表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/56

ブライダルブーケ

「はは・・・・・。こりゃ逃がしてやらねぇといけねぇなぁ」

乾いた笑みが口元から漏れた。

・・・・まさかお姫様とはね・・・・。

世間知らずなところ。常識が人よりも少し異なっているところ。少しも擦れていないところ。

ふとした仕種がきれいだとか。立ち姿が凛としている、とか。食事をしていても。、大きな口を開けて楽しそうに笑っている時でさえ、どこか品があるところとか。さぞいい家の出なんだろうな、と思っていた。

だけどまさか、お姫様だとはさすがに思わなかった・・・。

 俺の侵入をこれ以上拒むかのように指先に纏わり付いてきたそれ。純度の高い翡翠の真ん中に刻み込まれた鷹の紋。ユグレシアの国章。一目で値打ちものだとわかる。売れば目の玉が飛び出るほどの値がつくだろう。

それを首から下げているなんて何人もいやしない。

・・・・・そうだな・・・。あそこは俺よりも少し歳の下のお姫様が一人いたよな・・・。

プラチナブロンドに、紫色の瞳。それもユグレシアの王家によく見られる色合いだ。

だから髪を染めていた。一目で王家につながってしまうその髪を・・・。

ははっと乾いた笑みがまたもれた。

そりゃ俺とお前とじゃなにもかも違いすぎるよな・・・。

薄ぐらい過去しか持たない俺と、栄光の道を歩んできたお前・・・。自分こそが幸せにしてやれるなどと、どうして思ってしまったのか・・。

高ぶっていた心も、そして体も急速に冷えていった。

 

 ばさりと、衣服が乱れたその体に毛布をかけた。もうその体には触れられない。こんな薄汚い俺が、触れるはずもない。

「くそ、なんでだよ!!」

こんなに愛しているのに!!だったら出会わなければよかったんだ。どうせ別れれるくらいなら!

けれどそう思うのに、やっぱり逢えてよかったと思える。星の数ほどいる中で。お前に逢えたその奇跡に。

俺と巡り会ってくれた奇跡に、感謝してもしきれない。

「・・・・・・・・・幸せにしてやりたかったのに・・・」

ただなんでもないことで笑いあって、時には喧嘩して仲直りして。そうやって時を重ねて行きたかった。

けれどそれは俺の役目ではない。

「嫁入りするって言ってたもんな・・・」

人から奪ってばかりの人生の中できっと初めて。そうしてきっともう二度とない。自分ではない誰かの幸せを思って身引くなんて・・・。

「ありがとな・・・。俺と出会ってくれて・・・」

せめてこれくらい許してくれよと心の中で思いながら。俺はアリアの頬にキスをした。

何度も何度もキスをして。そうしてそのまま部屋を出た。机の上のメモ用紙に。

『なにもしてない。さよならだ、アリア』

そう一言。そして部屋に飾ってあった今の俺にピッタリの花をそこに添えて。

俺は一人宿を後にした。心が二つに引き裂かれるほど痛んだ。もう二度とこんな思いはしたくないと思い、もう二度と彼女に逢えないのならそんな機会もないな、と。苦し紛れの笑みがもれた。何度も何度も後ろを振り返りそうになり。何度もさらってしまおうと邪な考えが頭を巡り。その度にそれをねじ伏せた。

そうして俺は、ユグレシアを後にした。




・・・・・・・だけど俺はずっと後悔している・・。

あの時・・・お前を攫っていかなかったこと。

泣かれようが憎まれようが、お前を自分ものにしなかったこと。お前を一人部屋に残して立ち去ったこと。

もしもあの時強引にでもお前を攫っていけば、お前をあんなふうに失うこともなかったのに・・・。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