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願うのは

 いつまでも部屋から出てこない俺を心配して部屋を訪れたアリアの親父さんが。パンパンに腫れ上がった俺の両目を見て少しだけ悲しそうに目を伏せた。けれどそれだけで、慰めの言葉も励ましの言葉もない。

きっとなにを言っても受け入れられないとわかっているんだろう。そんな心くばりが、今の俺にはたまらなくありがたかった。

 墓に案内しよう。

一言そうつぶやいて、俺の返事を待つこともなく親父さんは歩き出した。俺がついて来ることを疑いもしないいその背中を足早に追いかける。

正直行きたくなかった。アリアの墓など見たくもない。現実はあまりに残酷で辛すぎる。

・・・・だけどせめて祈ってやりたかった。

 たくさんの花が添えられたまだ新しい墓石。そっと手を当てるとひんやりと冷たい感触が伝わってきて背筋が震えた。そこに掘られているのは、アリアの俗名と、卒去した日付け。

そして一般的に最期の言葉が彫られるその場所には・・・。


「・・・・・・・・・・」


まだ出るのかと自嘲が漏れるくらい。俺の目からまた涙が溢れ出した。

【大好きな君がいる海に行きたい】

そこにはそう書かれていた。大好きな君・・。それが自分のことだと、すとんと心の中に入ってくる。

「ここにあの子は眠っていないんだ。君を追いかけて、海に行ってしまったからね」

壊れたように泣き続ける俺の傍らで、アリアの親父さんが困ったようにわらう。

「本当に、頑固な子でね。一度こうと決めたら梃でも動かないんだ。だから・・・・」

あの子の最期の願いにしたがって、あの子は海に送った。

そういって親父さんは眉を下げ、泣きそうな顔で笑う。

海・・・。俺がいる海に・・・。

「ここにはあの子の自慢の髪だけが埋葬されているんだ」

・・・・髪・・・。そうだ、夢に見たあいつの髪はなぜかすげぇ短くなってて・・・。

「アリア・・・。ノアくんがあいに来てくれたよ。よかったね・・・」

愛おしそうに目を細めて。そっと墓石を撫でる親父さんの目はゆらゆらと悲しげに揺れていた。

まだほんの数日だ。もちろん立ち直ってなどいないし、心の踏ん切りもついていないだろう。

せめてその体だけでも手元に置いておきたかっただろうに。娘の最期の願いを受けて、それすら手放したと言うのか・・。

その心のうちを思うだけで、胸が痛いくらいに締め付けられた。

  


 またいつでも遊びに来てくれ、と寂しそうに笑うアリアの両親に挨拶をし、城を出た。

相変わらず食べ物も飲み物も体が受け付けない。このまま死のうか・・。何度もそう考えた。

けれどそのたびに、アリアの言葉が蘇る。

《幸せになってね、ノア》

無理だよ、無理だ・・。

お前がいないと幸せになんてなれねぇ・・・。

 想う人は一人だけ。叶えたい願いもたった一つだけ。

もう一度逢いたい。

もう一度あの声が聞きたい。

もう一度やり直したい。何度も後悔したあの夜を。何度も懺悔したあの嘘を。

 

 そうして俺は、たった一つのその願いを叶えるために、他の全てを捨てる覚悟を決めた。


 ぼろ雑巾のように帰ってきた俺を、仲間たちはみんないたわり心配してくれた。そんな奴らに俺はいきなり別れを切り出した。無責任で最低だと思うが、どうしても一緒にはいられない。

いきなり別れを切り出した俺に。その理由すら語ろうとしないこんな自分勝手な俺に。なにが目的だろうと、どこまでもついて行く。助けになりたいと全員が言ってくれたが。

けれど今から俺がやろうとしているのは、先が見えない、希望すらほとんどない言わば夢物語だ。

あいつらの大事な人生をそれにつきあわすわけにはいかない。

だから俺は一人で船を出た。

船を出る時、俺は昔手に入れて持て余していた一つの薬を飲み干した。

気がついたアッシュに血相を変えて止められた。「そんなのもはや呪いですよ」とつかみかからんばかりの勢いで妨害されたが。俺は構わずその薬を飲み干した。どれほどの効果があるのかちゃんと理解している。副作用だってわかってる。ちまよってるわけじゃない。自暴自棄になってるわけでもない。

俺の目的のためにはどうしてもこの薬がいるんだ。

だから迷いなどすこしもなかった。


 飲んだ瞬間、体は成長を止めた。


 即死でない限り、体は再生を続け、食料も水も、睡眠すら必要としない体になる。たとえ魔物に引きちぎられても再生する。

けれどその代わりに、一日に数度、体を凄まじい激痛と高熱が襲う。

俺が飲んだのはそんな薬だ。

・・・・・これほど俺の目的にぴったりの薬はない。

 

 必要なのは、時間を巻き戻すことができる手段。

 そしてアリアの体を侵していた呪いを解く方法。

 

できるはずだ。この世にはまだ解明されていない魔法具が山ほどある。

人間を不死に近い化け物に作り替える薬があるくらいだ。

時間を巻き戻す方法くらい調べればきっと見つかる。

だけどそのためには、莫大な時間がいる。普通の人間では決していけない場所にでも行ける、強靭な肉体がいる。


 何年も、何十年も一人で世界を探し回った。陸を、海を。誰も踏み行ったことのないだろう場所にまで行った。地図にも乗っていないような小さな島まで隅々まで探した。古代図書館と呼ばれる場所を探しだし、何日も泊まり込んで本を読みあさった。

 体を襲う激痛は凄まじく、何回味わっても慣れることはなかった。気を保っていられるギリギリの痛みに意識を飛ばすこともできず、ただひたすらに痛みが抜けるのを体を丸めて堪えた。高熱に意識が朦朧とすることもあった。もしかしたら俺が知らないだけで神経の2、3本は焼き切れてしまっているかもしれないが。超再生を繰り返すこの体はしばらくすれば元通りだ。

 一番辛かったのは高熱と激痛が一緒に来るときだ。その時ばかりは叫び声をあげて、体を転がして苦しんだ。けれど、しばらくすれば意識も飛んで。睡眠を必要としない体がかりそめの休息をとる。

 そしてそのたびに俺は夢を見た。正確にはきっと、俺の願望、だ。その夢にはいつもアリアが渋い顔をして俺を見ていて。その見たことがないほどの不細工な表情に俺が笑う。いつもそんな夢だ。

 孤独で心が震えるときは、アリアの手紙を出して読んだ。もう何度も何度も。擦り切れるほど読んだそれは、内容も一字一句覚えてしまったけれど。それでもへたくそな絵を見ればいつも笑えたし、最後の手紙を見ればその度に涙が流れた。

 

 


・・・・・・・・・あれから何年たったのか。50年?100年?もっとか・・・?

それでもすこしも決意は揺るがない。思いは色あせない。共に過ごしたのはたった数ヶ月。けれどそれで十分だった。命を懸け、生涯をかけるには十分な時間。あの時から俺だけが時間が止まったままだ・・・・。


 







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