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そして嘘がばれるとき2

 なるほど、悪人退治、ね・・・。

急速に心が冷えていく。

確かにそれが仕事だとは聞いていた。いつかこんな日がくるかもしれないとは思いつつも、馬鹿な俺はどこまでも楽観的で・・・。悪人などいくらでもいるし、それを捕縛する役人もいくらでもいる。

そんな悲劇があるあけがねぇと、たかをくくっていた。

なのになぜ俺の相手がお前で、俺を捕まえにきたのがよりにもよってお前なのか・・。

「子供を殺し、女性をさらい、畑を荒らした海賊団。目撃情報は多数寄せられています。言い逃れ・・は・・・でき・・・・!?」

全く身に覚えのない罪状を朗々と読み上げていたアリアの声が不自然に止まった。突き刺さるほどの視線を感じる。

ゆっくりと顔を上げれば、信じられないというように見開かれたアリアの、そのおおきな目と視線がかちあった。

〈ノア!!??〉

声こそ聞こえなかったが。その口がそう動いたのが見えた。嘘、どうして、と。声にならないほどの混乱が彼女の忙しなく揺れる体から嫌でも伝わってくる。

最悪、だった。

俺は彼女の中で、大罪を侵した極悪人で。

彼女はそんな俺を捕まえにきた正義の味方。

そんなもの、もう交わりようがない。完全に、俺達の道が別れた瞬間だった。

「・・・・投降はできない」

バラバラに砕けそうな心を必死で押さえ付けて、アリアをまっすぐに見つめたまま静かな声で言い放つ。

こんなどうしようもない俺にも、まだ守るべきものがある。俺の後ろにいるたくさんの部下達。

こんなにも追い詰められた絶望的な状況で。万が一にも打開できる可能性があるとすれば、それは・・・。

「その船団。そのトップに一騎討ちを申し込む」

背筋を伸ばし、睨むようにアリアを見据えながら。高らかに俺は宣言した。

 海には一つ掟がある。海賊同士であればそれは絶対の掟。

頭同士の一騎討ち。それを申し出られた場合は絶対に受けるのがしきたりだ。断れば、その海賊団は意気地なしの集団だと蔑まれる。

主に逃げ場のない壊滅寸前の海賊団のその船長が自分の命をかけて仲間を守る手段として使われる。

勝てた場合は仲間を無事に無傷で逃がすこと。負けた場合はまるごと潰されるか吸収されて終わりだ。

ここで重要となるのが勝負を受ける側には全く利点がないこと。それでも勝負を申し込まれれば必ず受ける。

それは海賊の誇り。どんな状況だろうと、頭として絶対に誰にも負けない、という自信からくるものだ。

だからこそ、勝負を受けることもできない頭は海賊として認められない。

 しかし絶対のその掟も、相手が海賊であるのなら。賊でもない国の軍隊が受けるはずもない。

そう思っていたのに。数秒の沈黙の後。

「わかりました」

鈴の音のような綺麗な声が聞こえた。ざわっと周りの空気が騒ぎだす。

・・・・・・何故お前が答える・・・?

例え身分的にお前がその船のトップだったとしても。剣を抜くのはお前ではないはずだ。

俺を迎え入れるようにアリアが体を横にずらした。ここにこい、そう言っている。もちろん一騎討ちを受け入れられれば、申し出た方が敵船に出向くのが普通だが・・・。

俺の戸惑いを感じたように、アリアが俺に視線を戻した。

「わたしがこの船のトップです」

〈わたし〉・・・・。〈わたし〉、ねぇ・・・。

なぜだかその言葉に無性に胸騒ぎを感じた。

「わたしが受けます」

凛とした声が聞こえた。その宣言に、ざわっと向こうの船が騒いだのが聞こえた。

それはそうだろう、止めてくれよ。いくら俺でも仲間の命がかかってるんだ。本気でいく。

おそらくお飾りとして据えられているんであろう貴族の娘。後ろに本当の意味での指揮官が控えているはずだ。大事なご令嬢を怪我させられたくなかったらさっさとほんとのトップが出てこい。

「なりません、エリーシア様!!」

一際大きな声で制止がかかった。そうだ、止めてくれ。そう思った・・・一拍遅れて。俺の心に鋭い何かが突き刺さった。死ぬんじゃないかと思えるほどの衝撃で息をするのも苦しくなる。

・・・・・・・・エリーシア・・・?エリーシアだと・・・?

