゆっくりと唇を動かした。

《・・・・ぼ・・・も・・・・て・・・》

「なんだよ、肝心なとこが聞こえねぇよ、しまらねぇなぁ・・・」

ははっと俺はまた乾いた笑みを漏らした。

 


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