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 週に一度。夕食時に待ち合わせをして一緒に飯を食う。毎週違った花を一輪づつわたした。その度にアリアは嬉しそうに笑ってくれた。いつしかその曜日のその時間、その席は俺達二人の指定席になった。そのまま数時間話し込み、日付が変わる前に別れる。毎回会話は弾み、楽しい時間を過ごしたが。何の進展もない、あくまで人一人分開いたその距離感に。正直俺はかなり焦っていた。わかれ際毎回聞く「今度はいつ会える?」のといに、いつもアリアは申し訳なさそうに眉を下げて「また来週ね」と答えるだけ。

「たまには昼間にあわねぇか?」「町歩きでも一緒にしねぇか?」何度か言葉を変えて誘ってはみたが結局「また来週」それ以外の返事を引き出すことはできなかった。

 

 ある晩、一歩踏み込む覚悟で昼間に会えない理由を聞いた。告白もしていない。俺達の関係はせいぜいよく話が合う気の会う友達程度だ。いや、違うか・・・。アリアがもし面倒になりここに来なくなればそれだけで切れてしまう、そんな余りにも希薄な関係でしかない。なにが友達だ、これじゃあ友達以下だ・・・。

 もしかして特定の誰かがいるのか、と返事を待っている間生きた心地がしなかったが。

アリアの口からでた言葉は至極簡単なもので〈仕事が忙しい〉、それだけだった。何かをごまかしたり、嘘を言っているようには見えなかった。貴族の娘でもちゃんと仕事を持っているのか。俺の知ってる女たちは親の金で着飾って遊びほうけるばかりだったが・・。その自立っぷりにまた惚れた。一体何の仕事をしているのか。それほど時間を割かれる仕事とはなんなのか。彼女が日頃なにを思ってどんなことをしているのか。非常に興味がわいた。

・・・・・聞いてみたい・・。

けれど聞けば高確率で自分にもその話が振られる。海賊などと彼女が知ったなら、どういう反応をするだろう。頭の中でやめておけと警報が鳴り響く。これ以上踏み込むな、だめだ。

けれど馬鹿な俺は自分の気持ちを押さえ込むことができなかった。

「・・・・・いったいどんな仕事をしてるんだ?」

馬鹿みたいに緊張した、かすれた声がでた。けれどそれに気付かなかったのか。それともあえて気付かない振りをしてくれたのか。アリアはゴクリと一口ジュースを飲み込んだ後、何気ない調子で答えてくれた。

「うーん・・・? ・・・・悪人退治、かな?」

ドクッと俺の心臓は嫌な感じで飛び跳ねた。

悪人退治・・・・?

全身の血が凍りつく。体が熱くなったり寒くなったりを繰り返し、目の前がクラリと揺れた気がした。

「ノア・・・?どうかした?」

・・・相変わらず・・。ほわっとしているようで、周りをよく見ている。動揺をひた隠しにして、一切表情には出さなかったはずなのに。「へぇ」と。いつもの同じ声、同じ調子で答えたはずなのに。アリアが俺の顔を探るようにじっと見つめてきた。

・・・もしや俺が海賊だとすでにばれているのか?

長年培った警戒心が頭の中で警報を鳴らした。けれど俺を見るその紫の瞳にはまるで敵意がなく、それどころか心底心配そうだ。

「な、なんでもねぇ、大丈夫だ」

まだ衝撃から少しも立ち直れてはいなかったが。必死で自分を立て直した。喉を励まし、いつもと同じ声音を苦労して作り上げる。仕上げに口角をあげて笑って見せれば、素直なアリアはそれだけであっさりと騙されてくれた。

「ノアは?どんな仕事してるの?」

コクリとまたジュースを一口飲んで。アリアが興味深そうな瞳を俺に向ける。

当然変えってくるであろうその言葉。予想通りの展開に、俺の心がギシギシと軋む。

彼女の正義感の強さは嫌というほど知っている。もしここで海賊だと打ち明けたなら、アリアは二度と俺には会ってくれないかもしれない。それどころか、悪人退治が仕事だと胸を張るくらいだ。俺の敵に回ってもおかしくない。それは嫌だ。絶対に隠し通さなければいけない。本当のことなど・・・とても言えない・・。

「・・・・・・ただのしがない・・・。・・・・・商人・・かな・・」

搾り出した声はどこからどう見ても奮えかすれていて。尋常ではなかったはずなのに。アリアは特に気にした風もなく「そうなんだ」、そう言って嬉しそうに笑った。

 その透き通るような笑顔に罪悪感で膨れ上がる。でもそれでも本当のことなど言えない。

嘘を突き通す自信はあった。嘘などつきなれている。口も頭もよく回る方だ。大丈夫だ、俺ならうまくやれる。

 絶対にこの嘘を突き通すのだと。そうしてアリアの心をつなぎ止めるのだと。俺は自分に誓った。




・・・・・そうして俺は決定的な間違いを侵した・・・。

きっと本当のことをいうタイミングなんていくらでもあった。それからも何度も会ったんだ。何度も一緒に飯を食い、色々な話をした。話そうと思えばいくらでも話せた。言葉を選んだりせず、ありのまま。心のまま嘘を謝り、真実を自分の口から言っていたのなら・・・。違った未来があったのかもしれない。

もっとよく話をしたらよかった。

もっとよく話を聞いてやればよかった。

俺はこの数ヶ月後、生まれてはじめて号泣しあふれ出る涙で息も絶え絶えになりながら深く後悔しているよ、アリア・・・・。


 



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