約束の時間
ボーンボーンと、騒がしい店内に響き渡る低い音がまるで死へのカウントダウンのように思えた。
後から考えればやっと約束の時間になったばかりなのだが。2時間も前から待っていた俺にとっては絶望を知らせる音に等しかった。
ボーンボーンと。鐘は計6回なり静かになった。
約束の時間だ。
彼女は来ない。
やはり俺になど何の興味もなかったのか。しつこい俺を黙らせるために、守るつもりのない約束をしただけだったのか。
心は絶望でいっぱいになり、手足が急速に冷えていく。
店員がやってきて注文した品を出してもいいか、と声をかけてきた。
空気読めよ、こいつ。注文したのはどう考えても二人分の量だろ。連れが来てないのに必要ねぇだろうが。
それともわかっててやってんのか?
苛立ちを隠さずに、顔を上げて。そこで、チリンと来客を告げるベルの音が聞こえた。反射的に体を乗り出してそちらを見て。そこで、全身が震え上がった。
「アリア!!」
気がつけば馬鹿みたいに大きな声をあげていた。
たった今店のドアをくぐって店内に入ってきた女性。地味だけど露出の少ない上品な服を身につけて、綺麗なペールブラウンの髪は緩く一つに纏められている。少し不安げな顔でキョロキョロと店内を見渡しているのは間違いなく彼女だった。
来てくれた。彼女が俺に会いにわざわざ来てくれた。
あれほど落ち込んでいたのが嘘のように、一気に心が浮上する。
「アリア、こっちだ!」
けれど彼女は俺の声が聞こえていなようで、まだキョロキョロと店内を見回している。俺を探してるんだ。そう思うだけで胸が熱くなった。手を挙げて身をさらに乗り出し、ここだと知らせようとしたとき。店員がアリアに声をかけた。多分席に案内するためなんだろうが。その店員の頬がほんのりと赤くなっているのを俺は見逃さなかった。途端に心の中は醜い嫉妬心で一杯になる。
「アリア」
席を立ち、アリアの目の前まで行って。店員をこれでもかと牽制しつつ微笑みながら手を差し出す。貴族はこうやって女性をエスコートするらしい。それくらいの知識は俺にもある。
「ノア!」
店員に気を取られていたアリアがこちらをみた。俺を俺と認識した途端。アリアの顔がパッと輝いた。
嬉しそうに目元が緩まり、口角が真上に上がっていく。俺に会えて嬉しい、と。言葉なんかじゃなく態度と表情ではっきりと示してくれたアリアに。俺の心臓は壊れるんじゃないかと思えるほど高鳴った。