それを理解した瞬間、底なしの、どこか暗くて深いところに落ちていくような気分だった。

「なんだよ・・・・」・・・

くくっと喉の奥で笑いが漏れた。

初めはイヴで。次がアリアで?結局ほんとの名前はエリーシアだと?

「・・・また、嘘・・かよ・・・」

俺なんかにほんとの名前を教えることすらしねぇってか・・・?

結局惹かれたのは俺だけで?お前にとって俺なんか名前を教える価値すらねぇってか・・・?

はは・・・。そりゃそうだよな・・・。

俺はこんなに小汚い悪党だもんな・・。

だから一週間に一度だけ、か。俺は貴族様の好奇心を満たす危険なお遊びってわけか・・・。

 心が急速に落ちていく。手足が冷えて、感覚がなくなり息をするのも煩わしい。

・・・・・・・・・馬鹿にしやがって!!!

俺の心がそう結論をだすのに、そう時間はかからなかった。

強烈に惹かれていた魂を意地でこちら側に引き戻し、変わりに苛烈に憎んだ。

震える足に力を入れて、憎い憎いと心の中で狂ったように繰り返す。

そうすることでやっと俺は自分の足で立っていることができた。

 船縁に足をかけ、そのまま蹴り上げる。体はふわりと宙をまい、俺達の船を遮るようにつけられた

その船。アリアの・・・いやエリーシアの船の船首に俺は着地した。

身につけたコートの裾が舞う。それが落ちる前に俺は腰から直刀を引き抜き、エリーシアに向けて突き出した。

脅しのつもりだった。けれど、過激な憎しみはそのまま刀先にのりエリーシアに迫った。

きっと護衛の誰かが前に出てくるのだろう。その誰かによってこの刀も止められるのだろう。そう思っていたのに、誰も動こうとはしない。勢いの乗った刀はエリーシアの首元へとまっすぐに進んで・・・。

カンと一際高い金属音を立てて俺の刀は難無く弾き返された。エリーシアが凄まじい速さで腰から剣を引き抜いて俺の刀を的確に捌いたのだ。正直俺はいつ剣を抜いたのかさえ見えなかった。

「待って、ノア。ちょっと話がしたい」

間髪入れずに突き出した俺の刀を難無く弾き返しながら、まだ喋る余裕さえあるとはな・・。

隙のない足運び。今まで俺に見せていたあの無防備な歩き方や立ち振る舞いが嘘のようだ。

・・・・ああ、そうか・・・。それもこれも、全部が嘘か・・・・。

そうやって俺を騙してあざ笑ってたんだな・・・?

「うるせぇ。俺にはお前と話すことなんてねぇよ。嘘つきなエリーシアさま?」

ピタリと視線を合わせたまま。蔑みを込めてわざとゆっくり名前を呼んでやる。目の前の女の顔がくしゃりと歪んだ。途端に俺の心が俺の気持ちを無視してジクリと血を流した。

「ノア、だって・・・。商人だって言った・・・!」

今まで俺の刀を受けるだけだったエリーシアが一気に踏み込んできた。早い。一瞬で懐に踏み込まれる。

カーンと高い金属音が響き渡った。刀に受けた衝撃で、なんとか攻撃を凌げたのだと知った。

なんだよ、こいつ・・・。

すげぇ強い・・・。どの角度から攻めても一切攻撃が通らない。的確に全て弾き返される。

俺が今まで対峙してきどの人間よりも、どんな魔物よりも。桁違いに強い。

 腰からもう一本の刀を引き抜いて両手に構える。体制を低く構え一気に踏み込んだ。

「ノアだって・・・。ノアだって嘘言った!!」

二本の刀にさえ難無くついてくる。こいつ一体何物だよ・・・?

右の刀を弾き返され、逆の角度から左手で切り上げながら。口角を思い切りあげて見せた。

できる限りの蔑みと憎しみを声と視線に乗せる。

「そうだな・・。俺達はお互い嘘まみれだったな、エリーシアさま?」

〈ノアだって〉。あいつはそういった。それはつまり自分も嘘を言ったと。そう認めたも同然だった。

ブスリと。また性懲りもなく心臓に刃物が刺さった。もうわかりきっていたことなのに。決定的なそれに未だ傷つく自分がいる。もういい、やめてくれ。これ以上俺の心の中に入ってくるな。もう出て行ってくれ。

「とにかく答えて!本当にノア達が子供を殺したり女の人をさらったの?」

息さえ乱してねぇ。こっちはそろそろ限界なのに。俺の両手を使った攻撃を、右手に持った細いたった一本の剣で余裕で対処してきやがる。これはもう、全く勝てる気がしない。場数よりも、才能が違いすぎる。

