そして嘘がばれるとき1
俺がついたどうしようもない嘘がばれるときは、余りにも唐突にきた。よく晴れた昼時。
船縁に頬杖をついて、昨日あったばかりのアリアの様子を思い出してはニヤニヤと顔を崩していた俺の元に。5番隊隊長を任せているアッシュが飛び込んでいた。文字通り、転がるほどの勢いで飛び込んできたその様子に、何かとんでもない事態が起きたのだと俺は一瞬で理解した。
「沖に出るぞ!!碇をあげろ!!」
ピリリとした緊張感が空間を支配していく。俺の指示を受けて、部下達が応と答え、一斉に動き出したのを横目で見ながら。俺は徐々に離れていく港へと目を向けた。
〈ユグレシアの軍隊が俺達の討伐に動き出した〉
先ほどアッシュが報告してきた緊急事態がそれだった。
ユグレシア王国に目を付けられた。もう、陸軍がすぐそこまで来ているらしい。
今更なぜ、なんてわからない。けれど、討伐されるだけの理由はいくらでもあった。いくらユグレシアで悪さをしていないといっても、海賊旗を掲げているだけで充分討伐対象だ。もたもたしていたら逃げられなくなる。一刻の猶予もなかった。
急ぎ出港を命じ、部下達が動き出す。
徐々に遠ざかっていく港。
せめて別れの挨拶だけでもしたかった。
次の水の日、待ち合わせに来ない俺をアリアはどう思うのか。体調でも悪かったのかと心配してくれるだろうか。次の水の日も、懲りずに来てくれるだろうか?その次の週は・・・?
けれどどんなに待ってくれても、俺はしばらくは戻れない。いつまで待っても来ない俺を彼女はどう思うだろう。きっとすぐに俺のこと何か忘れて・・・・。
想像するだけで胸がえぐられるほど痛んだ。けれど今は、預かっている部下の命の方が大事だ。ぐらぐらと揺れる思いを振り切るように、俺は前を向いた。
「海軍まで出てくるのか!?」
イアンの焦ったような怒鳴り声にそちらに向ければ、こちらの船の2倍はあるであろう軍艦が此方の進路を塞ぐように三隻も展開しているのが見えた。掲げられている旗の中央には鷹。ユグレシアの国章だ。一海賊団を潰すにしては、規模が多すぎるだろう。チッと思わずしたうちが漏れた。
「頭!!」
焦ったような絶望まみれの表情で俺の指示を仰ぐ部下達に、罵声にも似た激励を飛ばす。
「馬鹿野郎、情けねぇつらしてんじゃねぇ!!」
囲まれるとまず逃げれない。小回りやスピードはこちらが上のはずだが、振りきれるか?
軍艦の間を縫うように進路を指示したが、それを見越したように相手の船が動く。対応が早い。あんなにでかい船なのに三隻ともきちんと連携が取れていて、動きに一切無駄がない。よほど有能な指揮官がいるのか。やっかいなことこの上ない。
あっという間に囲まれて、身動きが取れなくなった。それでもまだ抵抗を試みる俺達を黙らせるべく、三隻の全ての射窓が開く。そこからこれみよがしに大砲がのぞきその照準がピタリと俺達の船に合わさったのを見て取って。これは逃げられないな、と俺は認めざるを得なかった。
一番中央の、一番でかい船の船首に誰かが立ったのが見えた。陣形の組み方からしてその船に指揮官が乗っているとみてまず間違いない。これほど綺麗に俺達を捕縛して見せたのは、一体どれほどの猛者か、と。
憎々しくも称賛さえ送ってしまう程に見事な手腕を見せた指揮官様を見ようと目を細める。
そうして俺の目はこれでもかというほど見開かれた。心臓が爆発したかと思えるほど高く悲鳴を上げる。
まさか、そんな・・・・。
「黒髪の海賊とその仲間たち。君達をここで捕らえます。おとなしく投降してください」
聞こえてくるのは、少し高めの透き通るような綺麗な声。
そこに立っていたのは輝くようなプラチナブロンドの髪をした女、だった。
首元の詰まった堅苦しい、けれど恐ろしく上品な服を見に纏い、勇ましく目尻を吊り上げた。
神聖な闘気を纏ったその姿を俺が見間違えるなんてことあるはずもない。
俺達の行く手を阻むその船の。敵艦とも言えるその船の。指揮官が立つであろうその場所に立っていたのは。髪色こそ違うが、間違いなく昨日別れたばかりのアリアだった。
「・・・・ア、リア・・・」
仲間の命がかかったこの場所で。しかしそれすら忘れてただ彼女の名を呼んで惚けてしまった俺は。
きっと頭失格だ。