宿屋で
意識を飛ばしたアリアの体を抱き上げ、ここから一番近い宿屋を目指して暗い街を進む。
先程少し向こうの路地で誰かがうごいたような気配がしたが、すぐに消えた。
大方酔っ払いか何かだろう。
たどり着いた宿屋で、シングルの部屋を一つ取った。俺の腕に抱かれてピクリとも動かないアリアを見て、店主が訝しそうに顔をしかめたのに気がついて。俺は意識して人の良さそうな顔を作り出した。
「恋人なんだが、具合が悪いんだ」
無害な人の振りは慣れている。左右の口角を均等に押し上げて。目を細めて微笑んでやると、店主はそれだけで納得したように頷いた。「早く良くなるといいな」と、同情の目まで向けてくれる人のいい店主に「ああ、ありがとう」とまた笑って見せた。
ドアを開けてすぐのところにあったベットにアリアの体を丁寧に横たわらせた。履いていた靴を脱がしてやり、フードを取った。ふわりと舞うプラチナブロンドの髪。
「・・・・・・・・」
俺がいつも目にしていたペールブラウンではなく、美しい白銀の髪。
おそらくこちらが本来の髪色なのだろう。ツキリと痛んだが、それよりも・・・。
・・・なんだか・・。ずいぶんと痩せた・・・?それに顔色も・・・。
備付けてあるランタンの油が少ないためか。部屋は随分と薄ぐらい。しかしそれにしてもアリアの顔色はひどく悪く、いつも艶やかだった唇も荒れている。もともと細身だった体が更に一回り小さくなった気がした。
それでも無意識に触れた頬はすべらかで温かい。上下に規則正しく揺れる胸元。赤い唇。その全てが俺の欲を刺激した。
手に入れたい・・。今すぐにでも・・・。
けれど意識のない女を抱くのは趣味じゃない。
早く目を覚ましてくれ。そのきれいな瞳にまた俺を移してくれ。俺の名を呼んでくれ。
・・・・・・けれど、もし拒絶されたら・・?
全力で泣かれ、拒まれたら・・・?
俺はこいつを手放してやれるのか・・・?
答えは考えるまでもなかった。できるわけがない。
だったらやることは一つだった。
手に入れる。今すぐだ。泣かれる前に。拒まれる前に。手に入れてしまえば俺から離れることができなくなる。愛している。毎日可愛がってやる。全てを奪う変わりに俺にできる全ての幸せをお前に与える。
だからどうか、俺を許してくれ。
指先からこぼれるさらさらの髪をすき、頬を撫でる。耳元に口を寄せて何度も何度も愛を囁いた。
足りない、全然足りない。この溢れんばかりの激情をすこしも伝えきれない。けれど、その言葉以上にこの感情を表す言葉を、学のない俺は知らない。だからせめて、10分の1、100分の1でもいい。俺の気持ちの切れ端でもいいから伝わればいい、と何度も同じ言葉を呟いた。
懐から媚薬の香を取り出してベットの脇で焚く。目を覚ましたアリアが少しでも気持ちがよくなれるように。俺を受け入れてくれるように。
びりっと乱暴に衣服を左右に引きちぎった。慎ましやかな胸とそれを守る白い下着がちらちと見えた。
ごくっと無意識に喉がなった。下着をずらそうと伸びた左手に。シャラリと乾いた音を立てて何かが纏わり付いた。邪魔だな・・・。ちっと舌打ちが漏れて、俺はそれを無意識に振り払った。ポトリとアリアの胸の谷間に落ちたそれを見た瞬間、俺の血の気は急速に落ちていった。