「さあな・・・。。女は数えきれねぇほど抱いたが・・・。攫った覚えはねぇなぁ?」

俺の言葉にエリーシアの綺麗な眉が不快気によった。

そうだ・・・。そうやって俺から離れ行け。もう入ってくるな。

そう思うのに。俺の心は血を流し、悲鳴をあげつづける。

「お前もじきに抱いて抱いて抱き潰して捨ててやるつもりだったのに、残念だよ」

口角をあげて。せせら笑いながら冷たく言い放ってやる。ただ憎かった。傷つけてやりたかった。俺を騙して笑っていたんであろうこいつに。同じだけの屈辱を味合わせてやりたかった。

なのに、心からそう望んでいたはずなのに。俺の言葉で悲しそうにその顔が崩れ、強い瞳が伏せられたのを見て。俺の心はしょうこりもなくまたぐらりと揺れた。

「・・・・・・・・・。・・・・・・・・・つまり、攫ってないんだね・・・?」

長い沈黙の末、エリーシアは真っすぐに顔あげて俺を見た。挑むような強さと、そしてすがるような弱さがあった。

「・・・・・・・・・・・」

「・・・・ノア・・・?・・・・〈はい〉って言って・・・・?」

小さく震える弱々しい声が海風に載せられて俺の耳に届いた。

エリーシアの薄紫の瞳が真っすぐに俺を射抜く。

「・・・・・・・。攫ってねぇ・・・。子供を殺すわけがねぇ」

憎い女の言う通りにことが進むのは気に食わなかったが。やってもいないことをしたのかと言われれば答えはノーだ。賊と罵られようと、そういう一線は決して踏み越えないようにしてきたのだ。部下達にもそれは徹底している。エリーシアが読み上げたあの罪状に俺達は絶対に関わっていない。

 俺の言葉を受けて。エリーシアの瞳が揺れた。安心したようにその身に纏った闘気がふわりと緩み、目元が柔らかくなった。

・・・・・なんだよ・・・。

本当にしょうこりもなく。俺の心がざわざわとゆれる。

俺の言葉なんかをそんなにあっさり信じるのかよ・・・。

なんでそんなに嬉しそうになんだよ・・・。

俺のこと何か、何とも思ってねぇくせに・・・。

「・・・・・・・・・・・」

数秒視線が交わった。

この時こいつがなにを思ったのか。なにを考えたのかなんて俺にはわからない。

けれど俺は、突き刺さるほど熱いその視線に、憎しみとは真逆の感情を腹のそこから感じた。

・・・・違う、そうじゃねぇ・・・。

俺はこいつが憎くてしょうがねぇ・・のに・・・。

何度心に言い聞かせても、それを無視して魂が惹かれていく。

・・・・アリア・・・。それでもやっぱり俺は・・・。

喉からでそうになる言葉を俺は何度も意地でねじ伏せた。

 やがてエリーシアは持っていた剣を迷うことなく腰元の鞘へと戻した。

「・・・おい、なんのつもりだ・・・?」

「こちらの勘違いでした、ごめんなさい」

淀みなくそういい、ペコリと頭を下げる。船団のトップだと明言した、その上での謝罪だ。

ざわっと周りがまた騒ぎはじめた。

「エリーシアさま。いけません、そのような・・・」

「この人たちは例の海賊団ではありません。間違えたのだから謝るのは当たり前でしょう?」

そういって清々しいほどの態度で、エリーシアは俺の船に体を向け、俺の部下達にまで頭を下げた。

俺達の船に掲げられている海賊旗が目に付いていないはずがないのに・・・。なんなんだよいったい。

「どうぞ、お通りください。道中・・・どうか、気を、つけて・・・」

そういう声が明らかに震えて聞こえたが。俺は聞こえなかった振りをして自分の船に舞い戻った。

 ざざっと波を裂く音がして。行く手をふさいでいた船が俺達に道を譲るように左右に割れた。

慎重に進めと、指示をだして。

ちらりと視線を向けたその先で。アリアの口がゆっくりと動いた。

〈ノア・・・〉そう動いた唇。まだ何か続けて呟いたようだが。俺はそれを見るのが怖くて、体ごと視線をそらした。





・・・・・・・もしここで、その声を聞いていたのなら・・・。

もしちゃんと話をしていたのなら・・・。

ほんの一言でも自分の気持ちを伝えられていたら・・・。

何度そう願っても、それはもう叶わないけれど・・・。

アリア・・・。
















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