君にだけ、そう呼んでほしい
「ただ時々うわごとみたいに・・。・・・君の名を呼んでた・・」
震える声で告げられた真実に、俺の心が飛びはねる。まさか自分の名前がここで出てくるとは思わなかった。
まさか、どうして・・。
そんな苦しいときに・・・。極限まで追い詰められながら・・俺のことを思い浮かべてくれるなんて・・。
そんなの・・・・。そんなのまるで・・・。
「どうしても君に逢いたかったんだろうね。わたし達が止めるのも聞かずに、弱った体を押して毎週一人で君に会いに行っていたよ・・・」
「・・・・・・・・・・・・そ・・・んな・・・・」
頭を、凶悪な何かでぶん殴られたような衝撃だった。
彼女がこれほど苦しんでいたとき、俺はなにをしていた?
あんなに痩せ細って、あんなにつらそうだった。そんな体でも、俺に会う、たったそれだけの目的のために弱った体に鞭打って逢いに来てくれていたのに。
何度も俺の名を呼んでくれたのに・・・。
俺はそれに気づきもせず、ただ恨み言をはいていじけてた。
馬鹿で愚かな自分。浅はかで子供で、なにもわかっていなかった自分。消えてしまいたいとこれほど思ったことはない。
「悪いことをしたと思っている。偽の情報に惑わされ、アリアに海賊団の討伐を命じたのはわたしだ。
あの件がなければ、アリアはもっと長く君といられたはずなのに・・・」
海賊団の討伐・・・。
そうだ、あの時だって・・。アリアは王命を受けながらも、俺の言葉をただ信じ、逃がしてくれた。
・・・・・もういい、もうやめてくれ・・・。もうなにも聞きたくない・・。
心が、体が、全てがこれ以上の情報を拒否する。もうこれ以上辛い思いはしたくない。
けれど、そう思うのに、最期に一つだけ。どうしても聞きたいことがあった。聞けばさらに苦しい思いをする。わかっているのに、どうしてもそれだけは聞いておかなければいけないと思った。
「アリアって・・・。あいつの名前は・・・・・」
エリーシアじゃないのか・・・?
後に続かなかった言葉を察したように王様が薄く笑った。ひどく疲れたような笑みだった。
答えてくれたのは最初に話した切り、今まで一言も口を聞かなかったお袋さんの方だった。もう泣いてはおらず、まっすぐに俺を見みつめてくる。アリアによく似たその顔で。アリアが伝えられたなかったことを伝えるように、ゆっくりと俺に真実を教えてくれた。
「この国の王族にはね、名前が二つあるの・・・」
・・・・・・・・は・・・?
二つ・・・?名前が・・・?・・・なんだよ、それ・・・。
「一つが俗名。国民や世間がしるのはこの名前。そしてもう一つが真名。こっちが本当の名前でね。親と自分の子供とそして・・・」
自分の夫になる人にしか教えちゃいけない名前なの・・・。
静かなその言葉が、俺の心臓を刺し殺す。
「・・・・・・・・・・・っ!!」
・・・・・・・・騙されたとばかり思っていた。
嘘を言って、あざ笑っていたものだとばかり思っていた。
けれど、まさか・・・。
「あの子の場合は、俗名がエリーシア。そして真名が・・・」
「アリア・・・」
被せるように呟いた俺の言葉に、お袋さんは黙って頷いた。
乾いたはずの俺の目からまた涙がみっともなく溢れ出した。今度は止めようとしてもなかなか止まってくれない。そればかりかみっともない嗚咽ばかりが混み上がってきて、俺は唇を噛み締めてなんとかそれを押し止めた。
「あの子がわざわざ真名の方を君に名乗ったということは・・。多分あの子は君に心底惚れていたんだろうね・・・」
〈僕の名前はアリア。ノアにだけそう呼んでほしい〉
そういったあいつの顔は確かに少し赤くて恥ずかしそうだった。あれは・・・。言葉にならない愛の告白と同じ・・・。
「・・・・わかんねぇよ、そんなの・・・・」
とうとう嗚咽が俺のどから吹き出した。ボタボタ壊れたみたいに涙が止まらない。
余りにも愚かだった俺。失った後に、大事なことにいまさら気がつくなんて。
けれどどんなに名前を呼んだところで、もうお前には絶対に届かない・・・。




